第拾壱話 【2】 露骨に避け過ぎました

「それじゃあ、楓ちゃんもここでリタイアですね。他の皆が来たら、ちゃんと助けて貰って下さいね」


「大丈夫っす~もし何かあっても、この布団の中に隠れるっす~」


「それ、鬼の布団だからね……」


 そのまま回収されちゃうと思いますよ。それにそんな事をしなくても、玄葉さんの盾があるから大丈夫ですよ。

 そして僕は、楓ちゃんの頭を優しく撫でて上げて、それからゆっくりと立ち上がると、次の階段に向かう為に歩き出します。


 それにしても、ここが今の亰嗟の本拠地とは思えないくらいに、鬼しか出て来ないですね。他の半妖の人達や、妖怪さんや人間達は何処なのでしょうか?


「椿様、ありました。次の階段です」


「よし、行きましょう」


 朱雀さんが上から階段を探してくれるので、とても助かりますね。

 だけど、僕が先に行こうとした時、龍花さんが僕の尻尾を掴んできました。


「うひぃ?! ちょっと龍花さん……何を?」


「あぁ、申し訳ありません。少し、言いたい事がありまして」


「それなら、尻尾を掴んで止めるんじゃなくて、声で止めて欲しかったです」


「すいません。手が先に出てしまいました……」


 言葉を発しようとする気配が無かったですよ?

 目を細めて龍花さんを見つめるけれど、龍花さんは目を逸らし、わざとらしく咳払いをして続けます。逃げたね、龍花さん。


「んんぅ! とにかく、このまま皆で進むのは、あまり得策ではないかと思います。ここに来るまでの間に、殆ど誰かがリタイアしていますよ。進むにつれて戦力を減らしていたら、あまり良くないと思いますが」


「龍花さん……」


 確かにその通りです。ここに来るまでに、既に美亜ちゃんと里子ちゃん、そして楓ちゃんがリタイアしました。

 まだ龍花さん達が残っているとはいうものの、この先もっと厄介な地獄だった場合、更に突破が難しくなってきます。


「ですが、それだけこの地獄が厄介で、全員での突破が困難な事も分かりました。そこで……」


「誰かが管理者の鬼を足止めして、その隙に他のメンバーが突破する……というのは無しですよ?」


 僕はそんな風に、仲間を切り捨てる様な事はしたくないです。それに、たった1人で倒せる程の相手じゃないのです。それこそ、その足止めをした人が殺されちゃうのは間違いないです。


 さっきまでのは、僕の至らなさのせいなんです。

 僕が自分の力に怖がっていなければ、こんな事にはなっていなかったはずなんです。


 だから、僕がもっと頑張らないと。


「……っ、椿様。しかし……」


「はい、このお話はお終いです。次に行きますよ」


「椿様!」


「龍花さん。僕が全部守れば良いんです。自分の力に怖がらなければ……」


 だけど、僕がそう言った後に突然、白狐さんが僕の肩に手を回し、自分の方に抱き寄せてきました。白狐さんのスキンシップがレベルアップしていますよ。


『椿よ、無理をするな。震えておるぞ』


「えっ……嘘?」


 良く見たら、確かに手が震えていて、嫌な汗が滲んでいました。

 あぁ、駄目ですか……僕はやっぱり、自分自身の力が怖いんだ。


「うぅ……情けないです。皆を守りたいのに……」


『その想いがあるだけで十分じゃ』


「白狐さん……」


『想いがなければ、何も守れん。いざという時に動けない。だが、お主は違うだろう?』


 白狐さんの言葉、白狐さんの匂い、その何もかもが、僕の心を落ち着かせていきます。


 僕、やっぱり白狐さんが……だけど、何だろう。これはちょっと違うような……。


 そう、忘れたら駄目です。僕は自分自身の力の暴走で、白狐さんと黒狐さんを殺しているのです。だから2人と一緒に居ることは、絶対に許されない。僕は罰せられないといけない、悪い妖狐なんです。だから、離れないと。


「ん~」


 ーーって、白狐さんの匂いを嗅いじゃ駄目だってば! あぁ……体が言う事を聞いてくれません。


『なんじゃ、そんなに不安だったのか。しょうが無い奴だ』


 そして、そのまま僕の頭を撫でないで下さい、白狐さん! 余計に離れられなくなったじゃないですか!


『思ったよりも早く、生まれ変われそうね』


「うんうん。早く椿の子供として産まれて。そうしたら、私はお姉さん」


『えっ? 雪お姉さんって言わないと駄目なの? うわっ! 絶対やだ!』


「失礼な……!」


 あの、そっちはそっちで盛り上がらないで下さい。それと、そろそろ白狐さんから離れないと、黒狐さんの嫉妬の視線が凄まじいです。


『くっ……! おのれ……何とかチャンスを』


『もう諦めよ、黒狐』


「ぬぅ~!! 抜けられない!」


 僕を抱き締めたまま、黒狐さんにドヤ顔を向けないで下さい。

 ほらぁ! 黒狐さんが今までに見た事が無いくらいの、物凄い嫉妬の目をしていますよ!


