終章
129 化け物のつくりかた
あの戦いから三年、僕がこの世界に来てから六年半が経った。
季節が移ろうごとに多くのものが変わり、あるいは変わらなかった。密度の高い日々はぼんやりと生きるにはいろんな出来事がありすぎて、つなぎ目をどんどん滑らかなものにしていく。三年という期間が長いのか短いのか、その判断さえも覚束なくなった。
カンパルツォの悲願――貴族制度の廃止と民衆主導の政治の実施は結局叶わなかった。
エニツィア史上最大の内乱となったあの戦い、「暦外政変」で反乱軍を主導した貴族たちはほとんどが改易処分になされ、地位を失った。貴族の絶対数は減り、改革の機運は高まったものの「まずは地盤を固めなければならない」との意見が多数を占め、カンパルツォの提唱は時期尚早であると看做されてしまったのだ。
だが、議論がすべて立ち消えになったわけではない。
ほどなくして国王による専政が廃止され、合議制が正式に採用されたことでエニツィアには変化の兆しが現れ始めていた。バンザッタの制度を参考に、民議会と知識階級者たちによる政治監視機関が創設され、以前よりもずっと市民たちの意見が取り入れられようとしている。
教育の重要性も新たに認識され、国立学校の建設も行われている。場所は僕とギルデンスが戦ったレカルタ東部の空き地だ。読み書きや算術を主として魔術や武術なども教える予定らしく、できあがりつつある建物は随分と立派なものになっていた。
もちろん変わったことは堅苦しい事柄だけではない。
代表的なものの一つとしては貴族平民間での婚姻制限の撤廃が挙げられる。それは、まあ、なんというかつまり、とても平たく言ってしまうと、僕とアシュタヤは結婚した。
「ニールの世界の結婚ってどうやってたの?」
三年前の春、建国祭が終わり、城から帰ってきたアシュタヤは玄関ホールに到着するなりそう訊ねてきた。あとから聞いた話によると国王に「戦争止めたんだから結婚させてよ」と言ったらしい。当然然るべき言い方をしたのだろうが、状況としては大して相違はないはずだ。お願いをするアシュタヤもアシュタヤだし、二つ返事で了承する国王も国王だとほんの少しだけ呆れた。
「僕もそんなに詳しくないよ」彼女の問いに困り果てたのを覚えている。「こっちに来たのまだ十七になったばっかりの頃だったし、結婚なんて興味なかった」
そう答えたが、アシュタヤは「でも」と踏み込んでくる。「でも、少しくらい分かるでしょう?」
「……うんと着飾って、教会に行って、愛を誓う、そんな感じ」
「キョーカイ?」
「宗教の施設だよ。神さまの言葉を教えてくれる人がいて、そこで神さまに『結婚します』って報告するんだ」
エニツィアには厳格な宗教がないため、結婚式という行事にはお披露目と宣言をする会くらいの意味合いしかないそうだ。着飾りはするが、慣習程度にしか定式がない。だから、アシュタヤは僕がうろ覚えで話す別の文化に興味深そうに耳を傾けていた。
「ね、着飾るってどんな衣装?」
「白くてひらひらしてるやつだけど……ああ、ちょっと描いてみようか」
僕は脳内ストレージに収められた百科事典からウェディングドレスの画像を引っ張りだし、何とか模写していく。下手な絵ではあったが、頭の中で劇的な変換がなされたらしく、アシュタヤはいたく気に入ったようだった。縫製技術が違うと忠告しても聞かず、結局彼女はああでもないこうでもないと自分でウェディングドレスをデザインし、有名な仕立屋とともに素晴らしい一着を作り上げた。
今となってはその選択を褒め称えたいと思っている。
全身を白で包んだアシュタヤの姿はちょっと尋常ではないほど美しかったからだ。思い出すたびに身体の内側でもぞもぞと何かが蠢くのを感じるくらいで、絵描きを呼んだにもかかわらずそれだけでは足りず、僕は脳内ストレージに撮りためた彼女の姿を寝る前に繰り返し繰り返し鑑賞した。
