17 卑しい牢獄

「懐かしい話をしていらっしゃいますね、アシュタヤさま」


 突如として降ってきた冷たい声に身体が震えた。警戒心を否応なく弾くその声、ギルデンスのものだ。

 鉄格子の向こうに彼がいる。僕は咄嗟に腰に手を当て、アシュタヤから借り受けた短剣を構えようとしたが、手は空を切った。携えていたはずの短剣がない。当たり前か、人質に武器を持たせるほど相手も無能ではないだろう。

 隣にいるアシュタヤは一度僕に制止の視線を送り、それから彼の方へと顔を向けた。


「……ギルデンスさま」

「そう警戒しないでいただけますか。無抵抗の人間を痛めつけるような歪んだ嗜好は持ち合わせていません……ニール、とかいうのもその負傷だ。この牢には阻害魔法もかけられているし、何もできやしないだろう?」


 何もできないだと? 笑わせるな。

 油断しきったお前なら――。

 幽界の腕を展開しようとした瞬間、右腕を強かに掴まれた。


「ニール、やめて」


 アシュタヤの懇願するような表情が僕の怒り、その発露を妨げる。ギルデンスに視線をやると、彼のローブの隙間からあの忌まわしい風銃の銃口が僕に向いていることに気がついた。

 身体が硬直する。攻撃する意志を固めた瞬間に銃口から弾丸が放たれ、喉元を食い破られるのではないか、という危惧がじくじくと疼いた。


「お前の術がどんなものか、まるで見当もつかないが、この際、それはどうでもいい。だが、私に何かしようとするのなら火の粉は払わせてもらう」

「ギルデンスさま、落ち着いてください! ニールにそんなつもりはありません!」

「私は落ち着いています、アシュタヤさま。私が取り乱すことなどありましょうか。むしろあなたが穏やかにさせるべきは隣にいる少年だ。殺すのは忍びない」

「ふざけるな!」僕は激昂を吐き出す。「お前は人を殺すのに躊躇いすらないだろう! アシュタヤに向けて攻撃したとき、お前は眉一つ動かしていなかった!」

「それは『拒否の堀』があったからだ。あれはただの示威行動にすぎない」

「嘘を吐け!」

「ニール、言っておくが、私が無抵抗の人間を殺すのが嫌いなのは本当だ。必要であればやるがね……、私が心から望んでいるのは私の力を十二分に発揮できる戦いだよ」


 ……気狂いめ。

 再び立ち上がろうとするが、やはり、アシュタヤは僕を制止した。腕を掴む彼女の力そのものは僕を押さえつけるほどの力はなかったけれど、その震える感触に僕は動けなくなる。


「ギルデンスさま、あの頃と何ら変わりないその嗜好にはもはや私がかけるべき言葉はありません。ですが、一つだけ教えていただけませんか?」

「私がこんな誘拐まがいのしみったれた罪を犯していることですか?」

「……ええ、あなたがこんな仕事で満足するわけがありません」

「大事の前の小事ですよ。あなた方の行動はいつか大きな波紋となる。それが戦となるように丁寧に育てようと思っただけです」

「……あなたは」


 アシュタヤの顔が怒りで歪む。

 アシュタヤの、カンパルツォの、ウェンビアノの理想が狂人のせいで汚される。それだけで、僕が動くには十分な理由だった。

 だが、今もなお、アシュタヤは僕の腕を強く握りしめている。まるで、耐えろ、と願っているかのような悲痛な力を感じた。

 それをよそに、ギルデンスは続ける。


「レング・カンパルツォの野望はきっと崇高なものなのでしょう。腐りきった貴族を退け、民を一つ上の段階へと上げる。私には政治はさっぱりわからないが、素晴らしい話なのかもしれません」

