第拾伍話 【1】 休息も任務の一つ

 あの後、急いで船岡山からおじいちゃんの家に戻った僕達は、おじいちゃんに起こった出来事を伝えました。


「うむ。こっちでも確認した。雷獣め……亰嗟にしてやられたからといって、出してはならぬものを」


 おじいちゃんの家の地下、新たなセンターとなったその場所では、皆が慌ただしく動いています。

 妖界の状況はどうだとか、言っていたその『天雷』の場所、その動きを、達磨百足さんに伝えています。


「むぅ。あの『天雷』に抵抗出来る兵器は、こちらには無いの……もう、指を咥えて見ているしか無いのか?」


 そんな……! 雷獣の持っているあのお城は、そんなに強いのですか?

 そうだとしたら、早く止めないと。白狐さん黒狐さんが焦るほどなんですよ。妖界が大変な事になるんじゃないのですか?


 それでも皆は、その具体策を言う事は無く、ただ報告だけをしていっています。本当に、何も無いんですか? 何も出来ないのですか? このまま雷獣さんの最終兵器と、茨木童子の出した地獄が衝突し、激戦が始まっちゃいますよ。


「センター長! 翁! 報告です!」


 すると、センター長の所に口と目が飛んで来て、そう叫んで来ます。

 えっと……これは妖怪さんじゃなくて、その妖怪さんの使う妖具を、他の妖怪さんが使っていました。


「『天雷』が、落ちました!」


「何だと?!」


 えっ? 落ちた?! 雷獣さんの最終兵器が、落ちたんですか? それじゃあ、妖界の被害は……。


 僕は驚きのあまり、その妖具のパーツをジッと見ます。

 だって、戦闘が始まったとか、そう言うのを聞いていないのですよ。それなのに、ただ落ちたと言ってきたんです。誰だって耳を疑います。


「『天雷』は、攻撃を開始しようとしたのですが、雷雲より厚い雲に覆われ、雷を落とせず、敵の巨大な光線に貫かれて、呆気なく撃沈しました」


 それってまさか、僕達がこの前会った、あの厚雲って鬼の能力かな? 雷雲より厚い雲なんて……。

 それで自分の雷雲を包まれてしまったら、確かに雷を打てないかも知れません。あんな硬くて厚い雲だとね。


「むぅ……妖界に被害が出ずに何よりじゃが……」


「はい。あれからも、地獄の浸食は止まりません。妖界が、徐々に様変わりしていっています。妖界に居る妖怪達も、緊急事態の為、人間界に避難しています」


 それはそれで、人間界が妖怪で溢れてしまわないでしょうか? それと、悪さをする妖怪がこっちで暴れ始めたら、とてもじゃないけれど、ここでも対処仕切れないんじゃないかな。


「とにかくじゃ。最早儂等のこのセンターだけが、妖怪達の最後の砦じゃ。良いか! 逃げて来たからと言っても、人間界で悪さをする妖怪は、厳しく取り締まれ!」


「「「「「はい!!」」」」」


 おじいちゃんは、こういう時には頼りになります。纏め上手と言いますか、決して慌てないその姿勢に、皆勇気付けられているのです。


「椿!」


「あっ、はい!」


「お前さんはしばらく休め」


「えっ、でも……!」


 その後で、いきなりおじいちゃんから意外な言葉を言われ、僕は咄嗟に言い返そうとします。だって、最初にいきなり叫んできたから、何か重要な任務を言われるかと思っていたのに、休めって言われるなんて。何でですか? 僕だって、もう立派に戦えるんですよ。


「おじいちゃん、僕だって戦えーー」


「そんな状態でか?」


「…………」


『椿よ。無茶はするなと言っただろう?』


 これは言い返せません。だって今僕は、白狐さんに抱っこされていますから。

 船岡山から戻る時、元の姿に戻った瞬間倒れてしまったのです。白金の力は、使いどころが難しいんですよ。


 とにかく、このままだとおじいちゃんの説教が始まっちゃいそうなので、尻尾と耳を垂れ下げて、反省の意思表示です。


「全く……皆が心配しておるぞ。良いか、椿。英気を養うのもまた、重要な任務じゃ」


「はい、分かりました」


 それも重要ですね。無茶して任務をやり続け、妖魔人から逃げ、時に相対し、亰嗟の鬼達からは必死になって逃げる。

 そんな事を繰り返していたら、いざ反撃の時に疲労で倒れてしまって、台無しになっちゃいます。しかも、もし戦闘中にそうなってしまったら、命に関わりますからね。


 そして僕は、おじいちゃんの言う通りにし、自分の部屋へと向かう事にしました。白狐さんに抱っこされたまま……。


 疲れて歩けないのに、僕は無茶をしようとしちゃいます。それはやっぱり、トラウマがあるからなのかな? カナちゃんを亡くしたというトラウマが、皆を亡くしたくないという思いになっているのかも知れません。


