第拾漆話 【2】 第八地獄 『拘物頭』

 美形しか入れないという次の地獄、それはいったいどんな地獄なんでしょうか?

 そんな事を考えながら、僕達は開いたその扉を潜ります。


「それより、この妖怪はいつになったら起きるのですか?」


 すると、酒呑童子さんを引きずっている玄葉さんが、そう言ってきました。

 確かに……第三地獄からずっと、気絶していますからね。いい加減に起きて欲しいところです。


「う~ん……ただ寝入っている訳じゃなさそうです」


 僕は確認の為に、酒呑童子さんのほっぺを思い切り引っ張ってみます。それでも起きないですね。

 だけど、その妖気を良く見てみると、徐々に増しているのが分かります。そして、腰に付いていたひょうたんに書かれた文字を見て、僕は察しました。


『酒鬼≪寝酒ねざけ≫』


 もし、最後に飲んだのがこれだとしたら、そのせいで寝たとしたら……?

 ここから起きた時、酒呑童子さんはパワーアップしているんじゃないでしょうか? でも、寝酒はあんまり良くないですよ。


「玄葉さん。酒呑童子さんは、パワーアップするために寝ているんじゃないでしょうか? そうだとしたら、茨木童子の所まで運んで行った方が……いや、最初に言って欲しかったですね」


「確かに。事前に言って欲しいものです。全く、面倒くさいですね……他にパワーアップの方法は無かったんですか?」


 玄葉さんの言う通りなんですよ……他にパワーアップの方法は無かったのかな?

 でもやっぱり、酒呑童子さんは酒豪だし、パワーアップの方法もそれに合わせたものになるんでしょうね。


『玄葉。なんなら、俺が運ぶのを変わるぞ』


「黒狐様。しかし、あなた方にそんな負担をかける訳には……」


『仮の体だからと遠慮はするな。それに俺達は、サポートぐらいしか出来ん。戦闘の方は、お前達に完全に任せるしかない。それなら、こういうのは俺達がやった方が良いだろう?』


 黒狐さんはそう言いながら、玄葉さんから酒呑童子さんを奪うと、片足を持って引きずり出しました。

 まぁ、玄葉さんも襟首掴んで引きずっていたし、皆酒呑童子さんの扱いが雑ですね。自業自得だけど。


『イケメンな上に、優しい……完璧美形……あぁ、憎いぃ……』


「黒狐さん、足下」


『うぉ?! なんだ、これは!?』


 突然足下から声がしてきたけれど、実は僕、この地獄に入ってからずっと、これを無視していました。この地獄の壁や床から出ている、おびただしい数の醜い顔を。


 また亡霊ですか……。

 下の階層になればなるほど、亡霊達が良く出て来るようになってきましたね。それだけ、地獄の能力が濃くなっているのかな?


『憎い……イケメン憎い……』

『美女、美少女憎い……』

『ちやほやされやがって……勝ち組が……』

『顔だけで駄目だと決め付けられる辛さ、お前達にわかるものかぁ……!』

『顔がブサイクなら、自信の喪失で表情も乏しくなる。ブサイクでも表情が良ければ良いなんて……そんなのは美人な奴等の戯言よぉ!!』

『あぁ、イケメン憎い……!!』

『あぁ、美少女憎い……!!』


 すっごい恨みの感情が、この場に満ち満ちています。なんですか……この妬みの地獄は。言っている事は分かるんだけど、それは完全に八つ当たりですよ。


『だからお前達もーー』


『ブサイクになって、俺達の苦しみを味わえ!!』


 しまった! それがこの地獄の本質?!

 美形な人達をブサイクに変え、その苦しみを味わわせる地獄。それが、この地獄なんですか?


 だけど……。


「ムキュッ!!」


 ごめんなさい。こっちにはレイちゃんがいて、霊的な攻撃は全部、このレイちゃんが防いでくれます。尻尾を使ってね。


『あ~良かった。ブサイクな椿ちゃんは、流石にちょっとね……』


「カナちゃん。それ、そういう人達に失礼ですよ」


 だから、こういう恨みを持った亡霊が現れるんですよ。


 すると、その醜い顔の埋まった壁から、大きな鬼が姿を現します。

 醜い顔って言っている時点で、僕も差別的だと思うけれど、それ以外に表現が……ごめんなさい。


「ふむ……貴様等、侵入者か。依頼にあった妖狐が、よもやここまで来るとな。ここまで来た以上、捕まえる必要は無いと思うが、弱らせて捕まえろとの事だ。悪く思うなよ」


 するとその鬼は、面倒くさそうにしながら、手に持っていた金棒を構えます。


 えっと……入り口に居たあの巨大な鬼よりも、その大きさは一回り程小さいです。それでも、他の鬼よりも2倍くらい大きいですね。


 それから、頭が凄く大きいですね……あと、顎がしゃくれています。目は潰れているし、鼻は大きいし、耳は福耳だし……って、これ、なんて言ったら良いんだろう。良く今まで、正常な心を持って生きて来られたねって、そう言える程に酷い顔です。

 壁に付いている亡霊の顔より、こっちの鬼の顔の方が酷かったです。

 更にトドメなのが、角が下に曲がっている事です。鬼の威厳も無いですよ!?


