第拾弐話 【1】 またまた悩む椿

 異常な満腹感は、黒狐さんの妖術で何とかなったけれど、黒狐さんへのほっぺのキスは、ちょっとやり過ぎたかな?

 でも、それだけ僕も黒狐さんがーーって、僕は白狐さんって決めたじゃないですか! また迷って……あっ。


『おぉ?! な、なんじゃ!! いきなり階段の先が迷路に!』


 それぞれの地獄の間には、必ずこれがあるんですね。迷いを持った者を迷わす迷路が。

 つまり僕は、また迷ってしまっていました。せっかく決めたのに……黒狐さんの馬鹿! そんな優柔不断な僕も馬鹿なんだけどね。


 だけどこの迷路は、僕だけに有効って訳じゃないと思います。つまり、他の皆も迷えば……。


『全く、白狐め。どうせお前が変な所を押したんじゃないのか?』


『何だと……?』


「あわわ! ちょっと2人とも、今はそれどころじゃないですよ! ほら、椿ちゃんも呆然としているよ!」


「座敷様、その2人は放っておいても宜しいかと……」


「2人は、仲が良いから」


『そうね、雪。2人とも喧嘩していても、いざという時には協力して、椿ちゃんをしっかりと守るもんね』


 迷うようには見えないですね。こんなにも迷いの無い、自信に溢れた目を見ていたら、力では勝っていても、精神的に負けた気分になります。

 皆強いですね。僕なんか、また白狐さんか黒狐さんかで迷ってーー

 

 だから決めたんだってば、白狐さんに!

 それなのに、黒狐さんと妲己さんが仲良くしている所を想像したり、そうさせようと動く自分の行動事態に、何故かモヤモヤとしちゃっています。


 そのせいで、また迷路が出来たんでしょうが! 何やってるの、僕は!


『しかしこの迷路、どう突破すれば……? かなり複雑そうだぞ?』


 そして黒狐さんが、目の前の迷路を見てそう呟きました。その言葉は、今の僕にとってはとんでもないダメージになりますよ。


『あの……椿ちゃん?』


 それとカナちゃんは、この迷路の性質を知っています。だから、これが出た原因が僕だって事は、もうとっくに気づいています。

 あぁ……カナちゃんに呆れられちゃう。優柔不断な妖狐なんだって、呆れられちゃう。


「どうせ、どうせ僕の迷いなんて……複雑ですよ~!!」


『ぬぉっ?! 待て、椿よ!!』


『何処に行く、椿!!』


 もう恥ずかしくて申し訳なくて、色々と我慢が出来なくなった僕は、その場から走り去りました。目の前の、複雑な迷路の壁を突き破りながら。


『つ、椿ちゃん?! 迷い路の性能無視してる!!』


 何だかカナちゃんが叫んでいるけれど、そんなのは知りません。僕は頭の中がごちゃごちゃになっちゃっていて、そのまま勢いに任せて走っているだけなんです! 壁もぶち破っているだけなんです!


 何故かこの迷路、迷いがあったら突破出来ないはずなのに、勢いで突破出来ていますね。もうどうでも良いですけど。


「うぅぅ……!! 皆よりも力があっても、こんなにも危険な力があっても……優柔不断で直ぐに迷う僕は、弱すぎます!!」


『弱い? ならば死ね!!』


「へっ? ひょわぁぁあ!?」


 しまった。次の地獄まで、もうそんなに長くは無かったんだ。急に辺りが開けたと思ったら、そんな声が聞こえてきて、僕の横から刀の刃が水平に向かってきました。

 咄嗟に跳び上がって回避したけれど、危なかったです。ちょっとだけ掠めたよ。脛から血が……。


「ムキュゥゥ!」


 すると、僕の肩に乗っていたレイちゃんが、また唸り声を上げます。それも当然でした。この辺り一帯に、亡者達が沢山居たからです。しかも戦争をしているのか、全員戦っていますよ。


『むぅ……今の太刀筋を避けるか、小娘』


 そしてたった今、横からいきなり斬りつけて来た人が、僕に近付いてきます。

 歩く度に「ガチャガチャ」うるさいけれど、良く見たら、和製の鎧を装着した侍さんでした。顔に鬼のお面を付けてるけどね。


『なる程。自らを弱者と言い、敵を油断させる策か……小癪な』


 あの、そこまで考えていませんからね。深読みし過ぎです。

 だけど今度は、その侍が大きな槍で体を後ろから貫かれました。


 なんですか、この地獄は?!


