第拾壱話 【1】 くノ一志望楓の本領発揮

 手に持った竹筒で、第五地獄の管理者、羊鳴を狙う楓ちゃんだけど、良く見たらそれって、竹で出来た水鉄砲ですか? 本当に何をする気でしょうか?


「お前、病にかかっていないのか? げほっ、げほ」


「病? そんなのは気持ちの問題っすよ! それなのに、さっきから咳をしまくっているあんたは、精神も体も弱そうっすね! それなら、もっと悪化させてやるっす! それぇ!」


 そう言うと楓ちゃんは、その竹の水鉄砲で羊鳴に水をかけています。

 あの……もしかして楓ちゃん、それで相手の病気を悪化させようとしているんじゃ……。


「冷たいですね……げほっげほっ。いったい何がしたいのですか?」


「あれぇ? 効いていないっすか? 体温を下げれば、それもっと悪化するかと思ったんっすけど」


 楓ちゃん、君って子は……妖術をいくつか覚えただけで、おつむの方は何も変わっていなかったんですね。

 僕も色々と忙しくて、楓ちゃんの修行を見て上げられなかったのが駄目でした。


 とりあえず僕以外の皆は、ランダムで病の症状が出てしまっていて、まともに動けないです。だから、まだ動ける僕が……!


「影の操……!」


「へっ? ぎゃぁっ! ね、姉さん! 何を?! 尻尾は!」


「もう良いから……楓ちゃん。せめて妖術とかで、相手を翻弄するか攻撃をして下さい」


「でも自分、反射させる鏡の妖術しか出来ないっすよ!」


「それを敵の前で言わない!」


「へぎゅっ!!」


 あまりにもダメダメ過ぎて、楓ちゃんの尻尾を思いっ切り引っ張っちゃいました。変な声が出ていたけれど、楓ちゃんが悪いですからね。


「げほっ、げほっ……! 漫才はもう良いか? とにかく、そこの小娘には病が効かないようだな。それならば、もっとキツいのを出してやろう。感染力の非常に強いやつをな」


 そう言うと羊鳴は、不気味な笑みを浮かべてきます。だけどこれ、今思えば防ぎようがないですよ。

 だって病なんか、目には見えないのですから、相手が何かしていても分かりません。致死率の高い病を出されたら、僕達は即終了です。その前に何とかしないと。


「ふっふっ……さぁ、これならどうだ。血を吐きのたうち回るが良い! げっ~ほ!! げほ!! げぼぉあっ!」


 血反吐吐いているのは羊鳴の方だと思います。咳のしすぎで、喉から出血していますよね?


「姉さん……」


「か、楓ちゃん。大丈夫ですか?! もしかして……!」


「これもしかして、放っておいたら良いやつっすかね?」


 あれ? やっぱりピンピンしている。

 いや、やっぱり気付いていないだけです。それでも、病の症状は強力になっているんだから、何かしらの反応があっても良いのに……。


「ふっふっ……勝手に苦しんで倒れるっすよ!」


 そんな様子が一切無いんですけど。嘘でしょう?


「そ、そんな馬鹿な!! こ、この小娘……どこまで病に強いんだ! げほ!! うっ、げぼっ! はぁ、はぁ……げほ、げほ……! ぜぇぜぇ……」


 楓ちゃんの丈夫さに驚く度に、羊鳴がダメージを受けているような気がするんですけど、気のせい……ですよね?


「い、今なら。このくないで……」


 すると、そんな羊鳴の様子を見ていた楓ちゃんが、ズボンからくないを取り出し、それを相手に投げつけようとしています。

 相変わらずくノ一のような格好なので、色々と忍具も持ってきているみたいだけれど、それ使えるのかな? 楓ちゃん。


「くらえっす! ていっ!!」


 あっ、待って。格好なんか付けて横向けで投げたら……あぁ、遅かったです。横投げで、真っ直ぐ狙った所に飛ばすのは難しいんだよ。


 とにかく、楓ちゃんの投げたくないは、飛ばす位置がちょっとずれてしまい、相手には掠りもせず、そのまま後ろの壁に当たって跳ね返り、そして天井に当たると、楓ちゃんの後ろに飛んで行きました。そのまま勢いは失わず、楓ちゃんの後ろの岩に跳ね返ると、くないがその可愛いお尻にプスッて……。


「ぎゃうん!! 痛いっす~!!」


「こてこての定番オチをやらないで下さい!!」


 こっちは色々としんどいんですから、あんまりツッコませないで下さいよ、楓ちゃん!!


「漫才はもう良いか? げほっ、げほっ」


 そして、その台詞は2回目です。羊鳴も呆れてしまっていますよ……。


「ちっ……私としたことが、ペースを乱されている。しょうが無い。致死率の高いやつでいくか? これは極力使いたくはなかったがな。ここの地獄は、死なない程度の病で苦しみを与える場所。ジワジワと苦しむ為の場所だ。致死率の高いものは、苦しむ前に意識を失ってしまうからな。だが、この小娘にはこれしか……!」


 この鬼さん、本当は病気なんかじゃないのでしょうね。割と普通に喋っていますから。

 もしかして、ここの地獄の能力による副作用かリスク、そのどちらなのかな? 病気なんて、完璧に操れるものじゃないでしょうからね。


 だけど楓ちゃん。流石にこれは何か対策をしないと、下手したら死んじゃうよ。それが無いのなら、僕が何とかしないと!


