第漆話 【2】 止まらない白金の妖狐

 たとえ辛い過去でも、僕は思い出すんだ。もう弱い僕じゃ駄目なんだから。何もかも解決するには、僕自身の神妖の力を、完璧に扱えるようにならないといけません。


 だけどそれが、こんなにも恐ろしい力だったなんて。


 幼い僕は今、白金の尻尾を15本に増やし、そしてそれで全員を攻撃しています。1本は、白狐さんを突き刺したままです。

 だけどその時、白狐さんの腕が動き、自分の体を貫く幼い僕の尻尾を掴み、地面に足をしっかりと付け、思いっ切り引っ張ていました。


 生きてた。白狐さんが、また生きていた。

 だけど、苦しそうなその表情から、あんまり無事じゃないのかも知れません。


「へぇ、まだ生きてーー」


「当然だ……本当のお前は、殺したくないと思っていたんだろうな。急所は僅かに外れたぞ。それと、俺には治癒の妖術と、防御力を上げる神妖の力がある」


「そうですね。貫く寸前、何か抵抗感がありましたから。それが、本来の私の意思だとするなら、邪魔ですね。ですが、それも即死を免れたというだけの話。あとどれだけもつのでしょうね?」


「そんなものはどうでも良い。それよりも、消せないのだろう? その意思を」


「くっ……黙りなさい」


 白狐さんの言葉が全て図星なのか、幼い僕は少し焦っています。そしてそこに、金色の尻尾が伸びてきて、幼い僕に巻き付いてきました。


「これは?」


「椿。あなたの攻撃くらい、簡単に読めますわ。だって、母親ですから」


「くっ……!! 離しな……さい!」


 何故か更に焦りだした幼い僕は、硬質化した尻尾の内の1本を、お母さんにも向け、突き刺そうとします。でも……。


「ぐっ……!!」


「白狐?! ちょっと、何をやっているんですか?!」


 何と白狐さんが、尻尾に貫かれた状態で移動をし、僕のお母さんの前に立つと、再び幼い僕の尻尾に貫かれました。


 何で……? 何で、そんな事を? 


 僕のお母さんは構えを取っていました。つまり、対処出来たみたいなんです。それなのに、白狐さんは自ら……。


「白狐、何故です!? 私は対処のしようがあったのですよ! それなのに……!」


「ふん……稲荷は守り神。どんな者でも、どんな事でも、守るが使命……それに、未来の、妻に……自分の母親を、攻撃させるなんて、事……させる、わけには……」


 白狐さん? 白狐さんがそのまま項垂れて、ピクリとも動かなくなりました。

 そんな……やっぱり僕は、白狐さんを。一瞬だけ安心してしまったのが情けないです。


 それじゃあ、今一緒にいる白狐さんは、いったい何なのですか?


 すると、死んでしまった白狐さんの体が光り輝き、何かが抜け出しました。


 これは……魂か何かですか?


 それが突然、社の方に向かったと思ったら、その途中に立っていた天狐様の手に収まりました。


「ふぅ……魂の方は傷ついていなかったな。よし、また新たな体を与えれば……しかしその前に」


「そうでしたね。稲荷は体が朽ちても、石像等に魂を移し、それを仮の体にすれば、まだ生きながらえるんでしたね。それならば、魂ごと消し去りましょう」


 そうだったのですか。それなら、今僕と一緒にいる白狐さんは、仮の体なんだ。だから、妖気が中々増えないんですね。


「金尾、銀尾! まだか!?」


 すると天狐様は、白狐さんの魂を持ったまま、幼い僕の尻尾の攻撃を避け続け、そして僕のお父さんお母さんに向かってそう叫びます。


「今、妖気を安定させているのです。その間は、強力な妖術は使えないので、こうやってしのぐしか無いの。急かさないで下さい!」


 天狐様の言葉に、僕のお母さんが少し苛立ちながら答えています。どうやら、それだけ強力な封印をしようとしているんですね。


 するとその時、突然妲己さんが立ち上がり、華陽に向かって自分の影の腕を伸ばし、殺生石を奪おうとしました。

 だけど、華陽はギリギリでそれに気付き、殺生石を奪われないようにと腕を動かしたけれど、半分が妲己さんに奪われました。


「くそ! 妲己ぃ~! あんた~!」


「ふん。隙を伺って、こっちの注意が疎かになったあんたの失態よ! しょうが無いから、半分はプレゼントよ。あんたの目的未達成の記念にね! それを見て、毎日悔し泣きでもしていなさい!」


 そう言うと妲己さんは、もう1本の影の腕で、華陽を突き飛ばしました。その後ろにある、人間界と妖界を繋ぐ扉に向かって。


「くっ! 妲己ぃぃいい!!」


 そして華陽は、凄く悔しそうな表情をしながら、その扉の向こうに消えていきました。


「天狐!! この扉を閉じて! そして、あんたも早く発動させなさいよ! 妖気を溜めているのは分かっているわ。この裏稲荷山を、人間界と妖界の狭間に移すのでしょう? 私達ごとね」


