第拾弐話 【2】 第六地獄『須乾提』

 この第六の地獄は、修羅道に近いです。ただ実際には、戦いに身を投じた人以外もいる。

 さっきの侍は、戦いに身を投じていたと思う。だけど、腕はそんなに良くなかったから……もしかしたら、安全な所から指示を出していただけだったのかも。


 だけどそうなると、ここに来る途中であった、あの異常な満腹感は何なのでしょう?


「うひゃぁ?!」


 いけない。こんな戦場のど真ん中で、考え事は駄目でしたね。薙刀みたいなものを持った人に、思い切り突かれました。

 咄嗟にしゃがんで避けたけれど、薙刀は攻撃範囲が広いんでした。そのまま下に斬りつけてきています。


「わっ!? たっ!!」


 それも横に跳んで、何とか回避ーーをしたら、後ろから刀を持った人が、その刀を振りかざしていました。


「もう……!! いい加減に、して下さい!! 影の操!」


 本当にきりが無いので、僕は咄嗟に影の妖術を発動します。

 今の僕なら、複数の人の影を同時に操る事が出来ます。それで何とか、僕を襲って来る人達を足止めし、その場から退散しました。


 こんな所で戦っていたら、ずっと終わらないですよ。


「ふぅ……ここまで来たら、大丈夫かな?」


 その後、白狐さんの力で走り抜けた僕は、何とか小高い丘を見つけ、そこに隠れました。

 だけど、ここの地獄の風景は、真っ赤な草が一面に広がる大草原でした。隠れる場所なんて、こんな小高い丘くらいしかありません。こんなの、直ぐに見つかっちゃいそうです。


「ん~とりあえず皆と合流しないと。でもその為には、この戦火の中を突っ切らないといけませんか……」


 たまに爆発音も聞こえるので、何か兵器を使っている人もいるんでしょうね。

 そして怖かったのは、その人達の目が全員、正気を失っていた事です。さっきの侍と、武器開発者の人は違いましたけどね。別の事に囚われていました。


「……っ、うわぁあ!!」


 するとその時、僕が隠れている小高い丘が急に爆発し、爆風で激しく吹き飛んでしまいました。


「い、たたたた……えっ? いったい何が?」


「うん? 何だ。侵入者はお前か」


 すると、爆発した後の煙の中から、額に角を生やした鬼が、僕の方に近付いて来ていました。

 どうしよう。こんな所で、管理者の鬼に遭遇しちゃうなんて。僕1人で勝てるかなぁ。


 とにかく、僕は直ぐに起き上がり、体勢を立て直すと、御剱を取り出して構えます。

 だけど、その時にはもう、目の前には鬼の姿は無かったです。


「えっ? あれ? どこーーぎゃうっ!!」


「遅いわ」


 嘘でしょう? 後ろから蹴り飛ばされた?! いったいいつの間に、僕の後ろに回ったのですか?


「くっ……!」


 派手に吹き飛ばされたけれど、まだ大丈夫です。咄嗟に地面に手を突いて、それ以上は吹き飛ばされないようにと、何とか踏ん張りました。

 だけど、相手の鬼がまた消えました。でも今度は、気配で分かりましたよ。上ですね!


「おっと!!」


 上から両足で踏みつけるなんて、意外と単純ですね……と思っていたら、その鬼が踏みつけた場所に、大きなヒビが入っていました。しかも、広範囲に渡ってです。

 これは困りました。酒呑童子さんみたいな、戦闘力チートの鬼でしたか……。


「やるな」


 そしてようやく、僕は後ろを振り返り、その鬼の姿を確認出来ました。だけど……。


「えっと……」


 相手の鬼を怒らせそうなので言わなかったけれど、思った以上に背の低い鬼でした。

 だけど、腰巻きをしていて、筋肉もかなり付いているその体は、全く弱そうには見えません。金棒が無くても、十分戦えるレベルだろうね。


「こんな所まで来るとは思わなかったぞ。お前達を待っている間は暇だったからな。暇つぶしとして、下の地獄の能力をこの階にまで届けさせてもらい、亡者達を満腹で苦しませ、戦えばそれは無くなると言ってやった。そしたらこのざまだ。見ていて良い暇潰しにはなったな。やはり俺の地獄は、こうでないといけない」


 あの満腹感の中で動いたら、余計に苦しくなると思うんだけれど、それでもその満腹感を何とかしたかったのでしょう。それだけ、苦しかったですから。


 そしてあの満腹感は、この地獄の能力じゃなくて、更に下の階の地獄の能力ですか。とんでもない地獄ですね。


「さて……ここは第六地獄、須乾提しゅけんだい。生前、戦争を起こそうとした者や、それに荷担した者が落ちる地獄。その中でも、戦闘には一切参加せず、高みの見物をしていたこいつらに、永久の戦闘を行ってもらう」


