第弐拾壱話 【2】 龍の逆鱗

 そして僕の巨大竜巻は、まだ地獄を突き進んでいます。


 いったいどこまで行くのでしょうか?


 個室の壁も壊してしまい、中の亡霊達をも巻き込み、地獄を蹂躙していっています。

 亡霊達は罰を受けているだけなのに、何だかごめんなさい!


「あの……椿様。このままでは、次の階に降りる階段が……」


 そんな時、後ろから玄葉さんがそう言ってきました。


 しまった。それは考えていなかったです。というか、こんな巨大になるとは思わなかったよ。

 大丈夫です、多分それまでには消えーーって、今何かが崩れる音が……。


『椿よ。お主はもう少し、冷静にならねばな』


「うぅ……そう言われても」


 僕にだって、許せない事はありますからね。そう言う時って、皆はどうやって冷静になっているのかな?


 すると、一向に衰える気配の無い巨大な竜巻が、急に天井に向けて跳ね飛ばされ、そのまま黒い糸で縫い付けられてしまいました。


 嘘……でしょう。まさか……。


「はぁ、はぁ……さ、流石に死ぬかと思ったわ~」


 分陀利が、僕の竜巻をその腕で吹き飛ばし、更に強力な怨念の糸で、天井に縫い付けちゃいました。

 しかも、疲労はしていても、ダメージは殆ど無さそうに見えます。


 この鬼、チート過ぎるってば……。


 駄目です。これはもう、力の出し惜しみをしている場合じゃないです。暴走するかも知れないけれど、皆上手く逃げてくれると信じます。


「白狐さん……ちょっとだけ、離れていて下さい」


『いかん、椿よ。こういう時こそ冷静にならんか!』


「そう言われても……」


 白狐さんに止められたけれど、相手は強敵過ぎます。僕が神妖の力を使って戦わないといけません。そうしないと、この鬼は倒せないです。


「椿様。龍花はまだ、やられてはいません」


「えっ? 龍花さん?!」


 すると、僕と分陀利の前で立ち塞がるようにしている龍花さんが、青竜刀を地面に突き刺し、そして両手を胸の前で合わせます。


「久々です。龍花がーー本気になるのは」


『なる程。人妖の中には稀に、覚醒をし、人とはかけ離れた姿となり、圧倒的な力を得る者がいると聞いていたが……まさか、龍花が』


「えぇ。私達の中で唯一、覚醒をした者です」


 覚醒? なに? それはいったい何のことですか?

 それよりも、龍花さんのお尻の辺りから、尻尾みたいなものが生えてきましたよ! 龍の尻尾みたいなものが!

 あっ、頭からは角が? あれは、龍の角? 腕も鱗みたいなのが生えてきて、龍花さんが龍みたいになっちゃっているよ!


「これは体に付加がかかり、長時間は戦えません。それに、醜いのであんまり使いたくは無かったのですが、こうなったらやむを得ません。青竜様から授かったこの力、とくとご覧に入れましょう!!」


 そう言った瞬間、龍花さんはその場から姿を消します。


「あら……? どこにーーびゃぃっ?!」


 すると、辺りを見回していた分陀利の顔が、いきなりぐにゃりと歪み、そして物凄い勢いで吹き飛んでいきました。


 今、何があったの? あの速度、虎羽さんよりも速い?!


「うっ……くっ!! 調子にのらーーなぃんっ!!」


 あっ、今度は分陀利の頭部が凹んでいます。速すぎて、龍花さんの攻撃が見えないです。

 いや、かすかに見えたけれど、攻撃をした瞬間、相手から反撃されないように、一瞬で拳を引いているんです。だから見えないんです。


「あわわわ……」


 あまりの出来事に、僕の方が呆然としちゃっています。


 因みに青竜刀は、地面に刺したままでーーって、その青竜刀も、地面から何かオーラみたいなものを吸い上げて、かすかに光っていますよ。

 なんですか、これは……? 龍花さんはいったい、何をしようとしているんですか?!


