第264話

「皇帝陛下へ至急取り次ぎ願いたい、中華民国から使者がお見えになった」


男性というにはやや心細い、しかし女性にしては力強過ぎる、宝塚男役と言われたらもうそれにしか聞こえない声で彼女は告げる。遅れて下車した東洋人を見て門番の彼は狼狽え、同僚と顔を見合わせた。


「そ…そのような予定は聞いていない」


「国外の状況を考えろ、そういう事もある」


そこに小声で、噂話するように追い打ちをかければ最初の関門は突破、「わかった……」と言い、同僚1人だけ残して検問所に引っ込んでいってしまった。電話か何かで上に連絡を取ろうとしているのだろう、僅かに口論が聞こえる中スズも車から降り、そうしたら雇われ男の運転する車はバックして下がっていく。


「イルディズ中佐?」


「まったくとんでもない事になったな。このまま謁見となるかもしれん、勅令を確認しておけ、私は本来なら自室で寝ている筈だが、合っているな?」


「はい、間違いなく」


抱えていたハンドポーチに左手を伸ばす、耳を揃えて詰められていた和紙のうち1枚を抜き取って、微笑みながらスズは一行を見張っていた同僚へ目を向け


「確認を取りたいとのことだ、エントランスまで進んで」


「ご苦労」


コツン、と僅かな音がした、同時に同僚さんの胸へ符を押し付ける。


「うお……」


「どうされた閣下、遥か東洋から1人でここまで来られたのだ、この程度のことは慣れている筈」


2人の門番は同時に気を失った、片方は眠らされ、片方は頭部への瞬間的な打撃によって。可能な限り素早く双方とも検問所へ放り込み、そして中佐殿は目を白黒させる蒋氏へにやりと笑みつつ早足で宮殿の玄関口へ。


「は……ええもちろん」


引きつった微笑みという器用な表情をしながら蒋氏も続く、スズはやや遅れて背後を警戒しながら2人を追い。どえらいサイズの扉をくぐった。

ここがドルマバフチェ宮殿、オスマン帝国皇帝メフメト5世がいる。ちょっと前に起きた革命により実権をほぼ喪失していて、置物がなくなっても軍指揮に影響とかないだろとは思ったが、「まぁ言うても国のトップだしとりあえずやっちゃうべ」などと言うので最初の目的地としたのだ。奥の方でバタバタと騒ぎがする中一行はエントランスで停止、確認の人間とやらが来る前に目配せする。


『この先、ごく狭い範囲に人が集まっている。会議中のようだ、そこまで穏便に行くのを目標としよう』


これはニニギの声、聞いたイルディズ中佐が笑みを深める。となればここが正念場、わらわらと10人以上出てきた政治家やら兵士達を口先だけでだまくらかせば


「おいそこの女!無礼だぞ!帽子を取らないか!」


あ、終わった。


「あー……」


確認するが外観ですぐ女性とわかるのはスズのみ、いや例え中佐殿を指していてもアウトなのだが。そもそも何故常日頃からキャスケット帽をかぶっているのか、隠したいものがあるからだ。


「中佐?」


「プランB、プランB」


所詮は付け焼き刃、笑みを保ったまま、しかし若干生暖かい表情となった彼女は即決した。ならば是非もなし、玄関をくぐれただけで良しとしよう、2人同時に軍帽を持ち上げる。

途端にオスマン兵達は固まった、かたや夕陽色の長髪、かたや狐耳が現れたのである。慌てた武川が懐から拳銃を取り出す中スズが真っ先に戦闘体勢を整え光弾を斉射、エントランスは爆音と絶叫に包まれる。


「ようし大佐!車を走らせておくのだ!5分後迎えに来るがよい!」


「5分で済みますか!?」


「済まなくとも留まるのはそれが限界さね!」


ビリビリと建物全体が振動する、今の一撃でほとんど全員が戦闘不能となったが、銃を握って撃つくらいはできそうなのが1人いたため、左手で夢幻真改を抜刀しつつ右手でカスタムガバメントを照準、1度だけトリガーを引いて、バン!と鳴った後にそいつが沈黙したのを見届けすぐしまう。

さて、彼我の戦力を比較しよう、スズカノン2人に対し本宮殿の警備隊まるごとだ。日本における首相官邸に相当するこの場所の防備がそう薄いものであるとはとても思えず、しかも戦時中、100人を下回るなんて事はなかろう。これが鎌倉時代の話だったらちぎって投げりゃ済む話であったが、魔法>科学の図式は火砲の発達によって徐々に反転し、機関銃の出現で決定的なものとなった。狭い屋内であれば刀剣類を用いるこちらにそこそこ傾くものの、それでも魔法≧科学にギリギリなったかどうかいやちょっと無理かって感じである。成果に関わらず5分で退却というのは極めて妥当だ、いかに突出した戦力とて戦い続ければ疲れるし時間をかければかけるほど敵は増えていく。


「目標は!?」


「偉そうな奴を手当たり次第だ!」


ストレートのオレンジ髪を翻し、大剣を引きずりながらカノンは先行、下駄を鳴らしてスズが追従する。

カノンの動きに迷いは無い、キラキラした廊下を突き進み螺旋階段を駆け上がって、登り終えた直後の出会い頭遭遇も危なげなく薙ぎ倒す。間も無くたどり着いた会議室、拳銃を構えた偉そうな軍人が出てきたところで、そいつは大剣の攻撃(物理)によりちょっと描写がはばかられる感じとなり、その間、符の束を5mm分ばかし引き抜いておく。


「だぁっっしゃぁぁっ!!」


血のついた大剣が全力で振り抜かれる、衝撃波でドアは壁ごと吹っ飛ばされ、カノンは退避、符の束を束のまま投げ込んだスズも姿勢を低く、耳を塞ぐ。

自分でやった事だが脳みそにガツンときた。過去最高レベルの大爆発に残った壁も、というか会議室自体が崩壊して少なからず破片を受ける。「うえっぺ!やり過ぎぃ!」とかいう相方の叫びにジェスチャーで謝罪した後、成果確認の為振り返った。


「ど……」


「あっ…それ…!つかま…!」


と、人間が生きていられるとは思えない崩壊した室内で何かが急に膨れ上がり。

それを見たカノンは目の色を変えて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る