114 Clay〈レカルタ市街戦5〉

 アシュタヤを抱えてレカルタの東西を貫く通りをひた走る。両脇に立ち並んでいるのはほとんどが軍人たちのための住居で、昼のせいか、音はまるでなかった。

 僕たちが目指しているのは古い時代に建設された「双子の塔」と呼ばれる建造物である。本来の用途は周辺の監視施設ではあるものの文化財やある種のランドマークとして市民たちに親しまれてもいる。二つの円柱は力強く聳えていて、迷うこともなかった。


「アシュタヤ、右で合ってる?」

「うん……全員そっちにいるわ」


 塔は五十メートルほどの間隔を開けて建っている。アシュタヤが〈腕〉の中で右側の一つを指さしたのとほぼ同時に異変に気がついた。

 中腹でかすかに黒い粉塵が漂っている。

 あそこか――その確信に呼応するかのように低い轟きが鳴り響いた。振動が空気を振るわせ、びりびりと肌を細かく連打する。


「ニール……」

 不安そうにするアシュタヤへ向けて僕は頷く。「……急ごう。振り落とされないように気をつけて」

「いえ、ニール、もう降ろして。私がいても足手まといになるだけだから」

「やだよ、きみに何かあったらいけない。それに訊きたいこともあるんだ」


 僕はアシュタヤの身体を抱え直し、左腕で強く身体に密着させる。僕の負担を軽減しようと、彼女も僕の首に回している腕に力を込めた。


「訊きたいこと?」

「この辺には詳しくなくてさ……あの塔って警備の人間がついてたりする?」

「うん……少ないけど。歴史的な建造物だから普段は立ち入りが――」


 答えながらアシュタヤは眉間に皺を寄せた。知らず、僕も舌打ちをしていた。

 立ち入りを禁止されている場所に「双子」がいる。あまつさえそこから魔法で攻撃をしているのだ、それはつまり、彼らと警備との間に何らかの関係性があることを示唆している。

 それが友好的な関係か、暴力的な関係かはともあれ。

 考えれば考えるほど嫌な推測ばかりが膨れあがった。オルウェダがどれほどエニツィア軍を掌握しているか、今はどうでもいい。問題はマーロゥたちがどうやってあの中に入ったのか、ということだけだ。

 殴り倒したなんてことはないだろうな、と頭を抱えたくなったところでアシュタヤが小さく身じろぎをした。彼女は耳元で「考えても仕方ないと思う」と囁く。


「起こってしまったことはもう変えられないもの、入り口に警備の人が転がっていないことを願いましょう」

「……そうだね」


 僕たちは閑散とした通りを進んでいく。その静けさすら敵の作為によるものに思えてならないが、それこそ考えても栓のないことだった。

 塔の入り口には警備兵が二人、不安そうに頭上に目をやっていた。一人は異常を確認しようと中に入ろうとしているが、もう一人が留めているようだ。周囲には他に人はいない。それを確認するとアシュタヤは僕の胸を叩き、降ろすように催促をした。

 彼女は警備兵へと近づいていく。妙な態度をとったら躊躇するつもりはなかった。僕は展開した〈腕〉を這わせ男たちの頭に突きつける。アシュタヤは気付いたようだったが、柔和な態度を崩さずに警備兵に声をかけた。


「任務ご苦労様です」

「あなたは……? 現在この地域には進入禁止勧告がなされているはずですが」

「アシュタヤ・ラニアと申します」彼女はそう言って胸元で止めてある階級章を提示した。「付近に住民が留まっていないか、確認して回っているのです」

「ラニアって……あの、ですか」

「私のことをご存じなら話が早いです、もう上にはどなたか向かってしまいましたか?」

「いえ、あの、中に入るなと言いつけられていて……私たちにも何が起こっているのか」


 警備兵に攻撃する素振りはない。精神感応を使っているアシュタヤからも合図はなかった。僕は警戒の対象を頭上へと移す。階段を昇るより外壁から侵入した方が速いだろうか。しかし、そうするとアシュタヤを連れて戦闘の只中に突っ込むことになってしまう。

