112 Play〈レカルタ市街戦3〉
「いいのかよ」
僕たちは早足、というよりもはや小走りに近い速度で進んでいる。背後から聞こえたマーロゥの声は僕ではなく、とうに視界から消えたもぐらへと向かっているようでもあった。
足を止めずに、僕は訊き返す。「もぐらのこと?」
「それ以外ねえだろ」
「まあ、殺しておいた方が合理的だとは思うけどさ、相手の一を零にするより、自分の一にした方が得じゃない?」
「希望的観測だろ、そんなん。あいつがまた襲ってこない確証がねえ」
「そうだね。でも、毒は仕掛けておいた」
「毒?」
別れ際、僕がもぐらの懐に忍ばせたのは第二次ラ・ウォルホル戦役で得た特殊勲章である。グレードもかなり高く、まだ一度も使用していないため、換金すれば一年は暮らせるだけの金額になるだろう。
そう伝えるとヨムギが眉根を寄せた。
「それのどこが毒だ? そんなの敵の貴族のところに持って行けば済むだけだろうが」
「まあ、詳しい説明は後でするよ。それよりも、ほら」
僕は後方から飛んできた炎の弾を薙ぎ払い、かき消す。五十メートルほど後ろの建物、その屋上に小さく見える魔術師は完全に虚を突いたと思っていたのか、驚きに立ち竦んでいて、睨むと慌てた様子で姿を隠した。
「ちょっと離れてるな……放っておこう」
「おい、よく分かったな、今の」
「だって、アシュタヤがちらちら見てたし」
「……うん、ごめん」彼女は申し訳なさそうに目を伏せる。「今の人、分かりづらくて……次からちゃんと言うね」
レカルタの東西を貫く通りは開けてこそいるが、閑散としている。主に軍事的な用途で使用されるために商業規制が為されているからだ。金が人のいる場所に集まるのと同様、人は金がある場所に集まる。
つまり、「貴族地区」へと向かうために横切らなければならないこの周辺は僕たちを攻撃するにはうってつけの場所とも言えた。
「ヨムギ、そろそろ『霧』は解いてもいい。詠唱も疲れるでしょ」
「まだ余裕だ」彼女は満面に疲労を浮かべながらも、頼もしく強がった。「馬鹿にするな」
「はいはい……ところでアシュタヤさ、今どのくらい感覚を広げてる?」
「アシュタヤ、今どのくらい感覚を広げてる?」
「百エクタ」七十メートル、か。「その範囲に敵らしき人はいないわ」
「でも」とヨムギの声が背中に当たる。「『双子』は二百だか三百ぐらいなら攻撃できたよな。このまま進むとまずいんじゃないか?」
ヨムギの懸念は、おそらく当たっている。
今、僕たちのいる場所はレカルタの東部、この都市でもっとも人がいない地域だった。南部には商業地区、北部には城や貴族地区があり、西部の端にもちょっとした歓楽街が存在する。その一方で、東部の外側にあるのはほとんどが空き地だ。十数年前に人口増加を見越して行われた防壁拡張工事のおかげで、周辺に人の姿はなかった。
敵は僕たちを害するつもりはあっても市民の犠牲を出すつもりはないのだろう。傭兵とならず者は等号では結ばれない。むしろ大義名分を掲げて正義であると誤認された方が操りやすいのだ。
「双子」はそう言ったタイプの人間ではなさそうだが、指揮統制を考えると彼らにも同様の指示が飛んでいると看做していいはずだ。敵が僕たちの進むルートを読んでいたならば最大火力と思われる彼らをこの場所に置くだろう。先ほど魔法使いが現れたこともその証左であるといえた。
「まあ、ヨムギの言うとおりだろうね。絶対双子がいると思う……だから、ここらでちょっと休憩しようか」
「は?」とマーロゥとヨムギの声が重なる。アシュタヤも「どういうこと?」と怪訝な表情を作った。
