第漆話 【2】 お決まりの戦法
情報を集めていた酒吞童子さんから、色々聞きましたからね、君達の事は。
江戸時代、天保の大飢饉。君達は、その時の人間です。
信じられないけれど、その時に華陽に、寄生する妖魔を植え付けられ、そして徐々に人から逸脱していったんですよね。
植え付けられた時から、既に人間じゃなくなっていたかも知れません。
それでも初めはまだ、君達の人格があったんだと思う。だけど、徐々に妖魔化してきて、暴走も多くなってきた。
カナちゃんの家族を襲ったのも、玄空で間違い無いです。
ちょうどその時に、暴走した玄空が他の家族を、半妖の家族を襲っていたと、そう記録に残っていました。
そして遂に、あなた達の人格は妖魔に乗っ取られ、半年前のあの時に覚醒。今はもう、華陽の従順な下僕。
学生証とか、普通の人間に紛れる工作も、妖魔を植え付けられた時からしていたようです。
「うぉぉぉお!! 亜里砂様が……華陽様が、僕に力を与えてくれたんだぁ! 環境を操り、食物を奪い、あの悲劇を生み出した悪しき妖怪達を、必ず同じ事を繰り返す妖怪達を、皆殺にしてやるんだ!」
閃空は叫びなから、僕の浄化の風を耐えています。それだけの妖気、そして精神力を持っている、という事ですか。でも……。
「そのあなたが慕う者が、妖怪なんですよ。矛盾していませんか?」
「良いんだよ、力さえ手に入ればね! それにどうせ、最後に華陽も殺す。それがあの時、4人で決めた事だからね!」
この意志……これは、残留思念かな? この人の人格は、とっくに妖魔に乗っ取られているはずです。
それでも、さっきから閃空が叫んでいるその思いは、妖魔でも乗っ取れないのかな。どうなっているかは謎だけれど、僕がしてあげられるのは、たった1つです。
「可哀想な人ですね……騙されているとも知らずに。それなら、その思い事、この私が浄化してあげます」
酒吞童子さんにこれを聞かされた後、僕は少し納得が出来ず、自分でも調べたんです。
そしたら、天保の大飢饉は、本当に悪い事が重なって起きた事で、妖怪の仕業では無かったのです。
つまりこの4人は、華陽に騙され、身体を奪われ、こき使われてしまっているんです。華陽の目的の為にね。
「この暴風に耐えるのは流石ですが、風が収まる前に、全て終わらせます」
僕の風が緩やかになってきた瞬間、僕は御剱を振り、閃空に向けて光の刃を飛ばす。
これにも浄化の力はあるので、切り裂いた瞬間、閃空に付いている妖魔を浄化します。
もしこれで助けられるなら、湯口先輩もーー
だけど、現実はそう甘く無かったです。
「ふん! 僕がこの暴風に耐えた瞬間、お前の負けは決まってーーなにっ?!」
「あぁ、後ろにずっと置いてあった球体を、この刃の盾にしましたか。それ、切り札だったのでしょうけれど、私を甘く見過ぎです」
「あーーあぁぁぁ!! そんなぁぁあ!!」
閃空が動いたから、一瞬だけ焦りました。ただ後ろにあった球体を、攻撃を防ぐ盾に使おうとしただけでした。
でも、僕の光の刃はそれをも切り裂き、閃空の身体を真っ二つにしました。
だけどその瞬間、もう1つ変な妖気が発生した様な……。
「やれやれ、まさかこの方法……」
嫌な予感がした僕は、真っ二つになった閃空を見る。すると、いつかの時の様にドロドロに溶けていっています。つまり、これも分身体。
「あなた達お得意の戦法ですか」
そして僕は、新たに現れた妖気を確認する為に、そのまま後ろを見ました。
誰かは分かっていましたよ。顔が2つになった栄空と、恐らく妖気を隠し、ずっと僕の様子を見ていた閃空が、新たな大きな球体に乗って、その場で飛んでいました。
「あ~あ……何だあの力は。半年前と比べ物にならないね」
「ならば殺しましょう」 「殺しましょう」
「うるさいなぁ、亜里砂様からの指令を忘れたの? 騒ぎにしたら面倒な事になるから、時間がかかりそうなら撤退しろってね」
そう言った閃空を、栄空が2つの顔で睨み付けたけれど、閃空の言っていた面倒くさい事の方が嫌なのか、ため息をつきながら閃空に従っていました。