 悩んでいるうちにアシュタヤと警備兵の会話は終わった。どうやら異変が生じたのはつい先ほどらしい。朝方に許可証を持った「双子」を通して以降誰も訪れていないのに何が、と警備兵たちは不可解そうに頭を捻っていた。

 どのような方法を使ったかはともかく、マーロゥとヨムギは顔を見られずに侵入したらしい。僕たちはほっと胸を撫で下ろし、警備兵の役目を奪うことにした。「一人の軍人として異変の正体を確かめる」という名目でアシュタヤは命令し、彼らも特に異を唱えることはなかった。


「じゃあ、ラニアさま、お気をつけて」

「ええ、おまかせください」

「行きましょ」と中に入ろうとしたアシュタヤを止める。僕は外壁を指さして、言った。

「いや、アシュタヤ、直接行こう」

「直接?」

「階段を塞がれていたら面倒だ。上の方の見張り窓から中に入ろう」


 僕の提案に二人の警備兵は声も出さずに大きく口を開けた。間があり、彼らは互いの顔を見合わせる。理解できないのも無理はないし、説明をしている猶予もない。僕はアシュタヤの腕を引き、しっかりと抱きかかえて〈腕〉を纏った。


「じゃあ、お二人とも引き続きお仕事お願いします」


 返事を待たずに跳躍する。サイコキネシスによって押された身体は垂直に跳び上がり、極々わずかな静止のあと、重力に従い落下を始めようとする。アシュタヤを抱えていることで重心が高くなっているせいで軸がぶれ、胸の辺りを軸に身体が回転を始める。

 その一瞬、僕は〈腕〉をそっと背中に這わせた。

 塔に対して仰角四十五度。押しつけられた身体を足で支え、壁面を蹴る。僕たちの肉体はあたかも重力の方向を無視するかのように振る舞った。


「走っているみたい……」


 アシュタヤの感嘆を胸に、僕は黒い粉塵の舞う窓、その一つ下の階へと直進した。二十五メートルを駆け上るのに三秒もかからない。ぱらぱらと降ってくる何かの欠片にアシュタヤが目を瞑り、悲鳴を飲み込んだところで塔の中へと侵入した。

 直上からはまばらな戦闘音が聞こえる。太い剣戟の音と爆ぜるような音――それだけだ。その特徴からマーロゥと火を扱う片割れだと分かる。

 ヨムギのものと思われる音はなかった。


「ヨムギはもっと上にいるみたい……」


 納得と疑問が同時に弾ける。

 確かに「双子」の連携は強い。二対二を挑むのは得策ではないだろう。けど――マーロゥはいい、ヨムギは一対一で勝てるのか?

 疑問は焦燥を呼び、僕は窓に足をかけて叫んだ。


「アシュタヤ、ここで待っててくれ! マーロゥの方を終わらせたら――」


 合図を送る。

 そう言おうとしたとき、鼓膜を抉るような濁声が響いた。

 悲鳴だ。痛みに喉を絞りきった悲鳴。首元を締めつける悪い予感をどうにか否定する。

 違う、マーロゥのものではない。

 だが、逡巡などしている暇はなかった。僕は窓の外へと躍り出て、〈腕〉を足場に煙と粉塵が舞う直上の階へと昇った。

 そこにあったのは靄のように立ちこめる黒煙だった。煙に含まれる粒子が喉を引っ掻き、咳き込みそうになるのを何とか堪える。


「マーロゥ! 返事をしろ!」


 この状況だ、無事ではないだろう。だが、見つけさえすれば傷を癒やすことができる。火傷はお手の物さ、だから、返事をしてくれ――


「マーロゥ!」

「聞こえてるっつの……」


 頭上から降ってきた声は、せせら笑うような、飄々としたものだった。身体に緊張が走り、見上げる前にマーロゥが着地する。衝撃でよろめいた彼を抱き留め、友人が無事であることに僕は安堵した。