「だったら!」

「しかしながら、あなたもきっと理解しているでしょう。反発する者は当然いる。無知蒙昧な民、我欲を優先する貴族、笑い話にもならないが、この国を動かしているのはそういった愚人どもだ。愚人は賢人よりもずっと結びつきやすい。理想を抱いた賢人が十年かけて作り上げた結合を、愚人は一日で為す。どれだけ啓蒙されても、愚人の間で噂は一人歩きし、あなた方を逆賊と変えるでしょう。いかに王があなた方を認めたとしても」

「それでも! いつかは必ず」

「いつかは必ず」アシュタヤの反論を遮り、ギルデンスは口元を歪める。「いつかは必ず、理解される。そうかもしれない。真に国を思いやる気持ちは人を変える可能性がある。私はその変化の過程に、少しばかり血なまぐささを付け足そうとしているだけです。……いいではないですか、どちらの理想も叶えられる。そのためにはあなたに協力してもいいと思っているくらいです。憎しみと子どもは手間と時間をかけた方がよく育つ」


 ……この男は、危険だ。

 胃の底で暗澹とした感情が重量を増していた。悪と正義が二分される単純なものであるならば、ギルデンスは前者の極北にいるに違いない。すべてを利用し、瞬間的な快楽を作り出そうとしているこの男のことを僕は一生理解できないだろう。

 目の前に立つ男がまるで違う生き物のようにも思えた。

 優雅な生活を送る貴族たちが反抗するのはまだわかる。贅を尽くした生活を手放すまいと僕らに牙を剥くのは当然の流れだ。

 だが、この男は反抗すらしていない。後の世がどうなろうと構わないと考えている。自分の望む戦いすらあればそれでいいのだ、と。


「ギルデンスさま、あなたはどうして、そこまで……」

「さて、どうしてでしょう。幸福な家庭に生まれて、優しい父と母、使命に燃える兄、その中で、私の視線だけが違う方向を向いていた。だから、きっと生まれつきなのでしょう。生まれついて頭か腹の中身が歪んでいたのではないでしょうか」


 まるで他人事のように話すギルデンスには笑みが浮かんでいる。彼は自分でも狂っていることを自覚していたのだ。しかも、それを誇りに思っているようでもある。


「ついでだ、今回の騒動、その首謀者の名前だとか、目的も教えて差し上げましょうか」

「そこまでだ、ギルデンス殿」


     〇


 牢の中に響いたのは、生理的嫌悪感を催させる、太い声だった。

 腹の突き出た四十歳くらいの男が扉の前に立っている。貴族なのだろう、華美な衣服に身を包んだその出で立ちは欲に塗れた日々を過ごしていると推測するに容易い。男は侮蔑を含んだ目つきで僕を睨んだあと、にやにやと下卑た目でアシュタヤを見据えた。やめろ、と叫びそうになる。その視線だけでアシュタヤが、彼女の理想が汚れる気がした。


「オルウェダ卿、いかがしました」ギルデンスが眉を上げる。「こんな場所などあなたには似合わないでしょうに」

「そんなことは重々わかっている」オルウェダと呼ばれた男は、ふん、と鼻を鳴らし、つまらなさそうに言った。「『剣』のアシュタヤ嬢がいらっしゃるのだ、話し合いでも、と思ったのだよ。わかったら貴様は下がっていろ、戦狂いめ」

