第拾陸話 【1】 父と義息子
美亜ちゃんの呪術は凄いですね。
滅幻宗の下っ端の人達は、その蔦に捕まってしまっていて、完全に動けない。でもそれは、生徒の皆もなんだけどね……。
「美亜ちゃん。あとは、皆を安全な場所に移して下さい」
「椿、分かってるの? 私のは呪術であって、妖術じゃないのよ。操れる訳無いでしょ!!」
「それじゃあ何で使ったんですか?!」
自信満々に言わないで下さいよ。
「私もこうなるとは思ってなかったのよ!」
ちょっと使い所に難ありですね。しかも、呪術を解く以外、生徒の皆を解放する事は出来ないようです。
「ふん、余裕なものだな。せい!!」
「おっと……!」
全くもう……話している最中に攻撃して来るなんて。この玄空って人は、全く油断出来ません。
でも、どんな攻撃か分かれば対処は簡単ですよ。今回の突風の弾は弾いてみたけれど、ちょっと手が痺れました。
【馬鹿ね。あれは避けなさいよ】
「ごめんなさい。カナちゃんも居たし、弾けるくらいなら弾きたかったんです……だけど、一発でこの威力なら、そう何回も出来ないですね」
僕は手の痛みを取る為に、力を抜いてブラブラさせながら、中の妲己さんに返事をする。
敵の攻撃を1つ1つ見極め、どんな対策がベストかを考えないといけませんね。
するとその瞬間、僕の上からいつもの声が聞こえて来る。
『椿よ、無事か?!』
『全く……この木々はいったいなんなんだ?』
「あっ、白狐さん黒狐さん。これ、美亜ちゃんの呪術です」
いきなり上からやって来た白狐さん黒狐さんですが、僕のその言葉を聞いて、目を丸くしましたよ。確かにびっくりするよね。
「それよりも、2人の相手は?」
それよりも、ここにやって来たということは、2人の相手は倒したんだと思う。白狐さん黒狐さんも、多少服に汚れが付いているし、圧勝という訳にはいかなかったようですね。
『いや、それがの……』
『この大量の木を逆に利用され、見失ってしまった』
「美亜ちゃんの馬鹿野郎」
「私のせい?! なによ、折角助けてあげたのに!」
それでも、どうなるかは多少考えて欲しかったです。
とりあえず、嘆いていてもどうにかなるものではないので、目の前の玄空に集中しようとした時、急に大きな球体が現れ、僕達の方に向かって飛んで来ました。
「うわぁ!!」
『ぬぅ! これは……? 閃空とかいう奴か! 何処だ!?』
「あっはっは! 何処だと言われて『はいここです~』なんて、言う訳無いだろう? さぁ……て。この大量の木は、僕にとっては有利だね。どうやって遊んでやろう」
どうやら閃空は、札の術か何かを使って、声を至る所から発せられる様にしていて、何処にいるのか分からなくされています。美亜ちゃんの呪術が裏目に出ちゃいましたね。
辺りを見渡しても、木を張り巡らせているこの状態では、何処にでも隠れられますよ。
すると次の瞬間、僕の後方上部から、突然閃空が吹き飛んで来ました。いきなりの事でびっくりして、耳も尻尾も一斉に逆立ててしまいましたよ。
「くっ! 靖君~友達の僕を殴るなんて、最低だよ~」
「黙れ。この現状、生徒を人質に取ってまで、妖怪退治は強行する事なのか?!」
その声に反応し、僕は後ろを見上げると、そこには湯口先輩の姿がありました。
今朝早く何処かに行っていたから、何をしていたのか気になっていたけれど、良かった……僕達を裏切るつもりは無いようです。
【なに安心しているのよ? まだ戦いは終わっていないでしょうが。それとも……はは~ん】
「いっ、いや、違う違う、そうじゃなくて! また先輩が敵になったらどうしようって、そう思ってたからさ、ちょっとホッとしただけで、別に変な意味じゃないから!」
【まだ何にも言って無いわよ】
妲己さんはこんな時まで、僕をからかわないで欲しいです。
すると先輩は、今度は父親である玄空を睨みつけました。でも、本当の父親では無く、育ての親でしたよね? それでも、先輩にとっては父親です。戦えるのかな。
「この恩知らずが。育てた恩を仇で返すか」
「黙れ、その行動と姿を見て確信したよ。お前達は、悪だ!」
先輩はそう言うと、格好を付けて玄空を指差したけれど、他の滅幻宗の幹部3人が笑っていますよ。
それに、栄空もいつの間にか姿を現していたし、玄空以外の3人から笑われてしまい、先輩がキレそうになっています。
「あっはっはっは! 靖君~何をもって悪と決めつけられるの? そんな基準、時と場合によってコロコロ変わるんだよ! 戦争を見てごらん? 皆相手を悪だと言って、武器を取って戦っているじゃないか! 僕からしたらどっちも悪なのにね!」
「黙れよ、閃空! 自分の中の正義、それを貫き通せれば、それが真の正義となるんだ!」
「そんなのは誰だって持ってるんだよ、気付かない内にね! だから争いは起こるんだよ。こうやってねぇ!!」
そうやって閃空と先輩が言い争った後、閃空は文字の入った巨大な球体を、木の陰から先輩に向けて放ちました。そんな所に隠していたんですね。
「たぁ!!」
「なっ?!」
とにかく、人間の身体と同じくらいの物で、それを先輩が対処出来る訳が無いからさ、僕が御剱で弾いたけれど、鋼鉄の物だったから、また手が……。
【ば~か】
「うるさいです、妲己さん」
「椿……お前大丈夫か? あいつにやられたんだな……」
だけど、その後先輩はそう言うと、玄空を睨みつけています。一応育ての親ですよ、少しは情や戸惑いが無いんですか?