 安堵は即座に、硬直へと変化する。

 嗅いだことのある悪臭が漂っているのだ。僕は恐る恐る項垂れた彼の顔を覗き見る。そこにあったのは皮肉交じりに僕をからかってくるマーロゥの顔ではなかった。


 顔の右半分が焼け爛れている。

 赤黒く変色した肌に喉が詰まった。溶けた皮膚が固まり、波打ったまま凝固しているさまはラ・ウォルホルでの体験を恐ろしいほどの鮮明さで想起させた。

 ごくり、と音が鳴り、それから唾を飲んだことに気がつく。

 飲み込んだ唾はまるで溶けた鉛のような熱と重さで胃を焼いていった。その感触に忘我から立ち返った僕は慌てて治癒魔法陣を起動させ、〈腕〉を彼の顔に当てる。他人の傷の治癒には慣れてきていたものの、これほど重度の怪我は初めてだ。焼けた皮膚が剥がれ落ち、肉と皮が徐々に再生を開始したが、その速度はあまりにも遅々としたものに感じられた。


「おお……顔が痒いな」マーロゥは目を瞑ったまま、細く長い息を吐く。「痒み止めの薬はあるか?」

「冗談を言ってる場合じゃないだろ!」

「楽勝だよ、馬鹿。それよりもヨムギだ、ニール、早くそっちに行け、もうだいぶ治ってるだろ」


 でも、と反論の言葉は僕の喉を通り抜けなかった。目を開いたマーロゥは射貫くような視線を送ってきている。

 僕も理解していた。全身に細かい裂傷や火傷はあったものの、もう彼の命に別状はない。一刻も早くヨムギの元へと行くべきだ。

 唇を噛みしめ、僕は頷く。顔面の傷を急速に回復させたため、マーロゥの瞳が眠気で淀み始めていたが、それでも彼は薄く笑っていた。

 僕は彼に肩を貸し、下の階へと降りる。窓際で不安そうに待っていたアシュタヤはマーロゥの顔を見て小さく息を吐いた。


「……アシュタヤ、マーロゥを頼む。まずい怪我は治しておいたから」

「うん……ニールは」

「ヨムギのところに」


 応えると同時に外に飛び出す。再び塔の壁面を駆け上った。

 上には小さな窓がいくつも誂えられている。一つ目に辿りつき、中に誰もいないことを確認し、さらに上を目指そうとしたとき、下卑た哄笑と怒りの臭いが降ってきた。

「双子」の片割れだ――風を操る魔術師。その笑い方には嗜虐趣味が滲み出ていて、嫌悪感に身体の内側がくすぐられた。胃のむかつきが食道を這い上がり、喉元で爆ぜる。視界が揺れる。次の瞬間、不思議な感覚が僕の身を包み込んだ。


 肉体と精神が、乖離する。

 肉体は塔の上を目指している。感覚であと二つ先の階であると分かる。そこから窓には格子状の枠が取り付けられていて、壊さなければ中には入れそうにもないと、ああ、そうだ、僕は知っている。

 なぜか。

 浮遊した精神が誰かの視界でその窓を見ていたからだ。

 立ちこめる白い霧の中、「双子」の片割れは奥歯を噛みしめ、ちらりと窓の外を覗いた。焦燥を露わにするように靴で床を擦っている。その感触までもが確かな現実感で僕に伝わってきていた。


 ――ああ、そうか、これは「双子」の視界だ。

 この経験は今まで何度もしてきた。誰かとの会話の途中に、僕は目にしたことのないイメージの中へと取り込まれたことがある。ヤクバやキーン、あるいは今日、マーロゥの行動を彼の視点で観察していたように、だ。

 そのときと同じ、誰かの中に入り込むような感覚に身を包まれている。


「舐めるなよ!」


 僕の唇が動いた気がした。錯覚だ、実際に叫んだのは「双子」の片割れである。彼は突き出した刺突剣の先端、かすかな赤い液体を見て、狂ったように笑っていた。

 鼻が曲がりそうなほど強い怒りを、僕の嗅覚は感じている。


「たかだが半年程度のてめえの魔法なんて目眩ましにもならねえんだよ!」


 彼は風の魔法を詠唱しながら、剣を振り回す。魔装兵の動きではなかった。ほとんど趣味の範疇、めちゃくちゃな剣筋だ。

 だが、ヨムギは懐まで入ることができない。

 彼女の姿を隠す深い霧は風に払われ、しかもその風の中には小さな石片が、漂うというにはあまりに猛烈な速度で泳いでいる。ヨムギが飛び込もうとするたびに彼女の肌には夥しいほどの傷が生まれていた。

