第拾伍話 【1】 最悪の邂逅

 あの後、インフォメーションに向かった人が、係の人に事情を話し、警察を呼んでくれた。

 来たのは普通の警察の人で、状況を見るや否や、何処かに報告をしていた。


 だって、ガラスケースを割らずに、不思議な方法で盗んだとなると、誰だって普通じゃないって思うよ。

 そうなった時には、ある場所に報告する様にと、上から言われているみたいですね。


 その後やって来たのが、捜査零課の杉野さんでした。いや、いつも来るのこの人なんだけど、他に人は居ないのでしょうか。


「やぁ。いつも何かと、事件に巻き込まれるね~君は」


「何も好きで巻き込まれているわけじゃないです。はい、これ。証拠品です」


 その言葉に、杉野さんはちょっと苦笑いをし、そして僕の手から、証拠品の妖具を受け取ると、真剣な表情に変わった。


「ありがとう。よし、捕まえた奴にも事情を聞くとしよう。しかし、亰嗟に関係していたらどうしたものか……今は白狐さんも黒狐さんも、動けないしな~」


「えっ? 白狐さん達がどうしたんですか?!」


 杉野さんの放った言葉に、思わず聞き返しちゃいました。

 でも、白狐さんと黒狐さんが動けないって言ったもん。もしかして、罰として牢に……。


「あぁ、悪い悪い。そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫だよ。捕まったとかじゃ無いから。その辺りは帰ってから、白狐さんにでも聞いたら良いと思うよ」


 杉野さんは、僕を安心させる様にそう言ってくる。

 とりあえず、安心して良いんだよね? 凄い大事になっているとかじゃ無いよね。


「はぁ……椿、あんたさ~私の知らない間に、色々とやっていたのね」


 そんな僕の横から、夏美お姉ちゃんが話しかけてくる。

 意外な表情をしながらなんだけど、問題なのがそれが、杉野さんにばかり向いているんだよね。

 杉野さんの方は、テキパキとお仕事をしているから、その邪魔はしない様にしないといけない。


 夏美お姉ちゃんの視線、嫌な予感がするなぁ。


「ねぇ、椿? あれも、あんたの彼氏?」


「はい?!」


 何とんでもない事を言ってくるんですか?! 思わず声が出ちゃったよ。


「か、彼氏とか……そんなんじゃ無い!」


「だよねぇ~あんたはあの2人が、彼氏なんだもんね」


 いや……あの2人も、彼氏とかそう言うのじゃ無いよ。

 多分2人からしたら、彼氏とかじゃ無く、既に夫になっていると思うけど……。


「じゃあさ、あの人狙って良いよね?」


「……え?」


 夏美お姉ちゃんの言葉に、一瞬思考が停止しましたよ。狙うって、誰をですか? もしかして、杉野さん?

 やっぱり、夏美お姉ちゃんのあの視線は――そう言うことだったのですね。


「あの人カッコいいじゃん~あんた、いい人と知り合ってるね」


 あぁ、これは駄目ですね。夏美お姉ちゃんの目が、完全にハートマークになってる。嘘でしょう……お姉ちゃんって、惚れやすいの?


「でも、あの人半妖だよ? 良いの?」


 一応夏美お姉ちゃんには、僕達妖怪の事や、半妖の事も説明しています。だからこの単語だけで、色々と分かるはずです。


「それ尚更カッコいいじゃん~私、普通の人じゃ駄目なのよねぇ~」


 確かに夏美お姉ちゃんは、今までろくでもない人と付き合っていましたね。駄目だね、完全に一目惚れの様です。

 すると、頭を抱える僕の両肩を、カナちゃんと雪ちゃんが叩く。


「椿ちゃん、修羅場になりそうね」


「うんうん、大丈夫。フォローする」


「何で?」


 2人の言葉に、僕は意味が分からずに首を傾げるけど、カナちゃんが杉野さんに指を差した瞬間に、その意味が分かったよ。

 杉野さんが僕を見ながら、すっごい笑顔を向けてきていた。忘れていましたよ……この人は多分、僕くらいの女の子が好きなのかも知れない、ロリコン疑惑があったんです。


「あぁ……そっか。うん、逃げたいです……」


 肩を落とし、そう呟いても駄目そうです。犯人から聞き取りを終えた杉野さんが、僕の方にやってくる。


「お待たせ。いや~悪い予感的中だ。犯人は普通の人間で、ネットの掲示板から抽選で選ばれ、この不思議な道具が送られて来たと、そう言ったよ。その道具を手に入れてから、不思議な物も見えるようになったと言っていたから、少しでも妖気に触れると、妖怪が見える様になるのかな?」


