第玖話 【2】 盲信する兄妹

 その後も、兄妹達は必死に生きていました。


 菜々子ちゃんの方は、もう体を売るのは止めたのか、あんな高価な食材を持って来る事は無くなり、兄の透君の方も、米俵を持って来る事は無くなりました。

 でもそれは、今まで飢えは問題なく凌いでいた状況から、飢えを耐えないといけない状況になっていました。


 だけど兄妹は、あれからより一層絆を強め、たとえ空腹になっていても、泣き言1つ言わずに、必死に食料を集める為に働いていました。


 佐知子ちゃんも、そんなお姉ちゃんとお兄ちゃんの姿を見て、何かあったんだと察知したのか、自分にも何か出来ることはないかと、2人の帰りを待っている間、崩壊したこの仮の家を、なんとか直そうとしていました。


 なんだろう……これは過去の映像で、もう終わった事なのに、僕はこの子達を、なんとかしてあげたいと思っちゃっている。


「当時の私も、同じ事を考えていたね」


「びっ……くりした。心を読まないで下さい」


 いきなり僕の頭の中に、今の八坂さんの声が響いてきて、驚いちゃいましたよ。


「あっ! お姉ちゃん! お帰りなさい!」


「ただいま、佐知子」


 そんな時、佐知子ちゃんの明るい声が聞こえてきたので、僕は再びそっちに集中します。


「あっ、今日もお芋さんだね」


「んっ。ごめんね、佐知子。これしか……」


「ううん、そんな事ないよ! 佐知子、お芋さん大好き!」


 その後に、透君も帰ってきました。だけど、透君の方は何も持っていません。


「あっ、お兄ちゃん。そっか、今日も……」


「あぁ、ごめんな……ただ働きだよ」


 そう言って、机の変わりにしている石の台に、小銭を何枚か置きました。これ、は……10って書いてある。でも、円じゃないよね……。


「くそっ! 子供だからって、お駄賃程度かよ!」


 透君の格好を見ると、汗だくで泥だらけで、どれだけ重労働したんだろうって、そんな感じになっていました。

 それなのに、お駄賃程度だなんて……酷いーーって言いたいけれど、お金を払う方も、それくらいしか出せないんじゃないのでしょうか? それでも、出してくれるだけマシなのかな?


「お兄ちゃん、大丈夫だよ。私、畑仕事をいっぱい手伝って、なんとか食べ物を貰ってるから」


 そんなお兄ちゃんを見て、菜々子ちゃんがそう言ってくるけれど、ここから一番近い畑って、何キロありましたっけ?

 菜々子ちゃんは、朝早くに出て行って、日が落ちるまで帰って来なかったりします。本当にこんな事を続けていたら、希望なんて見い出せなくなるよ。


 そしてこの兄妹達は、徐々にやせ細っていました。


 あれから3ヶ月半程、兄妹達はろくに食事を取れていませんでした。

 汚い手を使わずにいたらこんな状況に……こんなの誰だって、汚い事をしようとするよ。


「お芋さん美味しい~!」


「佐知子、無理するな」


「お兄ちゃん、大丈夫だよ。神様のご加護があるから、ちゃんと見ていてくれているよ。ねっ、八坂様」


「あぁ……」


 そんな兄妹達の様子を、ただ1人心苦しく見ていたのは、八坂さんでした。


 何かして上げたいのに、この兄妹達は、自分達でなんとかしようとしている。だけど八坂さんは、何か焦っているようにも見えます。


「お前達、神はちゃんと見ている。大丈夫だ、これは許してくれる。だから、私がーー」


「それは駄目です、八坂様。あなた様は、防人として神社を、そして私達以上に不幸な人達を助けて上げて下さい」


「お前達も十分にーー」


 だけど、そんな八坂さんの言葉を、今度は透君が止めてきます。


「あんたさ、俺達の観察はもう良いだろう? あんたの求めた答えは、菜々子のお陰で分かったんだろう?」


 しかし、八坂さんもそんな事では引き下がりません。額に手を置き、ため息をつきながら続けます。


「はぁ……関わった手前、放っておけるか。良いかお前達、いい加減に肉を食え。そうしないと死ぬぞ!!」


 そして八坂さんは、兄妹達に向かってそう叫びました。


 だけど、死ぬってどういう事? ちゃんと食べているのにーーって、違う! この兄妹達は、ずっとお芋か野菜しか食べてちない! 栄養バランスが偏って……いや、一日に芋1本、それを兄妹達で分けているんだ、それ以前に絶対数が足りない! あれからお肉は食べていないんだ、身体に異変が出るのは間違いないです!