 ヨムギの怒りの臭いが増す。屈辱感と奮起がない交ぜになった感情だ。狭い室内、遠距離を得意とする魔術師を相手にするには絶好の環境でここまでやり込められていることに、彼女は筆舌に尽くしがたい憤怒を抱いていた。


「ヨムギ! 下がれ!」


 僕の声が、僕の肉体から発せられた声が聞こえた。「双子」の片割れは詠唱を中断し、ちらりと後ろを振り向く。窓の格子に掴まっている僕を見て顔面の筋肉が引き攣った。


「くそったれ、『化け物』が来やがった……兄貴は死んだか、さっさとずらからねえとまずいな」


 僕の肉体にはその声は届いていない。宙を舞う石が床や壁、天井にぶつかり硬質な音が乱反射していたからだ。

 早く助けなければ――。

 その思いは強烈な引力をもって僕の意識を肉体へと引き戻した。幻想の衝撃に脳が揺れ、意識が混濁しかける。それでも僕は〈腕〉を振りかぶり、窓の格子へと思い切り叩きつけた。


 ――あれ……?

 肩の辺りで緑色の粒子が舞っている。状況が理解できない。真っ白になった頭で僕はぼんやりと散乱した〈腕〉を見つめた。

 何が起こった?

 目の前にある石造りの窓枠はびくともしていない。当然破壊されるはずの窓枠は間の抜けた音を立てているだけだ。弾かれた〈腕〉は明確な形をなしていない。

 身体がぐらりと揺れ、重力が全身を引く。困惑の中で、その散乱する感覚がかつて慣れ親しんだものであることを思い出した。


 閾値。

 面積の広い対象物に対して効果的な力が発揮できなくなる現象だ。でも、なんで今、いや、考えてはならない。今はこの壁を壊すのが先決だ。

 僕は左腕を伸ばし、壁にしがみつく。とっかかりは指をかけるには十分すぎるだけあり、不安定な体勢のまま、もう一度、格子状の窓枠に打撃を加えた。

 みし、と積み重ねられた石のずれる音が響く。力が収束していく実感がある。感覚が戻ってきているのだ。僕は奥歯を噛みしめ、〈腕〉を振りかぶる。


 だが、そこで発動したのはサイコキネシスではなかった。

 怒りの臭いと下卑た高い声。双子の片割れが愚弄の言葉を吐いている。外でもがく僕に対して、中で煩悶するヨムギに対して。彼から発せられるすべての感情が僕の意識を彼の肉体へと誘引する。

 まばたきの間に入れ替わった視界には霧を発生させて身を隠そうとするヨムギの姿があった。双子の片割れは舌打ちをして、剣を持ち直す。


「だからよお、無駄だって。階段は塞いでるから逃げられねえし、『化け物』だって入ってこれねえらしいしな。大体、魔装兵とか、そういう中途半端なやつが俺に勝てるわけねえだろ。剣なんて突き出しゃ刺さるのに、何そんな必死になってんだよ」


 どれだけ罵倒されてもヨムギは愚直に霧を出し続けている。かき消されるたびに生まれる霧は彼女が意固地になっている象徴にも思え、危機感が湧く。そのうち、詠唱による疲労からかヨムギはたたらを踏み、円形の室内、僕のいる位置からもっとも遠い壁へと寄りかかった。


「体力だけは認めてやるよ」双子の片割れは一歩、ヨムギへと近づく。「でも、もう終わりなんだな。てめえの努力は――」


 そこで双子の片割れの言葉が途切れた。彼は訝しげに周囲に視線を彷徨わせる。遅れて僕も異変に気がついた。

 霧が晴れていないのだ。風に払われ、消えるはずの白い靄は滞留を続けている。


「なんだ、こりゃ……」

「……おれも馬鹿じゃない」不思議なほどに落ち着いたヨムギの声が床を這う。「出口を塞げば霧も出ていかない」


 彼女の不敵な笑みが霧の向こうに掻き消えていく。同時にばちん、とゴムが弾けるような音が僕の耳元で鳴り響いた。脳が揺れ、肉体へと帰還したことを実感する。その間際、円上に設置されている窓に板状の白い物質が張られているのがかすかに見えた――氷だ。

