第拾参話 【2】 渾身のヒップアタック!

 虎羽さんがスピード勝負で負けるなんて、そんな事になるとは思わなかったです。この鬼、須乾提はかなり強いし、そして速いんですね。


 とにかく、虎羽さんを助けないとーーと思っていたら、その鬼は、戦いを続ける亡者達の方を向きました。えっ、まさか……。


「さて。この怪我でどこまで戦えるか、見物だな。ほら」


 そしてあろう事か、虎羽さんをそのまま、血気盛んな亡者達の方に投げました。

 トドメは刺さず、あくまで地獄を与えるという訳ですか。それならまだ、付け入る隙はありますね。


「虎羽さん!!」


 僕は白狐さんの力を解放し、地面を思い切り蹴って飛び上がります。それから、空中で虎羽さんをキャッチすると、着地する場所をさがーー


「あっ、跳び過ぎちゃった?」


「ちょっ……! 椿様!」


 僕の真下は、戦っている亡者達で溢れていました。


 おかしいですね……須乾提の周り半径1キロは、亡者達が近付いて来ないから、地面が見えるはずなのに。今は亡者達で地面が見えないです。それだけの距離を跳んじゃったの?


「虎羽さん。ちょっとごめん!」


 とにかく僕は、急いで虎羽さんをお姫様だっこすると、そのまま亡者達の群れに向かいます。

 このまま地面に着地はしませんよ。着地をするのは、その亡者の頭の上です!


「ほっ……! おっとっ……はっ!!」


 そこに着地した後は、そのまま踏み込んで、再度跳び上がります。

 その瞬間、足場にした亡者が地面にめり込んだけどね。僕、そんなに力は入れていないのに……まだ力の調整の方が上手く出来ないみたいです!


 結局、妲己さんが僕の中から居なくなってからは、僕の本来の神妖の妖気が出てきやすくなってしまっていて、それで不安定だったのに、記憶が蘇る事で、本来の僕の妖気が復活してしまい、また2つの神妖の力が混ざりそうになってしまっています。


 そのせいで、力の制御が上手く出来ないのです。

 ここには、暴走する覚悟で来たんだけれど、今は皆も来てしまったから、そうもいかないんですよ。

 だから、何とか制御しないと……ほらまた、跳び過ぎた。須乾提のいる場所を通り超してしまいました。


「うわぁ~ん!! 僕は何処に行きたいんですか!」


「そんなの、私が知るわけないでしょう! とにかく落ち着いて下さい、椿様!」


 落ち着きたいのは落ち着きたいけれど、亡者達の頭を足場にして跳んでは、力が入って跳び過ぎてしまって、またその場所で跳んでみても、軽く跳び過ぎてしまいます。


 もうさっきから、須乾提の周りをグルグルと跳び回っているだけなんです。

 着地したらしたで、この亡者達に戦いを挑まれてしまい、余計に消耗するだけです。だから、何とか元の場所に戻りたいのに!


「くっ……! 力を込め過ぎずに……軽く、軽くですよ。ちょっとジャンプするだけ……」


 必死に自分で自分に言い聞かせているけれど、それでも……。


「うひゃっ?!」


「つ、椿様! もう少し落ち着いて!」


 やっぱり、跳び過ぎちゃうんですよね……。

 虎羽さん。一応、僕なりに落ち着いてはいるはずなんです。でもやっぱり、緊張しちゃっているんでしょうね。


 すると、そんな僕達の目の前に、いきなり管理者の鬼、須乾提が現れました。


「いつまで遊んでいるんだ。人の周りをグルグルと!」


「いっ……!? ととっ……!! これは、わざとじゃないんで……わぁあ!!」


 相手の攻撃に反応は出来ました。避ける事も出来ました。その後、亡者達が急いで散ったその場所に、なんとか着地も出来ました。

 そして、こいつから距離を取ろうと、咄嗟に後ろに飛び退いたんです。そう、飛び退いちゃったんです。また跳び過ぎちゃいました。


「椿様、力を入れすぎです!」


「そう言われても、これでも抜いている方なんですよ!」


「もっと抜いて下さい! 立つ事も出来ない程に、脱力してみて下さい!」


「そんなむちゃくちゃな!」


 とにかく、また亡者達の元に突っ込んじゃいそうだから、急いで地面に着地して、今度はジャンプしません!


