第玖話 【3】 別の意味での宣戦布告

「う~妲己さんのバカ」


 布団を頭から被り、僕は妲己さんに愚痴を言っています。


【あら、間違って無いでしょ? 男性に言うことを聞かせるには、あれが1番なのよ】


「間違ってる、絶対間違ってるよ~」


 たまにこうやって話しかけてくるから、話くらいはと思っていたけれど、妲己さんの言うことを実践するのだけは、絶対に止めておくべきでした。

 でもね、そうしないと神妖の力を扱えなくするって、そんな事を言われたらさ、やらざるを得ないですよ。


 僕がそうやって、羞恥の熱を冷ましていると、部屋の入り口が開く音がして、僕の部屋に誰かが入って来た。

 妖気を感じるから、白狐さんと黒狐さんですよね。でも、もう1つ足音がある。誰だろう……。


『椿よ、大丈夫か?』


『また妲己に言われたのか?』


 白狐さんと黒狐さんは、いつも通りに僕の心配をしてくる。そして、もう1人――


「椿。その……お前の中に、あの妲己が居るって本当か?」


 湯口先輩でした。白狐さん達と一緒に、この部屋に来るとは思わなかったよ。でも、ごめんなさい……今は本当に、誰とも顔を合わせたくない。


 僕がそうやって無視していると、白狐さん黒狐さんが近くにやって来る。


『おい、椿よ。尻尾が隠れておらんぞ』


『まさしく、頭隠して尻尾隠さずだな』


 黒狐さん、それはいったいどんな諺ですか? そこは尻尾じゃなくて尻でしょ? 新しい諺を作らないで下さい。


 とにかく僕は、布団の中から尻尾を逆立て、近寄らないでと抗議するけれど……。


『うむ、やはり椿の尻尾は格別じゃな。絹糸の様な触り心地、最高じゃ』


『白狐、そこは同感だな』


 駄目だ、この2人には効いていないどころか、僕の尻尾を堪能し始めた。止めて止めて、くすぐったいから止めて。


 すると、それを見ていた湯口先輩が、ため息を溢して僕に近付き、2人の間に割って入って来た。

 たとえ見えなくても、足音でどういう動きをしたのかは、だいたい分かるようになってきたからね。僕は耳が良いんで……って、嫌な予感がするよ。


「悪いなお二人さん。それじゃいつまで経っても、こいつは出て来ない」


「キャン?!」


 そう言うと湯口先輩は、あろう事か僕の尻尾をむんずと掴み、そのまま布団から引きずり出してくる。


 いきなりだったから、変な声が出ちゃったよ! まるで里子ちゃんみたいな、そんな犬の様な鳴き声が……。


「ひぇぇえ! せ、先輩……待って待って、僕尻尾は弱いんです!」


「そんな事は知っている。妖狐の奴等はだいたいそうだ……というか、お前に言いたい事があるのに、そうやって逃げられていたら、まともに話も出来ない」


 言いたい事って? いや……先輩はまだ、滅幻宗の考えを持っている。油断は出来ない。だけどその前に、尻尾を離して下さい。


「せ、先輩……わ、分かったから。その、ひぅっ! し、尻尾、離して下さい!」


「…………」


 あっ、ちょっと……無言で僕の尻尾を撫でないで! その触り方、本当に駄目だから。


 このままだと、僕の方がどうにかなっちゃいそうだったので、慌てて自分の尻尾を掴んで、先輩の手から引き抜くと、そのまま先輩を睨みつけた。涙目なのはこの人達のせいです。


「あっ、すまん。想像以上に触り心地が良かったから、ついな」


 だけど、一難去ってまた一難。今度は白狐さんと黒狐さんが、僕の後ろに回り込んで来て、僕の耳を触ってくる。


「うひぃっ?!」


『ふん、ライバル登場か? だがな、椿は尻尾だけでは無い。耳も最高に触り心地が良いのだ』


『白狐の言うとおりだ、このフサフサの毛並みに、柔らかな感触は最こ……ふごっ?!』


「フーフー」


 耳は本当に駄目。変な声が押さえられなくなるから、絶対に駄目。

 咄嗟に2人に肘打ちしちゃったけれど、まさかみぞおちに入った? お腹を押さえて突っ伏しちゃったよ。


「ふっ、なる程な。お前がいじめられていた時、俺がやりたかった事を、こいつ等がやったわけか」


「先輩?」


 それを見た先輩が、何故か寂しそうな顔をしている。


「今のお前の方が、幸せそうな顔をしているな。俺はどうやら、周りが見えていなかったみたいだ。さっきは鞍馬天狗の手前、ちょっと意地張っちまったが、2人に分身体を押し付けられたと分かってから、俺の中ではもう、答えは出ていたよ」