「……承知しました」


 ギルデンスは笑いを堪えながら慇懃に頭を下げ、牢を出て行った。入れ替わりに槍を持った屈強な男が三人、姿を現す。


「さて、アシュタヤ嬢。エニツィア子爵、ガズク・オルウェダ、だ。一度お目にかかりたいと思っていたのですが、噂に違わぬ美しさであられることで」


 勘に障る口調だった。形だけの礼儀、そこには一切の尊重も存在しない。

 アシュタヤもそのことに気付いていたはずだ。けれど、彼女は静かに立ち上がり、破れたスカートの裾をわずかに持ち上げて深々と頭を下げた。


「初めまして、オルウェダ卿。ラニア家長女、バンザッタ駐屯軍特別隊のアシュタヤ・ラニアと申します。本日はどのようなご用だったのでしょうか」


 礼をしたまま、彼女は僕を一瞥してきた。何を言われても我慢して――そう伝えるような瞳の色合いをしていて、身動きが取れなくなる。

 鉄格子の向こういるオルウェダは気付いていないようで、満足そうな笑みを浮かべながら言った。


「なに、用というほどでもない。カンパルツォ伯爵に国政参加を考え直すように口添えしてもらいたくてね。彼も歳だ、わざわざ参加しなければならない理由はないだろう」

「オルウェダ卿は誤解しておられます。私ごときが何を言ったところで伯爵の意向を曲げることができましょうか。それに、年齢によって理想は衰えるとは思えません」

「果たしてそうかな。長い年月バンザッタを治めてきた名君がこの期に及んで国政参加などと戯言を吐き始めたのはあなたを迎えてからではないですか。噂では『熊』が『剣』を持ってはしゃいでいるだとか、誑かされたとか言いますが」


 脳が怒りで気化したのではないか、とすら思った。気付けば〈腕〉を展開している自分がいた。


「侮辱するな!」

「ニール!」


 アシュタヤの強い叱責の声に、僕はようやく我を取り戻す。身体に刺さるほどささくれたオルウェダの目つき。彼は苛立ちを隠そうともせず溜息を吐いた。


「困りますな、アシュタヤ嬢。飼い犬の躾くらいきちんとしておいた方がいい」

「申し訳ありません。彼は負傷して気が立っているのです」

「まあ、いくら着飾ったところで平民だ。感情の赴くままに怒鳴り散らす下品さは取り除けないだろうがね」


 貴族という生き物は罵倒する言葉しか知らないのか。これなら鏡に向かって話しかけていた方が余程有意義ではないか!

 どれだけサイコキネシスを使い、太った醜い男を壁に叩き付けてやろうかと思ったことか。だが、その感情を抑えることができたのはひとえにアシュタヤのおかげだった。作り笑いの影、背中に回した彼女の手が怒りで震えていたからだ。

 冷静にならなければならない、と僕は自分に言い聞かせた。この場で怒りをぶちまけてもどうにもならない。僕には殺人などできないし、槍を持った三人を同時に戦闘不能に陥れることもできないだろう。攻撃したところで残りの二人に槍衾にされるか、あるいはアシュタヤの命までもが奪われるだけだ。

 つまるところ、僕にできるのは怒りを晒さないように俯き、アシュタヤたちの会話を聞いていることしかなかった。


「……賢明なオルウェダ卿のことです。噂など信じていないとは思いますが……情報は長い旅路を経て歪みます。一方で熱意は時とともに勢いを増すこともあるでしょう。カンパルツォさまが今、立とうとしているのはあくまで彼自身の意志であり、私の存在など何も影響いたしません」

「口だけはなんとでも言えるがね。あなたも不幸なことだ。自身の野望で国を傾けようとする逆賊に付き従わされるとは……。おまけにそんな無能な犬まであてがわれて……発情期には気をつけた方がいいですぞ」


 屈強な男たちの侮蔑に滲んだ笑い声が弾ける。堪えろ、と念じる。これ程度なら級友たちの方がもっと豊富な語彙だった。根拠のない罵倒をいくら浴びせられたところで平気だ。そうだろ、アシュタヤ?

 怒りをやり過ごし、目立たないように細い息を吐く。いつだってそうしてきた。怒りを圧縮して、空いた空間に作り物の平静を流し込めばいいのだ。大丈夫、ほら、耐えてる、と僕はアシュタヤに目配せをする。

 その瞬間、喉から素っ頓狂な声が、漏れた。


「え」


 アシュタヤの目の色が変わっていた。彼女の透き通るような灰色の瞳が怒りに燃えている。

 まずい――。

 背中の神経が逆なでにされる。僕の嗅いだことのない怒りの匂いが一瞬で牢の中に充満していた。混じりけのない怒りだ。その根源であるアシュタヤに手を伸ばそうとしたが、上手くいかない。

