第漆話 【2】 八坂の見た地獄
気合いを入れた僕は、そのまま天津甕星の懐に飛び込もうとするけれど、そこはそう簡単にはいかなかったです……。
「なんの考えも無しか……舐められたものだ。ふんっ!」
「ぐぅっ……!!」
天津甕星は、自身に纏っている負の怨念を、衝撃波のようにして撃ち出して来ました。実体のないものを、そんな風に使うなんて……。
そして僕は、その怨念に吹き飛ばされてしまい、石の鳥居にぶつかりそうになります。
だけど、その手前で地面に足が付いたので、思い切り踏ん張り、なんとか踏み止まる事が出来ました。それと、今の攻撃で僕は確信しました。
やっぱりこの怨念の中には、幸せになりかった後悔があります。つまり、誰でも考え方次第では幸せになれるって、そう言い聞かせる事が出来たら……。
「……椿ちゃん。さっき言っていた、負の感情は幸せへの憧れから来るって言葉。それがそうではなかったら、君はどうする?」
「えっ? 八坂さん?!」
すると突然、天津甕星が八坂さんみたいな喋り方をしてきました。
それに驚いた僕が顔を上げると、負の信仰心に塗れて歪んでいた顔付きが、あの何を考えているのか分からない、八坂さんの顔になっていました。
さっきまではまるで、天津甕星が人の姿になったみたいな、そんな感じだったのに。まさか、今は体の主導権が、八坂さんになっているんですか?
「八坂、何を……?」
あっ、天津甕星も意識はあるんですね。どうなっているんですか、その体は……。
「邪凶大神様、試してみましょう。このまま戦っても、この子の心は折れませんよ。それならば……一度地獄を見せて上げましょう」
「ふむ。そうか……そうかそうか。その手か。あぁ、良かろう」
すると、天津甕星が両腕を上げて、負の怨念をその手に掻き集めていきます。
また、威力だけが高いあの攻撃ですか? そんな事をしても無駄ですよ。吸収して返しますからね。
それと、さっき八坂さんが「地獄を見せる」って言っていたけれど、地獄なら見ましたよ。
あれが地獄と呼べるかは微妙ですけど、それでも地獄の鬼達と対峙したし、地獄の能力も使ってこられたからね。
「八坂さん。残念だけど、地獄なら僕は見ましたよ」
「十地獄ですか? 確かに、あれも地獄でしょう。ですが、地獄は他にもあるのです。そう、現世にも……ね」
「えっ?」
「特に日本には、1番の地獄と呼ばれた時代がいくつかある。その時代も、感じて貰いましょう。そして敗者達の記憶を、生々しい戦の記憶を見て貰いましょうか」
すると、八坂さんがそう言った後に、天津甕星が両腕に集めた怨念を、僕に向かって飛ばして来ました。
でも、これは……? 違う、攻撃じゃない。あまりにも濃い怨念が、空間を歪めています!
「くっ……! わぁぁっ!!」
それを避けようにも、空間が歪んでいたから上手く動けず、結局僕は、その怨念の塊に飲み込まれてしまいました。
だけど、真っ暗で何も見えない空間の中で、この怨念は僕を汚そうとはしてこない。むしろ、何かを見せたがっています。
そしていきなり、僕の目の前が開けていき、明るくなってきました。
そこは、さっきまでいた裏稲荷山の一ノ峰じゃない、広い広い平原でした。
更に突然、僕の耳に怒号が鳴り響き、地響きまでしてきます。
「なっ……!? いったいなんですか?! ここ!」
その地響きに、僕は慌てて耳を塞ぎ、急いで辺りを確認します。
すると、丁度自分の足下で、甲冑姿の人達が馬に乗り、刀や槍を振り回し、殺し合いをしていました。
それと、僕飛んでる?
それよりもこれは……昔の戦争?
うん、間違いないです。所々に、家紋の入った旗が見えます。銃とかは一切無いから、江戸よりも昔……応仁の乱あたりでしょうか?
うわ……容赦なく殺しあっている……躊躇いとか、そういうのが無い。強い者が全て。勝つ事こそが、永遠の
だからだね。ここで負けて死んだ人達は、皆一様にして、恨みの目を相手に向けています。
だけどそれも諦めて、その目をゆっくりと閉じている……だけど閉じる瞬間、やっぱり思っていますね。
すると次の瞬間、いきなり景色が変わり、今度は銃声が僕の耳に響いてきます。
これ……鉄砲が戦で使われ始めた時だ。つまり、戦国時代だ。
確か鉄砲の登場で、戦の仕方がガラッと変わったみたいですね。戦略というのが、より重要になってきた。
ただ馬に乗って突撃するだけじゃあ、返り討ちにあって、次々とやられていくだけ……それを高笑いして見ているのは、恐そうな武将さんです。
そしてまた、場面が変わる。今度は日本じゃない、外国?