結婚式はアシュタヤの両親含め、様々な人が、心から祝ってくれた。彼女の母親は相変わらず厳しかったけれど反対する素振りなど一切見せず、僕をニール=イクサクロ・ラニアとして迎え入れてくれた。父親であるラニアも同様だ。
生を受けた赤子はこんな気持ちなのかな、とも思った。先に待ち受けているものはきっと楽しいことばかりではなくて落ち込むこともあるのだろうけど、それでも一つの身体では受け止めきれないほどの祝福を受けて、彼らは泣くのだ。
僕も彼らと同じように嬉しくて涙を流した。アシュタヤは「ニールは泣いてばかりね」と苦笑して僕の頭を撫でた。
それからほどなくして、僕たちは軍を辞めた。軍の上層部は僕に対してもアシュタヤに対してもしつこいくらいに再考を促してきたが、彼女には外交官という目標があり、僕もそれを支えたいと思っていたので覆すことはなかった。
「ずっと前から思ってたんですが、私にもニールにも戦うための才能はないんですよ」
アシュタヤの軽快な物言いが強く心に残っている。とりつく島もない、と諦めたのか、それ以来軍の関係者が僕たちのもとに訪れることはなくなった。
実を言えば、僕たちの結婚にあらぬ疑いをかけていた人もいたのも事実だ。ラニア家がアシュタヤと僕、それぞれの力と立場を利用して軍の実権を握ろうとしているのではないか、とそういった勘繰りがあったのだ。
事実無根の噂を子守歌にできるほど僕たちは我慢強くなかったけれど、好都合でもあった。噂に後押しされる形で軍を去り、僕とアシュタヤは勉強に明け暮れ、外交官という役職を獲得した。しばらくはボーカンチなどの東方諸国や北方の国との折衝についていくだけだったけれど、ある日転機が訪れる。
エニツィアで海外交流の必要論が盛り上がったのだ。その担当に選ばれたのは誰であろう、僕とアシュタヤだった。僕たちは海の向こうの言葉ばかりを勉強していたし、いざとなれば身を守ることもできる。適役は他におらず、僕たちはまた旅に出ることになった。
それが、今日だ。良く晴れた日、遠くにうっすらと夏が見え始めた季節の話である。
〇
埠頭の端で波の揺らめきを眺めていたところで「ラニアさま」と声をかけられた。ラニア、と呼ばれることには慣れていたけれど、さまをつけられると途端にむず痒い気持ちに襲われる。
水夫の少年の表情はぎこちなく、貴族を案内することへの負担が滲み出ていた。いつも話しているように接してくれていいよ、僕は似非貴族だし。そう伝えると彼はどうしたものか、と難しい顔をした。
仕方なく、「もしかして」と僕は彼の言葉を先取りする。
「準備が整った?」
「……ええ、あの、できました、でございます」
「だからいいってば」
苦笑したが、彼の反応は悪い。
改めて貴族と平民の差を感じた。ディータが面倒に思ったのも納得できるし、カンパルツォやアシュタヤがこれをなくそうと考えたことに敬服する。染みついてしまった価値観を取り除くのは容易ではない。弾けた波が埠頭を濡らし、太陽が乾かしている間に再び波が足下にやって来る。身分への意識も似たようなものだ。
僕は小さな水の球を足でぐりぐりとつぶし、ロディから貰った新しいナイフがずり落ちてないか確かめてから船へと向かった。
人集りの端でヨムギが地面に胡座を掻いている。彼女は僕を見つけるなり「遅いぞ」と唇を尖らせた。「お前はいつでも遅れてばかりだ」
「ごめんごめん……アシュタヤは?」
「あっちだよ」
そう答えたのはマーロゥだ。彼は船の方に集まっている視察団を指さし、肩を竦めた。
「お前が貴族の仕事しないからアシュタヤさんが一人でやってる」
「住み分けだよ、許可はもらったし」
「そんなことを言うが」ヨムギの目つきはそれだけで詰ろうとしているのが分かった。「寂しくてべそ掻いてたんだろう」
「べそは掻いてないよ、寂しいけど……だいたいこの前オヤジさんたちに泣きついてたヨムギに言われたくないね」
