第拾参話 【2】 あやふやな妖怪「虚」
とにかく、急いでこの閉ざされた空間から、脱出をしないといけないです。
でも、今気が付いたんですけど、センターの地下にこんな場所があるなんて、聞いていないです。いったい何なんでしょうか、ここは。
そんな事よりも、早く脱出する術を探さないと……。
「他の妖怪さんがこの空間を作ったのなら、その能力を持つ妖怪? もしくは、その妖怪さんの妖具を使っているという事ですよね」
顎に手を当て、ブツブツと呟きながら考える僕は、さながら探偵かも知れないけれど、こっちはそれどころじゃないです。
妖怪の能力にしても妖具を使うにしても、辺りから妖気を全く感じられないのがおかしいのです。
それでも先ずは、原因になっている妖怪さんを考えます。
「う~ん、空間に関係する妖怪さんは……鏡の妖怪、雲外鏡さんとか? でもこれは、鏡を使ってどうにか出来るものじゃないです」
時を操るとか空間を操るとか、そういう妖怪さんは、実はそんなに居ないのです。唯一存在するそのどれもが、この状況を作り出す事は出来ません。
そうなると、残りはその存在感の無さで、人々に認知されていない妖怪。空間と空間の境界線をあやふやに、何もかも虚ろにしてしまう『
その妖気すら虚ろにしてしまうから、捉えようが無いのです。だけど、1つだけ弱点があります。それは、驚かせる事です。
だけど、相手の場所も分からないのに、どうやって驚かせば良いんでしょうか。
「わっ!!」
試しに大声を出してみたけれど、意味が無かったですね。というか、僕の居場所なんて、向こうはとっくに分かっていますよね。
その後、妖怪スマホで『虚』について調べたけれど、これ以上の情報は無かったです。
手配書には無かったので、以前の妖怪センターが作ったアプリケーション『妖怪辞典』を使って、必死に調べました。
そうなると、ここにその妖怪さんが居るのが不思議です。センターに雇われている? そうだとしたらなんで……。
「あ~もう!! そんな事よりも、ここから脱出する事を考えないと!」
驚かせるのはちょっと難しいそうです。う~ん、どうしよう。
「いっその事、僕の神妖の妖気『増幅』で、力任せに……?」
駄目ですね。そんな事をしても、相手の力量が分からないし、こっちが暴走してしまう可能性があります。
すると突然、僕の後ろから大きな声が聞こえて来ました。
「何だと?!」
何で勝手に驚いているんですか?
ちょっと、僕の思考時間を返して下さい! すっごく無駄な時間だったじゃないですか。
しかも、相手の妖怪さんは意外にも大きかったです。体の幅が通路ギリギリじゃないですか。
それと、もじゃもじゃの無精ひげに、髪は伸び放題、服はボロボロ……見た目はもう、完全にホームレスじゃないですか。だけど意外にも、体臭は臭くは無いです。不思議……。
「お、お前……さっき、増幅の神妖の力の事を言ったか? まさかお前、それを使えるのか?」
「あっ、はい。見せましょうか?」
「いや、良い。上で暴れていたのは見ていたし、繋ぎも確認した……そうか、お前が椿か」
「えっ! な、何で僕の名前を知ってるんですか!?」
今度は僕がびっくりしましたよ。見知らぬ妖怪さんが、僕の事を知っているなんて……。
「いや、知っている訳ではない。ただ、万が一その名前を持ち、増幅の神妖の力を持っている、ある妖狐の女の子が来たら、確認をして欲しいと、お前の両親から言われたのだ」
「えっ……僕の両親?」
まさかここって、僕の両親と何か関係があるんですか?
「そうだ、両親の事を知りたいか?」
「…………」
こんな……こんな所で? 閉ざされたセンターの地下に、僕の両親の情報が……?
