第弐話 【3】 2人で誓う、最高の日々を

「くそ! 私は嵌められたんだ! 私を陥れる為に、化け物を使って、誰かがこんな事を!」


 警察官によって捕まり、連行される中でも、雪ちゃんの父親はそう叫んでいる。


 往生際が悪いけれど、その警察官に何を言っても無駄だよ。


 その人達は捜査零課の人達で、妖怪絡みの事件は、上手く情報操作をするから、あなたがいくら頑張っても、娘を監禁した罪で終わりですからね。

 亰嗟も、こうなってしまっては助けようとはしないでしょうしね。この人が、ある程度の情報を持っていれば良いけれど、期待は出来ないかも知れません。


 僕は家の外に出て、杉野さんに状況を説明しています。すると、1台のパトカーの陰から、見覚えのある1人の女性がやって来ました。

 着物姿がよく似合っていて、肌が真っ白、絹の様な長髪をしている……って事は、あれは雪ちゃんのお母さんだ。


 うわっ、修羅場……。


「なっ……お前は」


「あなた、もう観念して下さい。あなたの正体を見抜けなかった私も悪いけれど、妖怪の仕業にして、自分は悪く無いと言うあなたには、もう誰も着いていきませんよ」


 そう言うと、氷雨さんは大量の書類を取り出し、半妖の刑事である杉野さんに手渡した。


「これは……?」


「この人の、これまでの悪事の全てです。手がかりを掴むのに時間がかかりましたが、どうか宜しくお願いします」


 氷雨さん……最近おじいちゃんの家に居ないと思っていたら、そんな事をしていたのですか。


「なっ、待て。お前……何故」


「何故? 私、言いましたよね? 私の正体を知った時、妖怪達を利用しようとするのなら、それなりの覚悟をして下さいって」


 そんな事を言っていたのですね。


 それなら、僕が何とかしようとしなくても良かったような……いや、それでも何かきっかけがないと、ただ書類を渡しただけでは、揉み消されてしまうかも知れない。


 このタイミングが丁度良かった。そういう事なんだろうね。


 そしてその後、氷雨さんは警察に保護されようとしている、娘の雪ちゃんの元に向かって行く。

 僕の方は、杉野さんから色々と話を聞かされているので、雪ちゃんの元に行けません。


 でも、氷雨さんが優しく雪ちゃんを抱き締めていて、雪ちゃんもいつものように、逃げたりしていません。

 多分、お互いがお互いを助けようとしていたから、あんな事になっていたのでしょうね。


「雪、ごめんなさい……気付いていたからこそ、何としてもあの父親から引き離そうと……」


「いえ、母さんこそ……あんなのと一緒に居ては……」


 2人とも、意地になっていたようですね。全く……。

 とにかく今は、出来るだけ2人きりにさせて上げないといけません。せっかく、元の母娘に戻ったんですからね。


『椿よ! 大丈夫か?! あれ以上変な事はされなかったか?!』

 

『あの男、よくも!!』


「待って下さい、白狐さん黒狐さん。僕は大丈夫ですから」


 あなた達がそうなるから、慌てて市長を追いこんだんですよ。そうしないと、その勢いで家に突撃されそうでしたから。


『だが! 椿の胸をこうやって――!』


「あっ……」


 少し興奮気味ですよ、黒狐さん。

 あの時のを再現するかの様にして、僕の胸に手を当てないで下さい。だけど、あの時みたいな気持ち悪さは無いです。


『す、すまん、椿! つい興奮して……って、ん?』


「…………」


 何でかな……? 何で、白狐さんと黒狐さんなら平気なの?