『椿よ、気持ちは分かる。我もお主を亡くしたら、お主の様にがむしゃらになってしまう』


「…………」


『だかそれを、皆が心配せずに見ている、何て事になると思うか?』


 確かにその通りですね。僕だって、白狐さん黒狐さんが無茶をしたら、心配しちゃいますからね。だから今は、素直に言う事を聞いておきます。

 因みに僕のチームのメンバーは、まだ戻っていないようです。心配だけど、そこは皆を信じる。それで良いんですよね?


 そして部屋に着くと、黒狐さんが直ぐにお布団を敷いてくれました。今はまだ日が高いけれど、晩御飯まで寝ておこうかな。流石にヘトヘトです。

 その後に、白狐さんが僕をお布団に寝かせてくれたけれど、その瞬間寝入ってしまいそうになりました。でもその前に、白狐さんが僕のいつもの巫女服に、手をかけていきます。


『全く。ほれ……腕を上に伸ばせ』


「ん~」


 着替えさせてくれるんですね。このまま巫女服じゃ寝にくいから、ラフな格好が良いかな。


『よし、俺が着させてやる』


 そう言うと、黒狐さんが大きめのワイシャツを持って来て、下着姿の僕にそれを着させてくる。煩悩全開なので、無意識に尻尾で叩いてしまいました。


『す、すまん。本当はこっちだ……』


『黒狐よ甘いな。裸ワイシャツも良いが、素朴な格好の方が、椿の美しさがより際立つだろう!』


『ぬぉ! そ、そうか!』


 もうどっちでも良いから、早く着させてよ。寒いってば。それか、このまま寝ちゃうよ。


「ん~むにゃ……」


『い、いかん椿。そのままで寝るな、風邪を引く!』


「僕は風邪なんか引きません~」


『それでも、健康には良くないだろう』


 そう言うと、ようやく黒狐さんがTシャツとハーフパンツを着させてくれました。

 これでようやく寝られーーって、あれ? そういえば、僕ってば普通にしていたけれど、今この2人に着替えさせられた?


『どうした椿よ。顔が真っ赤だぞ』


『ふふ、今頃気付いたか』


 眠気でどうかしていたけれど、僕……僕は、自分の下着姿を白狐さんと黒狐さんに……。


『いやぁ、椿のスベスベで綺麗な肌は良かったの』


『匂いも。女らしい匂いになっていたな。うんうん、良い兆候だ』


「白狐さんと黒狐さんの馬鹿ぁ!!」


『ハンマーで?!』


『流石にそれは、ぐはぁ!!』


 僕は鼻血を出していた2人に、ハンマーにした尻尾を叩きつけ、そのままお布団に潜り込みました。


 い、いくら何でも油断しすぎです。

 でもそれ以上に、凄くドキドキしてしまっています。恥ずかしい方のドキドキじゃない。何だか胸が熱くなってきていて、白狐さんと黒狐さんの笑顔がリピートされています。


「んんぅ~! これまずい。これまずい!」


 咄嗟にうつ伏せになって、枕に顔を埋めるけれど、それでもまだリピートされています。しかも次は、さっき言われた言葉までリピートされています。

 僕の下着姿を見て誉めてくれた言葉が、ずっと頭の中で繰り返されている。もう、にやけ顔が止まらない。


「てへへ……」


 そして、ついそんな笑い声を出してしまいました。


 駄目だ、僕ってば完全に……。


 そう思いながらも、僕はまどろんでいく。

 すると、この部屋で着替え、そのまま僕の寝ているお布団に、白狐さんと黒狐さんまで潜り込んで来ました。それはもう抵抗しません。だって。


「ん~」


 2人の尻尾は、本当に良い眠りに付けるほど、フワフワで良い匂いで、安心出来て、幸せな気分になれるのです。


 そして僕は、そのまま眠りにつきました。

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