第参話 【1】 激辛かき氷で厄介な遭遇

 結局、美亜ちゃんと里子ちゃんの仲というか、あの時は単純に、僕を慌てさせる為の演技みたいでした。


 翌日。学校に着いて早々、僕はふて腐れています。


「ちょっと、椿。悪かったってば、そんな不機嫌にならないでよ」


 そんな僕の席の後ろから、美亜ちゃんが尻尾を触ってきます。よりにもよって、美亜ちゃんの席は僕の後ろなんです。尻尾触らないで……。


「椿ちゃん。折角雪を助ける事が出来たんだから、もうちょっと笑顔でいたら? そうしないと……」


「私、拗ねる……」


「うひゃぅ?! 冷たい!」


 雪ちゃん、こっそりと能力で冷やした手を、僕の首元に押し付けないで下さい。びっくりしましたよ。まだ暑いから、丁度良いですけどね。


「ごめん、雪ちゃん。でも、体の方は大丈夫なの? 校長先生からは、無茶しないようにって言われているんじゃ」


「大丈夫。貞操は守っていたし、私も馬鹿じゃない。それにあいつは、私を殺すつもりは無かったし、水分補給や食料は、ちゃんと貰ってた。引き換えに、色々されたけど」


 雪ちゃんは、もう気持ちを切り替えているようです。僕達に心配をかけない為なのは分かるけれど、植え付けられた心の傷は、そう簡単には消えないと思います。


 だからこうやって、雪ちゃんが僕に引っ付いてくるのも、心の傷を癒す為かな――何て思っているけれど、ちょっと違う……よね。


「雪って言ったっけ? 椿は私のだから、あんまり引っ付かないでね」


「ちょっと美亜ちゃん?! 変な事言わないで!」


 あぁ、ほら。2人が美亜ちゃんに対して、ライバル意識を持っちゃったじゃないですか! 僕の頭の上で、火花を散らさないで下さい。


 本当に何回も言うけれど、僕の安息の場所はどこなんでしょう……。


 ◇ ◇ ◇


 それでも放課後になると、美亜ちゃんも含め、皆で駅前のかき氷屋に行こうと、雪ちゃんが誘ってくる。

 ただ僕を取り合うだけのライバル、と言うより、友達同士でも譲れない物がある、って感じでしょうか。


 そして、まだ暑い日が続く中で、ここのかき氷屋は繁盛していました。

 何故か雪ちゃん考案の、あのかき氷が大ヒットしたみたいなのです。僕には良く分かりません……。


 それだけ信じられなかったから、かき氷屋にたどり着いた僕達は、その長蛇の列を見て、開いた口が塞がらなかったよ。


「ちょっと待ってて。助けてくれたお礼に、特別なかき氷を用意するから」


「待って、雪。あのかき氷じゃないよね?! 私、あれはもう嫌だからね!」


 あっ……雪ちゃんが「何で?」って顔をしています。でも、僕も嫌ですからね。


「あら、そのかき氷が人気なんでしょ? だったら良いじゃない」


「それじゃあ、美亜ちゃんはそれね」


 僕達は、普通のかき氷ですよ。


 美亜ちゃんはあの時居なかったから、それがどんなかき氷か分かっていないですよね。だからね、1度試せば良いと思います。


「人気なのでしょう? それなら、とても美味しいんでしょう? 何で嫌がるの」


「美味しいと言うより、多分ネタとしてだと思う」


「そ、そうだね椿ちゃん……」


「?」


 あの時の事を想像し、冷や汗をかく僕達を見て、美亜ちゃんは首を傾げています。


 そして数分後。


 雪ちゃんが持ってきたかき氷を、美亜ちゃんは凝視しています。自分の前に置かれた、真っ赤なかき氷をね。

 更に、雪ちゃんが待ち遠しくて仕方なかったかのようにして、パクパクそれを食べる所を見て、美亜ちゃんの目が点になっていました。


「ねぇ……このかき氷、目に染みるんだけど」


「激辛かき氷だからね。あっ、お残しは駄目ですよ。それと、僕達は手伝わないから」


「は、嵌めたわね……」


 いや、人気だから興味あったんでしょ? 頼んだ時も止めなかったし、のぼりもあったから分かっていたハズだよね。


「くっ……こ、ここまでえげつないとは思わなかったわ。だ、だけど、食べられ無い物を作るわけないわね。うん、大丈夫大丈夫」


 美亜ちゃんはそう言って、スプーンで真っ赤なかき氷をすくい、そのまま口へと運ぶ。そして、そのまま固まってしまいました。


 暴れだしたら困るので、僕とカナちゃんは自分達のかき氷を、手で囲って死守します。


「ミギャァァア!!」


 ようやくその辛さが脳に行き渡ったのか、美亜ちゃんは椅子から飛び跳ねる様にして転がり落ち、その場で暴れながら、地面をのたうち回っています。


「辛い辛い辛い!! し、舌、舌がぁ!!」


「美亜ちゃん。はい、お水」


 僕は手際良く、用意していた水を美亜ちゃんに渡すと、美亜ちゃんはそれをひったくるようにして受け取り、一気に飲み干しました。


「ひぃ、ひぃ……舌が……あんた! 何て物考案してんのよ!」


 因みに、今美亜ちゃんの姿は、皆に見えるようになっています。だから、皆美亜ちゃんの声に反応していますよ。

 多分周りからは、制服でネコミミのコスプレをしている人、としか見られていないと思うよ。しかも、咄嗟でもネコの鳴き声を出すなんて、すごく徹底しているなぁ、と逆に感心されているようです。