なっ、と口ごもったヨムギの顔がみるみるうちに紅潮する。マーロゥが「珍しいものを見た」と手を叩き、それがさらに羞恥を煽ったようで、彼女は苛立たしげに刺突剣の鍔を鳴らした。
僕は大袈裟に飛び退く。すると背中に衝撃が走った。きゃっ、と短い悲鳴が後頭部に当たる。
「もう、危ないでしょ」
「あ、ごめん」咄嗟に謝り、それから僕は「でも」と呟く。
「でも、なに?」
「アシュタヤさ、今、こっそり忍び寄ってきてなかった?」
「……気のせいじゃない?」
よく言うよ、と僕は呆れる。アシュタヤは悪戯が露見した子どものような表情をしていて、それをごまかすように大きな帆船を指さした。
「乗船準備が整ったらしいから早く乗りましょ。一応とはいえ、私たちが代表なんだからいちばんに乗らないと」
「そうだね」
「いよいよ出発か」マーロゥは戦いに赴く戦士さながら、水平線を見つめる。「色々寄り道してきたから、緊張感はねえけど」
ヨムギは跳ねるようにして立ち上がり、「マーロゥは気を抜きすぎだ」と批難する。しかしながら船から下りているタラップへ我先にと向かう姿は明らかに船旅への興奮が見て取れ、苦笑を抑えることができなかった。
僕たちがいるのはメイトリン――多くの船が行き交うエニツィア最大の港である。本来であれば旧オルウェダ領の港町から発つ予定だったが、船着き場の改良工事が遅れてしまっていたせいでわざわざメイトリンまでやって来ることになってしまったのだ。
とはいえ、「わざわざ」と言うのも憚られる。
寄り道という言葉が示すとおり、転移魔法施設を利用した使節団の面々と異なり、僕たちは満腹になるまで道草を食ってきていたからだ。
セムークまで転移魔法で移動し、パルタの墓参りを済ませたあと、僕たちは馬車を使って様々な街を巡った。初めに向かったのは北だ。かつて公認盗賊の森があった地域を抜けると、そこには近年、多くの観光者が集まるようになった街がある。
訪れる人々の目的は競馬場である。
戦争が終わったことで安価に払い下げられた軍馬を利用して、馬のレースが行われているのだ。旧オルウェダ領は軒並み重税から解放されていて商隊の通行が回復し、またそれに伴って住民たちにも余裕が出てきたため、その新たな娯楽はあっという間に定着した。
当然、ギャンブルの要素もある。公認盗賊の森を伐採して出た木の端材を利用して馬券――木の板だから馬札と言った方が適切かもしれない――も売られていて、僕とアシュタヤは記念に、ヨムギとマーロゥは興奮を滲ませて馬たちの勝負の行く末を見守った。
翌日から僕たちは南下を始め、メイトリンとバンザッタの分かれ道に辿りつくと、内陸側へと曲がった。バンザッタに滞在したのは三日だ。領主代理であるカクロに挨拶をした後、ウラグやキーンと会い、かつて盗賊団で傭兵団だったヨムギの家族と再会を果たした。
もちろん、イルマの店も訪れた。彼女は改めて僕とアシュタヤの結婚を祝福してくれて、それから外国に行くことを伝えると心底驚いたようだった。
「あんたは本当にいろんなところに行くわね」
「どこに行ったって帰ってくる場所は決まってるし」ああ、そうだ、帰る場所が僕にはあるのだ、それもいくつも。「アシュタヤもいるから心配はいらない」
「ま、それもそうね」イルマはくすりと笑う。「がんばってきなさいよ、応援してるから」
「うん、フェンにも『さぼるなよ』って釘を刺されたし」
イルマは苦笑し、ゆっくりと視線を移す。「……アシュタヤさまも旅のご無事をお祈りしております」
「ありがとうございます、イルマさん。帰ってきたらお腹の中の子を抱かせてくださいね」
アシュタヤの柔らかな笑みに、イルマははにかんで、丸く膨らんだ腹を撫でた。四歳になった彼女の娘もてこてこと歩いてきて腹に耳を当てた。かつて僕の膝の上で笑っていた女の子は、姉になる喜びに胸を張り、僕に微笑みかけてくる。それだけでなんだか自分のことのように幸せな気分になった。