「そうみたいですね」


 始めはボンヤリとしか見えなかっただろうけど、人以外のものが存在すると、そう理解した時点で、ハッキリと見える様になるんだろうね。

 カナちゃん達も、最初はそうだったらしいけれど、僕と出会って正体を知ってからは、ハッキリと見える様になったって。


 妖怪って、不思議なものですね。


 すると僕の腕を、ツンツンと夏美お姉ちゃんが突いてくる。もしかして、紹介しろって事ですか? それはもうちょっと待って下さい。


「案の定、その掲示板の主は『亰嗟』だ。でもこれも、結局は尻尾切り要員何だろうね。頭が痛いな……」


「いつも苦労をかけますけど、宜しくお願いします」


 一応これからの事を考えて、しっかりと丁寧な対応をします。

 でも、それが逆に意外だったのか、杉野さんは目を見開き、僕の額に手をあてると、熱を計るような動作をしてくる。


「杉野さん、熱は無いですよ……」


「いや、スマン。いつもと違う反応だっから、つい……って、そちらさんは?」


 そしてようやく、杉野さんが夏美お姉ちゃんに気付いてくれました。しきりに僕の腕をツンツンしていたから、流石に気付くよね。

 それと、さっきの杉野さんの動作で、夏美お姉ちゃんの対抗心に火が付いたのでしょうか? 胸元を更に広げていて、猛アピールしてきていますよ。


 夏美お姉ちゃん……紹介するにしても、恥ずかし過ぎて紹介しづらいですよ。


 ついでに他の3人は、これから面白いものが見られると思っているのか、ワクワクした顔をしています。そんな予定通りの展開になんか、絶対にさせませんよ。


「あ、えっと……この人は、僕の姉の――」


「槻本夏美です。いつも、妹の椿がお世話になってます!」


 待ってましたと言わんばかりに、顔をキラキラと輝かせながら、夏美お姉ちゃんが挨拶をする。その挨拶が丁寧だった事に、僕は驚いちゃいましたよ。


「へぇ、君のお姉さんか。いやいや、こちらの方がお世話になっているよ。私は杉野純哉。妹さんの下僕として、働かせて貰っている」


「ちょっ――?!」


「つ、椿……あんた……」


「違う違う!! ちが~う! 杉野さん、何て事言うんですか?!」


 夏美お姉ちゃんの前でもそんな事言うなんて、あなたはドMのロリコンなんですか?!