 ヨムギによって塞がれた窓が空気を閉じ込めている。双子の片割れが巻き起こす風はただ内部を循環させるだけで霧を晴らすことはなかった。舌打ちとともに、氷が割れる音が響く。だが、ヨムギがより魔力を注いでいるのか、霧の濃度はすぐには変わらなかった。


 突っ込むつもりか。

 無茶だ。霧は払われなくても無数の石の破片はそのままだ。突撃すればヨムギの身体は無残に切り裂かれるだろう。なんとか止めなければ――

 ――いや。

 制止の声を吐き出そうとして、やめる。止めたところで双子の片割れによる攻撃はいずれヨムギを捉えるだろう。ならばいっそのこと最大限の援護をした方がいい。

 僕はなんとか〈腕〉を細く伸ばし、室内で思い切り広げた。びしびしと当たる石の破片を力任せに握りしめ、部屋の隅へと叩きつける。蓋がなくなったことで晴れていく霧の中、ヨムギの影がかすかに揺らめいた。


「お前ごときがさぁ!」


 突き出された「双子」の刺突剣は真っ直ぐヨムギの影を貫いた。ばりっ、と硬いものがひび割れる音が響く。霧が急速に消えていく。双子の狂ったような笑い声がまるで自分から発せられたもののように感じ、どうしようもない怒りと不甲斐なさが僕の内側で爆発した。


「ヨムギ!」

「――馬鹿にするなよ」


 ヨムギの不遜な声色が霧を晴らしていく。

 そこにあったのは双子の片割れが人型の氷を串刺しにしている光景だった。ヨムギは大きく身体を捻り、胸を反らして攻撃を躱している。剣を構えるその姿は引き絞られた弓を彷彿とさせた。

 詠唱が途切れたことで氷は落下を始める。制止した剣先をヨムギの左手が捕まえている。強く引かれたことで双子の片割れの体勢が崩れる。

 一瞬の硬直をヨムギは見逃さなかった。

 彼女という弓につがえられた刺突剣は、矢さながらの速度で突き出され、見とれるほど美しい直線を描いた。


 まるで空気の隙間を縫うように、切っ先が標的の喉元へと滑り込む。「がっ」と詰まった声を漏らし、彼は力なく膝からくずおれた。

 音が消えた室内で、ヨムギは刺突剣を引き抜き、頬を垂れる血を拭った。喉元から血液を垂れ流している敵の心臓を突き刺す。


「たかだか剣を持っている程度で……失礼な奴だ。おれがオヤジに認められるまで何年かかったと思ってるんだ」


 ヨムギの足下で双子の片割れが痙攣を始める。溜息を吐いた彼女は壁面にへばりつく僕へと視線を移した。


「……何してるんだ、ニール。さっさと穴でも開けて入ってこい」

「分かってるよ、でも何か上手くいかなくてさ……」

「お前は馬鹿か。なら瓦礫をどかして階段から来ればいいだろう。どこの世界に窓から入ってくる奴がいる?」

「……じゃあ、中から迎えに行くよ。ちょっと時間がかかるけどいい?」

「構わないから早くしろ……ああ、それと」


 ヨムギはじっと僕の目を凝視し、ぱくぱくと口を動かしてからそっぽを向いた。なんだよ、この体勢辛いんだけど、と悪態を吐こうとしたとき、彼女はようやく声を出した。


「……助かった」


 あまりにも照れくさそうに言うものだから、僕は噴き出してしまう。ヨムギは顔を真っ赤にし、足下に落ちている石の破片を蹴り飛ばした。

 早く迎えにいってやろう。マーロゥの怪我も完全には治っていない。

「じゃあ、待ってて」と僕は窓枠から手を離して、束の間の自由落下を楽しむ。

 これ以上の刺客はいないはずだ。あとは帰るだけ――そう思うと同時にフェンたちのことを思い出した。迎えに行くのは早い方がいいんだろうなあ、と当たり前のことを考えながら階段を目指す。

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