「貴様等……何故黙っている?」


 あっ、駄目です。そのあまりの顔面力に、僕達は呆然としていました。

 そして、それに気付いたその鬼が、そう言ってきます。


「まさか……俺の顔があまりに醜いから、黙っているんじゃないだろうな?」


「あっ、いや! そんな事はないです!」


「ほう……それならば、俺の顔の醜くない部分を言ってみろ。5個以上言えたら、その言葉は本物だと信じてやろう」


 咄嗟に否定したら、墓穴掘っちゃいました。嘘でしょう……どうしよう。

 この鬼の醜くない部分、それって体格だけじゃーーと思ったら、筋肉の付き方まで何だか変です。

 胸筋だけがやけに付いていて、他は普通なんです。逆にどうやったらそうなるの? って、そう思っちゃう程に不思議な体型でした。


 本当にどうしよう……。


『椿ちゃん……何か言わないと』


「えぅ……えっと」


『例えばほら、角が特徴的で素敵ですね! とか。胸筋が凄い立派で、そんな胸筋に抱かれたいです! とか』


 慌てる僕に、カナちゃんがそう促して来るけれど、それ一歩間違ったら勘違いされますよ。

 カナちゃん、君ってもしかして、無自覚で異性に勘違いをされてしまって、ストーカーされちゃうタイプなんじゃ……。


 とにかく、今はカナちゃんの言うとおりにした方が良いかも知れません。

 この鬼を怒らせると、通過するのが大変になってしまいます。


 つまり、醜い部分を逆の意味合いに置き換えれば良いんです。

 あの大きな鼻も、しっかりと主張している、とても立派なお鼻。と言えば良いんです。ちょっと怪しいけれどね……。


 そして僕は、その鬼に向かって、次々と醜い顔を褒めていきます。

 ただ、僕のその様子に、皆は感心しているだけでした。いや、皆もちょっとは手伝って下さいよ!


「ふん。お世辞なのが見え見えだ。もう良い! 自身の醜さは、十二分に理解しているわ!」


 嘘でしょう……褒めても意味が無かったです。


 こういう独特な顔の人達って、どうしても自分の顔にコンプレックスがあるみたいです。

 そんな人達は、いくら顔を褒められても、受け入れないみたいです。かなり否定的なんです。


 するとその鬼は、肩に担いでいた金棒を地面に深く突き刺しました。その瞬間、地面が真っ黒に染まっていきます。


『いかん! 椿、その鬼から離れろ!』


「白狐さん……そうしたいんだけど。あ、足が……」


 鬼が金棒を地面に突き刺した瞬間から、僕は逃げようとしていました。だけど、あっという間に広がったその黒いものが、僕の足下にまで来た瞬間、突然動けなくなったんです。

 それを良く見ると、何かの手に僕の足が掴まれていました。そして次の瞬間、その黒いものから、醜い顔をした人達が次々と湧いてきます。


「うわぁあ!! なんですか、この人達は!?」


「ふはははは! そいつらは、元々美形だった奴等の亡霊さ。この地獄に落ち、その美しさを奪われた姿さ。俺は拘物頭くもつず。ここは、第八地獄拘物頭だ。生前、その美しさをひけらかし、ブサイク達を嘲笑っていた奴等が落ちる地獄だ!!」


 そう言うと拘物頭は、更に深く金棒を突き刺していく。それと同時に、黒いものが一気に地面に広がり、そこから醜い顔をした男女の亡霊が、次々に現れます。


『うあぁ……なんで、俺が』

『美しさ……私の美貌……返してよぉ』

『嫌だ。こんなのは耐えられない。自分の姿なんて見られない』

『返せ、俺の美貌を返せ……!』

『あぁ、醜くないやつが、憎いぃ!!』


 そしてその亡霊達が、一斉に僕達に飛びかかってきました。だけど、こっちにはレイちゃんが……。


「ムキュゥゥ……!!」


「レイちゃんでも防げていないの?!」


 あっ、レイちゃんが捕まっている、急いで助けなきゃ!


 それにしても、なんでレイちゃんでも防げないのですか? ここの亡霊達はいったい、何なのですか?!

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