第参話 【2】 十極地獄からの使者
僕からの無理難題も、皆は文句を言わずにやってくれるから、頼もしい限りです。
だけど、流石に雪ちゃんでも、霊体を凍らせる事は出来ないので、僕の守りについてくれています。ついでに他の皆はーー
「くっ、中々上書き出来ないわ。楓、ちょっと相手に攻撃して、精神力削って」
「無茶な注文っすね! 相手霊体っすよ?! 攻撃しても吹き飛ばされるし、どうすりゃいいんっすか?!」
「私も爪で攻撃してもだし……う~ん。吠えて追い払った所でだよね。とにかく狛犬らしく、守りに専念しないと」
結構苦戦していました。
里子ちゃんは狛犬見習いだし、戦闘に関してはまだまだでしたね。それでもある程度の戦闘が出来るようにと、色々と妖具を持って来たらしいけれど……。
「里子ちゃん、妖具は?」
「えっ? あ~えっ……と」
里子ちゃんがわざとらしく目を逸らしています。怪しいですね……。
「全部出して」
すると里子ちゃんは、素直に巾着袋から色んな妖具を出してきました。僕に怒られたくはないからかな、すんなりと出しましたね。そして案の定、予想していた通りの物が入っていました。
捕獲して使役したりする為の、首輪や縄に手錠。そして、言う事を聞かせる為の鞭とかですね。
「さ~と~こ~ちゃ~ん?」
「ご、ごめんなさい!」
でも、鞭があるのは良いと思うんだけどね。それで攻撃したら良いのに。
そう思った僕は、早速里子ちゃんにそれを手渡します。
「僕が妖気を探って、寄生した妖魔の位置を特定するから、これで攻撃お願いね。里子ちゃん」
本当は影の妖術を使ったり、実体の無いものを射貫いたりする、黒羽の矢を使えば良いんですけど、それだとチームで動く意味が無いんです。
それに、ちょっと嫌な妖気が遠くからやって来ているので、早く片付け無いといけないんですよ。
すると、里子ちゃんがその鞭を手にし、ため息をつきながら呟いてきました。
「あのね、これね……蛇女さんの妖具でね。認識した相手に向かって、蛇の様にうねって伸びて、自動でその相手を捕まえたり、叩いたりするの。例え、幽霊さんでもね。だからね……」
うん、魂猟と相手の幽霊さんが、とっくに捕まっていました。何ですかその鞭?! 強過ぎるでしょう。
「でもね、本当はね、椿ちゃんにねーーんぅ?!」
里子ちゃんが続けて何か言ってくるけれど、影の妖術でお口を塞いでおきました。また何かとんでもない事を口走りそうでしたね。
この流れは、幽霊さんでも予想外の事だったみたいで、捕まえられてびっくりしていますね。
『ちくしょう!! 何だこれは?! 離せ!!』
魂猟の方も、その鞭から脱しようと必死にもがいているけれど、しっかりと強く巻き付いているので、逃げられない様です。
そして更に、その状況に危機を感じたのか、寄生した妖魔の妖気が少しだけ反応し、強くなった気がします。
「なるほど……そこですね。御剱!」
そのお陰で、寄生妖魔の場所が分かりました。僕はその場所に飛びかかり、御剱で突き刺します。
それと同時に、突き刺した反対側から、触手みたいにウネウネした寄生妖魔が、一斉に飛び出しました。
「おっと……! ついでにあなたも、巻物に封じておきますね」
一応この魂猟は、手配書がついているので、いつもの様にして、巻物に封じておきます。
これで後は、美亜ちゃんとわら子ちゃんで、この辺りの浄化をして貰って、呆然とする幽霊さんを、レイちゃんの元に連れて行けば、任務は完了。
なんだけれど……。
その前に、この迫って来ている禍々しい妖気……これは。
「美亜ちゃんわら子ちゃん、ごめん。ここの浄化は後回しです。幽霊さんも、後でレイちゃんに言っておきます。だからとにかく、今は皆で逃げますよ!」
だってその相手は、茨木童子がこの前呼び出した、十極地獄の鬼達の内の、1体だったんです。
その事を美亜ちゃん達にも説明すると、顔色を変え、急いで翁の家に帰ろうとしています。だけど……。
「ぐはははは!! 見つけたぞ!!」
相手の方が早かったです! いや、妖気は遠かったのに、何でいきなり僕達の目の前に?!
