第拾伍話 【3】 鬼丸
「美瑠! 美瑠! 大丈夫?! しっかりして!」
妖魔に操られていた美瑠ちゃんですが、妲己さんが消滅させたので、大丈夫だとは思う。
だけど、それでも美亜ちゃんは心配らしく、倒れた美瑠ちゃんに必死に呼びかけている。
美亜ちゃんって、妹想いなんですね。彼女の意外な一面って事で、何だか新鮮ですよ。
廊下に突っ伏した状態で落ちているぬいぐるみを拾い、同じ格好で倒れている酒呑童子さんの頭を踏んづけ、僕は2人に近付いた。
「ぐぉ……っ」
踏んづけた時に何か聞こえたけれど、無視ですね。
だって、今美瑠ちゃんが目を覚ましたけれど、混乱しているのか、辺りをキョロキョロと伺いながら、不安そうな顔をしているんです。
「あ……れ? 私、何でお部屋の外に?」
どうやら、部屋を出る前からの記憶が無いみたいですね。
「それに……何で、美亜お姉ちゃんがお家に居るの?」
もっと前からの記憶が無かったようです。
僕達がこの洋館に来た時には既に、この子は妖魔に操られていたんですね。
「美瑠……あんた大丈夫? どこから記憶が無いの?」
「ふぇ? え、えっと……」
美瑠ちゃんがだいぶ悩んでいます。必死に思い出そうとしていても、記憶が飛んでいるから難しいでしょうね。僕も似たような状態だから、よく分かります。
とにかくこういうのは、焦らない方が良いんです。
「あっ、美瑠ちゃん。はい、お友達」
そして僕は、拾ったぬいぐるみを美瑠ちゃんに手渡す。
それを見た美瑠ちゃんは、一気に顔が綻び、凄い笑顔で僕にお礼を言ってきました。
「ありがとう! あっ、えっと……」
「椿だよ。妖狐の椿。宜しくね、美瑠ちゃん」
彼女からしたら、僕とは初めて会った事になるよね。だから、ちゃんと挨拶をしてあげないと、この子が怖がっちゃう。
「うん。よ、宜しく、椿お姉ちゃん。あと、ミアちゃん拾ってくれてありがとう」
そして美瑠ちゃんは、ぬいぐるみをその小さな両腕でしっかりと抱え、照れながら僕にそう言った。
それよりも、そのぬいぐるみの名前って、ミアちゃんなんだ。
「へぇ~美亜ちゃんはよっぽど、この子に慕われているんだね~」
お姉ちゃんの名前をぬいぐるみに付けるなんて、普通はあんまりしないよね。この子が美亜ちゃんを慕っている証拠だよ。
「くっ……ベ、別に。この子が、私と一緒だったからよ」
「えっ? どういう事?」
美亜ちゃんの言葉の意味が分からずに、思わず聞き返してしまいました。同じって、いったいどういう事なんだろう?
美瑠ちゃんも美亜ちゃんと同様に、家族から
「ここの家族はね。優秀で使えて、しっかりと親に仕えてくれる子供しか、愛さないのよ」
当たりだったようです。でもそれって、ただ使い勝手の良い駒を増やしているだけじゃないですか。
「あいつは……十郎は、そんな奴なのよ」
美亜ちゃんはそう言いながら、拳を握り締める。
そんな様子を見ると、美亜ちゃんはそれほどまでに、酷い子供時代を過ごしていたって事が分かったよ。
「そしてそれは、自分の妻ですら同じなのよ。それにあいつは、沢山の妻を
美亜ちゃんは最後だけ、声を絞り出す様にして呟いた。だけどそれは、僕には聞こえている。
そして、近くにいる美瑠ちゃんにも聞こえたらしく、美亜ちゃんがそう言った後に、美瑠ちゃんは何かを思い出したかの様にして、スクッと立ち上がった。
「そうだ、お母さん。お父さんに酷い事されて、どこかに連れて行かれそうになってた。でも、その時に美瑠、お父さんに見つかって、このぬいぐるみで大人しく遊んでろって……何だか怖かったから、言うとおりにしてた。でも、そこから美瑠、記憶が無い。せっかく、大好きなお姉ちゃんの名前付けたのに……」
「それ、いつの話? というか、今日何日か分かる? 良い、落ち着いて。私達のお母さんを助けるには、あんたの記憶が重要になってくるの」
やっと思い出してくれたのは良いけれど、何だか状況は最悪な様です。
