第拾漆話 【2】 一進一退、弱体化した鬼
蘭の花畑の中に堂々と立つ、恰幅の良い美亜ちゃんのお父さんの姿に、どうにも違和感があるんだけれど、とにかくこの妖怪を倒さないと、何も解決しません。
そんな中再び、重病になる呪いをかけてくる美亜ちゃんのお父さんなんだけど、また美亜ちゃんが呪詛返しで返しています。
「ふん。果たして、それがいつまで続く? 貴様は妖気が少ないからな」
「くっ……そんなのはどうだって良いわよ。私の妖気が少なくても、それならそれで戦い方があるの。それに私には、いつも助けてくれる馬鹿な妖狐がいるのよ!」
「馬鹿は余計です、美亜ちゃん」
美亜ちゃんが相手の呪術を返してくれていたから、時間が稼げました。お陰で、妖術の吸収を重ねる事が出来ましたよ。
「むっ? 貴様、何かしていたのか。雑魚を相手にするより先に、貴様を――」
「もう遅いです! 術式解放、強化出力! 黒槌土壊・極!!」
そう叫びながら、握った左手を広げると、右手からいくつも発動しては吸収していた妖術を、一気に解放しました。
実はこの能力、自分の妖術も吸収する事が出来て、更に強化して解放する事も出来ます。
「なっ……!! にぃぃい!!」
「げっ……」
ちょっと、ハンマーがデカすぎました。僕達の体の2倍はありますね。
そして美亜ちゃんのお父さんが、何か凄い表情をした瞬間、その表情が潰れたような……体はぺしゃんこになってないから、セーフだよね、セーフ。
「あんたねぇ……また強くなっちゃって。でも、よく気が付いたわね。呪術はね、呪う対象が大きければ大きいほど、呪うのに時間がかかるのよね。そこを突くなんて、やるじゃない」
「えっ、えっと……いや、偶々ですよ」
本当に偶々なんです。
ただ単純に、2~3回だったら弱いかも知れないと思って、多めに5回程、自分の妖術を吸収してみたんだけど、多すぎました。3回程で良かったですね。
こっそりと練習はしていたんだけど、まだ感覚が掴めていなかったよ。
「う、嘘でしょ……何よあんた。お、お父様が……」
そして後ろからは、美瑠ちゃんによって縄で縛られた美海ちゃんが、ショックを受けた様な表情しています。
それと、あの呪いは解かれているのですね。美瑠ちゃんの優しさに感謝してくださいよ。
「さてと、美海。お母様の居場所、そして金華蘭の場所を教えなさい」
「…………」
だけどそれでも、美海ちゃんは答えない。
こんな完璧に決着が着いたのに、まだ渋るなんて。この子は中々に、プライドが高いようですね。
「しょうが無いです。ちょっと気が乗らないけれど、君を拷問します」
「へっ?」
「えっ、ちょっと椿、あんた……」
「安心して下さい。痛いのじゃないですよ」
だから、そんなに怖がらないで欲しいですね。ほら、満面の笑みで言っているのに。
あぁ、駄目ですね。美海ちゃんが思い切り後退っています。
「妖異顕現、影の操」
それなら、もう手早くやってしまおうと思い、僕は影の妖術を発動し、美海ちゃんの影を操る。そして――
「あっ、何……これ。や、やだ、止めて……止め――」
「はい、コチョコチョコチョコチョ」
「ひっ! きゃ~はははは!!」
美海ちゃんの影の手で、思い切り脇腹をくすぐります。これね、思いの外通用するんですよね。侮れませんよ、脇腹は。
「喋ってくれる?」
「ひっ、ひっ……だ、誰がこんなんで、あはははは!」
意外と頑張るね。あんまり粘られたら、それこそ窒息死しちゃいますよ。
それよりもさ、美亜ちゃんは何で、そんな呆れた顔をしているんでしょうか。
「コチョコチョ」
「きゃははは!! な、何で美瑠まで、や、止め! あははは!」
更には美瑠ちゃんまで参加して来て、美海ちゃんの靴を脱がすと、足の裏をくすぐっていますね。楽しんでいるね、美瑠ちゃんも。
「あは、あははは! わ、分かった、言う……言うからもう止めてぇ!」
やっと折れました。ここまで持つとは正直思わ――
「おっと、それは困りますよ。美海様」
「えっ……?」
「美海!!」
ほんの一瞬の出来事だった。
僕達がちょっと油断をしただけで……いや違う。
まさかこの人が、ここにまでやって来るなんて、誰も思っていなかったんだ。
両開きの扉が開いたかと思うと、いきなりナイフが飛んで来て、それが美海ちゃんの喉に……。
ナイフを投げたのは、酒呑童子さんが押さえていたはずの、亰嗟のメンバーでした。
というか、酒呑童子さんはいったいどうしたの? と思ったら、血まみれになった酒呑童子さんが、その亰嗟の人に引きずられていました。
「嘘でしょう?! 酒呑童子さんが、負けたの?!」