――以上が僕たちの食べた道草のメニューだ。
そして、エニツィアが組織した外国使節団とともに、僕たちはこれから長い旅に出る。目安としての期間は決められていたけれど、海を隔てた遠い国と国家レベルで交流するのは例がないらしく、もしかしたら延びることもあるかもしれない。きっと戻ってきた頃には思い出の胃袋は空腹になっているだろう。
タラップを昇って船の甲板に立ち、僕は水平線の向こうにある見知らぬ国を思う。
だが、アシュタヤが隣にいる。
護衛としてヨムギとマーロゥもついてくる。なにも心配はいらないのだ。
使節団が乗船を終えると船と埠頭から大きな声が上がった。船体の横につけられた四つの巨大な櫂が動かされる。眠りから目覚めたような緩慢さで船は動き出し、港を離れた。
「もしかしたらって期待してたけどよ」マーロゥは徐々に遠くなっていく岸を見つめて呟いた。「セイクさんたちには会えなかったな」
「おれの訓練も途中になったっていうのに……今頃どこをほっつき歩いてるんだか」
アシュタヤは相好を崩して確信を滲ませる。「あの人たちなら元気でやってると思うわ。ディアルタさまも、きっと」
僕はいつでも騒がしかったあの三人のことを思い出す。あの戦争の後、レクシナはカンパルツォの護衛を辞め、それに伴い、ヤクバとセイクも暇をもらった。
彼らは今も一緒にどこかを旅している――三人ではなく、四人で。
三人はディータの境遇を聞いたのかもしれないし、聞かなかったのかもしれない。でもそれはきっと三人にとっては重要なことではないのだ。
彼らはどの貴族の元で保護されるか、半ば争奪戦のような状況で俯いていたディータを浚ってレカルタから立ち去ってしまった。のちにディータ自身の抗弁で彼らが罪に問われることはなくなったものの、今なお三人に対する批判は消えていない。
レクシナに計画を打ち明けられた最後の夜、僕は「本当にいいの?」と訊ねた。一般的な価値観に照らせば三人の計画は「悪いこと」で、何らかの処罰が下って然るべき行動ではあったからだ。だが、僕の心配をよそに、レクシナはあっけらかんと言い放った。
「悪いことなんてなにもしてないよ。ちょっと一緒に行くだけで誘拐とかじゃないし」
「食い逃げ理論だ」
金を返せば盗んだことにはならない。かつて彼女たちがした強弁が脳裏を過ぎった。後でディータを返せば誘拐したことにはならない、と言いたげにレクシナは笑っている。
「それにね、ニールちゃん、落ち込んでる子をそのままにしとく方がずっと悪いことじゃない? 外に出て、お酒を飲めば、みんな笑うでしょお? だから、ディータちゃんにもそうしてあげなきゃ! いろんなところで遊んでさ、そしたら、他にも寂しい子がいるかもしれないし、友達だって増える。……これ、すごくない?」
「……すごいと思うよ」僕は本心からそう答える。「きっとレクシナたちにしかできない」
でしょでしょ、と彼女は胸を張る。それから、レクシナはらしくない嫋やかな表情を浮かべ、静かに呟いた。
「ねえ、ニールちゃん……あたしね、幸せって猫じゃらしみたいなものだと思うんだあ」
「猫じゃらし?」
「うん……目の前で揺れると飛びつきたくなるでしょ? 一生懸命追ってさ、掴まえたら柔らかくてふわふわでくすぐったくてさ」レクシナは目を伏せ、続ける。「でも、それを追おうとも思えないのって、たぶん、いちばん不幸なことだと思うの。ニールちゃんなら分かるでしょ?」
僕の幸せを奪わないでよ。
かつて、バンザッタで僕はアシュタヤにそう言った。レクシナの言葉で、それを思い出した。なのに、三年前の僕は自分から不幸になろうとしていたのだ。身につまされ、自分の愚かさを恥じていると、レクシナは「じゃあ、ニールちゃん、アシュタヤちゃんとお幸せにね」とウインクしてディータを攫いに行った。颯爽と空を飛ぶ彼女に僕は「ありがとう」と「よろしく」と「レクシナたちも幸せにね」を送った。
――帆を開け!