「や、やるわね……良いわ。それだったら、下僕の座は椿に譲るから、彼女の座は渡してよね」


「ん? 君もしかして……あ~なるほどな。良いぞ良いぞ、俺は高校生も範囲内だぞ、いつでもカモンだ!」


「仕事中ですよ!!」


「あいたっ」


 とりあえず、杉野さんの頭は叩いておきます。角は額に近いと思ったので、出来るだけそこは狙わない様にしましたよ。


「あ~良いわね~予想以上の事になってるわ~」


「見てて飽きない」


「ホントよね~」


「ちょっと! そこの3人、何のほほんとしているんですか?! 見てないで少しは助けて下さいよ!」


 そんな風に、ショッピングモールの一部で、変な喜劇が行われている中、突然僕の耳に、殺気の籠もった声が聞こえてきた。

 その声は、どこかで1回聞いた事がある様な気がする、そんな無邪気な声です。


「へぇ~妙な妖気を感じるな~と思ったら、こんな所で君と出会うなんて思わなかったよ。何してんの? 悪い妖・狐・さん」


 楽しそうな声なのに、背筋が凍る様な感覚がした僕は、聞こえてくる声の方を振り向く。


 するとそこには、体育館で湯口先輩と決別した時に現れた、4人の特別な滅幻宗の1人がいた。

 パーカーを羽織り、半ズボンで無邪気に笑いながら、吹き抜けの落下防止のプラスチック板の上に、ヤンキー座りをしながらこっちを見ている。


 湯口先輩とタメ口で話していたから、歳は近いのかも知れない。でも背が低いから、どう見ても年下に見える。


「き、君は……あの時の」


「おっ? 俺の事、覚えててくれたんだ」


 僕の様子が変わったから、皆してそっちに顔を向ける。

 その尋常じゃない雰囲気に、皆が一斉に構えたのは、言うまでもないよね。


「全く、俺の事覚えるなんて――胸糞悪いからさ、止めてくれる?」


「へっ?」


 その人の雰囲気が急に変わる。なに、この圧迫感は……。


「きゃぁっ?!」


「うぁっ……?!」


 その人の口の悪さに、その雰囲気に、僕が呆気に取られていた瞬間、カナちゃんと雪ちゃんの悲鳴が聞こえる。

 確か2人は、僕の近くに居たはず。それなのに今は、その後ろのショッピングモールの壁に、思い切り叩きつけられてしまっています。


「カナちゃん! 雪ちゃん!」


 いったい何が起きたのか、全く分からなかった。

 杉野さんが直ぐに様子を見に行ってくれて、2人とも軽傷だと言われ、一先ずホッとするけれど、それ以上に僕は、ムカついてしまっています。


「何するの?」


「何って? 悪い妖怪退治」


 その人は全く悪びれる様子も無く、ゲームの敵キャラとでも戦う様な雰囲気です。


「湯口からは、お前には手を出すなって言われていたけど、見つけた以上はしょうが無いよねぇ。それに、あいつがショック受けてる顔を見るのも、悪くないよねぇ。どっちにしろ、半妖も妖怪も悪い奴なんだし、懲らしめるのは当然だろう?」


 遊んでいる……この人は完全に、遊んでいるよ。そしてやっぱり、僕達の事を決め付けている。


「だって俺達滅幻宗は、悪い奴を退治する、正義のヒ――ろぁっ?!」


 それ以上は言わせないよ。

 実はさっき、カナちゃんと雪ちゃんを吹き飛ばした攻撃で、野次馬で集まっていた一般人も、何人か巻き込まれているんです。

 その人達も、軽傷で済んでいたけれど、一歩間違えればどうなっていたか……そう思った瞬間、僕の中の何かが切れた音がした。

 

 そして気が付いたら、もう体が勝手に動いていて、白狐さんの力を使って、思いっ切りそいつをぶん殴っちゃいました。


「君みたいな自分勝手な奴は、正義のヒーローでも何でも無いよ」


「てぇなぁ……この、中ボスがぁ!」


「誰が中ボスですか」


 というか、それならラスボスって、いったい誰になるのかなぁ。


「てめぇなんか、2つ程台詞喋ったら、即終了だろうが!」


 いったい、僕をゲームの中の誰と間違っているのかな?


 とにかく、思いっ切りそいつを殴ったけれど、あんまり効いていないようで、そいつは直ぐに体勢を建て直すと、怒鳴り散らしながら攻撃してきた。


 何か丸い物を、その両手から飛び出して来ていて、発射しているようにも見えるけれど、何だろう……これ。とりあえず弾いとこう。


「んなっ?! 馬鹿な!」


「あのね、珍しく怒っているんだよ……僕。友達を傷つけた君にね」


 その感触から、硬い物を弾いたのは分かったけれど、あんまり痛く無かったかな。

 同じ滅幻宗でも、玄空や栄空よりも弱そう。そして、湯口先輩よりもね。


 だからと言って、油断なんかしないよ。予測出来ない、不可思議な物を使って来るだろうからね。


 そして僕は、目の前のそいつを睨み付け、構えを取った。

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