「くっ……楓ちゃん。流石にこれ以上は……!」


「…………」


 あれ? 楓ちゃん? ぼうっと突っ立っていて、さっきから動かないんですけど?

 お尻のくないを抜いてから、ずっとそんな状態です。まさか、ついに楓ちゃんにも病の症状が?!


「楓ちゃん、ちょっと……!! しっかりして下さい!」


「ふぅ……やれやれ。げほっ、げほっ。やっと、病にかかりましたか」


 そんな……動けるのは君だけなんだから、何とかして敵の注意を引いて欲しかったです。それなのに、勝手に攻撃しては失敗して、敵に漫才をしていると思われるだけで終わっちゃいました。


 楓ちゃんじゃなくて、他の妖怪さんだったら……雪ちゃんかわら子ちゃんなら、まだいくらかフォロー出来たのに。

 僕がフォローしようとする前に、予想外の事をするんだもん、この子……。


 とにかく、流石の楓ちゃんも遂にダウンですか。

 そうなると、この鬼をどうやって倒そうーーと、僕がそう思っていた次の瞬間。


「隙ありっす~!!」


 なんと楓ちゃんが、相手が引きずっていた布団の中から飛び出してきて、羊鳴に向かってくないで斬りつけました。


「ぐあぁっ!! なっ……!? 馬鹿な……! いったいいつの間に?! それじゃあ、そこにいるのは?!」


 羊鳴も驚いているけれど、僕も驚いています。

 だって、ぼうっとしていた楓ちゃんの方が、いきなり煙に包まれ、その次には狸の像に変わっていましたから。


 やられましたね。騙し変化で、像を自分の姿に変化させていたんですね。というか、何処からその像を出したのか気になるけれど、僕と同じ巾着袋を持っていたので、そこからですね。


 それから、気付かれない様に岩陰を伝い、そして布団の中にーーって、ちょっと待って。布団の中に入る前に、相手を斬りつけたら良かったんじゃないのですか?

 隙を伺うにしても、相手に気付かれずに後ろを取った時点で、既に隙ありなんですよ。上手くいったから良かったものの……。


 ただ、肝心の攻撃の方は、楓ちゃんの踏み込みが甘かったのか、相手の鬼は膝を突かずに、少しよろけただけでした。

 力が足りなかった? 楓ちゃん、本気で斬りつけましたか? いや、別にそれでも大丈夫ですね。


「この……! げほっ、大人しく病にかか……ぐわぁっ?!」


「はぁ、はぁ……やっと、攻撃のチャンスが……!!」


 ようやく羊鳴が、楓ちゃんの攻撃に反応をし、本気で楓ちゃんを何とかしようと、意識をそっちに向けてくれました。その隙に僕は、楓ちゃんが出した狸の像を、影の妖術で持ち上げ、それを羊鳴に向けて思い切り投げつけました。

 そして羊鳴は、そのまま像に押し潰されてノックアウトです。この鬼が戦闘タイプじゃなくて助かりました。


「やったっすね! 姉さん! 自分のお手柄っす、ね……って、え?」


 あぁ、やっと体の怠さが無くなりました。体が動きます。羊鳴がやられ、この地獄の能力が消えたからですね。


 これでやっと……やっと楓ちゃんに、お説教が出来ます。


「そこに座って下さい……楓ちゃん」


「姉さん、怖いっす」


 時間が惜しいかも知れないけれど、こういうのは直後に言うべきなんです。そうじゃないと効果が薄れますからね。


『わぁ……椿ちゃん、相変わらずだねぇ』


 例え幽霊だとしても、病の症状はあったみたいで、カナちゃんも汗だくになっています。

 他の皆も何とか起き上がり、僕達の様子を見ています。だけど今度は、楓ちゃんの様子がおかしいです。


「ね、姉さん……何だかフラフラするっす。ち、力入らないっす」


 そう言うと楓ちゃんは、そのままその場に倒れてしまいました。

 何で? 地獄の管理者は倒したから、もう病気にはかからないはずだよ?


「はぁ、はぁ……つ、疲れたっす」


「寝といて下さい」


「あだだだだ……! 姉さん酷いっす! しかもそれ、拳より痛いっす!」


 楓ちゃんは病気の症状に気付いていなかっただけで、体はしっかりとその症状が出ていたのでした。

 それに気付かずに無理をしていたから、体力を余計に消耗してしまい、そしてダウンしてしまったのですね。それなら尚更、このまま寝ておいて下さい。


 とにかく僕は、倒れた楓ちゃんのこめかみに肘を置き、そのまま力を入れてグリグリしておきました。


 それでも助かったのは助かっています。ありがとう、楓ちゃん。

 ただ、出来たらもうちょっとだけ、強くなっていて欲しかったですね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る