第拾捌話 【1】 想像の力
僕と美亜ちゃんの前に立ち塞がる亰嗟の人は、自信満々な顔をしているけれど、単に酒呑童子さんは、被り物の呪いで弱体化していただけですからね。
そうは言っても、相手のあの図鑑の様な物の能力が分からないと、こちらが苦戦しますね。
「おや、この妖具が気になるので? 宜しい。亰嗟の中でも2番手の実力を持つ、この
「えっ? ナンバー2って、丘魔阿さんがそう言っていたような……」
僕がそう言った瞬間、その人は眉をピクッと動かすけれど、表情は変わらずでした。感情が無さそうに見えるけど……。
「あんな人が、ナンバー2な訳がないでしょう。自称ですよ、自称」
「そ、そうですか」
僕としてはどっちでも良いです。ただ、亰嗟の人達に仲間意識が無さそうなのは、今のこの人の言葉で分かったよ。
「私のこの妖具は、持ち主が想像した妖怪を、一時的に生み出す物です。先程のも、実は妖怪だったのですが、簡単に蹴散らされましたね」
「つまり、想像した妖怪を具現化するって事?」
「簡単に言えば、そういう事ですね」
それって、実質無敵なんじゃないですか? そもそも、何でそんな妖具が存在するんでしょう。
「ふ~ん、
美亜ちゃんが威嚇しながら言うけれど、毛まで逆立ってますよ。ちょっとは落ち着いて下さい。
「そこは、ご想像にお任せします」
「それじゃあ、盗んだか奪い取ったって事で良いわよね!」
そして美亜ちゃんは、その人に向かって飛びかかり、その爪で引き裂こうとするけれど、美亜ちゃんは何かにぶつかり、そのまま止められてしまいました。
「な、何これ……盾? くっ、爪が割れるところだったじゃないの!」
「待って、美亜ちゃん! その盾、顔がある!」
「へっ? きゃあ?!」
僕が叫んだ後、その盾に付いていた顔の口が開き、そこから炎を吐き出してきたけれど、こんなのは僕の妖術で――!
「妖異顕現、黒焔狐火!!」
僕の手から、その炎に向かって黒い炎の塊を飛ばし、そのまま相手の炎を取り込むと、ついでに盾も燃やしていきます。
すっごい叫び声を上げているから、妖怪なのは間違い無いです。でもあれは、あいつの想像が具現化した物。本当の妖怪じゃない。
「おっとと、これは危ない。下手したら、この本まで燃やされそうでしたよ。流石ですね、丘魔阿を倒しただけはあります」
敵にそんな事を言われても、嬉しくは無いですね。
とにかく僕は、美亜ちゃんに怪我が無いかを確認し、再びそいつと向き合った。
「美亜ちゃん。こいつは僕がメインで戦うから、フォローお願い」
美亜ちゃんにとっては、プライドが傷つくかもしれない。いつもいつも僕のフォローだからね。それでも、こっちの方が勝率がありそうなんだよ。
「分かったわ。呪いをかける妖怪なんか出されたら、私が返すし。奇襲が出来そうなら、隙を見てやってみるわね」
あれ? 美亜ちゃんが、思いの外すんなりと受け入れたんですけど。
「何よ、その顔。さっきの攻撃で、相手との実力差くらい分かるわよ! 良いから、あんたは相手に集中して!」
まるで痛いところを突かれたかの様にして、美亜ちゃんが顔をしかめると、僕をまくし立ててくる。そんなに焦って誤魔化さなくても良いのに。
とにかく僕は、手に持っている御剱をしっかりと握り締める。
だって相手は、僕達が作戦を立てている間にも、次々と妖怪を想像し、生み出していたからね。
それは、全て見た事もない妖怪なんだけど、どういう訳か鬼みたいな形相をする化け物だけです。
「うんうん。やはり妖怪は、こうでないと」
この人は妖怪に対して、何かおかしな偏見を持っていそうですね。
「妖異顕現、影の操! そして、影の弾操!」
今の僕ならこの妖術、相手の影も合わせて行えるので、それこそ四方八方至る所から、影の弾が飛び交うのです。
だから、相手が生み出した鬼みたいな集団は、一気に殲滅しました。
「ほぅ……なる程。そうきますか」
だけど、相手は驚きもしないし、まるで予定通りと言ったような表情で、僕の方が少し怖くなってしまいました。