 いやいや、僕はそんなふしだらな子じゃない! 違う違う、白狐さんと黒狐さんは人じゃないから。うん、そうです。そういう事です。


『椿よ、黒狐だけは不公平だからな、我も……』


 う~ん……やっぱり大丈夫ですね。白狐さんも、黒狐さんと同じ事をしてきたけれど、全く気持ち悪くないです。

 だから違うってば。白狐さんと黒狐さんになら――とかさ、そんな変な事じゃないから。


『黒狐よ、ここまで椿が無反応という事は、やはりまだ何か盛られている可能性があるな』


『そうだな。そうだとしたら、今すぐに吸い出してやらねば!』


 へっ? あっ……しまった! 抵抗しなさすぎた。


「わ~! 待って待って! 白狐さん黒狐さん! 僕戻った、戻りましたから!」


 だから、2人で力強く抱き締めて、こっちに顔を近づけてこないで下さい。


「雪!」


 僕が、いつもの白狐さんと黒狐さんの愛撫から逃れようと、必死に抵抗をしていると、カナちゃんの声が聞こえてきた。

 そっちを向くと、新聞社やテレビ局に情報を配っていたカナちゃんが、ようやくこっちに合流して来ていて、雪ちゃんに抱き付いていました。


 そのカナちゃんの後ろには、生徒会の半妖の人達もいます。


「バカ雪! 何で一言も相談しないのよ!」


「馬鹿、は余計。相手は市長、被害が拡散するかも知れなかった、だから……」


「だから何? あのねぇ、私達はまだ子供なのよ! たった1人で、大人に敵うわけがないでしょ?」


「でも、椿は……」


「あのね……椿ちゃんは60年も生きている妖狐なのよ。何で比べてるの?」


「うっ……そ、れは……」


 ん? あれ? 何だろう、この感じは。2人の会話をこっそりと聞いていると、何だか親近感が湧いてきます。


「椿……と、一緒に、ずっと一緒にいたい。その為に強く、一緒に戦えるようになりたい」


 雪ちゃんは顔を赤くしながらも、ハッキリとそう言った。そういえば、僕は耳が良いのを、2人にはまだ言っていなかったですね。

 周りの半妖の人達にしか聞こえていないと、僕には聞こえていないと思っているんでしょうね。でも残念、聞こえています。


「全く……そんなの、私も一緒よ。でもね、最近気付いたの。椿ちゃんは妖狐、私達は半妖とは言え、人間に近いよね? だったら、寿命はどっちの方が長いかな?」


「あっ……」


「雪。ずっと一緒は無理でも、あの子と過ごす時間だけは、常に最高なものにしようよ。その為に、相談出来る事は何でも相談してよ。雪も居ないと、椿ちゃんとの最高の時間が作れないでしょ」


 僕が、この2人とずっと一緒に居たいと思う気持ちと、ほとんど一緒でした。

 何だろう……この、胸が温かくなっていく感じは。初めてだよ、こんな感情は……。


『おい、椿よ。どうした?』


『また反応が……って、泣いてる?! す、すまん! やはり、やり過ぎたか?』


『全く……黒狐はいつもそうよ。やり過ぎてしまう』


『だったら止めろ!』


『嫌じゃ、嫌われとけ』


『貴様……!』


 あの、こんな時にまで喧嘩しないで下さい。全くもう……。


「んっ、んっ。はい、これで喧嘩しないでね。それとね、僕は正気だよ、白狐さん黒狐さん」


 2人のほっぺにキスをした後、僕はクルッと前を向き、後ろの2人に向かって、顔だけを後ろに笑顔を見せた。

 そしたら今度は、2人が動かなくなっちゃいました。驚いた表情のままで固まるなんて、器用な事をしますね。


「雪ちゃんカナちゃん! また学校でね!」


 何だか変な気分にもなりそうだから、早めに帰ろうかな。だって、僕の方の話はもう終わったしね。

 杉野さんが、また首輪を付けて欲しそうにしていたけれど、お尻を蹴って仕事に戻しました。「あぁ、最高……」なんて聞こえた気もしたけれど、幻聴ですあれは。


「えっ、待って椿ちゃん! もうちょっと……」


「そう、です。お礼を」


「それは、また学校でね。さっきのカナちゃん達の会話で、僕胸がいっぱいになっちゃって」


「聞いてたの?!」


 うわっ、2人とも顔が真っ赤になっているよ。可愛いですね。


「あ~言ってなかったけれど、僕は耳が良いんですよ」


 そう言いながら、僕は自分の耳を動かして、そのアピールもしておきます。すると、2人が凄い形相になって、僕の方へと走って来ました。


「えっ、ちょっと? 何でですか?!」


「私達にだけ言わせるのはズルい!」


「だから、椿も言う。私達の事、どう思っているか」


 何でそうなるんですか?! というか、雪ちゃんは走らない! 体力落ちているんだから、倒れたらどうするの。


「ちょっと、杉野さん! 零課の誰かでも良いけれど、雪ちゃんを保護しておいてよ~!」


 だけど、誰も動かないのは何でかな? 皆、ホッコリした良い笑顔なんですけど。


「早く言いなさ~い!」


「うひゃぁあ! 好きですよ! 2人とも、とっても良い親友です!」


「それ、以上は?!」


「雪ちゃん?! それ以上って何ですか!?」


「そうね、この際だからハッキリさせましょう。雪と私のどっちが良いの!?」


「わ~ん! 君達まで、白狐さん黒狐さんと同じ事を言わないでよぉ!」


 白狐さん黒狐さんはフリーズしたまんまだし、何で皆、僕なんかに言い寄るんですか。僕のどこが良いんでしょうか。


「あらあら。何やってるのよ、椿は。面白いわね~」


「だねぇ、美亜ちゃん」


「妖怪は、人間みたいに男女じゃないと駄目、何て事は無いんだけどね。ねぇ、里子」


「そうだねぇ、美亜ちゃん」


 えっ? あれ? 何ですか、2人のその親密そうな雰囲気は……えっ? えっ? 嘘でしょう……。


「椿ちゃ~ん!」


「椿~」


 僕の頭はもう、パニックどころじゃないです。

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