第17話 vs黒猫タクシー

 交通都市、シンジュク。

 この日、街は嘗てない大渋滞となった。原因は深夜に行われたブレイカー同士の戦い。そして新人類王国の大使館襲撃。これらの要素が絡み合い、都市崩壊を引き起こしたのだ。

 ビルは壊れ、道路は封鎖。シンジュクに勤める者は三割程が休業を言い渡された。


 その一因となったブレイカー同士による戦いに参加していた機体がある。

 『モグラ頭』ことガードマンのパイロット、ヴィクター・オーレイヴは傷付いた身体を支えるように壁にもたれ掛っていた。


「我々の、負けか……」


 エリゴルとマシュラは死亡。

 メラニーとアーガス、そしてヴィクターは敗北して負傷。

 警護の役目を持つバトルロイド達は全滅。

 大規模ではないとはいえ、王国の歴史上で1,2を争う大敗と言えるだろう。それも、相手は新人類と旧人類のふたりだけだ。

 

「処罰は逃そうにもないな。これではエリゴルに合わせる顔も無い」

「全くだ」


 不意に、何者かの声がヴィクターに届く。

 見れば、何時の間にかヴィクターの足元にいる黒猫がこちらを見上げていた。


「いかに人間ハリガネムシでも、ブレイカーのナイフを叩きつけられれば肉塊は避けられん。悲しいが、残念だった」

「貴方は……!」


 人の言葉を話す黒猫。

 ヴィクターは彼の事を知っていた。


「ミスター・コメット! 何故ここに」

「勿論、戦士を移動させるのが俺の役目だ」


 喋る黒猫、ミスター・コメット。

 その正体は人間だと言われているが、黒猫以外の姿で見た者はいない。

 新人類としての異能の力は空間移動。現実世界とは全く別の異次元の穴を空け、それを通る事で様々な場所に移動することができる。

 王国最強の『移動系能力者』である。要は『どこでもドア』を内蔵したタクシーの運転手だ。


「とはいえ、間に合わなかったようだがな」

「面目ない。我々の力が及ばないばかりに……」

「本当ですね」


 第三者の声が響く。

 ヴィクターが降り向くと、そこには1人の少女が居た。

 ローラースケートを履き、風船ガムを吹かしているその少女は彼に何の興味もなさそうに言った。


「せめて足止めくらいきちんとやってくださいよ。そのくらいできないで、よく兵士を名乗ってられますね」


 オレンジ色の長い髪をポニーテールにして纏め、生意気な口を利いてきた。それだけならまだ良かった。


「特に、役目も果たさず死んだなんて……本当に役立たずもいいところです」

「黙れ!」


 ヴィクターが少女を睨む。

 彼は傷ついた身体を動かし、少女に右手を向ける。


「我々は確かに、たった一人の新人類と一人の少年に負けた! だが、命がけで戦ったエリゴルを侮辱することは許さん!」

「古臭い」


 心底どうでも良さそうに少女は言う。

 彼女はガムを吐き捨て、ローラースケートの爪先をとんとん、とコンクリートに叩きつけた。


「そういうセリフは、勝ってから言わないと全然説得力ないんですけど?」

「戦ってもいない貴様に言われる筋合いはない!」


 ヴィクターの右手が光る。

 そこから放たれるのはバリアだ。完成された薄い防御壁は、少女に向けて真っ直ぐ放たれる。少女を押し潰すつもりだった。


「止せ、ヴィクター!」


 ミスター・コメットの仲裁が入る。

 しかし放たれた透明の壁は止まらない。巨大な鈍器となったそれは少女を押し潰さんと勢いよく飛んでいく。こうなってしまえば、もうヴィクターでも止められない。


「ふふん」


 少女は得意げに笑った後、ローラースケートを走らせた。

 コンクリートの大地が削られ、少女の姿が風になる。


「何!?」


 ヴィクターは信じがたい物を見た。

 少女がローラースケートでバリアの上を走っている。比喩でも何でもなく、透明の壁を直角に走っているのだ。

 しかもぐんぐんと加速していき、一瞬で透明の壁の頂上に辿り着く。


「これだけ?」


