第捌話 【2】 友達だから、怒るんだ

 いきなり雰囲気が変貌した呵呵が、僕達に向かってきます。

 僕はこいつが変貌する前に、ある程度距離を取っておいたので、額から伸びる長い角で、串刺しにされるのは免れました。真っ先に突き刺そうとしてきましたからね。


 そして再び、あの笑い声が辺りに響き渡ります。

 嘲笑する声、人を馬鹿にするこの笑い声は、ずっと聞いていたら気持ちが沈み、重くなってしまいます。

 耳を塞いでいても響いてくるこの声を、早く何とかしないといけませんね。


「そんなに聞きたくないの? 人から馬鹿にされる声を……僕はずっとずっと、これを聞いていたんだよ!」


 すると何故か、今度は呵呵の声が僕に聞こえてきます。こんなに大量の嘲笑の中で、どうやって僕達に? と思っていたら、額から伸びる角の先が、少し光っていました。

 もしかして、その角をアンテナ代わりにしているのですか? それなら最初から、それを使っておけば良かったのに。って思ったんだけれど、最初の情けない感じだと、そこまで考えつかなかったのでしょうね。


「くっ……! うっ!」


「ほらほら!! 攻撃はどうしたの?! 攻撃は!!」


 そして呵呵は、ひたすらその角で僕を突き刺そうとしてきます。そして僕は、避けるので精一杯です。攻撃したくても、集中出来ないんですよ!


 それとこの鬼も、金棒を持っているんじゃないでしょうか?

 今はどこにも見当たらないけれど、いざって時に使われるかも知れないです。だから、それも警戒しつつになるので、僕は中々攻勢に出られないでいます。


 もうこうなったら、酒呑童子さんの力で。あの妖怪さんのぶっ飛んだ能力で、この鬼の注意を……。


「んぁ……待て待て。おぅっぷ……二日酔いにこの大音量は、頭に響……うぉぉ。止めろ止めろ、頭痛が酷くなる」


 いったい何しに来たのですか?


 ちょっと、酒呑童子さん……昨日もお酒を飲んでいたんですか? さっきも飲んでいたよね! 何やっているんですか、本当に!


『酒呑童子は、酒を飲めば飲むほど強くなるんじゃ。だから今は、ひたすら飲んで力を蓄えている。しかし、そんな時にこの地獄とは……酒呑童子にとっては相性最悪かも知れんな』


 すると、僕の耳に付けていた勾玉から、白狐さんの声が聞こえてきました。

 あっ、そっか。こんな大音量でも、耳の近くで声を出してくれたら、流石に聞こえるよね。だから僕も、勾玉を外して、そこに向かって話しかけます。


「ということは……酒呑童子さんは、茨木童子と戦うために?」


『そうだ、力を蓄えている。だから、十獄地獄は我等で倒さないといけないんじゃ』


 さっきの鬼と戦わなかったのも、すり抜けるからという理由だけじゃなく、力を蓄えていたからでもあったんですね。

 だって酒呑童子さんなら、分子ごとぶん殴れると思うから。だけど、この後の茨木童子との戦いの為に、力を温存しておきたいのですね。

 つまり、寿命が間近に迫っているとはいっても、それだけの相手という事ですか。


「それじゃあ、僕達だけでこの大音量を……」


『その前に避けろ、椿!』


「うひゃっ?!」


 黒狐さんが叫んでくれなかったら、串刺しになっていました……危なかったです。


「苦しい? ねぇ、苦しいかい? 楽になりたい? でも、させてあげない~」


 その後に、呵呵はそう言ってきました。


 これ、完全に病んでいる鬼じゃないですか! 凶暴な鬼より危ないですよ!

 でも、この笑い声の中で攻撃しようものなら、鼓膜が破れちゃいますよ。


「ぐぁっ?!」


 だけど次の瞬間、その呵呵を誰かが殴り、そのまま吹き飛ばしてしまいました。いったい誰ですか?!


「ウゥ~!! さっきから聞いていたら、椿ちゃんを馬鹿にしてぇ!!」


 あれ? まさかの里子ちゃん?!


 てっきり見かねた酒呑童子さんが、無理して一発入れてくれたのかと思いましたよ。

 だけど良く見たら、酒呑童子さんはその場に倒れちゃっていました。本当に力を溜めているんでしょうか?