 だけど、そう思った瞬間に、虎羽さんが僕に向かって叫んできました。


「椿様! 急いでもう一度、後ろに飛び退いて下さい!」


「えっ? な、何で?!」


「良いから早く!」


 虎羽さんが切羽詰まっています。いつの間にか居なくなっているけれど、きっと目の前まで、あの鬼が近付いているんですね。

 だから僕は、虎羽さんの言う通りにして、着地した後にもう一度、地面を蹴って後ろに跳びます。


「なっ……?! ぐはっ!!」


「えっ?! きゃあ!!」


 すると、僕のお尻に何か当たったのと同時に、凄い衝撃と痛みが走りました。

 何かに当たった?! それに、グキッて音もしたけれど……ま、まさか。


 とにかく何かにぶつかったものだから、そのままバランスを崩した僕は、抱っこしていた虎羽さんを落としてしまい、僕自身も背中から地面に落下してしまいました。


「いっつつ……」


「つっ……ふぅ、何とか間に合いましたか」


「いや、虎羽さん……僕のお尻を攻撃に使わないで下さい」


 そして目の前で、大の字になって寝ている須乾提を見て、ようやく何が起きたか分かりました。

 この鬼がそのスピードを使って、僕達の背後に一瞬で回っていたのですね。そこに、虎羽さんの指示で後ろに跳んだ僕のお尻が、綺麗にヒットしたという事ですか……。


 何だか色々と、恥ずかしくなってしまいました。お尻も痛いし……。

 それと、こんなお尻で攻撃をしなくても、僕は尻尾をハンマーにする事も出来るので、それで対処しても良かったんじゃないでしょうか?


「あの、虎羽さん……別にお尻じゃなくても、僕の尻尾を使った妖術で攻撃すれば……」


 痛むお尻を擦りながら、虎羽さんにそう文句を言うけれど、虎羽さんは全く動揺せずに返してきます。


「意表を突くためには、これくらいでなければいけません」


 それでも、ダメージを与えるには至ってないですよ。現に、あいつが起き上がってーーこないですね。


 あれ? もしかして、倒したのですか? あれだけで?!


「くっ……くく。くくくく……」


 あぁ、そうですよね。倒していなかったですね。


 いきなり肩を振るわせて笑い出した須乾提は、そのままゆっくりと立ち上がり、僕を見てきます。


「良いな。お前、素晴らしいぞ」


「えっ?」


 さっきの攻撃がでしょうか? いや、あんな攻撃で喜ばれても、全く嬉しくないですよ。


「素晴らしいものを持っているな、良い尻だ!!」


「ぶっ!!」


 いきなりの変態発言で吹き出しちゃいましたよ! 何を言い出すんですか?!


「ちょっと、最低な鬼ですね! 女の子のお尻が好きだなんて……」


「誰が女限定だと言った!」


 んっ? えっと、ちょっと待って下さい……。

 女性限定じゃない? つまり良いお尻なら、誰のでも良いという事? つまり、その……男性でも?


「男性の素晴らしい尻は、やはり引き締まったもので無いと駄目だ! 女性は脂肪があるが、付きすぎず、かと言って全く無いではなく、程よく弾力があるのがベスーートぉっ?!」


 とりあえず、思い切りぶん殴っておきました。

 その時の僕のスピードは、きっとこの鬼以上だったと思います。


「椿様。せめて今ので、あいつの首をもぎ取ってくれても良かったのですが……」


「物騒な事を言わないで下さい」


 それに、さっきの攻撃でも踏ん張ってしまわれて、吹き飛んでいないのです。もぎ取れるわけないですよ。


 そして、虎羽さんも何とか立ち上がって、僕の横に付いてくれたけれど、足下がフラフラしていて、相当なダメージが残っていると、誰が見ても分かってしまいます。


「とにかく虎羽さん。ここからは、僕がメインでいきます。虎羽さんは、サポートをお願いします」


「しかし……!」


「その状態で、あいつと対峙できます? 無茶は止めて下さい。それに僕は、もう……守られる側では無いんですよ」


 僕は虎羽さんを見て、そうしっかりと言いました。すると虎羽さんは、それを聞いて観念したのか、少しため息を吐くと、ちょっとだけ後ろに下がりました。


「分かりました。ですが、危険と判断したら、命懸けでもあなたを守りますからね」


「うん。ありがとう、虎羽さん」


 そして僕は、未だに変態な事をブツブツと呟いている須乾提に近付いていきます。さっきから聞いていると、お尻というワードが多く出過ぎですね。


 チート級の恐ろしい鬼かと思ったら、変態っぷりもチート級でしたね……。

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