第陸話 【1】 抗う椿

 このまま、華陽の思い通りに事が進んでいくの? いや……何とかして、おじいちゃん達の増援が来るまで、僕達は耐えてみせます。


 というか、そもそも華陽の狙いが――


「さっ、椿ちゃん。妲己と替わってくれる?」


 これなんです。影で僕の足を掴んで、それで逃げないようにされ、更には言う事を聞かなければ、あの2人を殺すって目をしています。


 華陽は、何とかして僕の中の妲己を出そうとしています。

 そもそも華陽の狙いが、殺生石の復活。そして元々1つだった、白面金毛九尾の狐を、元の状態に戻す事みたいです。


 つまり、妲己さんを出した瞬間、何かしらの方法で妲己さんを奪ってくるかも知れないのです。


【華陽……! 椿、あんたいい加減にしないと、強制的に替わるわよ!】


「やってみて下さい!」


【なっ……】


 さっきから、妲己さんの様子がおかしいんですよ。


「妲己さん、ここに連れ込まれる前、僕に何て言ったの? 逃げろって言ったよね?! 相手の目的が妲己さんだって事、僕だって分かってるんだよ? それだったら、敵の思い通りの展開なんて、絶対にさせないよ!」


 妲己さんと華陽の間に何があったかは分からないよ。だけどね、妲己さんがここまで周りが見えなくなる程に、怒りに満ちているんだよ。


 その時点で、華陽が普通じゃないって分かります。妲己さんを利用しようとしているんだからね。


「へぇ……言ってくれるわね~椿ちゃん。これでも?」


 華陽がそう言った瞬間、鈍い音と同時に、僕の右足に熱くて激しい痛みが襲ってきた。


「えっ……? あっ、うわぁぁあ!!」


 嫌な予感がした僕は、自分のその足を見ると、華陽の影が足を折っていました。

 変な方向には曲がって無かったけれど、音からしてこれ絶対折れたよ! 白狐さんの力で、防御力を上げる前にやられてしまいました……。


「椿!!」


「椿様!!」


「そんな……椿ちゃん! 私の幸運の運気は? どうなってるの?!」


 3人はそれぞれ叫んでいるけれど、その次の瞬間、3人も何か攻撃をされたのか、悲痛な声を上げました。


「あはは~私があんたの対策をしない訳ないでしょう? こいつの力で、あんたの力を相殺しているのよ」


 そう言うと、華陽は自分の背後から、何者かを引っ張って来ました。


「うっ……え? その貧相な姿……まさか、貧乏神?!」


「そっ、あの廃村の御堂に封じられていたからね。あんたの力で、封印を解かせて貰ったのよ」


 山神が居た、あの廃村の御堂ですか。何が封じられていたのかと思っていたら、貧乏神だったんですね。

 だけど僕は、その姿を確認出来ないです。痛くてそれどころじゃないのですから……。


 痛みに耐えていたら、額から変な汗も出て来るし……でもね、泣く訳にはいかないのです。皆頑張っているし、おじいちゃん達の増援も来ますからね。


「さて、椿ちゃん。いい加減に妲己と替わってくれない? 殺すよ? あなたを殺した後、無理やり引きずり出しても良いんだよ?」


「でも……それをしないのは、ぐっ……そっちの方が、リスクがあるんでしょう?」


「あらら~分かってたのね~」


 僕の言葉に驚きもしないなんて……華陽の余裕のある態度は、全く崩れませんね。


「それじゃあしょうが無いわね~もう1本足を――」


「させません!! 妖異顕現、影の操!」


「生意気ね~痛みで泣きじゃくると思ったのに、でも無駄。その妖術、私の方が上手――ぎゃぅっ?!」


 分かっていますよ! だから発動させる振りをして、両腕で逆立ちをしながら背中を反らすと、そのまま折れていない左足で、華陽の顔面を蹴りつけました。

 だけどその衝撃で、折れている右足に激痛が走ったし、着地なんて出来ずにお尻から落ちて、それでまた激痛が走っています。


「いっ~!! つぅぅ……はぁ、はぁ」


【椿、あんた……言っとくけど、私も痛いのよね】


「妲己さんのせいです!」


【そうよね、ごめんなさい】


「はえ?」


 妲己さんがしおらしい……それはそれで、逆に怖いですよ。


「あ~もう! 私の顔を蹴るなんて。何て事してくれるのよ……」


【それと言っておくけれど、華陽は顔を殴られるのが1番許せないから。それこそ、逆鱗に触れると思っておいて】


「遅いです」


 殴るどころか、蹴っちゃったんですけど?! そのおかげで相手の妖術からは脱したけれど、逆に怒らせたら意味無いですよね?! 妲己さんわざと? ねぇ、わざとなんですか? 最悪です。


