第161話
ひとまず、先程からぶんぶん振り回してアホオヤジ級の衝撃波をぶっぱしまくっているこの布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)について回想しておこう、クールダウンの必要もある。
武力を象徴し幾度となく実戦に参加した天叢雲剣と違い、神代の物語においてこの剣が戦いに使われた事は無い。初代天皇、神武天皇が最初の国を作る為に軍勢を東へ向かわせた時のこと、毒にやられて苦しんでいた軍衆を復活させるべく最高神アマテラスによってヤタガラスと共に地上へ降ろされた、生命力を象徴する剣である。この剣によって人々は立ち上がり進軍を再開したという、毒を抜かれたとか病気が治ったとか一切書かないで単に”立ち上がった”とだけ言ってるあたりアンデッド化した可能性も若干あるが、要はどこにでもある、ピンチになったら神様が助けてくれたよ!系のお話だ。この話ほんと多い、ワゴンに並べて叩き売りしないといけないくらい神様がいる日本神話では特に多い。
相手の生命を活性化させ傷を癒したり成長を促したりするのが本業、本来ならばこのように戦闘目的で使うものではない。しかし前に言った通りその効力は現生の生物にはあまりに強すぎる為あらゆるものを暴走させてしまう。だから今できるのは植物、大樹の異常成長と、日依自身の力をブーストしてかっ飛ばす程度。更に封印を施したりもしておらず、これに思考能力があると仮定するなら今は日依に”懐いている”が、剣自体が暴走する可能性は失われていない、エンジンの回転数がレッドゾーンに達しないよううまく制御しているだけである。もし日依が抑え込める上限を超えて回してしまえば暴走、同じくエンジンで例えるならエンジン自体が燃料を吸い込む力が給油ポンプの能力を上回ってしまい、過剰な燃料を受けて更に出力を増し、もっと大量の燃料を吸い上げて、という風な。どこまで行けば止まるかは不明だが、とりあえず燃料タンクに相当する日依は干からびる事になるだろう。
「争いこそ人の生の真髄!それを否定するなど人そのものの否定に他なら……っ!」
以上を踏まえた上でどうだろう、今日依は間違いなく自身で制御し切れるより遥かに多い魔力量をフツノミタマへ叩き込んだ。柄を握る右腕がざわつくほどの明滅を繰り返しているがしかし暴走には至らず、やがて通常状態へと戻ってしまった。
剣自体に思考能力があるという点、案外的を射ているかもしれない。
「だっ…!」
今のこれは単純な増幅器である、日依自身が持つ出力を何倍、何十倍、場合によっては何百何千倍にも増大させて前方へ投射する。フツノミタマの特性上、余波を受けた生命体を暴走させる効果も付属するがそれは副作用、日依は渾身の力を込めて剣を振り抜いただけだった。
「馬鹿…な…!」
その結果何が起きたかと言うと、まず海が割れた。
例えようのない壮絶な衝撃音と、大量の海水が押しのけられた事による津波、眼前にいる大男の声も聞こえなくなるほどの飛沫の音の中、壇ノ浦の海底は一瞬だけ現れる。それは本州の海岸に届くまで一直線に続き、上陸した後は軌道に沿って木や草や花が伸び、咲き乱れていく。
先頭部分が視界の外へ達し、海が元に戻った頃、コツリと1歩前に出る。又兵衛の握る大太刀のうち左は刀身を削り取られたように根元から失い柄と鍔だけになっていて、すぐに手放し、残ったもう片方を両手で握るも、日依が近付いた分だけ後退してしまう。
フツノミタマはアイドリングを続けている、もう一撃だけなら許すと言っているようにも見えた。
「ふ…ふふ……強者と戦う為だけに生きてきた、今その望みが叶っている!だが…!これは…!成る程!これが恐怖か!」
薔薇輝石(ロードナイト)で象られた直刀をゆっくり持ち上げる、頭よりやや高い位置に右手を置き、切っ先は後方を向きつつも上。
そいつは両目を見開き汗を噴き出しながらも笑っていた。自分より強い奴に会えてさぞ満足だろうが、いやもうどうでもいいかと、右手に力を込め。
「しかし逃げはせぬぞ!これこそが某の生きる意味である故!勝ち目が無いだけで逃げるなどと」
「黙れ」
振り下ろした瞬間、また同じ事が起きた。今度は大男の姿もかき消え、真下への投射を意識した為にむやみやたらと遠くまで伸びる事は無く、代わりに海底を深く深く掘り抜いて、海水を天高く打ち上げる。
命中したが、手応えは無かった。水が大瀑布の如く落ちてきて、海面が落ち着いた後も死体や残骸が上がってきたりはせず、かといって生き延びている訳は無い。恐らくこうなった原因自体が”死ぬような事態に陥れば時間遡行を強制終了する”ようにしていたのだろうが、ギシリと歯を鳴らし、サービスタイムは終わりとばかりに沈黙するフツノミタマをしまいこんで消滅させた。
何も残っていない、今の連撃で少なからず損害を出したが、大将を失った源氏軍は東へ敗走していく。僅かにあるのは乗員を失った空の船と、それらの残骸のみ。
「…………」
すべて終わった、じき日依も引き戻されるだろう、何故かそこだけは確信があった。
やっと帰れると言うべき所であったが、もう少し、あと少しだけと海面に降りる。
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