相手は1体とは限らない。長引けば、それだけこっちが不利。
そして、まだ僕の力では、この大きな鬼には勝てそうに無いです。
だってその鬼は、体格がしっかりしている大きめの鬼で、下顎から上に突き出す様にして生えている牙が、凄く威圧感を与えてきています。そしてその牙は、多分飾りじゃないんですよね。
「ちょっと……何よ、この感じ。凄く気分が悪くなる」
「ね、姉さん……逃げましょう……これ、駄目っす」
美亜ちゃんも楓ちゃんも震えているし、雪ちゃんも無言。そして、わら子ちゃんと里子ちゃんは、必死に翁と連絡を取ろうとしているけれど……それを見逃すそいつでは無かったです。
「おっと。増援を呼ばれては厄介だ」
その鬼は一気に距離を詰め、里子ちゃんとわら子ちゃんに向かって、その突き出た牙で突き刺そうとしてきます。
だけど、それは僕がさせません!
「うぐっ……! うぅぅぅ!!」
僕は白狐さんの力を解放し、そこから咄嗟に移動して2人の前に出ると、御剱でその牙を受け止める。
だけど、余りにも力の差がありすぎて、後ろに押されています。
「ほう……この俺、第一地獄の
名前なんて、この際どうでも良いです。
また僕の目の前で、僕の大切な人達を殺そうとするなら、どんな相手の攻撃でも受け止め、耐えてみせるよ!
だから、神妖の力も全開で行きます!
「僕の……私の大切を壊すなら、容赦なんかしませんよ、負なる者! いや、邪なる者! 金華浄槍!」
「ほう。どう容赦しないのだ?」
「えっ? なっ?!」
僕の尻尾の槍を受け止めた?!
こっちは両手を使って、御剱で防ぐので精一杯なのに、相手は僕の攻撃を、いとも簡単に片手で受け止めたよ。
「ふん!!」
「うわっ……! きゃぁぁぁあ?!」
その後この鬼は、僕の尻尾の槍を掴んだまま、遠心力を使って僕を振り回し、そして神社の壁に向かって投げ飛ばしました。
駄目です……これは。凄いスピードで、もう神社の石壁に激突する! こんなの、多少の怪我じゃ済まないよ。
「ぐっ……! あれ? これは……」
てっきり、神社の周りにある石壁に激突したと思ったけれど、僕は気が付いたら、蔦に絡め取られていて、その激突を免れていました。
これは、美亜ちゃんの?
でも、あの……ちょっとずつ僕の体に絡まっていくんですけど?!
「ちょっと、美亜?!」
「しょうが無いでしょ。やっとあいつ等の邪気が無くなったから、私が辺りの木に呪術をかけたのよ。それに、私はまだこれを完璧に扱えないわ。という訳で、脱出はセルフで宜しく」
「くっ……アフターケアも、ちゃんと出来る様になってもらいたいですね」
僕はそう言って、御剱を使って蔦から脱出します。
だけど、美亜ちゃんのこの呪術は、相手の鬼に対抗出来るものではないみたいです。美亜ちゃんが、強張った表情をしていますからね。
わら子ちゃんは扇子を持ち、辺りの幸運の気を探り、運気を上げてくれてはいるけれど、鬼の邪気が、その気を吹き飛ばしています。
これはもう、完全に僕達はピンチに陥っています。十極地獄の鬼1体で、こんなレベルだなんて……。
「とにかく皆。何としても逃げますよ」
「その方が良いけれど、それをあいつが許すかしらね~?」
確かに……今でも好戦的な様子で、こちらに近付いて来ている。
絶対に逃がさない。そんな目で僕達を見ているから、策も無く逃げるのは困難でしょう。
だけど僕には、日に1回だけにはなるけれど、相手を振り切れる策があります。
僕の本来の神妖の力を使うのです。
「大丈夫です。たった1回だけですが、私の本来の神妖の力を使います」
「椿ちゃん! でもそれは……!」
「里子、この場を切り抜ける為なんです。それに、この場を切り抜けられれば、こちらに近付いて来ている、私達の増援と合流出来ます。そうすれば、こいつから何とか逃げられます」
実はさっきから、こっちに向かって来ている3つの妖気を察知していました。
それは、白狐さん黒狐さんと、酒呑童子さんです。そっちと合流が出来れば、何とか逃げる事は出来そうなんですが……当然問題なのは、ここから逃げ出すのを、この鬼が止めて来る事です。
こんな強い鬼から、逃げられるのでしょうか……ううん、何としても逃げないと。
僕の大切な人達を失わない為にも、勝てない戦いはもうしませんよ。それと、慌てて逃げることもしません。戦いながら逃げます。
意を決して御剱を構え直すと、僕は鬼と対峙する為に、その恐怖に竦まない様にする為に、しっかりと睨みつけます。
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