第179話
自己をあらゆる武器で守ろうとしない制度は、事実上自己を放棄している。
ーアドルフ・ヒトラー
酷い目に遭ったと言わざるを得ない。
自分の先祖を自称する神に騙されて来てみれば極寒の氷上、後で聞いた話によればあの時の気候は”震えるだけじゃ済まない”状態だったそうで、であればニニギのサポートとやらも一応効果があったようだが寒いもんは寒い。更にそのまま歩かされ、辿り着いてみれば炎上都市を走らされ追われ殺されかけ、助けて貰ったと思えば変な兵器に乗せられ揺さぶられまくるという忙しさ。挙句、無口系不思議ちゃんのように見えた女の子が少年漫画の主人公ばりに雄叫び上げ始めた時はこの世の終わりを覚悟したが、幸いにしてスズは生きたまま彼女の目的地まで到着した。
外観はやっぱり廃墟としか表現できない、ただし民家やビルではなく軍事基地であり、敷地内は絨毯爆撃を受け穴ぼこだらけ、出撃すら許されなかった装甲戦闘車両が駐車場に整列した状態そのままでスクラップに成り果てていて、施設を防御していたあらゆる装備もほとんどすべてが機能を停止、稼働可能な状態にあるのは駐車場真下にある分厚いコンクリートで守られた地下格納庫と、そこからトンネルで繋がった先にあるという本部施設戦闘指揮所とその周辺。それから機体整備要員、エレベーターを用いてアサルトギアとかいう人型兵器を格納庫に収めた途端に群がってきたスキンヘッドロボットの一団だけ。
「うわ……」
「大丈夫、中身は完全に書き換えられてる」
ここは元々敵の施設であったらしい、フェイとその仲間達による攻撃に耐えられず放棄され、しばらくは補修も撤去もされず骸を晒していただけだったが、色んな事情により他の拠点を失ってしまった為、複数の勢力の生き残りが寄り集まって残された機能を復旧したそうである。だからこのロボット達は鹵獲品、さっき戦ってきたのと同じ顔なのは当然である。
「それで、あそこで何してたの?」
「悪い男に騙された」
「え……ぁ…うん、そう」
ハッチを開放しコクピットから出てみれば格納庫内は空調管理が行われ快適そのもの、地上の地獄とはまったくの無縁だ。ハシゴを降りて床を踏んだ途端にフェイは聞いてきたものの、一言返すと明らかに何か勘違いしてそうな顔をしながらもそれ以上聞いてこなかった。ここぞとばかりにニニギが沈黙する中彼女は機体から降りるやダボダボ耐Gスーツの胸元に手をかけ一思いにファスナーを引き下ろす。いきなり大胆な、と咄嗟に思ったが、脱ぎ捨てたスーツの中から出てきたのはセーターとフレアスカートだった。首回りが非常に広く、フェイの細身では左右どちらかの肩が必ず露出し、なおかつ袖も手のひら半分までを覆ってしまっているグレーのセーターと、それの下から伸びる見せブラらしい下着のストラップ。そしてスーツの中で揉みくちゃにされたのだろう、ややシワの付いてしまったフレアスカートは青と黒のボーダー柄。足は黒いタイツで覆っていて、機体操縦の都合上靴は登山靴みたいなゴツいブーツだったが、いやそんな中身であれほど乱暴な操作をしてたのかと思うスズをよそに腰まであるダークブルーの髪を簡単に整え、損傷の確認と燃料弾薬の補給を始めるスキンヘッド、正式名称”先駆10型”に後始末を任せた彼女は「こっち」と手招きしながら格納庫の奥へと進んでいく。
「スズ、ここがどこで、どういう状況にあるか理解してる?」
「いや……」
「だよね、どうしても話が噛み合わないし」
バレてしまったか、いや隠そうとしていなかったが。
という訳で、だだっ広い格納庫端のトンネル入り口へ向かいながら説明を受ける。まずここは中華人民共和国、通称中国と呼ばれる国の領土内で、それとアメリカ合衆国が戦争を起こしたため、アメリカの味方であるフェイは大勢の仲間と共に侵攻作戦に参加したのだという。ただしたった二ヶ国が殴り合ってるだけの単純な構図ではなく、他にロシア連邦、及び欧州連合という大勢力があり、現在4勢力すべてが戦争中、つまり全世界を巻き込んだサドンデス状態である。基本的にサーチアンドデストロイ、話し合いの余地はなく、相手がどこ所属だろうと接触次第交戦が開始される。
「あなたがいたのは中国軍の物資集積地、あそこに武器弾薬と戦力を集めて拠点の代わりにしようとしていたみたい」
「ふぅん。……え、でも、燃えてたけど」
「燃えてたというか、燃やしてやったというか、あの地点は退路を保持する上でどうしても……」
そこからやや詳細に現在までの流れを説明し始める。あまりにも専門的すぎて大部分が理解できず、最後まで聞いても結局よくわからずじまいだったにしても、要するにフェイは敵拠点破壊の為の作戦に参加、撤退の最中に戦闘再発の気配を察し、戻ってみたらスズを見つけた、という事で合っていると思われる。トンネル入り口に達し、ここから先は断線の為明かりがついていないので、そのへんの棚にあった長さ15cmくらいのフラッシュライトを取って点灯、先の見えない真っ暗な通路に踏み入る。
「というか、どうして戦ってたの?民間人なら両手を上げれば済む話だったのに」
「あー、そこについては選択の余地がなかったのよ、別の誰かに間違われたみたいで」
「間違われたってそんなありえ…………あ」
「ありえないとは思うんだけどなんか……あ」
人違いをされるのはありえない、というのは、スズが女性の、未成年だからである。確かにハンドガンを携行し、軍需物資を燃やされる破壊工作を受けた直後の軍隊に接近したが、軍人というのはほとんどが男性で、屈強な肉体を有していなければならない。たとえ気が立っていたとしたってそんなガチムチ筋肉とJKを見間違える筈は無く、しかも判別したのはコンピューターだった。つまり、本当にスズと背格好の似た少女が工作員としてあそこに攻撃をかけ、そして目撃されていなければならない。普通そんな事は絶対に考えられないので、人違いをされるのはありえない、という理屈だったのだ。
しかしどうだろう、少なくとも目の前に1人、似たような背格好の少女がいる。破壊工作任務から帰還したばかりで、急に顔を引きつらせ、汗をだらだら流し始めた少女が。
「ふふ……」
「私じゃない、けど…ごめん、責任は取る、安全な場所までは連れてく」
乾いた笑いを漏らしながらコツコツ歩き続け、やがて扉の前に到着する。駐車場真下から移動してここは司令部真下、扉を開けて階段を登れば生き残った僅かな仲間の待つ隠れ家で、とりあえず栄養を摂って眠るくらいは可能だという。”食事”ではなく”栄養摂取”と表現したあたりに軍人の苦労を感じるがとにかく色んな事がありすぎて疲れきったスズには願ってもない高待遇であり不満を覚えよう筈もない。扉を開けようとフェイが1歩前に出て、そこで出迎えの存在に気付く。フラッシュライトで照らしてみればそこに立っていたのは少女、また少女だった。
「…………」
「うん…?」
外ハネのあるショートカットの黒髪は毛先数cmのみに染髪の痕跡らしき紫が残り、てっぺんは明らかに150cmも無い。フェイのものよりサイズが合っていない服装に見えるブラウンのセーターはニットワンピースというれっきとした服で、腰を通り過ぎ太ももまでを覆うこの状態が正しいサイズである。足元は戦闘を行う都合でどうしてもブーツになってしまうが、こちらもおそらく勘違いの元凶、足を開き、両手を腰に当て、スズの顔をじっと見つめている。
「中国語?」
「え?」
「あ、英語の方がいい?こんにちははじめまして?」
「ん?」
「日本語」
「日本語か」
何を言っているのかまったくわからない、混乱している間に解決してしまったようで少女は頷くも。今の会話が何だったのか答えを寄越したのは沈黙していたニニギで。
『気にしなくていいよ、言語関係において君が悩む必要はない』
いや答えにはなってないな。
「そんでどうしたの?こっちはまだ迷子拾ったくらいしか知らないんだけど」
「かくかくしかじかで」
「フェイちゃん、それで理解できるほど君と私の付き合いは長くないよ」
で、さっきと同じ説明が行われる。燃やして、戻って、拾ったという話。問答無用で殺されかけたのはこちらのせいだとも伝えられ、「あぁー……」と彼女はスズ、特に頭髪のあたりを見て納得。
「バトルドール1個中隊に襲われてねえ…………ん?じゃあなんでまだ生きてるの?」
「助けに入るまでは自力で耐えてた」
「自力で、戦って。ふーん」
ここまで、スズ自身はほぼ何も喋っていない訳だが、途端に少女は目付きを変えて、ニットワンピの裾をめくり、やっぱ大胆だなと思うやしっかり履いてたショートパンツの腰に付く鞘からナイフを引き抜いた。刃渡り10cm程度で光をあまり反射しない黒色、ぱっと見では金属製の刃にはとても見えず、しかし材質を特定する前に、少女の右手に握られたそれは弾かれたように急加速を始める。
「ッ!」
接触した際の音はブツン、だった。間近でじっくり見てみればナイフはゴム製、斬りつけても傷を付けない代わりに擦れた際の摩擦で痛みを与える類の訓練用疑似ナイフである。もっとも、夢幻真改の刃に触れた瞬間に真っ二つとなってしまって、もはや訓練ナイフの機能を失っているが。
「……へ?」
まずった、咄嗟の事だったから何もない空間から真剣を出してしまった。予想通り2人揃って目をひん剥き、左手で逆手に握る、あまり乱れてない乱れ刃の太刀を見つめる事数秒、耐えかねてキンと消滅させると、黒髪ショートカットの彼女は目を輝かせる。
「え!?すご!?種は!?」
「ない……」
「仕掛けは!?」
「ない…………」
「すごい!どうやったの!?私にもできる!?」
「えっと……」
いやそれはどうだろう、ニニギの言い分によれば終末の日を生き延びれば可能性はありそうではある。しかし現時点は間違いなく無理なので、どうしかもんかと頭を悩ませ。
「んまぁいいや」
いいんかい!とか呟いてる内に少女は姿勢を直す。表現は笑顔に、腰をやや曲げ、指を揃えた右手で奥の扉を示して。
「遅れまして、ようこそ地獄の休息地へ。私はメル、できる限りで、歓迎しましょう」
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