第265話
「痛たたた……ちょっとどこ触ってんの!!」
「いやせっかくだから……」
気がついたら一面の青空が広がっていた。上にのしかかって両手をわさわさするカノンを押しのけ上体を起こせば宮殿は粉々になっており、耳に入ってくるのは兵士の怒号と市民の悲鳴、自動車のエンジン音と、断続的に続く建物の崩壊音である。
文句の付けようが無いほどの粉々だ、絢爛豪華な建物は一片残らず瓦礫と化している。立ち上がると石材の破片がぱらぱら落ち、暗緑色の軍服を叩くと白い粉が上がった。
「何が起きた?」
「んー…アレは明らかに私のせい、私のイメージだな、ヘビに縁がある人とかいないでしょ」
とにかく移動、追跡しなければと武川らの乗る車へ走る。走りながらも崩壊音のする方向へ目を向ければ巨大な蛇、胴体直径20mはあろう真っ黒な大蛇が建物を轢き潰しながら蛇行前進していた。宮殿跡地から離れようとしておりスズから見えるのは尻尾だけながら、外皮はワニのようなデコボコした表面、石造りの建物を難なく破壊するところから硬度も申し分なかろう。
「さてどーぉするか!いくらなんでも殴って殺す訳にはいかんな!」
「あれ倒すのぉ!?」
「でないと私が協力してる意味がまったくない!……違った6割!6割ね!」
車に飛び乗る、途端に勢いよく走り出す。
「ありゃいったい何ですか!?」
「大蛇っつったらひとつしか居ないっしょ!いやそうでもない?他にもいる…よく考えたらヘビなんていっぱい居るなあっははははは!まぁとにかく大佐!あれの前へ!」
何が面白いのかまるで検討つかないがカノンが大笑いしている間に車は急加速(といっても現代車ほど急ではないが)、続いて指示を与えられ大蛇との並走を目指す。
「表現を変えよう!世界で一番有名なヘビだ!世界樹の最期に海より現れ神々に仇なすモノ!」
奴の直進ルートからやや離れた道路をアクセル全開で走るもまっっったく追いつけない。今は下が舗装路だからなんとか食らいついていけているが、これから先イスタンブール市街から離れていくとすると間も無く追随不可能となろう。奴を4輪車で追いかけるとなると少なくとも群馬の青い紋章か財閥の槍兵か、できれば世界選手権出場のバケモノどもが欲しいところ。僅かながら横につけてわかったのは体長200m以上、いつかのウワバミが鎧を着込んだような外観で、それでもヘビらしく目はつぶら。進行方向は南で、このまま行けば半日後にはガリポリ半島先端へ達しよう。
「世界蛇ミドガルズオルム!またの名をヨルムンガンド!」
「限界でありまぁす!」
「ええいポンコツめ!」
速く走る事をそもそも想定していない車にそれは酷な罵倒であるが、カノンの言動と焦りっぷりからいって奴の核になっているものは最初に言っていたものか。
「部隊に連絡しろ!あれは比叡を目指してる筈だ!」
「カノン!説明!!」
「あぁーごめんごめん!たぶんサクヤの制御下にあるんだ!彼女としては私らをこれ以上先に進ませたくないわけだから、目的としては英軍のオスマン帝国侵攻を頓挫させること!そしてこちらの最大戦力は言うまでもなく戦艦比叡だから!真っ先に沈めようとするに違いない!」
簡潔、かつ一気に話して、カノンは車内から身を乗り出す。車は既に追跡を中止していて、ただ惰性で直進しているのみ。暴れる長髪を押さえつつ右見て左見て前を見て、目に付けたのは道路標識。自動車で追い付く事はできない、別の移動手段を探さねばならないのだが、幸いにしてその標識には飛行場と書いてあった。
飛行場と書いてあった。
「運転手進路変更!航空機を奪う!」
「えっ……」
「誰が操縦するんですか!?俺はできませんよ!?」
「なぁに人数分のパラシュートがあればどうにかなる!」
「えっ……えっ…?」
再加速、左旋回、大蛇に背を向けつつ標識の先へ。
1人、急速に青ざめるのを乗せて。
「……えっ?」
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