背が低い人が、皆に号令をかけている。なんだか、凄いカリスマ性を感じますね。人々の信頼も厚そうです。だけど、その人の行動を許さない人達が反抗しています。
でも、反抗しているのは王族で、そして襲撃しているのは、市民かな? これ……まさかフランス革命?
まだ、まだある……次々と僕の目の前に、戦争や革命、内乱、そう言った争いごとが映し出されていきます。
そしてどこからともなく、八坂さんの声も聞こえて来る。
「どうだい? 人はこれだけの過ちを犯しているんだ。それを君は、全て許すのかい?」
「八坂さん。いくら過去の映像を見せられても、僕は揺らがないよ。過去は過去なんです。終わった事なんです。それは、僕が許すとかじゃない、これからの皆の生き方で、これを教訓に変えていけば良いんです」
確かに、これを「許すのか」と言われたら難しいでしょうね。だって、その戦争や内乱の中に……妖怪達の姿もあったから。
自ら関わって殺されたり、逆に人を操りいい気になっていたり、争いに巻き込まれて殺されたり……色んな妖怪達の姿も、過去にあった争いの映像の中にありました。
だから、それを見ても尚、人を許すのかと言われたら、分からない……が、答えです。
許す、と言ったら嘘になる。許さない、と言っても嘘になる。僕の心は、絶賛混乱中です。
だけど、これが相手の策なら、思い通りになんかさせませんよ。
「ふむ。まぁ、ここまでは予想通り……それなら、これはどうかな?」
すると、また景色が変わります。
いったいどこまで見せる気なのかな? どれだけ見せられても、僕は揺らがないよ。絶対にね。
だけど、次に僕が見た景色は、更に酷いものでした。
「えっ? うわっ!!」
突然僕の目の前を、飛行機が飛んで行きます。
上空から見ている景色だから、飛行機が目の前を飛ぶのも分かるけれど、ちょっとビックリしちゃいましたよ。
だけど、丸い先端に独特のフォルム。あの飛行機……いや、あの戦闘機は零戦?!
僕が男の子だった時、街を歩いている中で、書店でそういう雑誌に目を奪われ、立ち読みをした事があります。だから分かるんです。この景色が……。
零戦で、相手の駆逐艦に突撃して行き、撃墜されて行く。だけど、運良く一機だけすり抜けて行き、そして艦のド真ん中に突っ込み、その艦ごと爆発しました。
これは、特攻……。
つまりこの景色は、太平洋戦争、第二次世界大戦の時の映像。
「さぁ……見てもらおうか、この時の人々の醜さを。そして、天照大神の分魂の1体が、神を恨んだその瞬間を……」
それってまさか、八坂さんの事じゃないでしょうね?
でもそれなら、しっかりと見ておかないと。八坂さんを攻略する手がかりが、ここにあるかも!
すると、また景色が変わりました。これを見せたいのじゃないのかな? だけど今度は、ドーム型の建物の上? この形も、どこかで……。
僕がそう思った次の瞬間、遥か上空から何かが光って、それが落ちて来たかと思ったら……。
「うっ……!!!!」
激しい衝撃と爆風、肌が一気に焼けていく程の熱が、僕を襲います。
これ、叫び声を上げるとか、そんな余裕すら無い程の爆発です。
あぁ、このキノコ雲は……広島の、原爆投下の瞬間ですか。
だけど、これが映像なら、なんでこんなにも衝撃とか熱さとか、そういうのを感じているんでしょう?
「私の得た情報から、原爆の威力を君に体験して貰ったよ」
「そんなの要らないです……」
「そうか。でも、体験してみないと分からないだろう? どうだい? これを人が作ったんだよ。人が落としたんだよ。人が、こんな地獄を作ったんだよ」
「……うわ」
八坂さんの言葉なんてどうでも良いです……ただ僕は、眼下に広がる光景を見て、そう呟くしかなかったです。
その光景は、正に地獄でした。
僕が戦った、十地獄を再現した十極地獄。あの地獄よりも、もっともっと地獄という名に相応しい……そんな光景です。
これを、人が生み出したのですか? なんだか、心がざわつきます。駄目です、僕……冷静にならないと!
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