「ずっとずっと馬鹿にして。笑いまくって……絶対に、絶~対に許さない!!」


「あの、里子ちゃん? これは、この場にいる全員を馬鹿にしていて、何も僕だけじゃーー」


「元凶はあなたねぇ!!」


 聞こえていませんでした!! 里子ちゃんが再び、呵呵に飛びかかって行きます。

 この大音量の声の中だと、至近距離から話さないと聞こえませんでした。ただ、聞こえていたとしても……。


「ウォォォォ!!」


 頭に血が上ってしまっていて、耳に届かなかったと思います。里子ちゃん、まるで狼みたい……。


「くっ……!! なんだい君は? 僕を……この僕を殴るなんて」


「グルル!! 椿ちゃんを馬鹿にしたからよ! 吹き飛んで!」


「うわっ! わっ! ちょっとちょっと……! 君、この大音量の声の中で平気なのかい?!」


「平気じゃないけれど、それよりも私は怒っているの! この椿ちゃんを馬鹿にしてくる笑い声を、今すぐに止めなさい!」


「ひえっ?! あっぶないなぁ!」


 あれ? 会話が成り立っている。

 まさか……あの角のアンテナって、発信だけじゃなくて、相手の声を受信する事も出来るのかな?


 それよりも、里子ちゃんが怖いです。里子ちゃんが怒ったところなんて見たことが無かったから、余計に怖いですよ。

 だけど、怒った里子ちゃんに怖がりながらも、相手の呵呵は、簡単に里子ちゃんの攻撃を避けています。駄目です。このままだと、里子ちゃんが……。


「あはっ……あはははは! 何だい、やせ我慢かい?! それに、怒りは良くない。我を忘れて、こ~んな簡単な攻撃すら避けられないんだからね!」


「ギャウ?!」


「里子ちゃん!!」


 里子ちゃんの肩に、呵呵がその角を突き刺していました。


 もう誰でも……誰でも良いから、たった一瞬でもこの声を消して。それだけで、呵呵を倒せるのに!


 だって里子ちゃんの耳からは、良く見たら血が出ていたんです。里子ちゃんの耳が聞こえなくなったりしたら嫌だよ。

 肩だって、呵呵の長い角に貫かれてしまって、抜かれる時に血が吹き出しています。だけど里子ちゃんは、それでも苦痛の表情なんて浮かべていません。


 なんで? 何で里子ちゃんは、そんなに怒っているの? 僕がからかわれたと思って、怒ってくれているの?


 分かっています。大切な友達だから、怒っているんだ。


 すると僕の周りに、突然沢山の盾が出現し、僕を囲うようにしてきました。その瞬間だけ、笑い声が少し緩和しています。


「椿様……盾の性質を変化させるのに、時間がかかってしまいました。それなら、ほんの僅かの間だけ、音を防げます」


「玄葉さん?!」


 なんと玄葉さんが、耳を塞ぎながら、その全ての盾を僕に使っていました。それだけしないと防げないなんて……。

 それと、玄葉さんの言葉もちょっと聞こえました。黒狐さんの近くに居たから、勾玉を通してうっすらと聞こえてきましたね。


 僕にチャンスを与えてくれた。この笑い声を聞こえなくしてくれた。良く見たら、玄葉さんの耳からも血が出ています。

 それだけしないと勝てない相手……それなら、玄葉さんが作ってくれたこのチャンス、絶対に無駄にしません!


「さて。次はもっと痛いところを串刺しにーーふがっ?!」


 そして僕は、今度は里子ちゃんの左肩を突き刺して、軽々と持ち上げている呵呵に向かって行き、渾身の力を込めた拳を叩き込みます。もちろん、炎になった火車輪で勢いを付けてです。


「な、何で君も?!」


「皆がその身を賭して、僕にチャンスを作ってくれたんだ! 呵呵。さっきの問いに答えてあげる。これが、僕が蔑まれた過去があっても、前を向いて歩いていける理由です! 里子ちゃん!!」


「うん、椿ちゃん!」


 多分聞こえなかっただろけど、それでも伝ったと思う。僕がやろうとしていた事。

 だから里子ちゃんも、貫かれていた肩から、角を無理矢理にでも抜いて、そして呵呵目掛けて落下していきます。拳を握り締めながら。


 僕もそれに合わせます。


「ひっ……! なっ?!」


「逃がさないですよ!」


 それと呵呵は、僕の影の妖術で捕らえています。

 絶対に逃がさないです。この一撃で、決めないといけませんから! だから、火車輪に4つの炎の輪を重ね、呵呵の顔面に叩き込みます。


「狐狼拳、煉獄環れんごくかん!!」


「ウォォォ!! ワンダフルパ~ンチ!!」


 里子ちゃん! 力が抜けるから、その技名は止めて下さい!!

 でも里子ちゃんも、僕の攻撃と同じくらいの威力で、呵呵の頭を殴りつけました。僕の攻撃と同時にね。


「かっ……!!」


 そして呵呵は、僕達のその同時攻撃を前にして、一瞬で白目を向き、そして地面に激突し、そのまま大きな穴を開けてめり込みました。

 体型は普通なんです。僕達のこの攻撃が、ダメージになっていない訳は無いはずです。


「はぁ、はぁ……」


「ふぅ、ふぅ……た、倒したの?」


 里子ちゃんが、左肩を押さえてそう言います。

 多分大丈夫ですよ、里子ちゃん。この場所に響いていた、あの不快な笑い声が消えた時点で、勝負ありだと思います。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る