第233話

聞かなかった事にしよう、そうしよう。


「…………」


「どした」


「この状況で何か喋ったら間違いなく殴られる、だから黙ってる」


「………………」


多少、冷遇しすぎたかもしれない、隅っこで縮こまる嘉明を見て思う。いやどこが隅かもわからない狭さであるが、潜水艦とはそういうものなので仕方ない。

全長65.58m、全幅たったの6.07mしかない艦だ、主機はディーゼル、潜水中はモーターを使う。動力を得る為に、また乗員が生きる為に酸素がどうしても必要であり、原子炉の莫大なエネルギーでバッテリー充電し放題海水を分解して酸素取り出し放題な原子力潜水艦とは違い定期的に浮上しなければならない。艦内の環境は劣悪、本当に人が乗り込んでいいのか心配になるレベルの酷さである。通路は人間が通れるギリギリの幅と高さ、元々そんななのに物資を詰めた木箱を隙間なく並べてその上を歩くもんだがら常に中腰でいなければならない。当然、寝室なんてものもなく、布団を敷くのは配管の上とか、魚雷と添い寝とか。必要最低限のサイズの船体に機関と武器その他を詰め込んで、余った僅かなスペースを人間が這い回っている、まさにそんな感じ。


「これより浮上します、備えてください」


弱々しい照明の点く薄暗い艦内、潜望鏡を覗く艦長の隣から戻ってきた亜月が告げた。潜航を始めてから3時間程、酸欠には程遠いが気温と湿度は上がり続けて快適とは言い難く、彼女も頰を伝う汗を拭っている。アリシア以外の一行全員が安堵する中、床の傾斜と、エレベーターっぽい持ち上げられるような感覚が始まって、そう立たないうちに海面を突き破る音が鳴った。最大潜航可能深度30mちょい、あっと言う間だ。

ちなみにこの数字かなり低い、近代式潜水艦黎明期であった第一次大戦でも100mが平均値、第二次大戦で200m、現代では500m内外が基本だが、ボディにチタン材を使用した一部は1000m潜れるとの噂もある。戦闘用ではなく探索用の無人潜航艇なら桁が上がって1万m、潜れない場所は地球の海には無い。


「浮上完了!」


「浮上完了了解、行きますよ」


軽快に亜月がハシゴを登っていく、天井のハッチを開ける彼女に続いてスズもハシゴに足をかける。

円形の出口から見える空は黄色が混じっていた、太陽の位置はほぼ真横、大樹の影がどこまでも伸びている。艦外へ体を出して、艦首方向に飛び降りて、浮上後すぐ横付けしてきた漁船へさらに飛ぶ。アリシアは当然クリア、そんなアクロバットをする気はないとばかりに艦橋から海面へ着水した日依は悠々と乗船してきた。びしょ濡れの艦上で最初に滑ったのは小毬であったが、つるんといった瞬間に煙と消え、数秒でまたドロンと船上に現れる。


「なーんでまたこんな所来てんデスかね私は」


「独裁者に対する自分の特攻性能をそろそろ自覚すべきだと思うんだがね。ああ安心しろ、いくらお前でも大内裏に侵入したら5秒で見つかる、そんな事はやらせんよ」


日依と小毬が会話する中、黒髪ポニーテールを翻して円花が飛び降りた。最初にやってもらうべきだった、着地と同時に甲板を炙って水気を取り去り、まったく危なげなく二度目のジャンプを行う。


「よし、よーし」


「いや急げや」


「待った、押さないで、肉体運動は苦手で……陛下!アー!!」


何の為に連れてきたのか、いや説明の必要は感じないが。何故に男に気を使う必要があるのかと言いたげな嘉明に突き落とされる陰陽師、頭から落ちては水面歩行もできず、いい音と飛沫を打ち上げた。嘉明はまったくの余裕だ、筋肉もちゃんとあるし濡れずに済む方法などいくらでも。


ちっぽけな漁船と7人の移乗者、1人の転落者を残して潜水艦は再び海中へ潜っていく。完全に海上から消え失せた後、朝靄の中そびえる大樹が視界に映る。


「アリシア、どうだ?」


「成長は止まっているように見えます」


あの樹をとにかく高く高く成長させ、宇宙空間まで突き抜けた頂点から水を噴き出す事で海水面を下げる。その為のエネルギー源として他の樹を潰して、それ自体や住んでいた生物その他、すべてのエネルギーを収集する。この広い地球上、既にどれほどの数が犠牲となったかは把握していないものの、目的は別として手段は、全力をもって止めねばならないものだ。


「ほら」


「ああ…どうも……」


漁船後端から手を伸ばして八面を引き上げ、その際嘉明の目が妙に光ったが無視、船長かどうかはわからないが運転席にいる男性へ合図を送って、漁船はすぐに加速を始める。


「確認する。西洋軍は昨夜に瑞羽大樹を出発、今は鳳天大樹近海にある。今日の夕刻にはここへ現れるだろう、我々はその前に大内裏を制圧、東洋軍を丸ごと味方に付ける」


「……」


「スズ、いいな?」


「大丈夫、やれる」


「……よし、第6艦隊へ合図を送れ」


漁船には事前の要望通り通信機が積まれていた、500km先まで届く高出力なものだ。「さっき話してたやつでいいの?」とスズはそれの前に行き、「そうそう、”香菜子ちゃんからバドワイザーを取り上げろ”…………うぇっ?」なんて日依の声を聞きつつ電源スイッチを切り替える。


「日依、事前に言っておくべき事でしたが」


周波数を合わせた後、ヘッドホンの片側のみを耳に、通信機中央のボタンへ指を


「機械オンチが治りました」


そしてスズは一切の間違いなくモールス信号を打ち始めた。

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