「気付いていたか。あぁ、扉は閉める。そして、狭間に移すのは少し待て。金尾銀尾が、まだ何か考えていそうだからな」


 確かにそうみたいです。そう言った天狐様を、僕のお父さんとお母さんが睨みつけていますからね。


「椿は助けます。だけど私達と一緒に、こんな所に居させる気はありません」


「そうだな。ついでに、椿のあの願いも叶えるか? 同時に発動すれば可能だろう」


「あら、そうね。そうしましょう」


 そして、そんなお父さんお母さんのやり取りを、幼い僕は面白くない様な感じで見ています。


「やれやれ……1人逃がされましたか。しょうが無いですね。あなた達を消してから、真っ先にあの方を消しに行きましょうか。ですが、良い判断でしたね。あの妖狐が本来の姿になれば、その狭間から脱出するのも可能かも知れません」


 幼い僕はそう言うと、尻尾に突き刺した白狐さんの体を、吹き抜けに向かって投げ落とし、そして僕のお父さんお母さんを睨みつけます。

 だけどその後、幼い僕に向かって、黒い炎と黒い雷が飛んで来ました。これは、妲己さんと黒狐さんの妖術ですね。


「無茶をするな、妲己」


「あら、お気遣いありがとう。でも、私の心配なんてしなくて良いわ。私みたいな悪女、とっとと忘れなさい」


 2人ともフラフラになりながらも、何とか腕を上げて、妖術を発動していました。

 そして、その後の妲己さんの言葉に、黒狐さんが真剣な顔になっています。因みに幼い僕は、尻尾で簡単にその妖術を弾いていました。


「妲己。お前……死ぬ気か?」


「だから、忘れなさいっての。こんな悪の代名詞たる私なんて、嫁にするだけ損よ。だから……」


「それなら何で、華陽と一緒に逃げなかった!」


 そんな妲己さんのヤケになっている言葉に、黒狐さんがそう叫びます。それでも、妲己さんは平然としていて、何を考えているか分からない表情をしています。


「ちょっと、ね……ただの気まぐれよ。あの子の泣き顔。今住んでいる所で、私と仲良くしてくれていた子と、一緒だったのよ」


 そう言った瞬間、妲己さんは悲しい表情を黒狐さんに向け、そのままちょっとだけ笑みを浮かべました。


「ごめんなさい、黒狐。あんたとの新婚生活、ちょっと楽しみにしていたけれど、どうやら無理みたい」


 そんな妲己さんの言葉に、黒狐さんは何か心が動かされたのか、妲己さんの下にやって来ると、妲己さんをしっかりと抱きしめました。


「なっ……!?」


「妲己……何もお前が犠牲になる必要は無い。誰かの為に動ける奴が、完璧な悪人なわけが無いだろう」


「黒狐……」


「大丈夫だ。俺も一緒に、椿を止める。お前を死なせはーーっ?!」


「黒狐!?!?」


 あぁ……この時の僕は、本当に横暴でした。


 両想いになりそうな2人の仲を裂く様にして、黒狐さんの体を、硬質化した自分の尻尾で、後ろから貫いたのです。しかも、地面にある黒狐さんの影からです。


 これには僕のお父さんとお母さんも気付かなかったようで、慌てて幼い僕を引き離そうと、2人同時に尻尾を伸ばすけれど、幼い僕はそれを軽々と交わしています。


 でも黒狐さんは、僕の攻撃にギリギリで気付いていたのか、丁度妲己さんの肩に手を置き、体を離していました。

 おかげで妲己さんは無事でしたけど、その顔は真っ青になっています。


「黒狐! 黒狐!!」


 そして、苦痛の表情を浮かべる黒狐さんに、妲己さんが叫んでいます。しかも、涙も浮かべています。

 もしかして、あのほんの少しの間で、妲己さんは黒狐さんの事を……。


「最後のお別れが済んだ様ですしね。今度こそ、その魂ごと……」


「それなら、何であんたも泣いているのよ!」


「なっ! 何故……また?」


「本当のあんたは、嫌だって言っているのよ! 目を覚ましなさい!」


「くっ……! うるさいですね」


 そして、頭を抱える幼い僕に向かって、妲己さんは自分の影の腕を伸ばし、幼い僕を掴みました。


「どうしても無理みたいね。それならーー金狐、銀狐! 予定通りに封印しなさい! ついでに、私の精神も一緒に、この子の中に封印しなさい! この子の力を分離してあげる!」


「なっ! そんな事が?!」


「私には特殊な力があるの。華陽も気付いていない力がね。それは『分離』よ! この力を分離するのは可能なのよ! ただしこの場合、私の精神をこの子の中に放り込まないといけないけどね。ついでにそのまま封印もして、私の体を狭間に置いて貰えば、華陽は目的を達成する事が、もう2度と出来なくなるわ」


 驚いている僕のお父さんに、妲己さんはそう返すけれど、その妲己さんの肩を、黒狐さんは離しません。だけど良く見ると、黒狐さんはもう既に、こと切れて……。


 それを見た天狐様は、急いで黒狐さんの魂をその体から抜きました。


 あぁ……僕は、僕は黒狐さんまで、この手で殺めていたんですね。最悪です。

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