第十七話 武器商人のボス

「あれは、組織に入れられてすぐに、我慢できなくなって逃げようとした時だ」


組織の仕事をこなし、ある程度戦力を把握したところで、キャドンにかなう戦力が出払っているときに脱出計画を実行したらしい。


「兄弟たちを助け出して、組織の建物から出たときにちょうど仕事から帰ってきたボスに会っちまったんだ」


ボスと呼ばれるそいつは、普段は顔を隠していて、だぼだぼの洋服をきており、特徴がわからないが、声からすると、男っぽいということ。

顔には黒い仮面に、白でなにかの文様のようなものが書いているが、よくわからない。

それもいつも同じ仮面ではなく、日によって、仮面の形も色も違うようだ。

ただ、文様だけは同じだということ。

キャドンが出会ったときは黒い仮面で、天気は雷雨だったにもかかわらず、ボスの周囲だけは濡れていなかった。

とても信じられないが、目撃した本人が一番信じられなかったという。


「ボスの周りには部下もいたが、仕事の帰りらしく、みな消耗していた。ボスだけが元気そうだったが、俺はいけると思ったんだ」

「おいらも見てたでやんすが、ボス以外は満身創痍で、とても戦える様子じゃなかったでやんす」

「だから真っ先にボスに攻撃した。思えば、身を守って逃げに徹すれば、逃げきれていたかもしれないが……。いや、それでもボス一人から逃げ切れるきがしないな」

「アニキが水(ウォーターポール)で攻撃を仕掛けたでやんすが」


キャドンが使ったのは『水』の言霊を使った中級魔術で、向かう方向に水の柱を勢いよく発射するというもの。

魔力の込め方で、必殺の威力を持ち、キャドンが扱える魔術で一番威力のある攻撃だった。

水は圧力をかけることで、硬い鉱石なんかも切断することができたはずだ。

その様子をテレビで見た気がする。


「俺の魔術を受けたボスは……傷一つなかった。俺の水(ウォーターポール)は大木ですら切断できる。人に向けて撃てば簡単に真っ二つにできるほどには威力がある」

「ボスは濡れてもいなかったでやんす」

「それからボスがなにかを言ったんだが、言霊のようで言霊じゃなかった」

「どういうことじゃ」

「言霊は聞き取れるだろ? だけどボスの言霊は、なんていうか、聞こえるんだが、意味のある言葉に聞こえなかった」


普段使われている言霊は、ファイアーボールやウォーターポールなど、発動者以外にも意味のある言葉として聞こえている。

ただ、元になった文字は聞いただけではわからないし、媒体(ガーデ)は一度使うとなくなる。

なので、相手が使った魔術をコピーとかはできない。

媒体(ガーデ)を奪えば使えるけど、それをすぐ複製できる人はいないそうだ。


「ボスの魔術に関してはなにもわからねぇ。そのあとは、急に体が動かなくなって、気が付いたら組織の地下牢だった。……見せしめに兄妹の一人を殺された。それからは逆らう気力はなくなっちまった」


そう言ったキャドンの顔は険しかった。


「俺と同じ13歳の妹だった。もう二度とあんな思いはしたくねぇ」

「それは悔しかろうなのじゃ」


え? 13歳?

僕と同い年だ!

そうだった、この世界の平均身長を忘れていた!

ジュディアスも大学生くらいの身長だけどフィリアと同い年だし、フィリアは僕より頭一つ分大きいし、キャドンはジュディアスよりも身長も肩幅も大きい。

ジュディアスは細見なので、最近は慣れたけど、キャドンは筋肉もあり、お父さんと同じくらい貫禄があった。


「お、同い年だったんだ」

「え! 兄貴と同い年でやんすか?」

「なに! それで俺と同じ13歳なのか!? ちゃんと食ってるか?」

「い、一応そうです。ご飯はちゃんと食べてます」

「いや、ユーキは年の割に小食なのじゃ。まあまず身長が小さすぎるがの」


みんなが大きすぎるんだよ。

ラットですら猫背なのに僕より大きい。

でも態度のせいか、あまり大きくは感じない。

キャドンはほんとに横にも縦にも大きかった。

腕が、僕の家の柱くらい太い。


「まあ、ボスに関してはそんなところだ」

「つまりなにもわからないということだな」

「ああそうだ。すまねぇな。ただユーキとあんたたちなら、なんとかしてくれそうだ」

「そうじゃ。ユーキに任せておけば、すべて解決じゃ」

「あまり、頼りにされても、困るよ……」

「いや、実際ユーキの実力はフィリアも認めるほどだ。僕も、認めざるを得なかったし。キャドンじゃないが、自信を持ってくれないと、僕が困る」

「ジュディアス王子にも認められてんのか。こりゃユーキにかけて正解みたいだな」

「おいらはアニキについていくだけでやんす」

「ところでリリアル」


フィリアは会話に参加してなかったノーブルに話しかける。


「なんでおぬしは会話に参加せんのじゃ」

「あ、あの、私も会話に参加してもよろしいのでしょうか」

「もちろんじゃ。なぜそんなことを聞く」

「恐れながら、レタウ国の王族に、その側近、フィリア様に中級魔術師もいれば、私のような一般市民のはいる余地など」


ノーブルは恐縮している。

でも、僕はノーブルと同じ気持ちだ。


「僕も同じくらい緊張してるから、大丈夫だよノーブル」

「あ、あんたが一番場違いなのよ! フィリア様のとなりにいつもいるくせに!」

「ご、ごめん。フィリア、僕って場違いだった?」

「そんなことないのじゃ。ユーキは私のそばにいるがよい」

「そんな……わたしだって」

「リリアルもじゃ」

「あ」


フィリアは輪から離れていたノーブルを無理やり引っ張り隣に座らせた。

教室から移動した僕たちはフィリアの私室でキャドンの話を聞いていた。

みんなが座っているテーブルはフィリアの趣味で木製の丸い卓だ。

椅子に背もたれはなく、丸いので上座や下座もない。

そのあたりにフィリアの趣向があったりする。

フィリアは王族という破格の地位にありながら、権力の差で立場に違いがあるのを気にしている。

ノーブルや僕がその立場の違いに気後れしているのを知って、気を使っているのだ。


「いい嬢ちゃんだな」

「キャドンよ。一応は王女じゃ」

「すまねぇなフィリアの嬢ちゃん。女は特に、俺より身長の小さい奴はかわいい兄弟みたいに見えてな」

「まぁ気にしないのじゃ。リリアルも気にせんでよいぞ」

「いいえ。先ほどまでは我慢をしていましたが、同じテーブルに座った以上言っておきます。キャドンさん! あなたはフィリア様に向かってなんて口の利き方を!」

「え? おいおい対等だろ。すこし口調が荒っぽかったってなんの問題も……」

「黙りなさい! フィリア様は王族です! われわれ市民が同じ卓に座ること自体特別なのです!」


それからノーブルはいつもの説教モードに入ってしまった。

おかけで暗い空気はなくなったけど、そのあと僕にもいつも通りの説教が飛んできて困った。


「僕も一応王族なんだけどね……」


ひとりだけ今度はジュディアスがハブられていた。

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文字の無い世界と王女に振り回される僕 @moulyo

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