「先輩、僕は大丈夫ですよ。それに、育ての親でしょ? そんな憎しみを込めて睨まなくても……」
「いや……残念だが、俺はあいつを父とは思っていない。それらしい事をされた覚えが無いからな」
「えっ……」
先輩の険しい表情を見て、それが本当なんだって分かりました。2人の表情は、親子同士の睨み合いでは無く、宿敵同士の睨み合いでした。
「靖君~父親よりも、友達の僕と遊びなよ~!」
すると、それを見ていた閃空が、また巨大な球体を投げ付けて来ました。
それよりも、こんなに大きい物を手ではなくて、目に見えない力で飛ばして来る閃空の方が、厄介な気がしますね。
「黙れ。お前を友達と思った事は、1度も無い! 俺の友達は、あいつ等だ」
そう言うと、今度は先輩は下の方を指差しました。
するとそこには、先輩と同じくらいの歳の人達がやって来ていて、皆頑張って蔦を登って来ています。もちろん、全員坊主頭です。
僕達の助太刀をしようとしているのかな? でも、何だか危なかっしいです。その状態で狙われたら、ひとたまりも無いですよ……。
「うぉぉお!! 靖、助太刀するぞ!」
「こんな奴等に言いようにされてたまるか!」
「厳しい修行はいったい何だったんだ! 街の人達を守る為じゃないのかよ!」
そして皆、口を揃えて滅幻宗に文句を言っています。これって……先輩がこの人達に、滅幻宗の怪しさを教えたって事だよね。
「椿、悪かった。実は、今朝早くに出ていたのは、こいつ等を説得する為だったんだ」
「そうだったんですか。でも、あの……閃空にやられてますよ?」
やっぱり、あんな無防備な状態で登っていたら、そこを狙われますよね。閃空の球体で、思い切り吹き飛ばされていて、直ぐに下に落ちていますよ。
「ちっ、この木はいったい何だ?! これのせいで、上手く戦えないぞ!」
「あっ……それ以上は、その……美亜ちゃんが落ち込むので、控えてあげて下さい」
だけど、美亜ちゃんには聞こえていたらしくて、屋上で体育座りをしながらいじけていました。
「ふん。どうせどうせ、私なんか……そうよ、私のせいよ。折角役に立てると思ったのに、完全に足手まといじゃない。あぁ……でもどうせなら、もっと困らせてやろうかしら? 椿の困惑した顔、ちょっと見たいかも」
美亜ちゃんが黒い! いや、止めてください! 樹海が……木がどんどん紫色になっていって、蠢いて、禍々しくなっていっていますよ。
「ちょっと……美亜ちゃん、落ち着いて!」
駄目です。凄い恐い笑顔を見せていて、美亜ちゃんはちょっと楽しそうです。というより、更に問題を増やさないでください。美亜ちゃん、いい加減に戻ってよ。
「ぬぅ、この面妖な木々ども。厄介だな」
「うわわわわ……こ、これじゃあ僕の球体も、狙いが定まらないよ。あの化け猫~」
「ちょ~っと不味いわね。これだと、作戦通りにいかないわよ」
「それならば、殺してしまいしょうか」
「だから栄空、それは駄目って言っているでしょう。今回の私達の目的は、あの子の中の妲己を奪取する事なのよ。余計な事をしたら、その後処理が面倒くさいでしょうが! 残業はお肌の天敵よ」
えっ? 今……慌てている4人から、不吉な言葉が聞こえてきました。僕の中の妲己さんを、奪う? 今回の襲撃はその為……。
【ふん。私を狙って、何をしようとしているのかしら? 妖怪退治の集団にしては、どうも変ね】
「……とにかく、あの4人に捕まる訳にはいかないですね」
ウヨウヨと蠢く木々の中で、僕はしっかりと4人を見据え、その姿を見失わないようにする。そうしないと、油断して後ろから捕まったら、元も子もないですから。
今回の敵の目的が僕なら、僕が捕まった時点で、生徒の皆に、他の妖怪さん達に何をするか分かりません。
そう考えながら、カナちゃんを蔦から解放しようと、必死に蔦を引っ張ります。
「あわわ~!! こ、こんなの予想外だよぉ!!」
「あ~もう~美亜ちゃん~! 良いから呪術解いて~!!」
カナちゃん。僕の助けになろうとしてくれるのは嬉しいけれど、予想外の事が起こった時の対処が、全く出来ていませんでしたね。でもこれは、僕でも対処するのは難しいかも知れませんね。
何とか捕まらないようにはしているけれど、結構大変なんだもん。カナちゃんが捕まっちゃうのも、しょうが無いかな。
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