こんな事、全く予想していなかった僕は、ただ呆然とするしかないです。それでも気付いたら、僕は首を縦に振っていました。
「そうか……ここから脱出して保管庫に行くよりも、両親の事か」
「あっ! 忘れてた!」
それ以上の出来事が起きたから、頭からすっぽ抜けていましたよ。
「ど、どうしよう……酒吞童子さんに怒られる。あぁ、でも……!」
「まぁ大丈夫だ。俺の力なら、直ぐに保管庫に行ける。それに両親の事も、ただその情報の紙と、お前への手紙を預かっているだけだ」
「そういう事は早く言って下さい!!」
何ですか、この妖怪さんは。存在も、確かに居るのは分かるけれど、油断するとその存在を忘れてしまいそうな程に虚ろですよ。
それと、その力もなんだけど、言っている事も軸が無くて、バラバラなんですよ。力と存在だけじゃなくて、この妖怪さんはその全てが虚ろなのですか?
だから、その……今も良く分からない事を呟いています。
「あぁ……そうだ、今日は味噌汁にしよう。いや、パンを浸すのも良いな」
ご飯の事でしょうか? これは、まともに相手をしていたらきりがないです。
「あの~早く僕の両親の情報を……」
「ん? 何の事だ? それに、お前は誰だ?」
記憶も虚ろなんですか?! 厄介どころじゃないじゃないですか。
そこで僕は、影の妖術を使って、虚さんのこめかみを、虚さんの影の両拳で挟み、力を込めてぐりぐりしておきます。こうなったら、意地でも思い出させてあげますよ。
「いでで!! そうか、椿だな! 増幅の神妖の!」
割と簡単に思い出してくれましたね。とりあえず、こめかみから拳を離しておきます。
「それで。お前は、両親の事を知りたいか?」
「それはもう聞いたし、答えたってば!!」
堂々巡りをするのは、この空間だけで十分ですから! もう一回ぐりぐりしておくよ!
「いだだだ!! 分かった分かった!」
何回これをすれば良いんでしょうか……。
「さて、では出してやるか……保管庫の所で良かったか?」
「今度はだいぶ飛びましたよ!」
それも重要だけれど、僕の両親の事だってば! 特に手紙です、僕への手紙が気になるの!
とにかく、もう一回グリグリです。
「あだだだ!! 徐々に強くなっていないか?!」
「それは覚えているんですね。とにかく、僕の両親の情報がある場所まで、早く案内して下さい」
「分かった。分かったから、手を離せ!」
全く……この妖怪さんと関わると、色々と大変ですね。
でもだからこそ、この場所の守りを任されのかな? という事は、僕の両親の情報は、それだけの極秘……。
そして恐らくだけど、出来るだけ僕には、ここに来て欲しくは無かったんじゃないのかな。
だって、僕を人間の男の子にする程だからね。出来るだけ、妖怪とは関わらずに生活して欲しいと、そう強く願っての事。今なら、多少分かる気がします。
過去に起きた事、多分それは、妖怪さん達にとってはとんでも無い事のはず。それこそ、今までに起きた事が無い程の、未曾有の危機。それが起こったと考えていて良いかも知れません。
「やれやれ……ほら、こっちだ」
虚さんはそう言うと、僕に着いて来るように促してくる。その後を、僕は着いて行く。
だって、もう決めたんです。過去の事を知っても、僕は僕。過去に囚われず前を見て、未来だけを信じて、他の妖怪さん達と一緒に歩んで行くんです。
「……どうしました?」
「ん? いや、どっちだったかな?」
急に虚さんが通路の前で立ち止まったから、何か緊急事態でも起きたのかと思いましたよ。記憶が虚ろなのは大変ですね。
何回目かも分からないこのやり取りに呆れた僕は、目を細め、尻尾をハンマーに変化させます。
「黒槌土塊!」
「ぐはぁ!!」
そのまま相手の頭に一撃与えます。これで思い出したら良いんだけど。
「思い出しました?」
「おぉ! そうだったそうだった。今朝はパンにしようとーー」
「もうお昼過ぎています! 黒槌土塊!」
「ぎゃはぁ!!」
思い出すまで何度でも叩くからね!
何でしょう……これは。認知症のご老人を相手にしているみたいです。
もちろん叩いたら駄目なのは分かるけれど、相手は老人じゃないし、妖怪です。そして、僕には時間が無いのです。本当に急いで欲しいんです。
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