教育実習を終えて、教員採用試験に落ちた女性主人公は、隣のカフェへ通っていた。そのカフェに、美しいけれど毒舌な絵描きが引っ越してくる。カフェなのに、いつも絵を描くその人物のせいで、コーヒーの香りに絵の具の香りが混ざっていた。
同じゼミの皆が教員試験を通ったことで、主人公は一人で悩んでいた。文章を書くことについて。就職活動をしなければならないことについて。ゼミの先生は気にかけてくれるが、他の人から取り残された感覚はなくならない。卒業論文だって、言い訳をしたまま、書こうとしていなかった。
無意味さに意味を足していくだけの文章。
乾かすために描かれる絵。
幻想的な雰囲気の中で、コーヒーと絵の具の匂いが交じり合う。
美しい作品でした。
是非、御一読下さい。
おしゃれ刺繍の見本帳みたいな一筆断片集(←造語)『宇宙で死んだら腐らないね、私たち。』を少し読み、「これを散りばめたら小説になりそう」と思ったら次に選んだ『フラスコで飼う星の話。』がそうだった。
おしゃれ刺繍は突飛でなく、生地になじんでいる。強い不安や壊れそうな自問が語られても、小説世界は揺るがない感じ。適度に細密さの抜けた水彩画のように、主人公の姿が足元から描き上げられていく。「お話書く人のお話」という円環を楽しみ、主人公の呼吸に同期する読後感。読書するとき頭は他人の思想の運動場にすぎないそうだけど、本作を読む私の頭の運動場はフルオープンでありました。