第149話

では改めて源平合戦こと治承じしょう寿永じゅえいの乱について確認する。

前提としてこれは源氏と平氏と天皇家による政権の取り合いである、結果だけ述べておくと平氏は滅亡、勝利した源氏によって鎌倉幕府が開かれ、どうしても主導権が欲しい天皇家は終結後も全国の武将を焚き付けたり南北に分かれたりしていたが、戦争で武家政権に勝てる訳がなく、明治維新でまた引っ張り出されるまでダンゴムシみたいに丸まって目立たなくする事となった。この頃の天皇家はなんというか、欲望丸出しというか、クソ野郎が多いというか、今のような”どことっても完璧な精神的指導者”ではなく”一介の国家元首”として見るべきだろう。

事の発端は平氏のクーデターまで遡る、当時天皇はお飾り、引退して法皇になってからが本番といった政治体制で、実権を握っていたのは後白河法皇である。平氏代表、平清盛たいらのきよもりは娘を輿入れさせたりして法皇と仲良くやっていたが、子供達が相次いで死去すると法皇と対立するようになっていく。「言うこと聞いてくれないなら蹴落としちゃえばいいじゃん♩」などと思ったかどうかは知らないが、武力制圧により後白河法皇は実権を喪失、現職にいた高倉天皇に安徳天皇へ譲位させ、高倉法皇による院政を開始した。この安徳天皇、即位した段階で数え3歳、満1歳4ヶ月、即位と言うがこんな赤ん坊が政務などできず、要するに清盛の為の人形である。そしてこの即位は最後の最後で悲劇をもたらす事になる。

で、他にもいた(マトモな年齢の)皇族達は当然ながら激怒した、特に野心たらたらであんなガキんちょが天皇になるのをどうしても許せなかった後白河法皇実子の以仁もちひと親王は打倒安徳天皇を掲げて挙兵する。が、平氏に動向を掴まれていたためあっという間に制圧され、以仁親王は平等院で戦死する、悲しい。

しかし1人立ったらみんな立つのが日本人である、伊豆で木を数える仕事をしていた源氏代表、源頼朝みなもとのよりとも、以仁親王の発した命令(遺言になったが)を受けこちらも挙兵した。しかし武士団を形成した武将達の中でみやこくんだりに興味があったのは頼朝くらいのもんだったため、関東一円を平定してからの西進となってしまい、その頃には平清盛は病死し、信濃の源義仲さんによって平氏は追い散らされていた。すなわち、出遅れた。だが話はまだ続く、平氏に連れ去られた安徳天皇の代わりに後鳥羽天皇を即位させ都は一息ついたものの、なんと三種の神器まで奪い取られていたのである。

奪還作戦の前に義仲と(また)関係悪化した後白河法皇は頼朝へ上洛を要請し、それを受けた関東武士団の攻撃によって義仲は戦死。ここに至ってようやく、京都を手中に収めた源氏と、安徳天皇と三種の神器を奉じ中国地方へ逃れた平氏による全面戦争が始まるのだ。

その陣頭に立ったのがかの源義経みなもとのよしつね、幼名を牛若丸という”英雄”である。当時25歳、兄弟の範頼のりよりと共に西国侵攻を開始した。

彼は優れた戦術家だった、常に敵の弱点を見極め、周到な用意の下、そこを徹底的に突いた。ただし武士道精神全開の時代だったため、軍民を問わない一連の”冷酷”な行動は後々彼に破滅をもたらす。それにぶっちゃけ人間性を疑うようなエピソードもいくつかある。ただそれは彼に限った話ではない、現代人から見ればどんぐりの背比べである。

最終的に平氏は本州の隅っこまで追い込まれた、そこが下関と、終焉の地となった壇ノ浦である。既に九州四国も制圧され、進退窮まった彼らは最後の戦いを挑み、それが終われば海へと沈んでいった。この時道連れとなったのが三種の神器で、勾玉は木箱に入れられていた為海面に浮き上がって、鏡は漁師の網に運良くかかった(ただこの頃には火事により灰になっていたはずである)が、剣は喪失となり、新たに伊勢神宮の倉庫から手頃な剣を見繕って形代としたという。


今回の目的はその剣を探し出す事にある。かつて平氏がそうしたように、三種の神器をもって自らの正当性を主張する為だ。


「んぎぎぎ…!」


「力む必要はないと思うんだがなぁ」


海面近くをゆっくり飛行するゴールデンハインドのゴンドラで小毬は唸っていた。さっきの大樹が後方にそびえる以外は見渡す限りの海原で、かつてそのような戦いが行われた場所だとは、少なくとも大霧船長を含む乗組員達は判断しかねている。とりあえず言われた通りの飛行をして、後は様子を伺いながら、何やってんだろな?、みたいな顔。

要するに小毬が呼びかけて、日依が反応を拾うのである。今のところはまったく当たりなし、小毬の必死のテレパシーも虚しく、ゴールデンハインドは意味無くぶらぶらし続ける。


「応答がないな、かなり深い場所にあるのかもしれん」


「うー…それ見つかったとしても回収できるんデスか?」


「最終手段的には小毬にクジラにでもなって貰って」


「飲み込んでこいと?」


あいにく詳細な海底地形図は無かったが大まかな形状で言えばなだらかな海底谷が東西に伸びていた、これがかつての海岸線とするなら浅い地点に落ちている事はないだろう。サルベージ業者がダイビングで潜れない位置にあるなら底引き網でかっさらう方法も検討するべきだろうか。「耐圧構造まで再現するのめんどくさいデスねぇ」なんて呟く小毬に「いや冗談のつもりだったんだが……」と返し、日依はゴンドラ先端まで移動する。

ゴールデンハインドはメインエンジンを停止し、6基ある速度補助・上下動エンジンを細かく動かして這うような飛行を続けている。高度30m、速度20km/h以下といったところだろうか。中身がスカスカの風船とはいえ240mの巨体を完璧に制御する操縦士をちょっと褒めると、「1万メートルの地獄に比べりゃこんなもの」と返ってきて苦笑い。


「しかしまったくアタリがないな、海底に埋まってるのは当然だろうが、あんまり放置されすぎて弱ってるのか……こりゃルルイエを探す方が楽そうだ」


「なぜ比較対象にそれを持ってきたのかは理解できませんけれど…では一度出直しますか?詳細な海底地形図は球磨が持ってきていますし、そろそろ潜水服も到着しているはず。急いでいるなら非効率は排除すべきかと」


「確かに、正直まったく先が見えないし、何の用意もしないで出てきたのはナメすぎたな。よし戻ってくれ」


このままぶらぶらしていても不毛の極みに違いないので雪音の提案に乗る事にする。大霧に目配せすると彼は頷いて上昇、加速、左回頭を同時に命令した。止まっていたメインエンジンが目を覚まし、補助エンジンは高度を取るため一斉に下を向く。やがて進路も曲げ始め、ゆっくり左へ船首を向ける。

と、そこで見張り員が妙な動きをした。何か見つけたように一点を凝視、仲間に双眼鏡を要求し、そのまましばらく。


「どうかした?」


雪音が声をかけると同時に日依も違和感を覚えて窓に張り付く。といっても日依の目自体は視力1.5相当の普通の眼球であるので、見るというよりは感じる、もしくは嗅ぐ。


「その…海上に人影が……」


言われた通りの人型物体である、そしてかなりの高速でゴールデンハインドに迫ってくる。サイズはまだわからないがかなりの威圧感を放ち、そして興奮している。だがしかし、敵意が無い。


「…………海坊主かな?」


「ひっ…!右回頭!!面舵ぃ!!」


「雪音ちん、わかってると思うが海坊主に飛行能力はないぞ」


「わかってるけど!あなたはあの時いなかったからぁ!」


そもそもあれが何なのかまったくわからないのだが、海にいる人型物体というと真っ先に思い浮かぶのはそれであるので、ポツリと言ってみたら全乗組員のトラウマスイッチをガシャコンやってしまったらしい。船首をピッチアップ、すべてのエンジンを加速に用い、急加速、急上昇、急旋回を行いながら4挺の6.5mm機銃、2門の4.7cm砲に操作要員が飛びつく。だから海坊主は飛べないしそんな豆鉄砲効かないし、いざとなれば一撃で沈める自信のある日依は軽ーく言うも、いったい何があったのか怯えきっていらっしゃる。


「それで結局あれは何!?海なの!?坊主なの!?」


「て…提督!いくらなんでも取り乱しすぎ…!」


「人……そんな!あれは人間です!」


「冗ぉぉ談も大概にぃぃ!!」


「提督!!貴女が慌てると部下が!!」


「……あら?」


そんな中でも目に見えて我を忘れていた雪音、大霧に制止されたからではないだろうが、ふと何かに気付いたようにいきなり黙ってしまった。2秒ほど硬直し、視線を下へ。


「今度は何だ?」


見つめているのは床だが、彼女が気にしているのは海中のようだった。しょうがないなこの少将閣下はと最初は思ったが、すぐにある可能性に思い当たり、そしてよく観察してみれば、1秒に満たない僅かな間だけ彼女の眼が開いた痕跡が。


「真下に何か……」


来たか、と、そう思った瞬間、海面が脈動した。


「え…えぇぇ…!?」


起動条件は何だったのだろう、自らの存在に気付いてくれたのがよほど嬉しかったのか、もしくは雪音が何らかのアクセスをしたのか。たった今直下の海底にあるだろう天叢雲剣が目覚め、堆積した土を取り払うべく発した衝撃波によって持ち上げられたかの如く海水は隆起する。続けて発生源から円を描いて津波が生まれ、一拍遅れて、やや甲高い鐘の音が余波と共にゴンドラ内部へ襲いかかってきた。


「つぅ…!被害報告!」


「舵が…尾翼損傷!補機3番5番停止!主機もやばい音出してますよ!」


「壊れる前に止めろ!ピッチ上がり続けてる!船首倒せ!」


「後部のガス袋が破裂してます!」


回頭するゴールデンハインドの右後方に直撃したそれはサブエンジンの2つを瞬時に破壊し、最も大型のメインエンジンをも停止に追い込む。やっぱり脆い、これからの空は飛行船ではなく飛行機が支配する事になるだろう。このまま墜落するのではないかという程の動揺をするゴンドラは以前の装甲化が功を奏したかガラスが割れた程度に被害を留めたが、浮力が前に偏り、翼は上を向いたまま壊れ、徐々に直立していく船体の中で乗組員の大半が絶叫を始める。


「爆弾捨てなさい!!…え、ちょっと!?」


とにかく後部を軽くしようと荷物を捨て手空きの人間を前部に走らせる中、在りかの判明した剣を確実に手に入れるべく、支柱にしがみつく雪音の眼前で日依はガラスを失った窓から一思いに飛び降りた。

重力に抵抗するものが何もなくなった瞬間に日依の服は黒の着物生地に赤いラインの入るトップスと、帯代わりの紐、灰色のタイトスカート、ニーハイソックス、ブーツ、そのほとんどをトップスと同色のマントで覆う構成へと変わり、空中に現れた魔方陣から飛び出してきた暗緑色のワイバーンへ滑らかに乗り込んで、確認されていた人影に向かっていく。

薄紫の防具で体の一部を守った大男だった、乗っているのは小型ボートで、遺物らしきそれは平べったく、円筒形のエンジンから風を噴射する事で加速し、少なくとも200km/hは発揮している。両手に握っているのは大太刀だ、両手で1振りではなく片手で1振りずつである。もうその時点で該当する人間は1人しかなく、アリシアの報告では奴の名前は小松又兵衛こまつ またべえ、日依を捉えてにやりと笑うそいつを見て呟く、うっわお近付きになりたくねえ。