その声で我に返る。海の上、絶えず吹いている風を掴まえようと水夫たちがロープを引っ張っている。「近くで見物しようぜ」とマーロゥがヨムギの手を引っ張った。「分かったから離せ」とヨムギは身を捩りながらもついて行く。
その様を眺めているとアシュタヤが僕の左手を握った。視線がぶつかり、どちらからともなく、小さくなっていく岸に目を向けた。
「やっぱりちょっと寂しいね」
「まあ、うん、でも、なんかようやく実感が湧いてきた」
僕は国を離れたことが一度もない。傭兵時代に魔獣駆除でレカルタの北へは赴いたことはあるが、厳然たる国境線がまだないこの世界では数のうちには入らないだろう。もちろん、前に生まれた世界でもそうだった。
「海を渡ったら」アシュタヤの声は落ち着いていたが、沈んではいない。「いろんな国のいいところも悪いところも見て、それを伝えて……きっとずっと忙しくなるわ」
「帰ってくる頃にはまた少し変わってるかもね。フェンは監視機関の試験に合格してるかもしれないし、ウェンビアノさんがまた野心を漲らせて民議会に入ってるかもしれない」
「ベルがカンパルツォさまと肩を並べてるかも」
「エルヴィネさんは魔法研究室で新しい発見をしてるかも」
「……フェンさんはベルとエルヴィネさん、どっちと一緒になるのかな」
「どうだろうね……やってることを考えたらベルメイアさまが優勢なのかもしれないけど、歳と詰め寄り方を見るとエルヴィネさんに軍配が上がってもおかしくはないかな」
「もてもて、ね」
「……セイクとヤクバは『糞鈍感天然スケコマシ野郎』って言ってたよ。あとでボコボコにされてたけど」
「私はずっと一緒にいたからベルを応援しようかな。でも、実際そうなったら笑っちゃうかも」
僕たちはたくさんの「かも」を海風に乗せる。
あんなに一緒にいたのに、今では別の場所にいる。けれど、それは寂しいことではないのだ。形は変わっても、たぶんみんなが同じことを考えている、そう信じられるのがとても重要で、尊いことのようにも思えた。
エニツィアという巨大な化け物は僕たちの行動でどんどん変わっていく。柔らかく、ふわふわで、くすぐったいものへと、変えていく。ギルデンスの言ったような人の幸せを奪うようなものにはならないように。
それが僕たちの化け物のつくりかただ。
「どうしたの?」
不意にアシュタヤがそう訊ねてきて我に返った。彼女は僕の顔を覗き込んできている。何のことか分からず、僕は訊き返した。
「どうしたの、って……何が?」
「今、笑ってたから、何を考えてたのかなと思って」
「え、嘘、笑ってた?」
僕は船の縁に身を乗り出し、水面に顔を映そうと試みる。だが、船にぶつかった波頭は白く泡立っていて、鏡にはできそうもない。
「本当に笑ってた?」
「うん、間違いなく」
アシュタヤが言うのならそうなのだろう。きっと知らないうちに、僕は笑っていたのだ。
深く息を吸い込み、空を見上げる。海風は少し冷たく、握ったアシュタヤの手も似たような温度をしていた。
自分が笑っていることにも気付かないなんて――。
どうやら僕の笑顔は上達しているらしい。
「罪人のレプリカ」 〈了〉
罪人のレプリカ カスイ漁池 @ksi-ink
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