 気圧されていた。

 いつもにこやかに僕の話を笑って聞いていた、アシュタヤの面影はどこにもなかった。


「お言葉ですが、私も私自身の考えで動いているのです。私にはカンパルツォさまの理想が傾国の愚策とは到底思えません。むしろ国を傾けているのは立場に溺れたあなたのような貴族の方々なのではないですか?」

「……口の利き方に気をつけたまえ」

「ならば、オルウェダ卿、あなたは頭の使い方に気をつけるべきです」


 飽和する。弾ける。溢れる。暴れる。――憤りが。

 僕はオルウェダの合図を見逃さなかった。屈強の男の一人に目配せする、その合図を。


「アシュタヤ!」


 危ない、とその思いが喉から出る前に、僕は彼女の身体を突き飛ばした。視界の端で槍の柄尻が突き出される。

 肋骨が砕ける感触。棒きれが折れるような乾いた音が骨を伝わり、鼓膜を叩いた。

 悲鳴が声にならない。吐き気がこみ上げる。


「ニール!」


 地面に尻をついたアシュタヤの悲痛な声が牢の中にこだました。同時に苛立ちに塗れたオルウェダの舌打ちが耳に届く。


「……糞アマが、少しばかり手心を加えてやろうと思っておればこれだ。この私を侮辱しおって……、貴様はなぶり殺しにしてやる! 四肢をもぎ、女に生まれたことを後悔させながら腹を捌いて生きたまま豚に食わせてやろう! 覚悟しておけ!」


 聞くに堪えない罵倒を吐き散らしたあと、オルウェダは姿を消した。

 冷たい牢の中、アシュタヤの謝罪だけが響いていた。


     〇


「ごめんなさい、ニール、ごめんなさい、私のせいで」


 アシュタヤの表情にあったのは深い後悔だった。軽率な行動で僕を傷つけたことを悔いているようだった。そんなことどうでもいいのに、と僕は思っていたけれど、咳き込むたびにあばらが痛むのは確かだ。苦痛に顔を歪めるとアシュタヤの透き通った目から涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。


「ニール、ねえ、大丈夫、私があんなこと言ったから、ごめんなさい」

「大丈夫だよ、アシュタヤ。大丈夫だから落ち着いて」


 声を出すたびに痛みが走る。悟られまいと僕は努めて明るく笑った。


「きみのせいじゃない。むしろ僕は少し嬉しかった。きみの怒りは僕の怒りだったんだ。せいせいしたよ」


 彼女は僕の言葉が本心であるとは思わなかったらしい。「でも」と涙声で言った。僕はそれを遮り、続ける。


「アシュタヤ、冷静になるんだ。あの豚がわざわざ僕たちの目の前に現れてくれたおかげで色々情報が集まった」

「何言ってるの、ニール! それどころじゃないでしょう!」

「アシュタヤ」僕は一音一音ゆっくりと発音する。「落ち着くんだ。僕の手を握って、ゆっくりと息を吸うんだ。僕の話を聞いてくれ」


 差し伸べた手を、彼女はおずおずと握った。彼女の冷えた指先が手のひらに触れる。なのに、僕の肌は不思議と暖かさを感じていた。緩やかに痛みが取り除かれていく気がした。


「落ち着いた?」

「……うん」彼女は伏し目がちに頷く。「少しだけ」

「じゃあ、説明するよ。といっても、僕の推測だから合っているとは限らないけれど……まずはあいつらの目的だ」

「そんなの……わかりきっているじゃない。伯爵の国政参加の中止でしょ?」

「それだけじゃ半分だ」僕は石の壁に寄りかかって、背中を丸めた。「あいつらはカンパルツォさまのバンザッタ統治の継続を求めている。なぜならあの豚はギルデンスと違って戦を求めていないからだ。戦と、裕福で安全な暮らしはまるで正反対の方向にある」