「さ~て。これ以上は本当にヤバいから、今日は残念ながら撤退しておくよ。本当は僕がやりたかったけれど、君を壊しちゃいそうだからね。楽しそうな戦いになると、僕は何でも壊したくなるんだ……だから今度は、本当の僕で、本気で戦って上げる」
そう言うと閃空は、栄空と共に自らの影の中に沈んで行き、そしてそのまま影も小さくなり、その場から消えました。
正直言うと、撤退してくれて助かりました。
勝てると思ったのは、閃空の分身体。僕は強くなったと思い、有頂天になっていました。
本体の閃空には、まだ勝てない。
「ふぅ……」
そのまま僕は、神妖の力を抑えます。
閃空の言っていた面倒な事。それは多分、遠くからこっちに向かって来ている集団の事ですね。1人1人妖気を感じるけれど、結構強いです。
警察かな? いや、妖界での事件の管理は、センターが全てやっている。つまり今来ているのは、新しくなったセンターの職員の妖怪達。
でも、そのセンターが亰嗟と協力している、という事は……最悪、これを理由に僕を捕まえて、亰嗟に渡す気じゃないかな。
そして亰嗟にとっても、今の華陽は邪魔な存在かも知れません。こうやって暴れまくっているからね。
「よし、白狐さん黒狐さん。逃げますよ!」
『うぉ! つ、椿? 戻ったのか?!』
「何を言っているんですか? そりゃ戻れますよ。そうじゃないと、自分からあの状態にはならないです」
そう言えば、全員静かだなって思いましたよ。皆、僕の戦い方に驚いているみたいですね。
「ほら、白狐さん黒狐さん急いで! センターの妖怪さん達が、すぐそこまで来ています! 僕が捕まって、亰嗟の人達に渡されても良いんですか?!」
『それは駄目だ! よし、龍花。他の3人を連れて、妖界から脱出、そのまま翁の家に向かう!』
「は、はい!!」
黒狐さんが龍花さんにそう言うと、そのまま自分の勾玉を使って、人間界への道を開きました。
『よし。椿、白狐。道は開いた、先に行け! 出たら直ぐに狐に変化し、隠れながら移動しろよ!』
『分かっとるわ! 行くぞ、つば……き?』
うん、あのね。実はあの力を使うには、ちょっとリスクがありまして……1時間程動けなくなるの。妖気は大丈夫だけれど、体力の方を結構持っていかれるんです。
だから僕は、地面にへたり込んだまま、白狐さんに向かって手を差し出します。恥ずかしいけれど言わないと……。
「白狐さん…………おんぶ」
『つ、椿? 全く、仕方ないの……』
「あっ、待って。お姫様だっこじゃなくて、おんぶで良いってば!!」
駄目です、聞いていません。白狐さんは、黒狐さんが開いた道に向かって、そのまま走り出しましたよ。
「センターの新しいクソ職員共なら、俺達が少しでも止めておくぜ」
「おう、だから気にせずに帰りな!」
すると、妖界から出ようとした時に、周りの妖怪さん達からそう言われました。
「だ、駄目です。捕まっちゃうよ!」
だって相手は、センターの職員達ですよ。妨害なんかしたら、確実に捕まっちゃいます。それなのに、他の妖怪さん達は皆いい顔をしています。なんで……。
「心配するな。そこは上手く捕まらない様にするさ」
「ここを守ってくれたお礼だ」
「せめて俺達も、何かしないと気が済まねぇよ」
ガラが悪そうに見えたけれど、ここの妖怪さんも、おじいちゃんの家の妖怪さん達と同じでした。
「ごめんなさい。あとで絶対、お礼しますから」
そう言って僕は、白狐さんにだっこされたまま、勾玉によって開かれた人間界への扉に入ります。
「へっ。まぁ、期待せずに待ってるぜ。お姫様」
誰ですか!? 今お姫様って言ったのは。僕はお姫様じゃな~い! あぁ……でも、もう扉を通っていて見えないです。
とにかく、今回の事で分かったのは、妖魔人の4人も、ある程度力を上げている事。
そして、迫って来ていたセンターの新しい職員達に、悪意を感じた事。僕は修行で、更に人の悪意とかにも敏感になっちゃったんです。
つまり新しいセンターは、確実に僕達の敵になっています。
そうなると、僕はまだまだです。もっと、もっと強くならないと。
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