 ヴィクターを見下ろし、少女は呟く。

 その直後、彼女はバリアを乗り越えて再びローラースケートを疾走させた。ヴィクターとの距離が一瞬にして0になる。

 彼の顔面に、猛スピードで回転するローラーが迫った。

 が、その動きは叩きつけられる寸前で停止する。


「……!」


 ヴィクターは己の完全敗北を悟った。

 恐らく何度バリアを張ろうと、彼女はこのローラースケートで飛び越え、走り、最後にはその小さなホイールで敵を削るだろう。

 抉れたコンクリートのように、だ。


「分かりました? アンタ、弱いんですよ」

「アウラ。そこまでにしろ」


 アウラ、と呼ばれた少女が黒猫に振り返る。

 ヴィクターは静かに膝をついた。


「弱った者をこれ以上追い詰めるな」

「王国兵は強いんでしょう? そしてそれを誇りとしている」


 新人類王国は常に強者が優先される。

 それが国の意向だ。それゆえに、憲法第4条が存在している。


「単純に君が強すぎるだけだ」

「なら、私だけでいいんじゃないですか? その反逆者の新人類達を倒すのは」


 アウラはくるん、と一回転してミスター・コメットを一瞥する。

 バレエの選手でもできそうな動きだが、中身がお転婆では白鳥の湖は似合いそうにないと黒猫は思う。


「そうもいかない。それに、彼は一筋縄ではいかない」

「私を誰だと思ってるんです?」

「XXXのアウラ・シルヴェリアだ」


 黒猫の呟いた言葉に、ヴィクターは目を見開く。

 

「XXX!? 君がか?」

「ええ、そうですよ。あんた等とは格が違うんですよ、格が」


 突きつけられる指と、暴言は耳には届かない。

 問題は彼女がその前に放った言葉だ。


「ミスター・コメット! まさか、XXXを……奴の部下を連れてきたのか!?」

「そうだ。毒を制するのには毒を使うべきだろう?」

「? 何のことです」


 ヴィクターは再び驚愕する。

 アウラは誰が大使館を襲撃したのか知らない。しかも彼女の口ぶりからして、やってきたのは彼女だけではない。

 とんでもない地雷の匂いがした。


「下手に連れて来れば、彼女達も裏切るかもしれない! 何故彼の同類を連れてきたのだ!?」


 ヴィクターが黒猫に詰め寄る。

 そのまま首を絞めかねない勢いにミスター・コメットは困惑するが、ヴィクターの手を掴む者が現れた。


「!?」


 アウラと同じく、オレンジ髪の少女だった。

 長すぎる前髪が完全に瞳を覆い尽くしており、表情が読めない。ハッキリ言うと、何も言わないのも相まって非常に不気味だった。

 夜に出てきたら、幽霊だと騒がれても文句は言えない。


「姉さん」


 アウラが彼女に視線を向ける。

 姉、と呼ばれた少女は妹に視線を向けると、口を開いた。


『アウラ。やりすぎ』


 なにか喉に仕込んでいるのか、少女の声は酷く機械的だ。まるでロボットである。もしかするとバトルロイドよりも機械的かもしれない。

 だが、何処となく怒気を孕んだ言葉遣いは逆に感情的であるとヴィクターは感じた。


『そして貴方も、今は身体を労わってください。反逆者の追跡は我々にお任せを』


 そしてこちらの少女は、風貌に似合わず礼儀をわきまえていた。

 その対応で落ち着きを取り戻したヴィクターは、非礼を詫びる。


「……すまない」

『いえ。こちらこそ、妹が無礼を』

「いいんですよ、姉さん。弱い奴が悪いんです」


 外見は髪の色と長さが相まって何処となく姉妹であると分かるが、性格はほぼ真逆であるとヴィクターは思う。

 しかし油断はできない。この姉も恐らくはあの反逆者と同じXXXなのだから。正体を知った瞬間、裏切るかも分からない。


「ミスター・コメット。彼女達は反逆者の正体を知らないのか?」

「ああ。知ると色々と面倒なことになるからな」

「何を悠長な! どちらにせよ、相対すれば嫌でも分かる!」

「いや、そうなんだけど……」


 ヴィクターは改めてシルヴェリア姉妹と相対する。

 

