第弐話 【1】 滅幻宗の成り立ち

 牢から出た僕達は、薄暗い通路を歩いて行く。


 ここは滅幻宗の寺院の地下らしく、場所も京都市内にあるみたいです。玄葉さんがそう説明してくれました。


「それよりも、ここの牢って薄暗いですね。足元が良く見えないです……わっ!」


「きゃっ! ちょっと椿ちゃん?!」


「あっ、ごめん、わら子ちゃん!」


 変な段差があってつまずいてしまったけれど、本当にごめんなさいわら子ちゃん。男子なら嬉しいハプニングが起こりました。


 倒れた僕は、わら子ちゃんに覆い被さってしまいましたよ。


「お二人とも、そういうのは家に帰ってからお願いしますね」


「家に帰ってもやりません」


 とりあえず僕は立ち上がって、その後わら子ちゃんの手を引いて立たせるけれど、何だかわら子ちゃんの顔が赤く無いですか? 大丈夫かな。


「ほぉ、これは……牢の中が賑やかだと思えば、可愛らしい客人じゃの」


 すると、その薄暗い他の牢屋から、誰か別の人の声が聞こえてきました。


「誰?!」


 その声に、僕は真っ先に反応したけれど、玄葉さんは誰か分かっているようで、僕の後ろでその人に話しかけています。


「あなた達ですか。すいません。事が終われば、あなた達もここから出しますので、今暫くお待ち下さい」


「よいよい。私は辛抱するのは得意じゃて」


「しかし和尚……もうあなたは」


「良いと言っている。これ程の苦行、昔の修行僧に比べれば、生温いわい」


 あっ、複数人居たんですか。ようやく目が慣れてきて、その先にいる人達の姿が見えてきました。


 僕達の居た牢は、鉄格子のはまった小さな窓があったので、若干光が漏れていたけれど、今いる場所は、そんなものが一切無いから、本当に暗くて良く見えないんです。


 そんな状態で、ようやく牢に入っているその人達の姿が見えたけれど、全員頭を丸めたお坊さん達でした。

 その正面で、座禅を組んで座っているお坊さんが、僕達に話しかけていました。


 白い髭を生やしていて、何だか本当に偉いお坊さんって感じで、周りの人がその人を気遣っているのも分かります。


「それよりもお前さん達、ちょいとこの年寄りの話に耳を傾けてくれんか? 私達の寺院を乗っ取り、宗派を乗っ取り、悪巧みをしている奴等の事じゃが……」


 それは気になりますね。滅幻宗の事だよね。だから僕は、その人達の牢の前に行きました。

 