 すると先輩は、僕の前で正座をし、そして頭を地面に押し付け、まるで土下座の様なポーズを取ってくる。というか土下座ですね、これは。止めないと。


「せ、先輩、ちょっと……!」


「椿、すまなかった。今更、こんな謝罪でどうにかなるとは思っていない。だけどもう一度、友達としてやり直してくれないか?」


「先輩、顔を上げて下さい。僕は先輩に、土下座をさせるために説得していたんじゃ無いんです。騙されているかも知れない先輩を、ただ助けたかっただけなんです」


「椿……お前、泣き虫だな。そんなに涙脆かったか? 前はもっと、感情を失った顔をしていただろう」


 誰のせいですか、誰の。

 湯口先輩が、いきなりあり得ない行動をしてくるし、色々積もりに積もった想いが全部、僕の中から溢れて来たじゃないですか。


「うぐ、だって……だって先輩は、ずっと僕の味方をしてくれていたのに……あんな、あんなぁ……! それがやっと、やっと分かってくれて、嬉しくて。うぅぅ……!」


 いつか先輩と分かり合えても、絶対に泣かないって決めていたのに。笑顔で迎えるって決めていたのに、先輩のバカ野郎。


「全く、感情が豊かになったな。いや……これが本来のお前なんだろうな」


 そう言いながら、先輩は僕の頭を撫でてくる。

 湯口先輩の温かい手は、更に安心感を与えて来て、また泣きそうになる。

 だけど僕の方も、先輩に聞きたい事があったんだ。先輩が、妖怪を毛嫌いしている理由を。


「でも先輩、そんな急には受け入れられないんじゃないの? 無理しているんじゃないの? あんなに僕達の事、毛嫌いしていたのに」


 すると先輩は、ばつが悪そうな顔をしながら頭を掻く。


「ん~そうだな。確かに……いきなりは無理だな」


 そうだよね、先輩はそういう人だ。僕の前では絶対に強がるんだよね。


「ねぇ、何でそんなに妖怪の事が嫌いになったの? 昔、何かあったの?」


 これ以上泣きたくない僕は、ここぞとばかりに先輩に質問をします。


「あぁ、あの事件からだ。6年前に起きた、ある山荘での事件。俺の両親が、妖怪に殺された事件さ」


「えっ?! 待って、先輩のお父さんって、玄空なんじゃ?」


「いや、俺は拾われっ子だ。当時その場に居合わせた玄空に、養子として引き取られたんだ」


 先輩の言葉に、僕は呆然とする。


 そんなの、一切分からなかったよ。だってさ、玄空と湯口先輩は……その雰囲気がソックリなんだよ。

 誰もが親子だって思うくらいだよ。疑う人なんて居ない。それなのに、養子? 嘘でしょ……。


 何かが……何かが僕の頭に引っかかる。違和感がある。ソックリなのは、どちらかがそうしたから?

 でも湯口先輩は、間違い無く人間です。妖気を少し感じるのは、例の札を使い過ぎたからだと思いたい。


 やっぱり、怪しいのは玄空だ。

 カナちゃんの過去にも、おかしな姿で現れている。更には、湯口先輩の元にも……。


『椿よ、色々と気になるようじゃが、今は素直に、此奴を説得出来た事を喜ばんか』


「えっ? あっ……」


 どうやら僕は、真剣に悩み過ぎていた様で、白狐さん黒狐さんに後ろから覗き込まれていました。それよりも、顔近いですよ。

 待って……白狐さん! ほっぺにキスしないで。

 黒狐さんは額にキスしないで! 先輩が見ているってば、恥ずかしいよ……。


 すると今度は、湯口先輩が意味深な笑みを浮かべながら、僕に近付いて来た。


「えっ……? な、何ですか? 先輩?」


 顔が近付いて来るんだけど……ちょっと、これってまさか。


「っ?!」


 先輩はそのまま、僕のおでこにキスをしました。唇にされるかと思っちゃった……。


「せ、先輩。何を……?」


「俺の気持ち、分かっているんだろう? 例え妖狐だろうと何だろうと、お前はお前だ。好きだ、椿。だけど、お前を殺そうとした事を、無かった事には出来ない。時間はかかるだろうが、これからはお前に許して貰うまで、お前の手助けをするからな」


「あっ……」


 体育館で戦った時、覚さんから借りた能力で、湯口先輩の心を読んでいたんだ。


 僕への想いも全て。


「おっと……! 後ろの怖い2人に殴られる前に、俺は退散するか。椿、絶対その2人から奪ってやるからな」


 そう言いながら、先輩は僕の部屋を後にした。

 呆然とする僕と、その後ろで怒りを露わにする、白狐さんと黒狐さんを置いて……って、このままじゃマズいかも。


『ぬぅ! 尻尾を触るくらいなら許したが、まさか宣戦布告をしていくとは!』


『余計なライバルが増えたではないか、椿! こうなったら、あいつに心移りせぬよう、しっかりと俺達の愛情を刻みつけてやる!』


『おぉ、そうじゃ!! 我の愛情で埋め尽くしてやる!』


『待て! 俺の愛情だ!!』


「わ~ん!! やっぱりこうなったぁ!! 先輩のバカ野郎~!! んむぅ!!」


 その後はもう、お決まりです。

 白狐さん黒狐さんからキスをされ、そしてそれぞれから沢山の寵愛を受けました。晩御飯が出来るまでの間、タップリとね。

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