第弐話 【2】 今度こそ

 どっちにしても2人からしたら、今の状況は助かっているし、僕が嫉妬する事もないから、このまま進みたいんでしょうね。先へと歩き出しています。


 でも僕としては、2人に少し離れて欲しいんです。

 そうじゃないと危ないんですよ。さっきみたいに、寄生妖魔に寄生された妖狐達が、襲って来るかも知れないですからね。


 因みに、さっきの男性の妖狐達は、目を覚ました後に「2人を頼みます」とか言って、伏見稲荷から出て行きました。確かに、そっちの方が安全ですね。


 ついでに、この2人も一緒に連れて行って欲しかったけれど、僕から引っ付いて離れないし、白狐さん黒狐さんもいるからという事で、連れて行く事になっちゃいました。

 この先が危険だったら、僕の持っている勾玉で、人間界に送るけどね。


「とにかく2人とも。お願いだから、べったりくっつくのは止めて下さい」


「お姉様が、白狐様黒狐様に引っ付かれたいですか?」


「うんーーじゃなくて! 戦闘になったら危ないからですよ!」


「安心して。ヤコお姉ちゃんも私も、お姉様の邪魔はもうしませんよ。だけど、たまにはお姉様の寵愛を……」


「聞いていますか?!」


 2人とも頬を赤らめて、僕の横を歩いているけれど、僕の話をあんまり聞いてくれません。何か言えば、必ず変な方向に誤解されるし、こんな風に変な事を言ってきます。


 そして、腕に引っ付くのを止めてはくれたけれど、手は繋いでいます。恋人繋ぎですけど……。


「白狐様黒狐様としたかったですか? お姉様」


「そうですねーーいや、そうじゃなくて……」


 おかしいです。ヤコちゃんの問いかけに、素直に答えちゃいました。

 この2人の問いかけには、どうしても素直に答えちゃう。なんで?!


「無理ですよ、お姉様。どんな妖怪でも、私とヤコお姉ちゃんの問いかけには、素直に全て答えてしまうんです。そういう特殊な能力なのです」


「…………」


 それじゃあもう、僕は答えません。

 そんな厄介な能力を持っているなんて思わなかったよ。神様の前で、隠し事をさせないようにでしょうか?


「それで。椿お姉様はもう、白狐様黒狐様とキスは済まされましたか?」


「うん……って、なんで?!」


 答えないってそう思っていても、口が勝手に動いて、勝手に言葉を発しちゃったよ!!

 いったいどんな凄い能力を持っているんですか、ヤコちゃんとコンちゃんは……。


「ふふ。答えないって意思を持っていても、そんなの関係なく素直に答えちゃうんですよ。じゃあ、次はですね~」


「ヤコお姉ちゃん、体の関係もあるか聞いてみようよ!」


「そうですねぇ」


「それはだめぇ!!」


 冗談じゃないですよ。そんな関係あってもなくても恥ずかしいし、答えたくないですからね!


 とにかくそんな事を話しながら、ようやく重軽石のある社までやって来ました。

 確か、この先を左手に少し進んだ場所に、天狐様の社へと続く、分かれ道があったはずです。


 そして、この社に着いた瞬間、前を歩いていた白狐さんと黒狐さんが後ろに飛び退き、僕の横に立ちました。それと同時に、大きな爪が僕の方に向かって来ます。


 いや、仕方ないとは思うけどさ……せめて一言、攻撃されているって言って欲しかったです。


「御剱、神威斬!」


 僕はいつものように、巾着袋から御剱を素早く取り出すと、それでその爪を受け止めます。

 爪と言っても、良く見たらこれ、1本の爪でした。つまり……。


『椿! 横からもう1本来るぞ!』


「あ~もうっ! なんで攻撃が来たって言ってくれないんですか!」


『す、すまぬ……咄嗟だったのと、異様な姿をしていたのでな』


 とにかく、反対側から追撃してきたもう1本の爪は避けて、受け止めた爪は弾き、その勢いでなんとか距離を取った僕は、真っ先に白狐さん黒狐さんに文句を言います。


 ついでに、必死にしがみついていたヤコちゃんとコンちゃんを離して、ちょっと不本意だけど、白狐さん黒狐さんに渡します。


「異様な姿って……」


 その後、白狐さんに言われた事が気になった僕は、その先にいる妖魔であろう化け物を確認します。

 確かに……何とも表現し難い化け物が、そこにはいました。


 てっきり、巨人みたいな大きさかと思ったら、下半身が蛇みたいになっていて、腕も鞭みたいにしならせています。

 それなのに、その先に大きな5本の爪が付いてるなんて、ちょっと卑怯ですね。


 そしてどういうわけか、上半身が起こせないらしく、這いつくばった状態で、丸い円形の口の中の、歪な形の牙を軋ませて鳴らし、縦に細長い顔に付いている、横に伸びた目で、僕を睨んでいました。