「それ、詳しく教えて下さい」


「椿ちゃん?!」


「椿様。申し訳ないですが、急いでいるんです」


 それは分かっているけれど、こういうのは結構重要なんですよ。敵を知るのも、戦いでは重要なんです。


「おぉ、狐の嬢ちゃんは分かっとるようじゃの」


「狐……って、僕の耳が見えるんですか?!」


「えっ?! それじゃあ、私の姿も?!」


「勿論、見えとるぞ。その格好、座敷わらしかの? この目で見られるとは、何とも幸運じゃの」


 座敷わらしのわら子ちゃんまで見えるなんて、これはもう間違いないです。この人は、妖怪の存在を信じている。

 お坊さんだから見えるのかな? 滅幻宗の人達も見えていたし、やっぱりお坊さんには、特別な力があるのかな。


「急いどるのは分かるが、ほんの数分だけ、耳を傾ける事も重要じゃぞ? 急いては事をし損じるぞ」


「うっ……分かりました」


 そう言われたら、玄葉さんは何も言い返せませんね。

 この言葉通りに、急いて事をし損じた事があるからね。それに年の功なのかな、言葉に多少重みがありましたね。


「さて、納得してくれた所で、話すかの。私の恋のアバンチュー……おぅっ?!」


 お弟子さんらしき人が、後ろからその人の足をつねりましたよ。そうですね、真面目にやってください。


「全くもう。空気がこうも重苦しいと、口から出る言の葉も重くなるじゃろうが」


 だから、場を和ませようとしていたのですか? う~ん、そうだとしたら凄い人なのかも……。


「椿様、あまり間に受けないように……」


「へっ?」


「お坊さんの中には、口達者な方もいます。気付いたら、その話術にはまり込む場合もあるので、気を付けて下さい」


 玄葉さんが真剣な顔で言うから、少し恐くなっちゃいました。


「オホン。さて……そもそも、私達が捕らえられているのは、私達が邪魔だったからなのと、ある情報を保有していたから、この2つじゃ」


「ある情報?」


「あの有名な、殺生石の場所じゃ。我々の宗派では、霊は勿論のこと、妖怪等も存在すると信じており、その存在を守り、時として人に害を与える者を、山奥に追いやったりしておったわい」


 そう言われると、このお坊さん達からは、滅幻宗の人達とはまた違った気を感じます。

 何だろう……怪しいものではないけれど、これが僕達に向けられたら、恐ろしいかも知れません。


 洗練された、密度の濃い気。

 それが、僕に話しかけている人以外からも、滲み出ていたからです。


「ほっほっ。そんなに怯えなくて良い。お前さん達は、清い心を持っておるようじゃ。さっきの会話で分かる。お前さん達の敵になるような事はせん」


 それなら良いんですけど……でもやっぱり、まだ会ったばかりなので、ちょっと身構えちゃいます。


「さて、そんな情報を持っておったからか、ある日この寺院は襲撃をされ、奪い取られたのじゃ。そして出来たのが、憎き集団、滅幻宗じゃ」


「……玄葉さん」


「言いたい事は分かっています、椿様。滅幻宗が、そんな最近に出来たものなのか? もっと昔からあるんじゃないのか? ですよね。答えは『はい』です。実は滅幻宗は、100年近くも前から存在しています」


 そうですよね。だって僕を隠す為に、60年も僕を男の子にしていたんですよ。

 それが別の組織、亰嗟だというのは分かっていたけれど、実はおじいちゃんから、滅幻宗からも狙われていた事を聞かされていました。


「えっと……失礼な事を言いますけど、あなた達は生きているのですか?」


「ほっほっ。不思議な事を言う。存在していれば、生きている。違うかの?」


「え? えっと……あの、あれ?」


「椿様……」


 真剣に悩んでしまいました。目の前でニヤニヤ笑うその人を見て、僕は嵌められた事に気付きましたよ。


「良いのぉ。久々に、若人わこうどの悩む姿を見られたわい」


「くっ……」


 そうなるとやっぱり、この人達はとっくに死んでいて、今の姿は霊体ですね。しかもどういう訳か、霊体になってもここに閉じ込められているんですね。


「さて、簡単な話じゃったろ? 年寄りの話には、耳を傾けるもんじゃ。そして奴等、あの5人は異常じゃ。こうなった私達を、未だにここに縛り付け、情報を引きだそうとしとる。恐ろしい奴等じゃ、気を付けよ」


「はい、分かりました。助言、ありがとうございます」


「よいよい。これから戦に赴く可憐な女子達に助言をするのは、当然の事じゃ」


 礼を言う僕を制したその人は、当たり前の様にそう言ってきます。そして後ろの人達も、何故か期待した目で僕達を見ています。そういう目で見られると、変に気合が入っちゃうよ。


 だけど次の瞬間、僕達の居た場所から少し離れた所で、何かが開く音が聞こえ、そしてこちらに近づいて来た。


「そんな……! 奴等の見回りは、1日1回だけ。しかも、夜中だと言っていたはず。くそ、私の方が嵌められたか?」


 そんなにヤバい人達が来るのでしょうか? 玄葉さんが少し焦っている所を見ると、相当強いのかな。


「玄葉さん、こっちに近づいて来ている人達って、そんなに強いの?」


「強い? いや、強いですが、その……出来たら対峙したく無いのです。見たら分かります。ですが、ここは私の言うとおりに動いて下さい」


 玄葉さんはそう言うと、僕達に耳打ちをして来て、その作戦を伝えて来ました。


「なるほど、分かりました。やれるだけやってみます」


「多分通用しないでしょうけれど、それで十分です。あとは私がやるので。さっ、急いで下さい」


 通用しないって……そんなに強い人達なんですか?! 何だか、一気に不安になってきましたよ。 

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