「あべっ!? あがっ?! かっ……あぐっ!! あ~もう!! この、じゃじゃ馬娘さん。いい加減に……げふっ!」


 最早一方的です。龍花さんは一方的に、相手を殴り続けています。そして分陀利は、どんどん顔がボロボロになっていき、足下もふらついてきています。

 流石にここまで攻撃をされたら、そうなりますよね。いったい何十回、相手に攻撃をしているんだろうって感じですから。


 それと、相手の怨念の糸はもう、龍花さんに効果をなしていません。

 だからなのか、それで僕達を操ろうと、僕達の方に糸が向かって来るけれど、僕が黒羽の矢を四方に打ち、その糸をバラバラにしていますからね。またワイヤーみたいに、細くて殆ど見えない糸だったから、ちょっと多めに矢を打っておきました。


「あがっ……!! かっ!? 向こうを操るのもーーぴぎっ!! 無……げふっ!!」


 その隙に、また龍花さんが分陀利を殴りつけました。そろそろ顔の形が変わってきそうですね。


「この……! いったいどこまで殴る気ですか……!!」


「もちろん、あなたがくたばるまで」


 る、龍花さん? 喋り方までちょっと怖いですよ。


「あらぁ……? くたばるのは、あなたの方ですわ! 私の能力に恐怖して、誰も近寄っては来ない。この孤独な負の念を前に、あなたは為す術無く崩れ落ちるのです」


「孤独? くだらない。勝手に決めつけて、勝手に孤独になっているだけでしょう? その前に、あなたは龍の逆鱗に触れたのです。それに恐怖していなさい」


「えっ……あっ? ちょっと……私の糸が……あ、あらぁぁ?!」


 多分、龍の逆鱗のオーラを前にして、この地獄に漂っていた負の怨念が、それに萎縮してしまっているんじゃ……。

 また分陀利が、四方八方から怨念の糸を出そうとしていたけれど、一切出て来なくなりましたからね。


 そして龍花さんは、手を後ろにやり、地面に突き刺したままの青竜刀を手元に引き寄せ、しっかりと握り締めます。

 青竜刀に集めていたオーラが、龍花さんの手に向かって行き、それで引っ張っていましたね。


「青竜刀、無心むしん龍華龍心剣りゅうかりゅうしんけん


「あら? あらあらあらあら?! ちょっと、地獄の亡霊の怨念が萎縮って……しかも、取り込まれていませんか?! 私の怨念が!? 孤独な怨念がぁぁ……!!」


 そして、龍花さんが青竜刀を構え、何かを言った瞬間、刀身から物凄い気が溢れ出し、それが刀を包み込み、大きな刃になっていきます。

 そして、周りの負の気までも取り込み、更に大きくなっていきます。


「青竜は、気の流れの扱いに長けている。龍花が参加した時からこの勝負、相手に勝ち目なんか無かったのです」


「うん。凄く綺麗で……そして怖いです」


 僕は今後、龍花さんを怒らせる事だけはやらないでおきます。まさに逆鱗に触れたら最後、恐ろしい目に遭ってしまいます。

 でも、なんで龍花さんはそんなのにも怒って……あっ、わら子ちゃんを操られたからかな?


「椿様のあの攻撃で落ちていれば良いものを。折角、椿様の手柄にしようと思っていたものを……貴様はぁぁ!」


 違いました。全く別の事で怒っていました!


「しかも、座敷様まで操るなんて、最早万死に値します!」


 わら子ちゃんの事でも怒っていました! 二重で怒っていたんですね。

 でもなんで、僕の攻撃でやられなかったからって、それだけで怒ったのでしょうか? それは分からないです。


「あら? だけど、大振りで隙だら……けーーっっ!!??」


 すると、龍花さんは相手が言い切る前に、構えた青竜刀を横に振り抜きました。

 その瞬間、刀身を纏っていた巨大な刃のオーラが、分陀利を一瞬で包み込み、そしてあっという間にその姿を消し去ってしまいました。


 その攻撃の時に一瞬だけ、龍花さんの顔が見えたけれど、顔にも鱗があって、瞳孔も爬虫類の目のように縦になっていて、まさに龍が怒っているみたいでした。

 顔は人間だったのに、錯覚で龍の顔みたいに見えちゃいました。龍花さんの本気は、本当に怖いです。


『勝負あり……じゃな』


「今回僕は、何をしたんでしょうか……」


 皆を危険な目に合わせた上に、敵を倒せなくて、結局龍花さんに助けて貰って……1人でここに来ていたら、絶対苦戦していました。もしくは、暴走していたかも知れません。


 強力な力を持っていても、僕自身がそれを扱えなければ意味がない。

 でも、それを使えるようにって、今まで頑張って特訓してきたじゃないですか。


 なんで……今それが、活用出来ないのですか。


 なんで……更に強力になっているのですか。


 僕の力は、僕に与えられた使命にも関係しているのでしょうか?


 それならもっとしっかりと、力を扱えるようになりたいです。


 僕はそう思い、白狐さんに抱き締められながら、龍花さんの頼もしい背中を、ずっと見続けました。

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