第118話
慶天環礁南西15km
第2艦隊、巡洋戦艦榛名(はるな)
金山 正樹(かねやま まさき)海軍大佐
落ち着いて、こうなった原因を考えてみる。
何においても第一は自分を含む艦隊全員の油断だろう、それぞれ35.6cm砲8門を持つ金剛(こんごう)、榛名(はるな)の2隻を基幹にした総勢16隻の部隊でもって、半数以上が燃料に石炭のみを使っているような骨董品で構成された第6艦隊を相手取り、しかも中心の三笠のみ撃沈できれば後は無視して構わないという指示だった、油断するなという方が無理な話であろう。
それに続く理由はいくつもあるが、強いて挙げるなら”こちらの思考が筒抜けとなっている”としか思えない相手の動きが目立つ。出鼻を挫かれ少なからず慌てる第2艦隊の反撃行動をことごとく抑え込んで、いつどこに何が来るかわかっていると言わんばかりの砲撃を加えてくるのだ、それ自体も問題ながら、1秒たりとも優位に立つ瞬間が無いという状況に水兵達は気力をみるみるすり減らしていく。
このふたつが大きな原因、あと強いて言うならば、こちら側の指揮官の無能。
「ダメージコントロール!左舷注水急げ!」
「速度落としてください!機雷避けきれません!」
「そうしたら今度は砲撃の的になるだろうが!なんとかして脱出しろ!」
「10時方向より雷跡!!」
原因を明らかにした所で次は戦闘の経過を確認しよう。
敵に占拠されたという環礁の真西に達した時点で第6艦隊は待ち構えていた。今になって思えば最初からこうなる予感はしていた気もするが、とにかくその防御陣に対して何も考えず8隻ずつ二手に分かれた単縦陣(1列で縦に並ぶ形)を取る第2艦隊が突入、砲撃を加えつつ反時計回りの包囲攻撃を行おうとしたが、対する敵の対応は浮遊機雷の急速敷設による進路妨害だった。使われたのは一号機雷、浮きを取り付けた爆弾を6個、100m間隔でワイヤーで繋げたもので、機雷への直接接触はもちろん、ワイヤーを艦首に引っ掛けると自分で機雷を手繰り寄せてしまい、最悪の場合複数の機雷が艦左右で同時に爆発する事になる。目まぐるしく状況の変わる戦場で狙い通りに投下できるという自信はどこから来るのかとか、投下後一定時間で無力化する為の安全装置が”詰めた砂糖が溶けていく事で信管を駄目にする”だとか、なにかとツッコミ所に困らない兵器だったが、駆逐艦4隻によって鼻先にばら撒かれてしまった以上、直進が出来なくなったのも確かであるため、先行していた榛名先頭の列は右への急速回頭で南西に変針し回避、金剛の列はまだ間に合う位置にあり、左へ転舵する事で時計回りに切り替える。その間に第6艦隊本隊は機雷を撒いた駆逐隊を殿に東進、早くも両者の位置関係は入れ替わった。榛名隊が右回りを継続して反転したのと同じく金剛隊も左回りを継続、そこに北から軽巡洋艦と装甲巡洋艦1隻ずつ、及び駆逐艦2隻が乱入してくる。金剛隊は彼らによって追加投入された一号機雷のせいで追撃中断を余儀なくされ、北上を続けて今は榛名から見えない位置にある。小回りの効く駆逐艦を分離するという手を思いつきもしなかった指揮官も手伝って半分の8隻に減らされた第2艦隊、今度は第6艦隊自らによる進路妨害を受ける事となった。それ自体は問題ではない、最初に言った通り敵はポンコツの集まりなのだから、魚雷にだけ気をつけていれば負けるなどありえなかった、戦闘海域の海流が南向きで、あれだけばら撒いた一号機雷が浮遊式でなければ。
「取舵だ!機雷を拾ってもいい!」
「ちくしょう…!」
この圧倒的ともいえる状況に、艦橋中央で舵輪を握る操舵士が悪態をつく。
現状、予期しえなかった海流による機雷の移動によって榛名は機雷原へ突入、1発の機雷を右側に受け、いや一号機雷の特徴を考えるとそれだけで済んだと言うべきだが、右へ傾斜し体勢を崩した所に丁度よく飛んできた30.5cm徹甲弾が艦首甲板を貫いて爆発し、目立った被害は無かったものの今も黒煙を吹いている。続航していた駆逐艦7隻は真っ先に榛名が触雷したおかげで即時回避運動を行い難を逃れた、しかしその代わり三笠の眼前へと引き出されてしまっていて、いくら旧式といってもあの30.5cm弾は駆逐艦が受けていいものではない。隻数で圧倒されている以上、魚雷攻撃のために突撃する訳にもいかず、挙げ句の果てに、金剛に座乗している司令官からの指示は”攻撃続行しろ”だとかいう漠然としすぎた言葉のみ。
「榛名艦長意見具申!こちらの音声通信が傍受されている可能性があります!暗号電文による意思伝達へ切り替えるべきです!」
『却下する、いちいち文字を打っていては連絡に時間がかかりすぎる。それにあのような連中が音声無線を傍受などできるはずがなかろう』
「では指示を!このままでは撃破されます!」
『現在戦術を検討中である、応戦を行いつつその場で……』
「ええい…!」
話にならない、何が検討中か、既に戦闘は始まっているというのに。
左に身をよじって魚雷を回避した榛名は艦首を第6艦隊へ向け、前部主砲2基で応戦しながら駆逐艦との合流を図る。金剛型は最速27.5ノット出るはずだが、右舷船体損傷による抵抗増大で25ノットしか出ておらず、傾斜を復元するべく左舷にも意図的に海水を招き入れたため、榛名の耐久力は確実に減っている。第6艦隊は複列縦隊の複縦陣を取り、進行方向を東に向け、榛名を待ち構える位置を保ちつつも先頭の三笠は駆逐艦を砲撃中、瞬く間にこちらの陣形が崩されていく。
「艦長!艦首にワイヤーが引っかかっています!」
「構うな!僚艦へ打電しろ!これより西へ退却する!我に続け!」
「軍法会議ものですよ!?」
「このまま壊滅するよりはマシだ!」
直後、榛名の左右でふたつの機雷が同時に起爆した。それによってワイヤーは切断されたが、大きな衝撃と共に榛名は再び右に傾いていく。当然最高速度ももっと低下し、浸水によっていくつかのボイラーが止まったのか機雷原を脱出する頃には三笠と大差無い21ノット。しかもこれは浸水がこれ以上進まなかった場合の数字であり、艦底部では既に海水との戦いが始まっているが、彼らが浸水を食い止められなかった場合、もしくは眼前に展開する第6艦隊の総攻撃を凌げなかった場合、三笠の18ノットを下回ってポンコツ以下になってしまう。損傷のほとんどは水線下であり、榛名の戦闘能力は副砲1門たりとも失われていないが、右に傾いてしまった現状命中精度は大きく落ちる。こんな状態で殴り合いなどいかに相手が前弩級戦艦とはいえ撃ち負ける可能性が高く、さらに相手は三笠だけではない。
どうにか退却を、しなければならないのだが。
「三笠、全砲をこちらへ指向中!」
「づ…!」
目と鼻の先と言うべき距離の向こう側、奴はおびただしい数の砲を榛名へ突きつけ。
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