「美海、美海! しっかりしなさい!」
「かっ、がふっ……ヒューヒュー」
ヤバい、これ本当にヤバいです。美海ちゃんの喉から沢山の血が出て、真っ赤に染まっている。
「くっ、白狐さん! 白狐さん聞こえる?!」
僕は咄嗟に、自分の耳に付いている白い勾玉に話しかける。そう、白狐さんの治癒妖術なら、まだ何とかなるかも知れない。
『どうした、椿。何か緊急事態か?』
「瀕死の重傷者が出たの! 白狐さん! こっちに……は、時間がかかるし、入口で待ってて! 美亜ちゃんに運ばせるから!」
『むっ、分かった!』
そして僕は、美亜ちゃにゆっくりと運ぶ様に指示を……と思ったら、何と美瑠ちゃんが、抱きかかえていたぬいぐるみを何かの術で動かし、それを大きくさせると、そのぬいぐるみが美海ちゃんを運ぼうとしていた。
「ちょっと、美瑠!」
急いで美亜ちゃが止めようとするけれど、美瑠ちゃんは入口で立っている、亰嗟の人間を睨み付けた。
「あの人、邪魔。美亜おねえちゃんと椿お姉ちゃんで、あの人押さえて。その間に、私が運ぶ」
確かに……酒呑童子さんを倒すほどだし、美亜ちゃんに運んで貰おうとしても、僕1人では押さえられ無いかも。
それに、ここに美瑠ちゃんが残っても、僕が美瑠ちゃんを守りながら戦わなければならない。しかも、2時間以内にです。
流石にそれは無理そうですね。それにもう、残り1時間を切っていました。
「良い、美瑠。ちょっとでも衝撃を与えたら、美海は死ぬと思って。そして急いで! 1分と時間を無駄に出来ないわよ!」
美亜ちゃんはそう叫ぶと、爪を鋭く伸ばし、亰嗟の人間に飛び込んで行く。
いつもいつも、美亜ちゃんは無策過ぎますよ。
「おやおや、困りましたね。少し急所を外してしまうとは。では、これなんかどうでしょう?」
するとその人は、図鑑の様な本を片手で持ち、ページを素早くめくっていく。
因みに酒呑童子さんは、その人に足で踏みつけられています。情けないですね、酒呑童子さんは。
そして次の瞬間、その本からサーベルの様な物が飛び出し、回転しながら飛んで行く。美瑠ちゃんと、瀕死の美海ちゃんを狙っていますね。
「させるかぁ!」
それを美亜ちゃんが弾くけど、何本か残った。でもそれは――
「はっ!!」
石の刀剣状態の御剱で、僕が弾きます。
「早く行きなさい! 美瑠!」
「うん!」
「だから、行かせ――おっと!」
あっ、避けましたか。僕の黒焔狐火を。
だけどその間に、美瑠ちゃんはぬいぐるみを動かしていて、美海ちゃんを運びながら走り抜け、部屋から出て行いきました。
「ですから、そうは……ぬっ?」
「そうはいかないのはこっちです」
黒焔狐火と一緒に、影の妖術も発動していましたからね。
つまりこの人は、自分の影の腕に摑まれ、身動きが取れないという事です。
だから、今の内に……。
「しょうが無いですね……えっと、確かここに。あぁ、ありましたね」
「えっ?」
影で縛っている内に、縄で縛って捕まえようと思ったけれど、亰嗟の人はまた本をめくり始め、そこから何かを出現させた。影で掴んでいるのに、手首だけを動かして、器用にページをめくるなんて。
そして出して来たのは、何かの玉の様な物なんだけれど、それを僕が操る自分の影に落とすと、スッと溶ける様にして、その中に消えていった。
すると、途端に影は元の位置に戻り、操れなくなりました。どういう事? 妖術を消された? 嘘でしょう……。
「ふむ、逃がしてしまいましたか。まぁ、良いでしょう。どうせここを通らなくてはいけないのでね」
本を閉じ、ため息をつくそいつは、ゆっくりと僕達に近付く。それに対して僕達は、警戒して構えを取った。
それにしても、酒呑童子さんにはちょっとガッカリです。
あれだけのチートっぷりで、こんな情け無い姿を披露するキャラなんて、そうそう居ませんよ。
そんな酒呑童子さんが、何か呟いている。
「ぐっ……うっ、どうなってやがる。何故力が出ない」
「え? あっ……」
「美亜ちゃん。今の『あっ』は、悪い事を思い出した時のだよね?」
しかも、酒呑童子さんのその言葉を聞いた瞬間、また気まずそうにしているよ。
「いや、あのパンダの被り物の呪術アイテムさ……弱体化の能力が付いてたんだった」
「…………」
僕は無言で、美亜ちゃんを見つめます。
「あいつが……酒呑童子が悪いんでしょうが!」
確かにその通りですね。それに、僕も一緒になって投げちゃったから。でもまさか、それがこんなピンチを招くとは思いませんでしたよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます