第陸話 【2】 白金の妖狐の覚醒

 幼い僕は、今のこの状況に恐怖してしまっています。それと、自分の中から溢れてくる力と別の意志が、更にその恐怖に拍車をかけてきます。


「八坂……貴様」


 八坂さんの突然の行動に、天狐様は怒り心頭しているみたいだけれど、その前に、その天狐様の下から声が聞こえてきます。


「くっ……! 油断したわ……まさか、天狐が吹き飛んで来るなんて」


「ん? このデカくも無く小さくも無い、絶妙な柔らかさのものは……」


 あの、天狐様。ラブコメのお約束展開を、今やる必要ありますか?


「お褒め頂きありがとうございます。だけど、流石に退いてほしいわね」


「おや? それは殺生石か? やれやれ……呪いをかけたというのに、まだそれを狙うとはな。とりあえず、お前は動くな」


「えっ、あっ! ちょっ……くそ!」


 あっ、天狐様の尻尾の毛が華陽に纏わり付いて、そのまま縛り上げちゃいました。しかも、凄く強度がありそうで、華陽は脱せられない様です。

 ジタバタと藻掻いているけれど、全然解けていないてすね。それに、華陽の九本の尻尾まで縛り付けていますよ。徹底していますね。


 そして天狐様は、殺生石を華陽から取り返すと、そのまま立ち上がり、八坂さんを再度睨みつけます。


「貴様……よくもまぁ、それだけの脱神を隠し持っていたものだ」


 そんな天狐様の睨みつけに、八坂さんは萎縮する事なく、睨み返しています。


「えぇ。あなたのぐうたらなその性格のお陰ですね」


「ふぅ……私が何故、殆ど寝て過ごしているのか分かっているのか? そうしないとな、年々増加していく強力な神通力を、制御出来ないからなのだよ」


 八坂さんは挑発したのか、それとも本気で言ったのかは分からないですけど、八坂さんの言葉に、天狐様がキレてしまっています。

 辺りの空間が震え、地面の石は浮き上がり、今直ぐにでもこの辺りを消してしまいそうな勢いです。


 だけど、その天狐様を、僕のお父さんとお母さんが止めに入ります。


「天狐。あなたが暴れたら、本当にここが崩壊してしまいます。それに、八坂とは私達の方が交流があります」


「何だと……?」


 僕のお母さんの言葉に、天狐様が反応し、睨みつけてくるけれど、お母さんも全然怯みません。天狐様の方が位が上だったんじゃ……。


 すると今度は、僕のお父さんが一歩前に出て、八坂さんに話しかけます。


「八坂。俺達も天狐のやっている儀式、神妖の妖気を得る儀式に、些か憤りを感じていた。だから、同じ考えを持つお前に共感し、何とかしようと話し合って来た。だが、これは聞いていないぞ。八坂、事と場合によってはーー」


「どうすると言うんです?」


 八坂さんはそう言うと、懐から扇子を取り出してきました。まさかそれって、あの『神言葉の扇子』ですか? この時既に持っていたなんて。


「八坂。それは我々には効かんぞ。神力を宿す者には、それは通じん。銀尾、金尾も一緒だ」


「そうですね、天狐。ですが……」


 八坂さんは、天狐様の言葉にそう答えると、頭を押さえてうずくまる、幼い僕を見ます。

 その八坂さんの視線で、僕のお父さんとお母さんは察したのか、幼い僕の下に戻ろうとするけれど、確かこの時、既に僕はーー


 僕じゃ無かった気がします。


 僕の中の力、それを司る意志が、僕の体を支配していたはずです。

 幼い僕は、毛色を徐々に変えていき、ゆっくりと立ち上がります。もちろんこれには、八坂さんも驚いています。


 扇子が効かないどころか、神妖の妖気が溢れていっていますからね。


「椿! 駄目だ。天照大神の力に、何か別の力が混ざっている!」


天津甕星あまつみかぼしの力よ! 天狐!! あなた、やってはいけないことを……!」


 僕のお父さんとお母さんの言葉に、天狐様は驚き、そしてその場にへたり込んでしまいました。


「馬鹿な……お前達の子は、この世界の“柱”だったのか? そ、それがまつろわぬ神の力が混じり、不安定に……?」


 天狐様がそう言った直後、毛色を全て白金の色に変え、尾を九本に増やした幼い僕が、辺りをキョロキョロと見渡し、そして手をかざして振り下ろします。

 その瞬間、辺り一面に衝撃波が走り、その場に居た全員を吹き飛ばしました。


 ただその時、華陽の拘束が解けてしまい、その一瞬の内に華陽は、天狐様の手から再度殺生石を奪いました。


「くそっ!! 華陽!」


「黒狐! 華陽を止めなさい!」


「そうは言っても、この衝撃では……! おい白狐、起きろ! お前の許嫁が大変な事になっているぞ!!」


 皆1回地面に叩きつけられた後、必死にしがみついていたけれど、幼い僕は再度、衝撃波を放ちます。

 そしてその度に、八坂さんが引き連れていた脱神達が、次々と吹き飛びながら浄化していたのです。


「くっ……! あり得ない。天狐、やはりあなたは傲慢過ぎたのです。私達の役目すら、踏みにじる気ですか!!」


 八坂さんも、その脱神達を何とかしようと必死で、幼い僕への対処が出来ずにいます。


 そんな中で、幼い僕が口を開きます。


「惨めな者達。罪深き者達。業の深き者達。ここには、様々な者達が集っている。全部全部、神に抗うか? ならば、神罰を受けよ」


 その僕にはもう、幼さなんて無かったです。

 だけど、意識はありました。ただずっとずっと、ここに居る妖狐達に罰を与えたかった。そして、こうなった原因を葬り去りたかった。


 存在を忘れられないように必死になり、やり方を間違えた天狐様。

 更に、そこまで追い詰める程に、妖怪達の存在を忘れ、神への信仰心をも失った人間達。その全てに罰を与えようと、この時の僕は思っていました。


 おこがましいのはいったい、誰なんでしょうね。


 だけど僕の中には、それだけの意志が存在していたのです。抑えられない、神の意志が。


「受けなさい。神の罰を……」


 そして幼い僕は、そう言った後に指を弾きます。その瞬間、その場に居る全員に、白金の雷を天から落としました。


「「「ぐわぁぁぁあ!!」」」


 だけど、全員が白金の雷を受けて叫ぶ中で、僕のお母さんだけは、幼い僕に向かって歩いてきます。


「くっ……!! いけません、椿」


 それを幼い僕は、何故か危険と判断し、宙に浮きます。


「私の罰を受けて歩けるとは。末恐ろしいものですね。母の愛とやらは」


「えぇ、そうね。ただ、それは私だけじゃないわ」


 すると、僕のお母さんの後ろから、僕のお父さんと黒狐さん。そして、目を覚ました白狐さんも現れ、僕を見ていました。


「ぬぅ……いったい、何があったんじゃ……? 椿のあの力は、いったい何だ?」


「お前の許嫁には、とてつもない力が宿っていた訳だ。神様のな」


「何じゃと?!」


「それで白狐。お前はどうする?」


「決まりきった事を。無論、助ける」


 そんな白狐さん黒狐さんのやり取りを見て、宙に浮く幼い僕は、冷めた目で2人を見ています。


「助ける? 訳の分からない事を。私は私。椿のままですよ」


「「それなら、何故泣いている?!」」


「なっ……?! 私が泣いている? あれ? 涙が、何故……」


 白狐さん黒狐さんが同時に言ったその言葉に、幼い僕は驚き、目元に手をやっています。

 確かに泣いています。この時、僕は泣いていたんです。


 白狐さん黒狐さんの姿を見た瞬間から、何故か胸が熱くなり、そして自然と泣いてしまっていたのです。

 そして、僕を助けると言った2人の目を見て、この状態になる前の僕の意識が少しだけ蘇り、小さく呟きます。


 きっと、2人に届くと信じて。


「た……す、けて……」


 その直後、また別の意志が、僕の精神と体を支配します。


「くっ……! うっ、はぁ、はぁ……何なんですか、この感情。不要な感情は……」


「いいえ。それは不要ではないわ、椿。生きとし生けるものには、必ずと言って良いほどあるもの」


「そうだ。それさえあれば、不可能は可能に変わる」


 そして、困惑する幼い僕に、今度は僕のお母さんとお父さんが話しかけてきます。


「だから、助けるぞ椿」


「えぇ、あなた。だって……」


「「愛があれば、何だって出来る!!」」


 そんな少年少女みたいな恥ずかしい事を、2人とも真顔で、しかも赤面もせずに言わないで下さいよ。

 だけど、逆にそこまで堂々とされていたら、清々しいかも知れません。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る