【さっ、替わりなさい椿。あの状態の華陽を相手にするなんて、あんたには出来ないでしょ?】


 わざとでした! 華陽だけじゃなくて、妲己さんにも気を付けるべきでしたよ。


「あは、あはは……それじゃあ~今度は足じゃなくて、手をいってみようか~?」


 それと、華陽も既にキレていて、瞳が縦に細く伸び、耳の毛も尻尾の毛も一気に逆立ち、怒りのオーラをほとばしらせながら、こっちに近付いて来ています。


【ほら、早くしないと。もっと痛い目にあうわよ?】


「それでも! 妲己さんとは替わらない!」


【くっ、意地っ張りね! どうなっても知らないわよ?!】


 意地っ張りでも何でも、今までの様にして、皆の言う通りにするだけじゃ嫌なんです! 大怪我してでも、僕は僕の意志で戦うんです。


「あはは……良いわね、椿ちゃん~良い目をしてるわね。でも、また簡単に捕まっちゃうわよ~ほら~」


 そう言いながら、華陽はまた自分の影を伸ばしてくる。しかも物凄いスピードで、目に見えない程です。


 だけど、やってくるとしたらそれだと思いましたよ。


「つぅ……くっ!」


 左足で踏み抜いても、痛いものは痛いですね。

 それでも僕は、神妖の力を少しだけ解放し、上に飛び上がると、直ぐにある方向に顔を向けます。


「さぁ……いい加減に反抗は止めるんだ。息子よ」


「がはっ?! くっ、くそ……椿を、助けないといけないんだ。お前等なんか! ぐぅっ!!」


「あ~あ~奈田姫……じゃない、亜里砂は危ないモードに入っているし、玄空は『父の愛』を靖君に与えているし、栄空はご機嫌になってあの2人を襲っているし、加勢したら邪魔だって殺されそう……暇だなぁ」


「だったら、敵が逃げないようにちゃんと見ときなさいよ。私は栄空の方を見ているんだから、亜里砂の方はあんたが見なさい」


「え~? でも一方的だし……って、あれ? あの子何処行ったの?」


 完全に余所見していましたね。僕の耳には、君が退屈してブツブツ呟いているのが聞こえていましたよ。


「それなら、僕と遊ぶ? 閃空! 天神招来、神風の禊!!」


「えっ? うわっ!!」


 そして僕は、身体を半分捻りながら、閃空に向けて浄化の風を放ち、後ろに吹き飛ばします。

 ついでに玄空も吹き飛ばそうとしたんだけど、やっぱり耐えたね。


「あれ~? 椿ちゃん、浮気は駄目だよ~?」


 もちろん、それに反応しない華陽ではないです。更に自分の影を伸ばし、空中に居る僕を捕らえようとして来ます。

 というか、影の面積を増やしてないかな? ここまで伸びるのはおかしいって……。


 だけど、やることは変わりません。


「術式吸収!!」


「えっ? 嘘!! 私の妖術が?!」


 よし、僕より強力な妖術でも吸収出来ました。

 影絵の狐の形にした手に、華陽の影の妖術を吸い込み、そのままその妖術を解読します。


「詳細入力……やっぱり、僕の『影の操』の上位版みたいなやつですね」


 そして左足で着地。もちろん右足に激痛が走るけれど、我慢です我慢。


「術式解放、強化出力! かげ魔神まじん≪極≫!!」


「へっ? 嘘でしょう?!」


 それから相手の妖術を、相手の影に向けて放つ。

 もちろん強化してだから、その相手の影は巨人みたいに大きくなっています。


 もう、やり過ぎとかそんなのは関係無いです。


 そして、部屋を埋め尽くす程の華陽の影は、そのまま彼女自身に覆い被さろうとしています。僕がそうやって操っているんですけどね。


「なっ……ちょっと! 何で操れないのよ!!」


 どうやら、同じ妖術で返そうとしているみたいだけど、その妖術の強化版だから無理ですよ。


「あぁぁぁ! ちょっと、ふざけ――!」


 そのまま華陽は、その影にあっさりと包まれたので、僕はまたその影を操作して、丸いドーム状にすると、その影を固く固定し、華陽をそこに閉じ込めました。

 多分脱出されるだろうし、一時しのぎにしかならないかも知れないけれど、それでも十分です。


「はぁ、はぁ……よし、あとはあの4人……」


 だけど、だいぶ妖気を使ってしまいました。

 相手のあの妖術、もの凄く妖気を使いますね。それなのに平然と使いまくっている華陽は、やっぱり強いです。

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