「確かにそうだけれど……」


 これくらいのことはあの豚と顔を合わせる前から頭にあった。彼らは名君と名高いカンパルツォを直接的に害そうとはしないだろう――少なくとも今は。奴らは理由こそどうあれ、平和を望んでいる。王の要請を経て国政参加しようとしている彼を殺せばエニツィア南部の要所であるカンパルツォ領の支配体系が揺らぐ。それは安全な生活が脅かされることにも繋がる。

 もちろん無能のあまり、後先考えずに手を下すことも考えられたけれど、あの豚はカンパルツォが演説したとき、そうしなかった。オルウェダが敵の一派の中でどの程度に地位にいるのかわからないが、それは敵の総意であるはずだ。


「オルウェダが僕たちの目の前に現れてわかったことがいくつかある。まず一つ、あいつらは僕たちを生きて返すつもりなどまるでない、ということだ」


 言葉を切った瞬間に、気の遠くなるような激痛があばらから全身に伝播した。身体が強張る。そのせいで肩の傷や他の打撲箇所まで連動して僕の意識をかき消そうとした。

 ああ、ああああ。痛い、痛い、痛い!

 アシュタヤに見られないように、苦悶の表情を下へと向け、咄嗟に腕で隠した。この苦痛は彼女のせいではない。前借りしただけだ。僕が、あるいはアシュタヤが味わわせられるはずだった痛みを。

 必死に思考する。考えていれば痛みが紛れる。僕は苦痛を悟られないよう、できる限り穏やかな声色を作った。


「そうでなければ、あいつが僕たちの目の前に姿を現す理由はない。もしかしたらきみを懐柔して味方に引き入れようとしたかもしれなけれど、きみはその道を断ち切った」

「私が! 私がその要求を引き出していれば、ニールがこんなことになることも……」

「違う、違うよ、アシュタヤ。君がその要求を飲むふりをしていたら、既に僕はこの世にいなかっただろう。あいつらにとって僕は何でもないただの護衛だ。伯爵の息がかかった、ね。そんなの殺しておくにこしたことはない」


 だから、本当に感謝しているんだ。

 きみがあのとき、激昂していなかったら、きっと僕は今以上の苦痛を受けて、大きな未練を残しながら死なねばならなかった。当然、これは僕の推論だ。けれど、敵にとって僕はその程度の存在であるに違いない。だから、この推測がすべて間違っているとは到底思えなかった。


「そして、もう一つ、あいつらは超能力のことを何も理解していない。あいつらはきみの広範囲精神感応をただの魔法の一種だと思い込んでいる。僕のサイコキネシスもきっと同様だ。だから阻害魔法と鉄格子程度で安心している」


 僕は顔を上げ、アシュタヤを見つめる。


「さて、これからどうする?」


 突如として放り投げられた質問に彼女は虚を突かれたようで、目をぱちくりとさせた。「どう、って」先ほど自分が発した言葉にも関わらず、アシュタヤは頭の中に浮かんだであろう答えを持て余し、鉄格子と僕の間に視線を往復させた。


「ニールの怪我もあるし、救出を待つしかないんじゃ……」


 僕は噴き出す。左の肋骨に激痛が走る。筋肉が引き攣る。でも、おかしくてたまらなかった。人間の身体は痛みに慣れるのだろうか、それとも、僕の脳がいかれてしまって快楽物質を垂れ流しているのだろうか。僕は彼女の揺れる瞳に笑い続けた。

 あいつに啖呵を切ったきみはどこへ行ったんだ?

 これからどうする、そうあっけらかんと訊ねてきた君はどこへ?

 アシュタヤは笑い続ける僕とは正反対に狼狽を見せた。発狂してしまったのか、と言外に彼女の目が語りかけている。


「アシュタヤ、そんな時間なんてないよ。次、あいつらが僕たちの前に現れた時が僕たちの最期だ。あの男たちは槍を、今度は刃を向けて、鉄格子の向こうから僕を殺すだろう。きみはもっと凄惨かもしれない」


 あの豚は、きっと言葉通りに彼女を辱めるだろう。そうなる前に――。


「逃げよう、アシュタヤ」

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