第18話 vs着信履歴
午後2時、交通都市シンジュクのとあるコインロッカーで、カイトとスバルは預けていた荷物の回収を行っていた。
スバルとしては先程まで戦っていた場所にすぐ戻るのは抵抗があったのだが、カイトの『逆に逃げた奴が戻ってくるとは思わんだろ』という意見を尊重して今に至る。
幸いなことにスバルもカイトも東洋系の顔だ。
日本のシンジュクに居ても特別得立つ事は無い。
強いて問題点を挙げるなら、ゲイザーとの戦いでカイトの服装が所々破けているのが問題だったが、スバルの上着で誤魔化すことで何とか必要以上に目立つのは避けている。
破けているズボンから偶に見えるパンツの柄が少し心臓に悪い。
周囲から時々視線を受け、やけにそわそわした。
「よし、先ずはこれだ」
1つ目のコインロッカーから大きな買い物袋を取り出す。
予備に買っておいた服だった。
「じゃあ、早速着替えようぜ」
「ああ、そうだな。交通機関がほぼストップしているとはいえ、何時勘付かれるか分からん。急ごう」
勘付かれる理由があるとすれば、多分彼のズボンからちらりと見えるパンツだと思うが敢えて口にしない。
あれもある種のファッションだと思えばきっと気にならないだろう。
数秒して、やっぱりおかしいから妙な思い込みで自分を誤魔化すことを止めた。
「じゃあこれを履くとしよう」
「おいここで着替える気か!?」
「? 別に構わんだろう。迷惑かけるわけでもあるまい」
「田舎じゃそうだけど、都会じゃ違うんだよ!」
ベルトに手をかけるカイトを必死になって静止する。
何でこの男は中途半端に常識が無いのだろう。変に天然な上にちょびっと常識があるせいで非常に面倒くさい。
「成程。公共の施設では着替えは厳禁なのか。通りで服屋にあった着替えスペースが無いわけだ」
「言っておくけど、あれ試着ルームだからな」
勉強になった、と勝手に納得しているカイトを余所に購入された服を見てみる。買い物袋の中に収まっていたのは、どれもそれなりに高そうな柄のシャツやズボンだった。恐らくはこれから向かう北国対策であろうダウンまである。まだ世間では夏休み前だと言うのによく揃えた物だ。
「つか、地味に装飾品まで揃えたんだな。サングラスに……ペンダントか?」
「店員に合いそうなのを適当に選んでもらった。値は張ったが、これで違和感はない筈だ」
それは高い物を買わされたんだよ、とは言えなかった。
次に現れた全身真っ黒タイツがスバルの目に飛び込んできたからである。
「これ何に使うの?」
「暗いと使うかもしれないだろ。仮装コーナーで売ってた。マスクもある」
仮面ライダーに出てくる戦闘員のマスクを得意げに見せつけられる。
いい買い物をした、と言わんばかりに少し胸を張るカイトを、スバルはどこか哀れな目で見つめていた。
そういえば彼が買い物をしている姿は見たことが無い。
初めてか久々かは知らないが、多分楽しかったのだろう。
しかし、こう見ると案外余計なものまで入っている気がしないでもない。
装飾品はまだいいとして、ショッカーのマスクなんて何に使うと言うのだ。
「……アンタの諭吉が殆ど飛んだ理由が判る気がする」
「ああ。都会は良い物が多いが値段が凄いからな」
ちげーよ、とは口が裂けても言えない。
やや控えめではあるが、楽しそうで尚且つ買ったものを見せてくる同居人の姿があまりにも眩しすぎる。まるではじめてのお使いで、買ったものを両親に報告するかのような錯覚さえ覚える。
彼に残る僅かな純粋な心を打ち砕く気にはなれなかった。
と、そんな時である。
スバルのズボンからスマートフォンの振動が響いた。
本日20回目の着信である。
「またか」
「うん。まあ、流石に出れないけど」
日が完全に上る前に行う筈だった情報端末の破壊は一旦待ってもらっていた。理由としては、スバルの『ネットの知り合い』にゲーム界からの引退を報告し、その反応を伺う為である。彼は仮眠を取る前、ブログに最後の活動日記を書いた。
すると交流を深めた事のある全国のライバル達から、予想以上の反応を受け取っていた。後で纏めて内容を確認して、連絡先を知っているメンバーにはメールを出すつもりだった。
「しかし、お前がブログをやっていたとは意外だな」
「これでも少しは名前が売れてるからね。ゲーセンの店長も、俺がいたから店畳まないで道楽でやれるって言ってたし」
この時、カイトは改めて知ったがスバルは意外と人望がある。
本人は『ケンゴしか友達いない』と言っているが、知り合いレベルならかなりの数が彼をLIKEだと言うだろう。
実際、カイトも蛍石スバルの事が嫌いかと言われれば答えはNOだ。
それこそカイトと共に思春期を過ごした為か、相手が新人類でも比較的ハッキリと物を言えるのが幸いしているのかもしれない。
「因みに、何て言って止める事にしたんだ?」
「父さんが倒れたから家業を継ぐって言っておいた」
まあ、無難な解答だろう。
それに本当の事も書かれている。
「しかし、それにしてはやけに来るな。お前そんな数と知り合いなのか?」
「いや、精々指で数えられるくらいしか交流ないよ。そんなに着信来ることも無いかと思うけど……」
スバルは自身のスマホを取り出し、メールアプリを起動させる。
