第257話
「お笑いになられるでしょうが、今の私は自身の事がよくわかっておりません。衣川館で心中した記憶もありますし、壇ノ浦の浜で看取られた記憶もあります。そして本来知り得ぬ筈の、この戦も」
奥州合戦、奥州征伐とも。奥州仕置と書くと豊臣秀吉が伊達政宗らに行った領地没収となるので注意のこと、まぁ何に困るって話でもないが。
源平合戦の終結が1185年、その後すぐに兄と関係が悪化した義経は後白河法皇に頼朝討伐の宣言をして貰ったり逆に討伐宣言されたり(よく考えなくてもこの法皇もかなりのアレである)すったもんだしたのち、最終的に京都を離れ奥州藤原氏にかくまって貰っていた。潜伏が鎌倉に知れたのが1188年、それから頼朝は藤原氏に圧力をかけ続け、耐えられなくなった藤原泰衡(ふじわらのやすひら)が義経の居る衣川館を襲撃、自殺へ追い込んだのが1189年4月の事である。そこらでよく聞く「オマエのかくまってるソイツを差し出さねえとオマエを殺すぞゴルァ!」的な脅しに負けた形だったが、結局鎌倉は攻めてきた。
史実の奥州合戦においてそれほど面白い事は起きていない、7月に出兵が始まり、交戦開始が8月。その間藤原氏は防備を固めて待っていたが、固め方が悪かったのか指揮官が駄目だったのか単に数の問題か、"夜間に堀を埋められる"というそれだけの理由で大勢が決してしまった。逃走しようとしていた泰衡は部下に殺され、頼朝へ首を差し出した部下も死罪というどいつもこいつもアレな幕引きで、合戦終結が9月、生き残っていた連中の反乱を鎮圧したのが翌年3月のこと。これにより平氏のクーデターから始まった足かけ10年の戦乱は完全に終わりを迎える事になる。
「ですがそれは重要ではありませぬ、むしろ頼朝を打倒するに当たってこれほど有益な情報もないでしょう」
「ほほう。では大将、どう守ります?」
「……攻められたから守る、という考え自体が愚かなのです。合戦は始まったばかり、攻めてきた鎌倉方はまだ、攻められる事を想定しておりませぬ」
政治家としてはどうにも問題だらけだったものの、少なくとも軍指揮官としては当時最強格な義経、馬を歩かせつつ、同じく馬に乗り、背中にスズがしがみついているカノンが覗き込むような姿勢で聞くと、眉を寄せながらもそう答えた。
「敵は3軍、北の北陸道軍、南の東海道軍、そして頼朝の指揮する中央の大手軍に分かれております。北と中央には最低限の人員のみ配し、遅滞戦闘によって時間を稼ぎます」
よく知ってるなそんな言葉、主力武器が鉄砲になってからの戦術だぞ。
「その間本隊は東海道軍を強襲、これを突破し、大手軍の横腹へ喰いつくのです。この頃の兵はほとんどが兼業農家、専門の鍛錬を積んでいる訳ではありませぬ。大将を失えば瞬く間に瓦解しましょう。異議はおありか?」
「いんや特には。強いて言えば、負ける条件は判明してる?」
「鎌倉方の目的は藤原氏を滅亡させる事、しかしこの場に泰衡殿の姿は見えません。恐らくは泰衡殿の立ち位置に私が割り込んだからなのでしょうが…であれば、平泉の陥落。本陣を敷いた中尊寺が落ちれば我らの負けかと」
問題はございません、その前に事を済ませば良いのです、等々話し込んでいたら2頭の鹿毛はひとつの丘の頂上へ達した。眼前に広がるのは戦場だ、既に戦端は開かれている。奥の方に鎌倉軍先陣が押し寄せており、そこから順に長大な堀、また堀、城壁、味方の奥州軍と続き、更に手前には持久戦用だろう、一次大戦よろしく張り巡らせた塹壕が違和感を放っていた。本来あってはならないものは他にもあり、最も目立つのは数基の小型カタパルト、つまり投石機と、それに装填される陶器製の榴弾である。カタパルト自体は紀元前からある、この時代にあっても既に古典的な兵器だが、あの榴弾は元寇の際に元軍が使ったものだ。日本語では"てつはう"と呼ばれ、現代分類においては破片手榴弾となる。陶器の中に火薬と鉄片を詰めたもので、奥州軍はそれに火をつけ、カタパルトで飛ばし、半ば埋められた堀を完全に埋めようとする鎌倉軍を追い払っていた。史実では一晩で堀は無効化されていたが、あの様子を見る限り阻止に成功したらしい。
「……なんで協力してくれたの?接点とか、身に覚えないんだけど」
「ええ、借りがあるのは殿下ではありませぬ」
戦況確認の為戦域全体の状況を確認する義経に、カノン背後のスズが聞くも、返ってきたのはそれだけだった。疑問符を浮かべる間にも馬の進路を変え「本隊と合流致します、しっかりとついてきてください」と彼は続ける。
「まぁ27歳のいい大人がロリっ子に膝枕された話とか恥ずかしくて話せませんわな!」
一瞬、結構な形相で義経がカノンを睨んだ気がするが、すぐ視線を前へ戻し早駆けへ移行した。続いてカノンも(にやにやしながら)手綱を握り直し、自分の馬を追従させる。
「さあ急ぐぞ!振り落とされるな!急げば日暮れまでにはこの階層終わりそうだ!」
「うん。……日暮れ…?今日の!?」
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