「君達は敵が誰なのか理解せずに戦おうと言うのか!?」

「誰でもいいでしょう」

『命令なら、倒すだけです』


 姉妹はあくまで拘らない。だが、相手は彼等の『元』リーダーだ。

 どんな懸念点があるかは分からないが、それを知らないで戦うのは危険だ。裏切りの可能性もあるし、足元をすくわれる可能性もある。

 ゆえに、ヴィクターは先に彼女達に警告する。


「ここを襲った新人類は、神鷹カイトだ。君達も良く知っている彼が、我々の敵だ!」


 彼の発言に、姉妹の身体が反応する。

 姉は身体の至る所から電流が流れ始めた。指先に向かって流れる紫電は、彼女の爪先でバチリ、と音を鳴らして弾ける。

 妹の方はローラースケートから、姉と同じ色の電流が溢れ出した。

 まるで洪水である。所構わず飛び散る電流を防ぐ為に、ヴィクターは思わず壁を張っていた。


「……そうですか。リーダーが」


 先程までヴィクターを馬鹿にしていたアウラは、人形のような不気味な表情になる。これが先程までと同一人物だとは、俄かには信じられない。


「姉さん、聞きました? リーダー、つい数時間前までここで暴れてたんですって。もう少し早く着いてたら、私達も会えたのにね」


 姉が拳を握りしめ、ビルに叩きつける。

 コンクリートの壁が粉砕した。それを見た黒猫が、慌ててヴィクターの背後に隠れる。


『アウラ。私達、あれから何年この時を待ったか覚えてる?』


 姉が俯きながら呟く。

 その声は、先程のような感情は一切含まれていない、無機質な物だった。


「6年です。私達がリーダーに捨てられてから、もう6年経ちました」

『そう。もうそんなになるんだね』


 姉が一歩前に出る。その表情は前髪に隠れて全く見えないが、完全に『キレている』ことだけはヴィクターにも分かった。

 彼女達の反応は、自分の想像とは真逆だった。


「ミスター・コメット。どういうことだ?」

「だから話さなかったんだ! できるだけ穏便に行きたかったのに!」


 ヴィクターの馬鹿、と前足で彼の足を小突く。

 声は渋いが、ちょっと可愛らしい。


「いいか。彼女達『第二期XXX』は全員、彼の元で戦いを学んだ。そして彼を師事していたんだ。ほぼ崇拝してたと言っていい! だが、そんな彼は彼女達に何も言わずに立ち去った。王国の施設爆発事件と言う置き土産を残してね」


 ヴィクターはここにきて理解した。

 彼女達は神鷹カイトに捨てられ、ずっとその恨みを糧にして生きてきたのだ。しかも彼女達の立場を危うくする置き土産まで残して、だ。

 当時、彼女達は10歳。

 まだまだ甘えたりない年頃である。彼女達にとって、カイトの存在がどれだけ大きかったのかは想像できない。

 だが、裏切られたショックは強い悪意と憎しみとして今も残っている。


『安心してください。ヴィクターさん』

「私達が、リーダーを殺してあげます。泣く暇も無く、喋る間もなく、土下座する間もなく!」


 第二期XXXメンバー、カノン・シルヴェリア。

 同じく、アウラ・シルヴェリア。

 能力は2人共、放電能力。彼女達が放つ稲妻は、肉を焼き、骨の髄まで痺れさせる。

 身体能力、異能の力も共に強大な、申し分ない兵士達だった。

 

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