 後ろで龍花さん達も「相変わらずですね」って感じで見てるってば!

 もう何も言ってこない所をみると、あまりにも呆れ過ぎて何も言えなくなっているのか、もう早く引っ付けば? と思われているのか、そのどちらかですよね。


 だけど、僕達が降りて行く階段が終わりに近付くにつれ、白狐さん黒狐さんの顔も真剣になっていきます。

 そして白狐さんはようやく、僕から少しだけ離れてくれました。腕は僕の肩から離れていないけどね。


『ふむ……この先の地獄、やはり普通ではないか……』


『そうだな白狐。ふざけている場合ではないな、これは』


「ふざけているのは主に2人だけですけどね」


 そう僕が呟いた瞬間、急にお腹が重たくなってきました。これはいったい?

 もしかして、もう次の地獄が始まっているのですか? あっ、待って下さい。徐々にお腹が重く、苦しくなっていきます。これは……。


「くっ……白狐さん黒狐さん。これは……?」


『分かるか、椿。この満腹感を……』


 そうなんです。この感覚は、お腹が満腹になっていっているのです。

 次々と食べ物を胃に運んでいっているような、そんな感じに近いですね。それこそ咀嚼もせず、丸ごと食材が詰めこまれているみたい。


「うっ……苦しい……」


『はぁ、はぁ……いかん。こんな満腹状態だと、少し動いただけで腹が痛くなり、吐いてしまうかも知れなぃぞ』


「そうですね。これはちょっと、まともに動けないですね」


 まだ地獄にも着いていないのに、この力……信じられないです。


『くそ……このままでは、地獄に辿り着けん……』


 その言葉、何も知らない人が聞いたらびっくりしますよ、黒狐さん。

 それはともかく、動けるなら動ける内に何とかーーって、ちょっと待って下さい。


「実際に食べ物を食べた訳じゃないなら、この満腹感って、脳の方がおかしくなっているんでしょうか?」


『むっ……?』


『あぁ、そうか。なるほどな。ということは……妖異顕現、黒雷針こくらいしん


 すると黒狐さんが、いつものようにして妖術を発動し、針の様に細くなった雷を、僕の頭に当ててきました。


「わぁっ?!」


 ちょっとピリっと痺れてびっくりしました。というか、いきなり何をするんですか? 黒狐さん!


「ちょっと黒狐さん。いったいなにをーー」


『どうだ? 満腹感は』


「えっ? あれ? そう言えば無くなってる……」


『よし、上手くいったな。今の妖術で、神経を伝う電気信号を戻してみた。本来とは使い方が違うけどな。本来なら、これで体の自由が奪えそうだな。上手く調整すれば、電気信号をおかしくさせる事も可能か……』


 何だか黒狐さんの言い方が引っかかります。それって、初めて使ってみた時の感想ですよね?


「あの……もしかして、こういう使い方は初めてでした?」


『あぁ、そうだ。さて、とりあえず他の奴等にもーーって、あだだだだ!!』


「なんでまず僕で試したんですか?」


 実験台にした理由を聞かないと、すっきりしませんからね。だから僕は、黒狐さんの耳を思い切り引っ張りました。


『いや、それは。愛しの者を先に助けないとと思って……!』


「本音は?」


『……うっ』


 だんまりですか? それなら続行ですよ。この、殺気の籠もった素晴らしい笑顔も付けてね。


『うっ……ぐぅ。す、すまん。本当は、最近白狐とばかりイチャイチャしているから、つい……』


「嫉妬ですか? それで僕がおかしくなっちゃっていたら、いったいどうしていたのですか?」


『いや、それならそれで、白狐が愛想を尽かすだろうし、そこを俺が……』


「全部計算済みですか」


 だけど、黒狐さんに寂しい思いをさせているのは、紛れもない僕なんですよね。ちょっと露骨に避け過ぎていました。


 黒狐さんの落ち込んでいる姿を見ていると、やっぱり心が痛みます。

 前みたいにはいかないだろうけれど、黒狐さんが嫌いになったわけではないんです。それなら……。


「しょうが無いな……僕もちょっと、黒狐さんを避け過ぎていました。ごめんなさい。これで許してくれる?」


 そして僕は、黒狐さんのほっぺにキスをします。とりあえず今は、これで勘弁して欲しいです。


『つ、椿……!? やはり俺は諦めきれんぞ!!』


「わぁ~!! 抱き締めるのは無しです!!」


 僕を抱き締めるよりも、早く皆に、僕と同じ事をして上げて下さい! そして今度は、白狐さんが睨んでいますよ! これだから、もうどちらかにしたかったのですよ。黒狐さんのバカ。

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