美亜ちゃんは必死になって、美瑠ちゃんからその時の状況を聞き出している。当然、美瑠ちゃんの様子を伺いながら、無理させない程度にだけどね。
「ん~? 誰だ、俺を踏んだのは……くそ、あのぬいぐるみ……あ? 何だ、いったいどうなった?」
おやおや……酒呑童子さん、ようやくお目覚めですか。よっぽどきれいに顎にヒットしたようですね。
「ぬいぐるみについていた妖魔は、とっくに妲己さんが消滅させたから」
「ちっ……くそ。あの野郎に貸しかよ、あ~気持ち悪る」
そう言えば、妲己さんと酒呑童子さんって知り合いなのかな? さっきは、お互いを知ったような雰囲気で話してましたよね。
「ねぇ、酒呑童子さんって、妲己さんと知り合い?」
「あぁ?! 知り合いじゃねぇよ。怨敵だ!」
怖いです、ごめんなさい……そんなに怒らなくても良いじゃないですか。
あまりにも酒呑童子さんが凄むものだから、僕は縮こまってしまい、尻尾も耳も垂れ下げてしまいました。
【あ~ら、まだあの事を根に持っているのかしら? 器が小さいわねぇ】
「妲己さん、あの事って何?」
妲己さんの話し方からして、酒呑童子さんを相当怒らせたみたいですね。妲己さんが。
【別に~あいつが1番大事にしていた、最高級のお酒を全部飲んだだけよ】
あ~僕にはそれで怒る理由が分からないけれど、お酒飲みの人にとっては、激怒ものかもしれない。
【全く……価値があるものだか何だか知らないけれど、飲まずに置いとく神経が分からないわよ】
「妲己さん……それ、いくらのお酒だったの?」
【100万よ】
「それは怒るよ」
そんな高級なお酒は、特別な時にしか飲まないって、そう決めている場合が多いです。だから勝手に全部飲んだら、そりゃキレるに決まっています。
とにかく、酒呑童子さんが妲己さんに怒っている理由が分かったし、しばらくは酒呑童子さんの前では、妲己さんと替わるのは止めようかな……。
「椿、あいつの居場所が分かったわ。美瑠が何とか思い出してくれた。それに、それが昨日の事なのも分かったわ。急げばまだ間に合う!」
美亜ちゃんがそう言いながら、必死な表情で僕の所にやって来る。その後ろには、美瑠ちゃんも一緒にいるんだけれど、美亜ちゃんの背中に隠れていて、ちょっと怯えています。
「ちょっと美瑠、どうしたの?」
「その妖怪、怖い……」
美瑠ちゃんはそう言いながら、酒呑童子さんを指差した。さっき怒鳴っていたから、それで怖がっちゃったんだね。
う~ん、どうしよう。何だかんだで酒呑童子さんは、かなりの戦力なんだし、居ないと不安ですね。
「あっ、そうだ」
ちょっと良い事を思いつきました。
そして僕は、巾着袋からある物を取り出し、それを酒呑童子さんの頭に瞬時に取り付けた。
「あっ? おい、何だこれは?」
「え? 猫耳です」
「てめ……」
その鬼の角が怖いんだろうから、付け耳で隠したんですよ。ちょっと位置が難しかったけれど……。
ほら、美瑠ちゃんもちょっとだけ、美亜ちゃんの背中から出て来ているよ。
「猫……猫さん」
「お前も猫だろう?」
「猫さん。名前、鬼丸ね」
「鬼丸……センスねぇなぁ。食うぞガキ! ふにゃぁあ!」
「きゃぁぁ、あははは。鬼丸怒ったぁ」
酒呑童子さん、ノリ良いですね。美瑠ちゃんと追いかけっこしています。それよりも……。
「美亜ちゃん。美瑠ちゃんってさ、あんな風に猫耳があれば、何でも怖くなくなるの?」
「そうよ。まだまだ甘えたなガキなのよ。それよりも椿、あんた何であんなの持ってるの?」
「いや……それはほら、出掛ける時にね……」
首輪の次は猫耳って、里子ちゃんはいったい何がしたいのでしょうか? 僕がそうやって察して欲しい態度をしていると、美亜ちゃんは直ぐに分かったようです。
「里子ね」
「話が早くて助かります」
それよりも酒呑童子さん、ここ敵の本拠地だからね。忘れないで下さいね。
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