「できれば燻り出したいんだ。あいつらは本当に性格が悪いから、攻撃を弾き続ければきっとむきになる」
「おまけにしつこかったな。アシュタヤたちと会うまで、何度あいつらに馬鹿にされたか」
「……ヨムギ、一たす一は?」
唐突な質問にヨムギは声を荒らげた。
「ニール、馬鹿にするな。二以外になってたまるか」
「それなら大丈夫、『双子』よりヨムギの方が頭いいよ。あいつら一たす一が四よりも大きくなるって信じてるから」
僕のジョークは伝わらなかったのか、それともまるで面白くなかったのか、誰からも反応が返ってこなかった。これはまずい、と舌を出した瞬間、頭を叩かれる。横に並んだマーロゥが非難がましい視線を送りながら「うるせえな」と吐き捨てるように言った。
「悪かったよ、帰ったら冗談の一つでも教えてくれ」
「それはいいけどよ、お前、あいつらの攻撃、そんな何度も防げるのかよ。話を聞いてると、その『双子』ってのは結構強いんだろ?」
「まあね……でも、待ち構えてる僕に攻撃を当てたいなら『太陽』くらい持ってきてくれないと。絶対に勘弁だけど」
そう言って肩を竦めると、マーロゥは鼻で笑った。自信過剰な僕の素振りが珍しかったのだろうか、振り向いたアシュタヤですら汗が流れる頬を緩めている。
「攻撃されないに越したことはないけど……ちょっとありがたいかも。レカルタは広すぎて私の体力がもう」
「アシュタヤは体力がない」ヨムギはつまらなさそうに溜息を吐く。「普段から鍛えてないからこうなる」
「帰ったら少しくらい運動しないとね……代わりにヨムギにはベルの正装を着させて歴史のお勉強をさせてあげる」
アシュタヤは一息に言い切って、その分の酸素を補給するように、大きく呼吸をした。路地の向こうにちょっとした原っぱが見え、そこに辿りつくと、彼女は膝に手を突き、額の汗を拭った。何度も詠唱を繰り返していたヨムギも束の間の休息に安堵したのか、大きく息を吐いている。
「さて」表情一つ変えないマーロゥは辺りを確かめながら、呟く。「こっからどうする? 『双子』を無視して先には行けないよな。って言ってもどこにいるか分かんねえけど」
「待ちかな……先延ばしにして、個人的に襲ってくる可能性はないとは言えないし、僕は嫌われてるだろうし」
「『双子』以外に敵が来る可能性はどうだ?」
「たぶんそれもない。もし力のある傭兵がいるならもぐらが伝えてるだろうし……それに『双子』は味方がいても構わず撃ってくるからそんな配置にはしないと思う」
「それならいいんだけどよ……」
考えたところでどうにもならないことではあったが、考えずにはいられない。僕とマーロゥは互いに不安要素を挙げ、そうすることで杞憂が現実から遠ざかると信じて、それを続けた。
『双子』が魔法を撃ってくるならどこからだろうか。話の合間に、僕は遠く、街の中央部を見やる。不揃いに生えている高い建造物に自然と目が行き、あそこからここまでどれほどの距離があるのか、眉間に皺を寄せたが、攻撃範囲内に入っているような気もしたし、そうでないようにも思えた。
「なあ」背後でヨムギが妙に間の抜けた声を出す。「あれ、なんだ?」
「どれだ?」
隣にいるマーロゥが反応したため、僕は視線を変えない。『双子』が攻撃してくるなら西に逃げた場合でも対応できる内側のはずだ。
「あそこだ、ほら、光ってるだろう」
「ああ、本当だ。……魔法陣か?」
「何のだ? 周りには誰もいないぞ……どうやって魔法陣を発動させてるんだ?」
そこでマーロゥとヨムギの会話が途切れた。「ニール!」つんざくようなアシュタヤの声が僕の身体を引っ張る。
「転移魔法陣!」
ぞくり、と背中に冷たいものが走った。
振り返ったところで、強烈な輝きを発する光の柱が視界に飛び込んでくる。薄い靄があり、そのずっと奥にある一本の木が奇妙に歪んでいた。
――空間がねじ曲げられているように。
「構えろ!」
動揺に〈腕〉が暴れる。怒りと決意が身体の内側をめちゃくちゃに殴り、周囲から何もかもが消え去った。
その中でただ一つ、光の柱だけが残っている。
〇
「フェニケルスがいないな」
唐突に現れたギルデンスは僕たちを見て、静かにそう言った。感情は読めない。この場での対峙が彼の予定通りのことだったのか否か、彼が発する情報からは把握することができなかった。
ギルデンスの隣にはディータがいる。彼女は僕やヨムギの顔を見ないようにしているのか、申し訳なさそうに顔を伏せていた。
「ディータ!」
目の前でヨムギの声が破裂した。焦燥で背筋が冷え、僕は飛びかかろうとした彼女を何とか捕まえる。
「ヨムギ、やめろ!」
「離せ、ニール! おい、お前、ディータから離れろ!」
「随分、血気盛んなのがいるな……バンザッタでのお前のようだ」
ギルデンスの顔に刻まれた魔法陣が発光する。その瞬間、マーロゥが〈腕〉の中でもがいているヨムギを羽交い締めにした。彼の顔は引き攣っている。恐怖より怒りの色が強かったが、彼は引き摺るようにヨムギを僕の後ろへと引っ張っていった。
「……ありがとう、マーロゥ」
「何でお前に感謝されなくちゃならねえんだ」
その声は上擦っている。
攻撃があるかもしれない、後ろを警戒してくれ。そう言おうとしたが、喉元で声が止まった。遠くから攻撃されたとき、マーロゥがアシュタヤやヨムギを守る術はない。そのため、離れてくれとも言えず、僕は沈黙を保ったまま、ギルデンスを睨みつける。
「……何しに来た、ギルデンス」
「怯えるな、ニール。少し、質問しに来ただけだ。どうせここを通るだろうと思ってな」
「……答えることはない」
「そう言うな」
ギルデンスの顔に苦笑が帯びる。表情には明らかな余裕が窺え、それだけで、僕の身体の中心が熱くなった。その怒りが伝達したのか、彼は顔を引き締め、訊ねてくる。
「くだらないことだ。……ハルイスカから何を持ち帰った?」
「……あなたでも分からないことがあるんですね」
アシュタヤが発した声の先端は震えていたものの、精一杯の敵意がこめられていた。彼女は縋るように僕の服の、背中の辺りを掴んでいて、僕はその感覚に奥歯を噛みしめる。
膠着状態の中、必死に思考を巡らせるが、即座に画期的な手段を閃くはずもなかった。
この状況を、誰も傷つけることなく、そして、情報を与えずに切り抜ける方法――僕の思案は金属の擦れる音によって遮られる。ギルデンスが自身の腰に差した金属の筒を抜いているところだった。
「あいにく私は全知全能というわけではないのでね……ニールが答えないなら、あなたでも構いませんよ、アシュタヤさま。状況を把握できない方でもないでしょう?」
服を引く彼女の力が強まる。迷いの証だ。答えれば穏便に済ますことができるのは明白であったが、その方法が大きな後悔に繋がることはきっとアシュタヤも理解している。
「断る」僕は静かに、そして明確に、意志を叩きつけた。「すべてがお前の思い通りになると思うな」
その瞬間、ギルデンスは左手の筒を前に掲げた。咄嗟に〈腕〉を広げる。
背後でマーロゥの声が弾けたのもまた、そのときだった。
「ニール! 撃って来やがった!」
中断していた思考が爆発する。迷いが生じる。僕の〈腕〉は相反する方向の二つを同時に守れない。前と後ろ、どちらを防げばいい?
焦れったくなるほどの一瞬が過ぎ、僕はアシュタヤに引かれ、右へと飛んだ。視界の端でマーロゥとヨムギが左へと身を投げ出したのが映る。ディータはギルデンスの後ろに隠れ――
――着弾する、そう思った瞬間、ギルデンスの掲げた筒から水の矢が射出された。
猛烈な速度で宙を駆けた水の矢が、直進してくる炎の弾と衝突する。蒸発するよりも早く炎の弾は粉砕され、ばらばらになった火が草の上に柔らかく落ちた。
「愚かな奴らだ……私も一緒に仕留められるとでも思ったのか……」
嘆息し、ギルデンスは炎の弾が発せられた方向へともう一発、水弾を放つ。水弾は遠くに並ぶ二つの塔、その右側へと進み、途中でぐにゃりと軌道を変えた。
「さすがに遠いか」
「……ねえ、ギルデンスさん」
沈黙を保っていたディータが怯えの滲んだ声を発する。彼女は泣き出しそうなほどに顔をくしゃくしゃに歪め、懇願するように言った。
「もう帰ろ? ね? もういいでしょ?」
「口を噤んでいてもらえませんか、ディアルタさま。まだ何も進展していないではないですか」
ギルデンスの拒絶が空き地に浸透した瞬間、彼は金属の筒を思い切り薙ぎ払った。がっ、と硬質な音が響き、光の粒が舞う。
金属の筒とぶつかったのはヨムギが放った氷の矢だった。魔法すら使わずに攻撃を防がれたことに、彼女は悔しさではなく、怒りを漂わせている。
「お前はっ、お前は――!」
明確な敵意を向けられているにもかかわらず、ギルデンスはヨムギにさほど興味を示さない。彼は何事もなかったかのように筒を手の中で回した。
「さて、ニール……お前は仲間に恵まれているな。しっかり状況を把握できる人間が隣にいるというのは羨ましい限りだ」
「……何の話だ」
「思考よりも行動が優先される場合があるということだ。……なあ?」
ギルデンスの鋭い眼光がマーロゥを貫く。それに呼応されたわけではないだろうが、マーロゥはぐっと歯を食いしばり、静かに僕の名を呼んだ。
「ニール、てめえはそいつをやれ。俺とヨムギは『双子』をやる」
「マーロゥさん!」僕の背後でアシュタヤが狼狽する。「でも!」
「それしかないっすよ。ニールは馬鹿だから俺たちを無駄に守ろうとする。……それに」
俺はてめえの荷物じゃねえんだ。
マーロゥの目は僕にそう語りかけていて、羞恥心と罪悪感がこみ上げてきた。
僕は彼を下に見ていたのかもしれない。失いたくないが故にただ守るべき対象であると誤認していたのかもしれない
「ニール、てめえのちっぽけな腕で何もかも守れるだなんて思い上がるな。後ろは俺たちに任せろ。……どうせ邪魔だろ?」
「……頼むよ」
僕の返答とともに、マーロゥはヨムギの腕を引いて地面を蹴った。彼女の恨み言に近い叫び声は次第に遠ざかっていったが、最後に一つ、僕への確認とも激励ともつかない言葉が残された。
「ニール、分かってるだろうな!」
駆けていく彼ら二人をギルデンスは狙わない。僕とギルデンスから離れたことで『双子』の攻撃はマーロゥたちに向かっていたが、その動きは素早く、炎弾は地面に衝突し、火の粉を飛び散らせるだけに終わった。
広大な空き地には静寂が落ちている。ギルデンスと睨み合う中、僕は彼の纏う雰囲気に一つの確信を抱いた。
「……これも予定通り、か」
「ほう」とギルデンスは口角を歪める。「どうしてそう思う?」
「二発目を撃つ理由が乏しい。お前……『双子』の位置を教えたな?」
返答はなかったものの、ギルデンスの笑みは僕の予測が間違っていないことを物語っている。
不快感はない。
どちらにしろ、長く戦うつもりはなかったからだ。
僕は気付かれないよう慎重に、ゆっくりと足を前に滑らせる。気を逸らすために言葉を発する。
「随分優しいところがあるじゃないか。お前ならあの二人を攻撃すると思ったのに」
「優しい? 私がか?」
ギルデンスは白けた顔で、あっさりと一歩、大きく足を踏み出した。じりじりと近づこうとしていた僕は面食らう。アシュタヤを遠ざけようと考えたが、離れたところで彼女を攻撃されては防ぐこともできない。
