第24話 vs姉妹とローラースケートと
ふたつのオレンジ色の影がイナズマのように駆け、ビルに着地する。
彼女たちはいまだ佇んでいる黒猫の横で立ち止まり、獄翼を見上げた。
「リーダー!」
ローラースケートを履いたイナズマ、アウラが敵意をむき出しにした表情でいう。
彼女から放たれる怒気は、鉄のマスクで封印された姉の言葉の代弁でもあった。
「カノンと、アウラか」
それをみて感慨深げな表情をするのは他ならぬ彼女たちの『元』リーダー、カイトである。
彼は宙を浮く獄翼の右こぶしの上で、腕を組んで彼女たちを見下ろす。だが名前を呼んだ後の言葉は出てこない。
「何よ、久しぶりに可愛い部下に会ったのよ。しかも立派なレディになってね」
「6年の月日は長いな。そうは思わないか?」
アウラの言葉に黒猫が相槌をうちながらも、再びカイトに問いかける。
だが、それでも彼は無言を貫いた。何もいうことはない、とでもいわんばかりに。
『……なあ、折角の再会なわけだし何かないの?』
獄翼のコックピットからスバルも解答を促す。彼はぽりぽり、と頭を掻いてから呟いた。
「しいていえば、アウラ」
「何よ」
ローラースケートを履いた部下に視線を送る。その鋭い眼光に彼女は思わず構えるが、彼の口から出てきたセリフは全員の予想を裏切るものだった。
「もうオムツから卒業したのか?」
「ふっざけんなクソりいぃぃぃぃぃだあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
アウラの身体に激しい雷が走る。隣の黒猫は怯え、姉も少々驚いて身体を震わせていた。
「ふざけてはいない。お前は確か8歳になってもおもらしをしてたから、俺が毎回ベットを乾かしてたのを忘れたのか?」
「そんなことしてたのかお前……」
『妹さん……』
「いや! やめてよ、私をそんな目で見ないで!」
黒猫の訝しげな視線と、仮面狼の可哀そうにとでもいわんばかりの声のトーンがアウラを激しく傷つける。恨めしげな表情で、彼女はリーダーを睨みつけた。
「殺す! 絶対、殺す!」
「で、結局オムツはどうしたんだ?」
「とっくの昔に卒業してるわよ馬鹿! なんでそんなことをカミングアウトしちゃうわけ!?」
「いや、だってあれだけ定期的に漏らされたらなぁ?」
妹の隣で汗を流すカノンに視線を送る。彼女は幼少期、妹と一緒のベットで寝ることが日常だった。ゆえに、隣で寝ている妹がオネショをしている場合、真っ先に被害にを受けるのは彼女なわけで。
「姉さんやめてよ! 私の目を見て!」
「……シュコー」
「マスクを取ってちゃんと私の目を見て否定して! お願い!」
スバルは思う。なんか凄い和んでいるな、と。先程までの殺伐とした空気がまるで弾けていた。それ以前にあんなにムキになって否定すると益々不利な状況になるんじゃないかな、と思ったが戦わずに済むのであればそれに越したことはないので黙っていることにした。
「で、おまえら。結局俺を壊しに来たのか?」
『なんで台無しにするんだよこの空気をおぉぉぉぉぉぉぉっ!』
スバルは絶叫する。本当に空気を読んでほしいところだが、時間の問題だった。
「勿論そのつもり!」
「シュコー」
機械の変声機を喉に仕込んだ姉のセリフが完全に統一されたものになる。
彼女は足を前にだし、力強く跳躍した。
『え!?』
「いかん。スバル、離れろ!」
カイトから警告が飛ぶも、彼女の突然の行動に驚くスバルは反応できずにいた。
それもそのはず。彼女はビルの屋上から獄翼に向かってジャンプしたのである。カイトが獄翼の腕に後退したのと同じような感覚で、だ。
「いくよ!」
アウラもそれに続くようにローラースケートを走らせる。姉が獄翼の膝に着地したのとほぼ同時に彼女も屋上から飛び出し、巨大ロボットの右肩へと着地した。
『う、嘘!? 何だよ今のジャンプ!』
「お前はさっきまで何を見てた!?」
カイトが怒鳴る。彼女達はさきほど、ビルからビルへと跳躍してこの場にやって来た。それを見ていれば、この状況はある程度予想できただろう。
「リーダー、覚悟はいい?」
「シュコー……シュコー……」
上でアウラが挑発的な笑みを送り、下からカノンの不気味な呼吸音が響き渡る。彼女たちは宙に浮いた獄翼の上でカイトを倒すつもりでいた。
『こいつら、ブレイカーの真上で戦うつもりなのか!?』
「そんなに驚くことじゃない。誰が育てたと思ってるんだ」
若干自画自賛な言葉をスバルに送り、カイトは獄翼の上で構える。
「スバル、移動しろ。何ならフルスピードを出していい」
『そんなことしたら、あんたら振り落とされちゃうよ!』
「いいからやれ! また誰か来たら対処できる保証はないぞ!」