『ぬぉ……?! くっ、不覚……! こんの、化け物獲物持ちが!!』


 それでもその侍は、そのまま切っ先を後ろに変えて、自分を突き刺してきた相手を、その刀で思い切り突き返しました。

 だけど、金属音が響き渡っただけで、侍さんの刀は突き刺さっていません。


『ふはははは! 閉ざされた島国の古き武器が、この装備の前に勝てると思うか!』


 そう叫ぶその人は、西洋の鎧を着た騎士でした。しかもフルフェイスだし、隙間が少なさそうなその鎧は、突き刺そうにも突き刺せないですね。

 更に、その手に持っていた槍はかなり大きいし、握り手が見えないほどです。これは、ランスと呼んだ方が良いかも知れませんね。


 普通この手の武器は、馬上から突き刺すんでしょうけど、この人は馬に乗っていないし、それなのに楽々使いこなしていますよ。この人、化け物ですか?


 その後、突き刺された侍の方は、刀を手から落とし、その場で動かなくなると、体が透けて消えていきました。


 死んだの? いや、とっくに死んでいるから、魂ごと消滅したの?


『ふむ。貴様が次の相手か。いったいいつまで、ここで戦わなければならんのだ……いったい、いつまで……』


 するとその人は、手に持ったランスを上に掲げ、そして真っ直ぐ僕の方を向きます。


『さぁ、次の相手よ、かかってこーー』


 格好付けている所悪いんですけど、逃げますね。

 この人は、管理者の鬼じゃない。それなら、このまま戦ったとしても、また次から次へと、ここの亡者達と戦わないといけないかも知れません。


 こんな地獄は、確かあったはず。争いの絶えない地獄。修羅道でしたっけ? ここも、そんな地獄なんでしょうか?


 そもそも、こんなにも沢山の地獄があるとは思わなかったです。だから、1つや2つ被っていても……。


『逃がすかぁ~!!』


「へっ? うわぁぁ!?」


 さっきの騎士が、その大きな槍に乗って飛んで来ています!

 いったいどんな仕掛けなんですか?! って、普通に持ち手から炎が噴き出していました。ランスがまるで、ジェットエンジンか何かになっていて、それで騎士を乗せて飛んでいますよ!


「騎士じゃない、それ騎士じゃない~!!」


『その通りだ! 俺は武器開発者だ!』


「騎士じゃなかった~!!」


 それなら何で、この人はこの地獄にいるのでしょうか?!


 気が付いたら、もう入り口からだいぶ遠ざかっています。

 やっちゃった……皆とはぐれちゃいました。というか、勝手に走り出した僕のせいでした。


『ふはははは! そらそら~! このまま突き刺すぞ!』


「はぁ、はぁ……武器開発者が、な~んでそんな武器を!?」


『それは決まっているだろう。俺はなーーファンタジー世界のような武器を、沢山開発したかったんだ!!』


「そんなの知りません!!」


『そうだ! 他の奴等も俺にそう言ったんだ! 確実に人を殺せる、殺傷力の高い武器だけを作れと。毎日毎日、そんな武器の開発に明け暮れたんだ……だから俺は、早くファンタジー世界の武器を開発したくて、早く作り上げたのさ! 殺戮兵器を次々とな!』


「えっ?」


 待って下さい……あなたが作ったその武器で、いったいどれだけの人が亡くなったと思っているんですか? 今の言葉に、少しカチンときました。


『気が付いたらこんな所にいたが、これは神の恩恵だ! ここでは俺の理想の武器が、頭に思い描いただけで現れるのだ。最高ではないか!! 今まで苦しんだ俺への、神からのご褒美って訳だ! わはははは!!』


「ご褒美なんかじゃありません……! ここは、地獄ですよ。あなたは地獄に落ちたんです」


 そして僕は、右腕に付けた火車輪を展開させ、逃げるのを止めて立ち止まります。この人だけは、許せないです。


『はぁ?! 地獄? そんな訳あるか!! ここは天国だ! 好きな武器を作って良いという、神の思し召しだ!』


「もう良いです……ちょっと寝ていて下さい!」


『寝るのはお前だ!! 永眠しーー』


「狐狼拳、煉獄環!!」


『ろぼぁぁぁあ!!!!』


 僕は、相手の槍が突き刺さるか突き刺さらないかのギリギリのタイミングで、その身を捻り回避します。そしてカウンターのようにして、相手のお腹に火車輪のブースターを乗せた拳を叩き込みます。

 相手は鎧でしっかりと身を守っているせいで、回避する気もなかったみたいですね。

 だけど、炎となった火車輪も、僕の拳に纏わせているので、高熱でその鎧を溶かして壊しました。だからその亡霊は、嘔吐している様にしながら、勢い良く吹き飛んでいきましたよ。遠くにね。


 もう、ここがなんの地獄なのか、だいたい分かってきました。

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