「ぬうおおおおぉぉぉぉ!!」


「うるせえな!いい歳して騒ぐなオッサン!」


しかしアルビレオは興奮していた、一度奴に叩き落とされているからだろう。肩を狙って振り下ろされた両刀に前腕の爪を合わせ、そのまま強引に振り下ろし返す。巻き込まれたらたまったものではないので日依は背中を蹴って離脱する。まだ空中にいる間に背後で水が爆発し、着水、さも当然のように海面で立ちつつ振り返ると、打ち上がった水柱とボートの残骸、結局押し負けたアルビレオが日依と反対方向に吹っ飛ばされ、翼を打って一時上昇、やはり難なく海面に立つ又兵衛と日依だけが残された。


「そこな女子よ!それがしは真紅の石で作られたという剣を探している!何か知っておらぬか!」


「あー?知ってるがその前にお前、私が誰だかわかってる?」


「わからぬ!」


「ふはははははは!!戦えそうなら何でもいいのかてめえ!!」


想像を絶するバカだが葛葉の直属部下、色々鑑みると叩きのめしておくべきであろう。要望通り薔薇輝石の直刀を取り出し、ただしあまりに”重い”代物であるため瞬時に出てきてはくれず、空間自体に入った亀裂のようなものから柄だけが現れ、右手でそれを握って引き抜く事でようやく顕現する。

布都御魂(ふつのみたま)とアホオヤジは言った、かつて神武東征の際に天より降ろされた神器で、武力を象徴する天叢雲とは違い命そのものを司る。主機能としては生命力の操作だが、こいつに当てられた生物は例え大樹だろうと漏れなく暴走してしまうので、結果としては41cm砲を破壊した時のような異常成長、もしくは自壊。

それを踏まえると皇天大樹の急速成長も説明できる気がするが、まだ裏付けが無いのでその話は置いといて。


「それぞ!今すぐこちらに…いや渡さなくともよい!奪い取って見せよう!」


やっぱバカだ、100年に1人くらいの。

嬉しそうに大男は息巻くが、今この場で戦ったらどうなるかはわかりきっている、笑えなくなってジトーっとした目でそいつを見つめる日依は米一粒ほども、そいつに対して脅威を感じていないのだ。


「では行くぞ、小松 又兵衛!打ち倒せずとも一太刀程度は…うぬっ…!?」


付き合ってらんないので適当に蹴っ飛ばして沈めとこう、そう思ったのだが、その前に目的のものが自ら浮上してきた。


「何ぞ!?この強大な気は今までかん…じ……た……こ…………」


海面からソレが姿を現した瞬間、日依の正面に立つ又兵衛は急速に動きがのろくなって、間も無く咄嗟に振り返った体勢のまま完全に止まってしまう。空に浮かぶゴールデンハインドも同様だ、サブエンジンから煙を吹き出しながらも水平を取り戻しつつある状態で、空中に貼り付けられたが如く静止している。無事な筈のエンジンでさえ止まっているその姿は間違いなく時間自体が停止していて、そしてそれは日依も同じ。


「っ…………」


唯一の例外であるフツノミタマが再会を喜ぶように鳴動する中、ソレは固まった波間から飛び出してくるや急停止し、ゆらりと漂いながら光を放っている。

やはり眠っていた時間が長すぎた為だろう、既に剣の形を失っていた。ただし擦り切れたり折れている訳ではなく自分の身を守るように丸まって、一切の歪みが無い完全な球形。白っぽい緑色で、触ればさらさらした触感だろう表面を持ち、翡翠(ヒスイ)の最上級品は深い緑色を示す筈だが、それとはやや違った美しさである。

ああ、綺麗だと、動けないまま漠然と思った直後。


〈君はーー〉


視界は真っ白な光にのまれていった。

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