 この妖魔……なんだかおかしいです。


「これ……別の妖気が混ざったような、そんな感じがする。1、2、3、4、5……まだある。7、8つもある。まさか……」


 8体の妖魔を1つにしたとか、良くあるダメなパターンをやっちゃったんじゃ……。


「シュォォオオ!!」


 それから、変な叫び声を上げて、そいつは僕に襲いかかって来るけれど、8つもの妖魔を無理やり1つにしてしまっているから、その力がブレちゃっています。


 さっきは上手くいったようだけれど、今度は爪が上手く伸びてくれず、僕の元まで届きません。

 だけど、そのまま鞭みたいな腕を後ろに引き、もう一回攻撃しようとしてきています。でも、爪が重すぎて上手くいってません。


 なんですか……? これは。華陽は僕を舐めているのでしょうか? そう思うと、なんだか無性に腹が立ってきますね。


華螺羅狗斬かららくざん


「シュォ……ッ!」


 そして僕は、両手で握った御剱を振り、いくつもの真空の刃を放ち、その歪な妖魔を浄化します。本当に……ちょっと僕を舐めすぎです。


 白狐さん黒狐さんでも、力を失ってさえいなければ、こんな奴くらい余裕だと思います。でも、今は僕がやるしかないです。


「さて。進みましょうか、白狐さーーあれ?」


 その後僕は、後ろにいるはずの白狐さん黒狐さんに向かって声をかけるけれど、そこには誰も居ませんでした。

 それどころか、辺り一面真っ白な霧に覆われています。しかもその霧は、さっき浄化した妖魔から放たれていました。


 やられた……この妖魔は、倒したら駄目だったんですね。

 恐らく、空間を行き来する事が出来る妖魔を、この歪な妖魔に混ぜていた。しかもご丁寧に、結果を張れる妖魔まで……。


 多分、白狐さん黒狐さんを、僕から分断させるのが目的ですね。

 そして僕の方に華陽、もしくは……一旦僕を足止めして、僕の力を暴走させる為に、白狐さん黒狐さんを仕留める。


 そこまで考えた僕は、僕の足止めに効果的な、ある妖魔の姿を思い浮かべます。

 多分足止めだとしたら、この結界内にいるはずです。


 ここがいったいどこなのかは分からない。別の空間なのか、別の場所なのか……だけど、脱出するとしたら、ここにいる奴を倒せば、出られるかも知れません。


「湯口先輩……いる?」


 そして僕はゆっくりと、ここで僕を足止めをするのに効果的な、その人物の名を呼びます。


 それと同時に聞こえてくるのは、鈴の音。


 杖の先に取り付けられたかのようにして、小刻みに、規則的に、その音が僕の背後から鳴ってきます。


 こっちに近付いてる。


「やっぱり、足止め……という事ですか」


「足止め? 違うな。1体だけなら、まだなんとか捕まえる事が出来る。それが俺なら、尚更捕まえやすいだろう。それが、華陽様の考えだ」


「そうですか……やっぱり僕は、だいぶ過小評価されている様ですね」


「華陽様の前では、誰だってそうだ」


 そうだとしたら、僕達にも勝算はありますね。

 だけどその前に、僕の後ろから殺気を放ってくる、この人をなんとかしないといけません。


「残念だけど、そう簡単にはいかないよ。湯口先輩」


「その名は捨てた。今の俺は、空魔だ。妖魔人の頂点に立つ存在」


「くだらないですね」


「なに……?」


 そして僕は、ゆっくりと後ろを振り返り、白い長髪に赤い目、真っ黒な体に、白い幾何学的な線の入った、邪悪な体をした湯口先輩を睨みつけます。


 服装は袴に、素肌の上から丈の短い羽織袴ですか……全くの別人と言うか、その体からは覇気が溢れ出しています。


 これはまるで、鬼です。


 だけど僕は、御剱を強く握り締め、湯口先輩とにらみ合います。


「すぐに、元に戻してあげます。湯口先輩!」


 僕はもう引きません。そしてもう、逃がしません!

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