 だからなの? 兄妹達が痩せていくと同時に、ある吹き出物が出て来ているんです。そして兄妹達は、ひたすらそれを痒がって、掻きむしっている……。


「良いか。お前達は、栄養失調になっているんだ。このままでは、本当に死んでしまうぞ!」


 だけど、八坂さんの言葉は、この兄妹達には届きませんでした。


「えっ? そんな事ないですよ。だって、神様がちゃんと見守ってくれているから」


「あぁ……こんな所で、こんなに頑張っている俺達が、死ぬ訳がない。いや、死んでたまるか!」


「佐知子も頑張るよ! 頑張って、2人が安心して帰って来られるお家を作るんだ!」


「佐知子、お前……それで、こんな所に板があるのか?」


 そう言うと透君は、自分の後ろに立てかけてある、一枚の板を手に取ります。


「あぁ! それ、支えなの!」


「いや、こんなので支えられるかっての……」


「む~!」


「佐知子。あなたはまだ小さいんだから、無理しちゃ駄目」


「佐知子、もう大人だもん!」


 透君の言葉でむくれる佐知子ちゃんに、菜々子ちゃんが優しくそう言っているけれど、余計にむくれちゃったよ。


 うん、やっぱり……この兄妹には、死んで欲しくない。そう思っちゃうよ。


 だけど、そんな兄妹を見ながら、八坂さんは愕然としていて、そしてポツリと呟いていました。


「くっ……! 私は、やってしまったのか……?」


 その言葉を聞いた僕も、八坂さんがやってしまったという意味が分かりました。


 この酷い状況……追い詰められた極限の精神状態で、なんでも良いから助けが欲しかった。

 そしてこの兄妹達にとって、その助けが、八坂さんの存在になってしまった。


 正確には、八坂さんの背後にある神々の存在。


 そして、あの白蛇の鱗。

 八坂さんが、神々の力を感じるその鱗を渡してしまったせいで、この兄妹達はすっかり、神にすがってしまったのです。


 自分達は死ぬ訳がない。だって、神様が見ているんだから。汚い事をせず頑張れば、いつかきっと……。


 そしてそのせいで、自分達が追い込まれている事にも目を背け、酷い現実から逃げていたのです。

 でもそれなら、あの白蛇の鱗はいったいなんなの? 八坂さんは神の力を感じたみたいだし、何かあるのは間違いないはず。


「あの白蛇の鱗。あんな物を私が見つけなければ……いや、見つけていても、それで元気付けようとしなければ、あんな事には……」


 すると、また今の八坂さんが、僕の頭の中に話しかけてきます。


「あんな事? それって、今のこの状況を差しているんじゃないよね? いったい何が……」


「あの白蛇の鱗は、清い物なんかじゃなかったのさ」


「へっ?」


 清いものじゃない?! それじゃあ、禍々しい呪いのアイテムだったとか?


「禍々しいもの……そうだな。私がそれを見抜けていれば、あるいは……いや、当時神々は、もう既に居なかったのだ。これは、後で分かったんだがな。つまりあれは、そんな良いものではなかったのさ」


 もう既に、神々がいなかった……。

 うん。僕の頭の中に湧いてきた情報と合っています。という事は、あの鱗はやっぱり……。


 すると、また場面が変わり、何日、何週間か経った後の場面に移ります。


 そして、あの兄妹達の住む場所には、沢山の雨が降っていました。


 でも、以前とは違う雰囲気……重々しいその空気は、まるでお葬式をしている様な感じです。まさか、誰か死んだの?


「佐知子、しっかりしろ!」


「兄……ちゃん……」


「佐知子、佐知子! なんで、なんでよ!?」


 そこには、ぐったりと横たわっている、佐知子ちゃんの姿がありました。

 まだ死んではいないけれど、もう唇の色も青くなっていて、肌の色も血の気が抜けて、白くなっていました。


「くそっ、だから言っただろうが!!」


 そしてそれを、悔しそうにしながら見ている、八坂さんの姿もありました。

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