迷っているうちに、ギルデンスは少しずつ接近してきていた。僕の攻撃範囲に侵入したが、〈腕〉は前に出ない。動こうとした瞬間、ギルデンスの構えた暗い穴から刃物よりも鋭い悪意が発射されるような気がしてならなかった。
「ニール、私は人間の繋がりほど強いものはないと思っているよ。絆、と口にするといささか陳腐だが、それでも人は繋がりがあるから強大な敵にも立ち向かえる」
「……感動的なことを言うじゃないか」
「私は今まで戦地を飛び回ってきた。だから、名前も力も知らないが、あの二人も顔くらいは目にしたことがある。若い傭兵の典型、とは言わないが、ああいった類の人間は窮地に追いやられても誇りを守ろうとする。覚悟は若木の間で伝播する。ここにいられると邪魔なだけだ」
「なら、残念だったな……どちらにしても僕たちはお前に何も教えない」
「お前は、だろう?」
ぞくり、と悪寒が背筋を舐め上げた。針状の氷が皮膚の至るところに当てられている感覚が飽和する。踵に硬い感触が当たった。アシュタヤの靴の爪先だった。恐怖に後退りしていたことを自覚したのと同時に、ギルデンスはおもむろに筒でアシュタヤを指し示した。
その行動に、全身を覆っていた冷たさが熱へと変わる。
「アシュタヤに、その筒を、向けるな!」
「心配するな、アシュタヤさまを狙うつもりはない。どうせお前が防ぐだろうし、傷を負ったところでお前は他人の怪我を治せるのだろう? なら、私が彼女を攻撃したところで何の意味もない……しかし、逆はどうだ?」
僕の後ろでアシュタヤの身体が震えた。悪い想像をしたのか、戦えない自分に不甲斐なさを感じているのか、それとも、僕には見えない何か恐ろしいものを目にしたのか、背中に彼女の怯えが伝わってくる。
「ニールの命がハルイスカに行った理由を話すだけで買えるのならば安い、あなたはそう判断するのではないですか?」
「……私は」
「アシュタヤ! ……僕から離れないでくれ」
だが、前を見たまま僕がそう言った瞬間、彼女の温度が遠ざかった。恐怖に押されて、というより、明確な意志を持って下がったような感覚がある。
「アシュタヤ!」
「大丈夫、ニール、ギルデンスは嘘を吐いてない。あの人は本当に私を狙わないみたい」
「でも」
「考えがあるの」
アシュタヤは小さく息を吐き、それから、ディータへと向けて叫んだ。
「ディアルタさま! 魔法陣なしで転移魔法を使えますか!」
ディータの顔が疑問に満ち、それからぱっと明るくなった。ギルデンスが舌打ちをし、同時に僕もアシュタヤの言葉の意味を理解する。
「なるほど……ギルデンス、三対一、だな」
「……ディアルタさま、一つ忠告しますが、私の邪魔をしないでいただきたい。私はあなたと良好な関係を築いてきたと思っています」
ギルデンスは無防備にディータの方へと顔を向ける。
その瞬間を僕が逃すわけがなかった。
息を吐く。一歩、左足を踏み出す。〈腕〉を研ぎ、剣へと変える。空気を裂いて直進する〈腕〉はギルデンスの頬を掠め、赤い血がわずかに舞った。
躱された――その認識が痛覚で上塗りされる。
一瞬遅れて、攻撃されていたことに気がついた。ギルデンスの筒から発射された水の矢が僕の肩口の皮膚をはぎ取っている。
だが、指一本分の傷だ。修復する必要もない。僕は構え、腹の底から叫んだ。
「ディータ! 何エクタまで近づければできる!」
「三エクタもあれば大丈夫!」
「……ディアルタさま」
失望したかのような表情で、ギルデンスはディータから距離を取るように少しずつ歩を進めた。詠唱を開始しようとした彼女を横目で睨みつつも、僕の攻撃へ警戒も怠っていない。
「やはり……貸し出すべきではなかったな。これだから、繋がりを実感すると厄介なんだ」
「……繋がり」
ディータはその単語を咀嚼し、はっきりとした発音でそう繰り返した。彼女は縋るようにギルデンスを見つめる。
「繋がりなら、ギルデンスさん……私とあなたの間にも大事なものがあると思うの」
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