何か……何か奥の手がある。そうとしか思えないですよ、この人の自信は。
「では、次は……あなたの影の妖術にならって、影の妖怪を――」
「それは既に戦った事があるので、こうです! 妖異顕現、黒羽の矢!」
もちろん、これもレベルアップしていますよ。
相手が沢山出して来た、人の形をしただけの影の妖怪なんて、こっちも沢山の矢を飛ばして、あっという間に壁に貼り付けて終わりだよ。
「これはこれは、あっという間ですか。では次は……」
「そんなの考えている間に、もう終わっちゃうよ」
相手は妖怪を想像している間、隙がある。
だから、白狐さんの力を解放して、一気にその距離を詰めてしまい、そのまま引き裂きます。
「あっ……! ま~た盾ですか」
さっき美亜ちゃんの攻撃を防いだ、あの盾の妖怪をまた出されました。これは……瞬時に同じものを想像したのかな。
いや、違う。さっきのは想像せずに、本のページをめくっただけで、そこから出した感じです。という事は……。
「気が付きましたか? 判断力もある様ですね」
「想像して出した妖怪を、その本に書き記し、そこにストックしておける――って事ですか」
「その通りです。しかもそれは、持ち主が変わっても残り続けます。つまり、前の持ち主が想像した妖怪も使えます」
それな厄介な能力ですね。
そんな妖具を、亰嗟は他にも持っているとなると、組織としては強大ですね。
だけど……。
「妖異顕現、影の操!」
「なっ!」
「戦闘の方は、全くなっていませんね」
相手の影を操って、後ろから手に持っていた本を叩き落として、そのまま僕が回収しました。本当に隙だらけですよ。
「これは参った――何て言うと思いますか? そいつを喰え」
「えっ? わぁっ?!」
「椿!」
ビックリしました。僕は確かに、相手の本を奪ったはずなのに、その本がいきなり開いて、牙を生やした口が僕を食べようと迫って来ました。
美亜ちゃんが咄嗟に、僕の横からその本を弾き飛ばしてくれたから、ギリギリで助かったけれど、ちょっとでも遅れていたら、頭ごと食べられていましたよ。
「いつの間にか本がすり替えられていた様ね」
「その通りです。本物はこちらです」
その人が美亜ちゃんの言葉にそう返すと、反対の手から全く同じ本を出してきました。
やられた……僕の影の妖術を1度見てるからって、直ぐにすり替えて対策するなんて。頭の回転が早い人ですね。
「しかし……長引かせても良い事は無さそうですね。他の人の考えた妖怪で、この勝負を決めたくは無いのですが、仕方ありませんね」
するとその人は、また本をパラパラとめくり始めます。つまり、他の人が考えたその妖怪を、そこから出そうとしているみたいです。
何が出ても良いように、しっかりと構えておかないといけないね。そして、隙を突いて捕まえる。
「あぁ、ありました。さぁ、出なさい」
その人が手を止め、本を両手に持って広げると、そこからは何と8体の龍が飛び出して来たけれど……えっ? 首だけだよ。
だけど、この容姿は見たことがある。スゴく有名な、神話に出てくる化け物に似ている。でも、まさか……。
「まさか……それは」
「あら、定番な化け物ね」
「そうです。定番過ぎて、私は使う気にならないですが、これは強いでよ。あなた達なんて、それこそあっという間です」
やっぱり……これは八岐大蛇でした。日本神話の代表的な化け物じゃないですか。
しかも、部屋いっぱいになるくらいの大きさと長さ、で――
「あの~動けて無いんじゃないですか?」
「…………」
あっ、言い返せ無いみたいです。
「これだから、私が考えたもの以外は使いたく無いんですよ」
いや……それは単純に、あなたの選び方が悪いだけです。
そしてその人は、ゆっくりと本を閉じ、その八岐大蛇を引っ込めました。
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