今は彼らを見守っている黒猫だが、いつまた戦士を送り出してくるかわからない。エレノアも身体がビルの崩壊に巻き込まれたのかわからないが、姿が見えないのが気になる。
目が不調の中、再び囚人を相手にするのはなるだけ避けたかった。それがカイトの考えである。
しかしカイトの主張は理解できても、スバルが実行するとなれば話は別だ。特にこの高さから振り落とすということは、高い崖から突き落せといっているのにも等しい。スバルは己の身体が固まるのを実感しつつ呟く。
『でも! 彼女たちは――』
「仮面狼さん。リクエストに応えても大丈夫ですよ」
躊躇う少年の背中を押すように、肩に乗ったローラースケートの少女がいう。
「その程度じゃ私たち、全然びびらないんで」
彼女の表情には自信が満ち溢れている。この獄翼の上でカイトを倒すつもりでいるのが、カメラアイ越しでも確かに伝わってきた。
しかしカイトとしては、その態度よりも気になることがある。
「なんだ、知り合いか」
どこか拍子抜けしたかのように肩の力を落とす。
「姉さんの師匠ですよ」
「カノンの? お前が?」
獄翼の頭に視線を送る。数日前、必勝の文字が入ったハチマキをまいて勉強を教えてくれと頼みこまれた光景が浮かんだ。
テスト勉強で毎回頭を下げている彼が、誰かに教えを請われている姿を想像するのは、非常に難しかった。ただ、普段情けない姿を晒すだけだった彼が新人類の少女(自分の元部下)を指導しているというのは事実のようなので、どこか感慨深いものを感じる。
「お前、立派になったんだな。マサキも喜んでいるぞ」
『なんか馬鹿にされてる気がするんだけど?』
「気のせいだ」
そんなやりとりをした後、黒い巨人の膝に立つカノンが走り出した。
彼女は懐に隠し持っていた包丁を抜き、カイトめがけて切りかかる。
「おっと」
しかしカイトは後ろを向きながらこれを回避。限られた足場でくるんと彼女の後ろに回り込むと、その首元に爪を近づけた。
『ま、待ってくれ!』
今にも少女の首を刈り取らんとする両手の動きが止まる。静止の声をかけた者に向かい、カイトは無言で顔を向ける。
「なんのつもりだ」
『何もクソもねぇよ! なんでアンタたちはそんな抵抗なく戦うんだよ! おかしいだろ!』
少年の主張にシルヴェリア姉妹も耳を傾ける。しかし視線は常に彼女たちの敵を向いたままだった。
「お前にとってはそうかもしれない。そして、多分一般的な目で見てもおかしくみえるだろうな」
カイトは現状をスバルの目線で見てみる。恐らく、彼女たちと自分の関係は知っているのだろう。何がきっかけかは知らないが、それは些細な問題でしかない。
大事なのは、まるで兄妹のように育った彼ら3人が殺し合う現実が、スバルには許しがたい光景なのだということだった。だからソレに対して、自分たちが納得している答えを突き付ける。着飾っていない事実だけを伝えるしかないのだ。
「だが、俺たちはこれしか知らないんだ」
言い訳も何もない、小さい言葉だった。しかしそれを聞くカノンも、アウラも、ミスター・コメットですら黙って彼の言葉に耳を傾ける。
「お前は小さい頃、マサキに『他人を大事にしろ』といわれて育ったのかもしれない。それを否定する気はないし、今更変えろというつもりはない」
前にも本人にいったが、スバルが生きる道はあくまで本人が決めるべきだとカイトは思っている。それゆえに、逆もいえた。
既に決めた道を、今更崩すつもりは毛頭ないのだ。
「覚えておけ。お前はまだ退路がある。とても小さい退路だ」
故郷に戻ることはもうできない。親友と一緒に学校に通うこともできないし、父親もいない。彼の一番の楽しみだったゲームも、弟子が『コレ』では楽しむ気持ちになれるかどうか怪しい。
だが、それでもスバルには逃げ道が用意されている。カイトはそれを若干羨ましいと思いつつも、その事実を少年に差し出した。
同時に、自分にその権利が無いであろうことも実感している。
「俺はお前とは違う。一杯壊したし、壊す為に特化された。こいつらと同じ時間を、そうなる為に過ごしたんだ」
『ごちゃごちゃうるせえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!』
割と丁寧に説明したつもりだったが、獄翼のスピーカーからスバルの叫びが響く。頭部に近い位置にいるアウラが思わず耳を塞ぐ。
獄翼はサイズ違いの頭を青年たちに向け、そして叫んだ。
『大事なのはアンタがこれまで何をしてきたかじゃなくて、これからどうしたいかだろ! なんで自分でこれからの可能性を潰すんだよ! 自分で諦めちまったら、本当に幸せな未来が逃げちまうだろ!』