「美味しいのに」


 そして相変わらず、雪ちゃんは平気そうにそのかき氷を食べているけれど、良く見たら他の人達も、あのかき氷を平気そうに食べています。皆、舌は大丈夫なんでしょうか……。


 店員さんも首を傾げているから、やっぱり普通じゃないんでしょうね。このかき氷を食べられる人は。


「ちょっとあんた! 何て物を食べさせるのよ!」


「ふん。辛さで胃がやられて死ぬかと思ったが、精神がおかしかったら、胃の方もおかしかったか。そのかき氷に耐えるとはな」


「耐えてないわよ! かっらいわねぇ!!」


 すると、僕達から少し離れた所で、聞き覚えのある声がしてくる。


 もしかして、この2つの声は……。


 そう思った僕は、ゆっくりと顔をそちらに向ける……するとそこには、亰嗟のナンバー2を名乗った、あの2人が居た。丘魔阿と、和月慎太だ。


 2人で向かい合って座っているけれど、丘魔阿の前には、あの真っ赤なかき氷が……。

 だいたい何をしているかは分かったけれど、早くこの場を立ち去らないと。


「どうしたのよ? 椿」


「皆、静かにして……ゆっくりと何食わぬ顔で、ここから離れるよ。亰嗟の丘魔阿と、和月慎太が一緒にいる」


 僕のその言葉の後に、3人とも僕が向いた方を向くと、目を丸くしてから、ゆっくりと無意識に、顔を伏せて姿勢を低くしました。


「何でこんな所に……」


「知らない。でも、ピンチ」


「こんな所で戦闘はごめんよ」


 とにかく、僕達はそうっと席を立ち、コソコソと移動を――しようとした瞬間、前から誰かが突進して来た。


「辛いっす~!!」


「な~んで、こんな所に楓ちゃんが居るんですか!!」


 狸の耳と尻尾は消してるみたいだけれど、首元にチョーカーみたいな物を付けてて、人間にも見える様にしているみたいです。

 そうしないと、手に持っている真っ赤なかき氷は買えないからね。って、冷静に分析している場合じゃなくて、楓ちゃんが僕に飛び込んで来たから、一緒に転んでしまい、しかも叫び声を上げてしまったので――


「あら、あなた達は」


「むっ? お前は……」


 2人にバレちゃいました。楓ちゃんの馬鹿。


「楓~! 大丈夫?! そんなに辛かった? って、何この空気は」


 楓ちゃんがここに居た理由が分かりました。海音ちゃんが連れて来たんですね。

 そして楓ちゃんの変化は、海音ちゃんが施したみたいに感じます。海音ちゃんの妖気が、楓ちゃんを包んでますからね。


 それよりも、この状況をどうしよう。

 とりあえず楓ちゃんには、両拳でコメカミをグリグリしておいて、僕は何とか逃げ出す方法を考えています。戦ったら負ける。もしくは、僕が暴走しちゃいます。


「イデデデ! 痛いっす! 姉さん、何でこんな所に!?」


「楓ちゃんは黙ってて、今ピンチなんだから」


「自分も命がピンチっす! 海音ちゃん、助けてっす~!」


「この人達、只者じゃないわね」


 すると、海音ちゃんも状況が分かったのか、楓ちゃんを放っといて、僕に確認してきます。


「うん、亰嗟の幹部の人達だからね」


「ヤバいわね、それ。応援は?」


「僕の耳の勾玉を繋いだから、この会話は、白狐さん黒狐さんに聞こえています。直ぐに来てくれると思う」


 でも、それにも数分はかかる。その間に何かされたらと思うと、油断は出来ない。


「あらあら、そんなに警戒しなくても良いわよ~私達、今は休暇中だから~」


「と言うより、お前達に敗れてしまい、亰嗟の目的が遅延したので、あの方からの怒りを買い、しばらくの間待機を命じられた」


「ちょっと!!」


 なるほど。この2人は幹部に間違いないけれど、そこまで立場は高くないようです。そして、2人は僕達に近づいて来る。

 流石に海音ちゃんの方も、警戒して臨戦態勢を取りました。だから僕達も、同じように臨戦態勢です。


「んふふ。そんなに眉間にシワを寄せたら、可愛い顔が台無しよ~」


 この丘魔阿という人は、どこまで本気か分からない……。


「安心しなさいよ。今あなた達に何かしても、何の得にもなりはしないわよ。どうかしら、少し私達とお茶しない?」


 得にならない訳は無いはず。名誉挽回の為にはなるでしょう。


「少し、亰嗟の事を話して上げるわ。どう?」


「……っ」


 どうしよう……どうすれば良いんだろう。どう答えるのがベストなの? 僕には分からない。


「良いわ。その代わり、ちょっとでも怪しい動きを見せたら、分かってるわよね」


 すると、それに答えたのは何と美亜ちゃんでした。


「ちょっ……美亜ちゃん?!」


「敵の情報が得られるチャンスでしょうが。に入らずんば虎子を得ずってね」


「美亜ちゃん、それを言うなら虎穴です」


「何でも良いでしょうが! とにかく、敵の策略だろうと何だろうと、リスクは承知で突っ込むのみよ!」


 やけくそじゃないですか、美亜ちゃん。


 でも確かに、ここで逃げようとしても、相手が何をするか分からない。それならここは、相手の提案に乗るのも、案外良い手なのかも知れない。何かして来ても、直ぐに対処が出来るからね。


 ここは美亜ちゃんの言う通りにする事にして、その事を全員に目配せで確認を取ると、警戒をしながら、相手の提案に乗る事にしました。

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