すると、彼は思わず絶句した。
着信履歴に並ぶ名前がすべて同じだったからである。メールの送り主の名前は全て『デスマスク』とあった。
「……『デスマスク』ねぇ。不吉な名前だ」
横からカイトが覗き込んで、そんな感想を漏らす。
しかしスバルとしては割と冗談になっていない。
何故か。デスマスクから送られてくるメールのタイトルが以下の流れになっていたからである。
『ブログ見ました。詳しいお話聞かせてください』
『悩みがあれば相談に乗りますよ!』
『電話してもいいですか?』
『出てくれないのには何か理由が?』
『どうして返信してくれないんですか?』
『もしかしてこの前私がなれなれしくしたのが原因ですか?』
『ごめんなさい』
『ごめんなさいごめんなさい』
『ゴメンナサイゴメンサイゴメンナサイゴメンナサイ』
この他の着信は電話だった。
こちらも全て『デスマスク』で埋め尽くされており、携帯画面一色を支配している。軽くホラーである。
「どうしてこうなった……」
スバルは『デスマスク』との交流を思い出す。
出会いはブログでのコメントだった。ゲーセン経由であがった動画を見て、ファンになりましたと言う言葉には素直に喜んだものである。
その後も度々『ブレイカーズ・オンライン』の技術を聞きにやってくることがあった。素直に言うと、弟子が出来た気分で鼻が高かった。
本人と直接会った事もある。
獄翼の中で話した交流会だ。何を隠そう、その時に話した『ファン』こそがデスマスク本人である。
記念という事で連絡先を教えて、それからはメールで何度か話すこともあった。その時は割と業務的で、尚且つ礼儀のあった口調だったのだが今はどうだ。
何故こうもヤンデレのようなメールが送られてくるのだろうか。
「あ、また来た」
カイトが言うと同時、スバルのスマホの画面に『デスマスクさん』の文字が表示される。
恐らくは先程から何十分かに一回送っている『定期チャレンジ』だろう。
だが、出た時が怖い。あまりにも怖すぎる。
恐怖に怖気づいたスバルは、結局このコールも出れなかった。
シンジュクで遅めの昼食を取る為にアウラとカノンはレストランに入る。
黒猫はヴィクターを送ってからまた来る、と言って転移した。
彼が戻ってくるまでは暫く自由行動である。
しかし、アウラは先程から心配の種があった。
理由は目の前で今にも『この世の終わりだ』とでも言わんばかりに顔色が悪い姉のカノンにある。
『この世の終わりだ……』
言った。機械音声で無機質な声が、完全に沈んでいた。黒猫が消えて、何気なく携帯電話を開いたらこの有様である。
理由は知っている。彼女の『憧れの人』が業界から姿を消すのだ。アウラも姉の付き添いで一度リアルで会ったことがある。
気の良さそうな旧人類の少年だった。ゲームとは言え、旧人類が新人類を相手に立ちまわっているのには素直に感心した物である。
機械音声で話しかける姉を気味悪がらなかったのもポイントが大きい。
確か名前は『仮面狼』と言ったか。正式名称は姉曰く『マスカレイド・ウルフ』というらしいが、長いからこれが定着した。
「姉さん。別にこれが今生の別れという訳では……」
『でも、さっきから電話にもメールにも、ブログのコメントにだって何も言ってこないんだよ!』
姉が携帯を押し付けるようにして見せる。
ズラっ、と並ぶ仮面狼への『引退しないでください』コールが痛々しかった。思わず目を伏せてしまう。
『やっぱり、私が気味悪いからいけないのかな』
「いや、それは流石に考え過ぎかと……」
少なくとも、交流会で会った時やメールやブログでのコメントでやり取りには問題が無かったように思える。
姉はイチイチそれを妹に見せては鼻を鳴らしていた。
しかし、気持ちがわからない事は無い。彼女は傍から見れば機械を喉に詰めないと碌に喋れない『不気味な女』である。
多分、彼女を1人の人間としてまともに接したのはカイト以来だろう。
正直、それが羨ましくもあった。
「それに、ブログだと今日は引退試合としてどこかで野良試合するんでしょう。今頃、そっちに熱出してるんじゃないですか?」
『成程……』
我ながらいいフォローだと思う。
ブログのコメントで大暴れする『デスマスク』を宥める何人かのブレイカー乗りたちもその可能性を論じている。特に『ライブラリアン』というプレイヤーは2人とも面識があるらしく、大事にならないように努めてくれていた。彼のような常識あるプレイヤーに感謝しなければならない。
『赤猿』というプレイヤーがその中で最後まで『決着つけたかったぜ』と悔しがっている辺り、中々空気を読めないのだが。
『じゃあ、今から行こう』
「え?」
決意したかのように唇を噛み締め、デスマスクことカノンは言う。
『このシンジュクのゲーセンを全部回って、探そう。今すぐに』
「……」
思わず頭を抱えた。こんなに姉は一途だったのか。
もしくはカイトに捨てられた反動なのか。
いずれにせよ、今だけは旧人類の少年をアウラは恨んだ。折角頼んだパフェを台無しにしやがって、と恨み言を呟く。
そうこうしている内に、姉はすでにレストランの出口にいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます