第七話 問題児
補習のために教室に戻ると、一人の女の子がいた。
この国の平均的な身長で、この国の大半と同じ赤茶けた髪色の、目付きの悪い子だった。
平均的な身長と言っても僕より頭一つ大きくてそうやって見下ろされながら怒鳴られたらビビる。
ビビって教室のドアの影に隠れる。
「あなた、王女様がいないと、全然ダメなのね」
「……」
目付きは怖いままだったけど、雰囲気は柔らかくなった。
「……もともと気の強いほうではないと思うけど……」
「でもフィリア様のそばにいたあんたはもう少しましだったと思うけど」
言われて今日を振り返ってみた。
席はフィリアの隣だったし、授業中も、さっき見送るまでずっと一緒だった気がする。
「まあいいわ。さっさと補習なんて終わらせて帰りましょう」
「え、先生は?」
「目の前にいるじゃない」
「……え、君が?」
「君じゃなくてノーブル先生と呼びなさい」
「リリアル先生じゃなくて?」
「ノーブル先生!!次に名前で呼んだらしばくわよ!」
「ご、ごめんなさい!」
せっかくやわらかくなった態度が急に鋭くなる。
あわてて僕は謝った。
彼女はリリアル=ノーブル。
同じクラスになったフィリアの友達だ。
でもフィリア以外は名前で呼ぶと怒るらしい。
リリアルのほうが女の子らしくて可愛い名前だと思うけどなぁ。
「よろしくお願いします」
「ん、じゃあまず座って。軽く今日の復習からやるから」
「は、はい!」
ノーブル先生は教卓にたっている。
僕は言われるまま席についた。
「……なんでそんなに離れた席に座るのよ。前に来なさい。一番前に!」
「はい!……」
怖いので後ろの方に座ったら怒られてしまった。
一番前に座り直すとノーブル先生によるスパルタ補習が始まった。
いや、ノーブル先生的には普通に教えてくれていたのだと思う。
僕が下手すぎたのだ。
「はぁー。あんたよくそれで今までこれたわね」
「ま、まわりのひとに助けられてまして」
「それで、自立するために学院にきたのは誉めてあげたいけど……」
他の生徒には僕が異世界人というのは隠している。
話としてはこうだ。
僕は捨て子で保護されていた。自活に必要な能力に乏しく、国の補助を受けて生活していたが、自立したいと申し出たところ、フィリアの紹介で学院にきたというわけだ。
「……」
「あのー、り…ノーブル先生。」
「……」
「無言で頭を抱えていると、僕も不安になるんですけど」
ノーブル先生はギロリと睨む。思わずびくりと震える僕。
それをみてため息をつくノーブル先生。
僕の手元には先生の課題にそった絵が一枚。
「ユーキくん」
「はい」
「宿題をだそう」
先生がだした結論は問題の先送りだった。
いや、先送りではなく量をこなせばうまくなるはずだということに違いない。
決して今日は宿題をだして帰ってもらって明日また頑張れなんてことはないはずだ。……ないはずだ。
「ただいまフィリア」
「おう、よく無事に……なんじゃ顔色が優れんのう」
「うん、まあ補習を受けた上に宿題もでたからね」
フィリアはお城の客間で寛いでいた。
帰りを心配していたので、部屋に戻る前に場所を聞いたのだ。
「なんじゃ、まあ、頑張るのじゃ」
「ありがとう」
いつになく気のない返事を返した。
そのままふらふらと部屋に戻ると宿題に取り掛かる。
「ユーキは大丈夫かのう。文字のほうは才能どころではないのじゃが……」
――――――――――――――
翌朝、遅くまで頑張った僕は寝不足で重いまぶたを擦りながらフィリアと学院に向かう。
「ユーキ、お主大丈夫か?酷い顔じゃ」
「結局一枚しか完成しなかったよ」
「それでも頑張ったのじゃ、きっとリリアルも認めてくれよう」
「だといいんだけどね」
学院までは頑張って歩いたのだけど、席に座ってからはほとんど意識がなかった。
しかし、絵画の授業になって事件は起きた。
昨日の僕の酷さを知っているフィリアやノーブルは驚愕する。
僕の描いた絵は、クラスの誰よりも上手かったのだ。
自分でも予想以上の成果に驚いている。
せいぜい人並みに描ければいいやくらいに思っていたのだ。
「ユーキ!あんたどうしたのよ!」
ノーブルが叫ぶ。他の生徒も気づいて僕の絵をみて驚いている。
「ユーキ、何をしたのじゃ?」
「昨日一晩中懸命に頑張ったんだよ」
「だからってそんなに急に上手くなるわけないでしょう?あんた下手なふりでもしてたわけ!?」
「それはないのじゃ、ユーキの絵がド下手なのは私が保証する」
「あんまりだなぁ。本当のことだけどさ」
「じゃあどうして」
「だから頑張って練習したんだって……」
「皆さん静かに、まだ授業中ですよ」
先生が生徒達を着席させる。
みんなは渋々授業に戻っていったけど納得はしていない様子。
当たり前た、不自然すぎるもの。
でも本当のことを言う訳にはいかなかった。
なにせ、一文字ですら大国を築く文字を、四文字も使ったのだから。
言霊『自動書記』
僕が一晩かけて作った媒体に刻んだ文字だ。
絵に苦戦して、一晩で一枚描くのが限界だった。
おかげでぶっつけ本番だったけど、うまくいきすぎて大変なことになるところだった。
授業中にこっそり使ったからばれてないと思う。
後でフィリアだけにはちゃんと説明しないとな。
その日は当然補習を受けることなくフィリアと一緒に帰った。
帰ってすぐにフィリアに説明した。
「なんと、媒体の、絵を描くための媒体を作るなど、前代未聞じゃ」
「そうだろうね。そんなめんどくさいこと普通しないもんね」
「しかしじゃ、ちと目立ち過ぎたかもしれんの」
「え、やっぱり不味かったかな」
「初日は悪い意味で目立っていたのじゃが。今日はもっと悪い意味で目立ってしまったようじゃ」
「あ~でもまさかあそこまで高性能だとは思わなかったんだよ……」
落ち込む僕の頭をなでるフィリア。
「わざとでないのは知っておる。ただな目をつけられたのは間違いないのじゃ。学院は通い続けるが、常に私のそばを離れるでないぞ」
「う、うんわかった」
なんだかますます守られる立場が固まったきがするけど、しょうがない。早く僕が自立できればいいんだ。
せめて自動書記の媒体さえ一人で量産できれば、できることが一気に増える。
それまでは今しばらくはフィリアに頼ろう。
こうして、学院始まって以来の落ちこぼれ問題児は一夜にして、天才児として有名になるが、才能に溢れているだけにあらず、王女にも気に入られていることもあり、トラブルメーカーの問題児として周りが頭を悩ませることになるのであった。
波乱の学院生活の始まりである
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