 やっぱり、修羅道に近いですね。だけど、戦地で戦い続けていた人達じゃなくて、それを支えていた人達が落ちる地獄。って感じでしたか。


「さて、当然ながら。この地獄も突破しようと思っているのだろう?」


「まぁ、そうですね」


「俺はそういうのは嫌いじゃないぜ。だから、かかってこい!!」


 この鬼さん、思った以上に熱血な鬼さんでしたね。

 だけど、この背の低さだからなのか、動きが俊敏過ぎて捉えきれないのです。


 そのまま相手は、拳を強く握り締め、目に炎を宿しているかの様になっています。

 いや、勘弁して下さい。こんな相手と本気でやり合っていたら、あっという間に妖気が尽きちゃうかも知れません。

 妖気を尽きさせないで戦う術も、酒呑童子さんからは教わっているけどね。それでも、何とかして皆と合流しましょう。その方が、勝率は上がりますから。


「さぁ、いくぞ!!」


「おっと!!」


 いきなりパンチをしてこないで下さい。

 そしてそれだけで、その先の亡者達が吹き飛びました。拳の風圧たけで吹き飛ばすって……どれだけの筋力をしているんですか。本当に、酒呑童子さんみたいです。


「ギリギリで避けたか。しかし、これならどーー」


 相手が足蹴りを放とうとした所で、僕は撤退です。


「…………」


 あれ? 僕のあまりの行動に、須乾提がフリーズしちゃっています。

 それなら、今の内に隠れーーる所がない! 近くの小高い丘が、さっきの攻撃で全部無くなっています! どんな攻撃ですか……。


「あっ……! しまっーー!!」


 そして次の瞬間、フリーズしていた相手が動いたと思った時には、僕の真上にそいつは居ました。そして握り締めた拳を、思い切り振り下ろしてきます。


「ふん。まさか逃げるとはな……この、弱者が!」


 そう言われても、地面を拳一発で割るような相手と、真正面からぶつかるわけないじゃないですか。第一地獄の厚雲より厄介ですからね。だからこうやって、逃げながら皆と合流します。


 その間に、この鬼の弱点が分かれば良いんだけれど……。


「まだ逃げるか!!」


 一応、影の妖術で動きを抑えていたんだけど、簡単に切られています。

 しかも相手は、それにすら気付いていないです。細い紐が引っかかったわけじゃないのに……。


「くっ! 黒焔狐火!」


「なんだ? 地獄の鬼に向かって炎とは……舐めているのか?! ふっ!!」


「せめて手で払って下さい!!」


 息で吹き消した!! どんな肺活量ですか?!

 だけど、酒呑童子さんも同じ様にして、僕の黒焔を消したっけ……? やっぱり、酒呑童子さんみたいです。


「それにしても、何でさっきから丘が無いんですか!」


 何とかして撒こうとしても、隠れる場所がないと意味が無いし、そもそも亡者達が僕達を避けているし?! 亡者達に紛れようとしても、無理じゃないですか!

 しかも、近付いていつたら慌てて離れていく始末で、よっぽどこの管理者の鬼が怖いんだなって事が、見ているだけで分かります。


「はははは!! この辺りは全部、俺がならしてやったんだ! 丘なんてあったら、戦闘するのに邪魔だろう!」


「それじゃあ何で、丘なんて作ったんですか!」


「自動で作られたから知るか!」


 この鬼がここを作った訳ではなかったのですね。

 茨木童子は、この地獄を呼び出しただけだし、それならこの地獄を作ったのは、いったい誰なんでしょう?


「わぁっ?!」


「ちっ、惜しい」


 掠った……今、ほっぺを掠りましたよ! 考え事をしている場合じゃないんだってば!

 だけど、この鬼さんを一旦撒くには、いったいどうしたら良いのでしょう。


 今は走るしかない僕は、頭の中で色々と対策を考えていたけれど、相手の攻撃が徐々に早くなっていき、最早考える事すら困難になってきました。


 ただ、亡者達が避けてくれたのは、ある意味ラッキーでした。

 だって、僕がこの地獄に来た時の入り口が、ハッキリと見えたからです。それなら、そこに皆がいるはずです!


「あれ? えっ?!」


 だけど、いくらそこを見渡しても、皆の姿がどこにもありません。まさか……もう既に到着していて、この亡者達の中に紛れちゃったのですか?!


「そこだ!」


「うわわっ!!」


 ただ、この鬼が居たら亡者達は散ってくれるし、それで探したら見つかるかも知れないです。避け続けるのが大変ですけど……。


 そして僕はまた、須乾提の攻撃をギリギリで交わすと、戦い続ける亡者達の元に向かって、思い切り走り出します。

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