遥か遠き千本桜
第148話
戦争とは要するに相手の命を奪ってでも目的を達しようとする意思、それによって生まれた相手の権利を尊重する必要の無い外交状態を言う、その中で我ら英雄の使命とは”現実から民衆の目を逸らし自軍に正義を掲げる事”にある。無論我らはそれ自体を現実にしようと努力する、だがたかが数人の人間が囁いた程度では皆の常識は変わらない。
この戦争に正義は無い、正義を名乗る者は既に亡い。なれば我らに出来る事はただ一つ。
どちらかが滅ぶまで戦い続けるのみ。
くしゃみが出た、誰かが噂をしている。
『何なのあの円花って子、工場勤務のおばちゃんみたいな作業着で出かけようとしたわよ』
「ぅ……ふふ、クラリスちゃんも来週あたりにはお母さん呼ばわりされてそうだな。それで、こっちに向かってる戦力は?」
そこは瑞羽大樹が大都会に見えるレベルのド田舎だった、辛うじて海底ケーブルとは繋がっていた為鳳天大樹と電話できたが、木の骨組みに土壁を貼り茅葺(かやぶき)屋根を乗っけているような家屋が未だに大半を占める町並み、いや集落みたいな場所である。東洋の中でも東側にあるぶん皇天大樹の影響は薄く、かといって西洋に近い訳でもなく、戦略的要地でもない、いわば忘れ去られた楽園のような所だ。住民は朝から畑を耕し、魚を獲り、後は藁を編んだり味噌を作ったり、世界中で起こっている軍事的緊張など意に介さぬように静かな暮らしを送っている。前時代の記述と研究者の調査が正しいならこの樹の真下が旧下関、少し東に壇ノ浦古戦場跡がある。しかし改めて世界地図を見てみると自分らはこのだだっ広い地球のごく狭い範囲のみですったもんだしてんだなと。
とにかく、この場所に三種の神器である天叢雲剣が沈んでいる、どうにかして引き上げなければならないが、付近のサルベージ業者を札束でひっぱたいている間に水蓮からテレフォンされたので応答した次第だ。
『HMSアイアンデュークを旗艦とした戦艦28、巡洋戦艦6、巡洋艦31、駆逐艦70、総勢136隻の艦隊よ。それに機雷敷設艦と水上機母艦と補給艦が付随してる』
バカかと、電話の向こうの水蓮が吐いた数字に対して日依は乾いた笑いを漏らす。それは恐れていた西洋軍による軍事介入が始まった知らせであり、内訳は世界の半分を屈服させるには十分すぎる数、さらにこれはあくまで東洋へ介入する為の派遣部隊で連中の全戦力ではない。参考までに述べておくと、皇天大樹海軍が保有する主力艦は戦艦14、巡洋戦艦3。そのうち金剛と榛名は三笠1隻の為に大破していて、戦艦のうち9隻は三笠を含む旧式艦、さらに残り5隻のうち2隻は扶桑型である。
扶桑型である。
『ただし、こっちが内戦起こしてるように向こうもあちこちガタついてる。今は3つの樹がそれぞれ味方してくれる部隊や軍艦を囲い込んでて、言ってしまえばこっちより遥かに酷い三国志状態』
「”こっち”と言ったな、今」
『……続けるわよ。東洋の内戦に介入して影響力を上げるか、もしくはそのまま制圧してしまおう、という計画自体には全員賛成してるけど、実際に遠征してきたのはその中の1グループだけ、残り2グループは態度を決めかねてる。そしてなおかつ、この王立海軍と呼ばれる集団は”既に東洋では血みどろの戦争が始まっている”と信じ切ってる。だから現状としてはまだタイムリミットが設定されただけで、連中が来る前に内戦状態を脱すればいい』
「ふむ……」
『余計な事をした、とか考えてる?あなたたちが何もしなければ確かにこんな事にはならなかったろうけど』
「いつまでも変わらないままではいられんさ」
そのグループというものが違うからか、はたまた完全に逆スパイとして振る舞っているからか、今の所はまだ西洋軍の新鮮な情報を入手できる水連の報告に「連中素直に帰ると思うか?」と問い、『思わない』と返して貰う。
「部外者の意見を聞きたい、皇天大樹の防御力をどう思う?」
『41センチ砲の喪失は痛いけど必要十分は満たしてると思う。暗礁のせいで進撃ルートが限定されるのはどうしようもないし、やっぱり大樹が耐えている間に艦隊が背後を取れば勝てると思うわ。従って争点は、どうやって後ろに回り込むか、という話になるけど…歴史の教科書に顔写真を載せる気はある?』
「私はいいがクラリスちゃん、お前も名前くらいは覚悟するべきだぞ」
『ええ、どうせやるならとびきり派手に、でしょう?』
「違いない。じゃあ他に何かあったらゴールデンハインドに電文を送ってくれ、それから…そう、カメラマンの手配を」
はいはい、といって電話は切れた。壁掛け電話機にスピーカーを戻し、電話番のねーちゃんに請求書を書いて貰ってから日依はその場を離れる。扉の無い玄関を通って、向かいの食堂で待つ小毬と雪音の元へ。
「博多うどん…潔いほどにコシがないデスね」
「どこまで来てもやっぱりうどんなんだなお前は」
ネクタイの付く茶色いワイシャツと、革のベルトを斜めに巻く黒のミニスカート。ウェーブのかかる茶髪のサイドテールを揺らし、小さな狸耳をピンと立てながら小毬は太麺をすすっていた。彼女は地元の関係からコシの弱い(≒柔らかい)麺を苦手とするらしく、勢いよくすすってはいるが顔は眉を寄せている。だからこそか、逆に好むのは讃岐うどんに付け加え、コシ特化の武蔵野うどんもよく作る。
いやあるんだよ、埼玉南部から東京西部にかけてアホほど硬い麺が。
「雪音ちん、西洋軍が来る」
「星条旗掲げてる方ですか?それともユニオンジャック?」
「ユニオンジャックの方だ」
胸元から先の無い奇妙な藍染めの着物の上から黒の羽織を半脱ぎで羽織った肩出しファッション、狐耳がある長い長い青髮は今日はストレート、何もされず床に散らばっていた。小毬の正面に座る雪音はうどんに対抗したのかざるそば、しかもわさびは麺に直付け、先端数cmだけめんつゆに付ける極めて上品な食べ方で。
「あまり時間をかけられなくなっちまった、3水戦を全速航行に切り替えさせてくれ。彼らが来ないと海上からの捜索はできないが、とりあえず空中からでも見回してみようや」
「わかりましたわ、ゴールデンハインドを準備させます。まだ聞いていなかったのですけれど、どうやって探すおつもりで?」
「とりあえず小毬を針に付けてみる、それが駄目なら雪音レーダー頼りだな、今日の夜あたりからレッスンを始めよう」
「レーダー…?」
何だ今週は鈍感ウィークなのか、お隣さんの想いにどうしても気付かないスズよろしく怪訝な顔をする雪音ににやりと笑い、自らも腹ごしらえをしようと席に付く。早急に食べようとお品書きを眺め、田舎の飯屋なラインナップをざーっと見。
「洒落たものは一切ありませんが、何にします?」
「えー……ラザニア」
「「ねーよ」」
ラーメン食べた。
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