「幸せな未来?」
なんだそれ、とでもいわんばかりにカイトが首を傾げる。スバルは『ああ』と答えてから、今度は自分が畳み掛ける番だと思いつつ口を開く。
だがそれ以上の問答を阻止する存在があった。
「そんな未来、私たちが許さない!」
耳を塞いで悶絶していたアウラがローラースケートを回転させ、カイト目掛けて突進した。獄翼のボディに稲妻が走り、彼女の軌跡がそこに残る。
妹の突進を合図として、カノンも再び行動を開始していた。右手に握られた包丁が再び空を切り、カイトを仰け反らせる。
『やめろ! 君たちだって、本当はこんなことしたくない筈だ!』
「何を根拠に!」
バランスを崩したカイトの顔面目掛けて、電撃と猛回転するローラースケートのホイールがハイキックの要領でくりだされる。
しかしカイトはそれを片手で受け止め、もう片方の腕でバランスを支える。足は後方から襲い掛かってくるカノンへの対応に使っていた。足の爪と包丁がぶつかり、金属音が弾けるように鳴り響く。アルマガニウム製の刃物同士のぶつかりあいだった。
『だって、好きだったんだろ!』
「……っ!」
スピーカーから聞こえる少年の声に唇を噛んだ。足から流れる紫色の電流が、腕を伝ってカイトに襲い掛かる。彼はそれを堪えつつも、少々苦笑いしていた。
『家族だったんだろ! それなら、なんで歩み寄らずに叩き潰す選択しかしないんだよ! カノンも、妹さんも、カイトさんも!』
「俺もか?」
『アンタも!』
驚いた表情でカイトがいう。どうやらずっと姉妹に向かって発言している物だとばかり思っていたらしい。
「……なんでって、知ってるでしょ」
アウラの足から溢れる紫電の勢いが増していく。それはまるで雷の噴水だった。迸る電流は獄翼のボディを離れ、近くのビルへと牙をむける。
「落ち着けアウラ! 敵に当たらなければ意味がないだろ! ……あ、いや。掴んでるから一応当たってはいるのか」
所構わず襲い掛かってくる電流から避難しながら黒猫がいうが、彼女の耳には届いていなかった。今の彼女の意識にあるのはひとつだけ。
「こいつがっ! 私たちを捨てたからよ!」
つい少し前、カフェで聞いた言葉だった。
スバルはそれを聞きながらも、カイトに視線を移す。その表情はどこか苦しそうに見えた。電流をその身に受けているのだから当たり前といえばそうなのだが、それでもスバルの目には別の何かに苦しんでいるように見える。
『……なぜ、何もいってくれないんですか』
足の爪と攻防を繰り広げたカノンが鉄のマスクを外し、無機質な機械音声で尋ねる。姉妹に挟まれながらも彼女たちの感情に囲まれたカイトは、とうとうその口を開いた。
「その通りだ。俺はお前たちを見限った」
それは彼女たちの怒りを受け入れる発言だった。前方の稲妻の勢いが激しさを増す。それは彼女の感情を表すかのように強大になっていった。
『やばい! これ以上は獄翼も――――』
アウラから放たれる巨大なエネルギー反応に獄翼が警告を鳴らす。
だが、それに対する答えを出したのはカイトだった。
「飛べスバル! フルスピードで獄翼を飛ばせ!」
『でも!』
最初の提案が再びカイトの口から飛び出すが、スバルは尚も躊躇っていた。
もしこのタイミングで飛ばそうものなら獄翼の上で戦う彼女たちはおろか、カイトも危ない。だがそれ以上に危ないのは獄翼であり、それに搭乗するスバルだった。カイトが抑えている為か、もしくはその腕に仕込まれているアルマガニウムの爪が威力を中和しているのか。真相は定かではないが、溢れ出る電撃は奇跡的に命中していなかったのである。そんな状況もいつまで続くかわからない。
「獄翼をここで失うわけにはいかん! 信じろ、俺が育てた部下を!」
『でも捨てたんだろ、彼女たちを!』
「そうだ!」
『アンタ、よくそんなこといえるな! 見損なったよ!』
この時、スバルは特に何か考えて発言していたわけではない。
ただ頭の中に出てきた感情をそのまま口に出しただけだった。だが、それゆえに全て事実だった。それらを受け入れるしかカイトに選択肢はなかった。
「見損なってもいい! 後で罵詈雑言、なんでも聞いてやる! 急げ!」
『くそっ……! 後でちゃんと納得のいく話聞かせろよ馬鹿やろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』
スバルがコックピットの操作を始めた直後、黒いボディに取り付けられた背中の羽が展開される。青白いエネルギーを噴出させ、翼のように羽ばたかせつつも獄翼はシンジュクから飛び立った。
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