第110話

「何…?」


地上近くまで戻ってきた時点でようやくスズは異常を察知した、断続的に起こる地響きと入口方向から流れてくる葛葉の気配を感じて足を早め、いつの間にか発破されていた入口へ急ぐ。脱出直前によろめくほど大きく地面が振動、今のは明らかに砲撃だったなと思いつつ一時立ち止まる。揺れが収まり、打ち上がった砂塵の落下を待ったのち走って地上へ。


間髪入れずにヘビが飛びかかってきた。


「きゃ!?」


体長5mのまだら模様を持った大蛇である、視界に入れてまず本能の叫びが口から出てしまい、慌ててガバメントに手を伸ばすももう間に合わず、右腕で顔を覆い目を瞑った。

なお狐が蛇を捕食する話は稀にあるが、蛇が狐を捕食する話は(大人の狐を丸呑みできる蛇が日本にいない為)まったく聞かない。他方で、人間はすべての動物に共通する最大の天敵である。だが食べる事はしないにしても締め上げて殺す事自体は可能のようだ。それからほんっとどうでもいいが、自らを捕食しようとした鷹を絞め殺す勇敢なヘビがいる一方、ハリネズミを丸呑みしたら内臓が穴だらけになって死んだ間抜けもいる。


「……あ」


で、少なくとも狐を丸呑みするに十分なサイズを持つその大蛇は結局スズに噛みつく事無く、目を開けた時には槍に串刺しにされていた。


「…………」


いつの間に接近したのか、全身黒い衣服でコーディネートした少年は僅かにスズへ視線を送るも、以降やはりというか口を開けもしないし目を合わせてすらくれない。砂に叩き伏せた大蛇が尻尾を跳ねさせ首に刺さった槍に巻きつけてくる、それを悠人(はると)が上まで持ち上げ、振り下ろす事で刃から外し、とぐろを解く前に細切れにした。そうしたら瞬く間にすべて霧散、跡形も無くなって消える。


「ありが…と」


慌てつつ言ったものの返答が返ってくる筈は無い、背中を向けた悠人にどうすればいいかわからずしばし沈黙、その後頭を振って、ひとまず周囲の観察を始めた。

一言でまとめればヘビ天国だ、見渡す限りの砂浜を大小様々なウワバミが埋め尽くしており、その中でも100m以上ある4体が目を引く。地平線近くに確認できる砲兵は射撃を行なっていないものの、彼らとスズの中間に砲撃を受けた痕跡があり、その場所を取り囲むように積み重なるおびただしい量のヘビ肉からは次々と新しいウワバミが生まれてきていた。これはどこから発射された砲弾なのか、威力からして戦艦の主砲だろうとは思ったが、なんとなく真上に目を向けたら丁度よく煙を吹く砲身が目に入る。

高度4000m付近、ここからでも判断できるほど巨大な単装砲が真下に砲口を向ける形で主幹に貼り付けられていた。艦砲と違い装甲を持たないむき出しの基部、主幹表面をぐるりと一周する移動用レールが備えられていて、もし仰角を90度以上取れるとしたら360度全方位にかなりの射程をもって射撃可能となる。細かい所はさすがにわからないが、とりあえず三笠の30.5cm砲よりは大口径だろう。


『スズ、スズ』


「ん?」


呼び声がパーカージャージの胸ポケットから聞こえてきた、なんだなんだとまさぐってみたら現れたのは事前に渡されていたトランシーバー、遺物保管庫から盗んできた本人が言うには”そこらで買える民間向けの安物”らしいがどう見たって軍隊が使ってる携帯無線機より小さくて高性能である。アリシアのクリアな声はトークボタンを押してから喋れと繰り返す、なので言われた通り横にあるボタンを押してみた。


「もしもし?アリシア?」


『……』


「おーい」


『…………』


そしたら何も言わなくなってしまった。


「悠人……」


こっちも相変わらず何も言わない、しかし背を向けたままながら左手で人差し指を動かすジェスチャーをしてくれた。ボタンを離せ、という意味か。


『スズ、いい加減にしましょう?』


んな事言われても。

スズから見てアリシアはどこにいるかすらわからないがアリシアはスズの指の動きまで捉えているらしく、じゃあすぐ近くにいるのかとあたりを探してみる。首を回した途端に司令部だった瓦礫の近くとトランシーバーが言った、それは見つける事ができたが、目測で2kmある。


「これウワバミ?」


『の、ようなもの、だそうです。日依によると見えている内の9割9分9厘以上がマリョクによる偽物の肉であり、例のダメヘビが核となっています。分割すればするほど増えていくようなので迂闊に手を出さないよう』


「そう、…いやでも、いま1匹やっちゃったけど消えたよ?」


ボタンを押し離しして会話していくと、そこでアリシアからの返答が止まる。どうかしたかと瓦礫の方を見るも2km先にいる身長146cmの少女の様子などわかる訳も無く、手を出すなというのを聞いていた悠人が1m以下のごく普通としか言えないヘビどもを蹴って追い払っているのを眺めながら数秒、またトランシーバーから声が上がった。


『すみません、詳しく見ていませんでした、具体的にはどれほど短くしましたか?』


「たぶん30センチくらいだったと思うけど」


『スズ、それは非常に有益な情報です、甚だ非効率な手段ではありますがこの状況を終わらせる目処が立ちました。そう…日没までには』


「えぇ…………」


要するにこの小さいのとかあの大きいのとかすべて細かく細かく寸断して地道に消していこうというのである、これを非効率と呼ばずしてなんと呼ぶのか、回りくどさに定評のある某星人も真っ青だ。


『それで現実的な解決方法ですが』


「うん」


刻んでも大丈夫そうなのでその旨を悠人に伝える、そうしたらしつこくまとわりついてくるヘビを片端からざしざしざしざし消し始めた。


『どれかにダメヘビが埋まっています、彼を正気に戻してください。日依は生きたまま確保したいようです、私としてはどちらでも構わないのですが』


「気になってたんだけど、あんな感じのやつと何かあったの?」


『彼を社会生活へ適合させるのにどれだけの時間と労力を支払わなければならないと考えるとなんかもうどうでもよくなりますよね』


「え、あ、ふーん……。日依は?」


『ダメヘビを探すと言って立ったまま動かなくなってしまいました、言伝として、スズが出てきたら手伝わせろと』


「あーわかった、どうにかする。じゃあそっちの反対方向からしらみ潰しで」


本体を探し出せ、言うのは簡単だが実際問題恐ろしく難しい。何せあの大男が中に入れそうなサイズのものだけでも数百、真の姿であるアオダイショウくらいのヘビであるなら可能性があるのは目に見えるすべてだ。さながら草原に落ちたコインを探し出す、もしくは鯨に呑まれた人間を救出するようなものである。どうやら日依は気配から割り当てようとしているらしい、しかしあのウワバミの気配なんて隣に座ってても気付かないくらい弱っちいものであり、むせ返るくらい溢れるババア臭の中から見つけるとなるとさすがの日依も時間がかかる。それを支援するなら、やはり刺激を与えて反応を見るべきか。


『お願いします。……いやちょっと待って、伏せてください』


が、動き出そうとした途端。


『2射目が来ます』

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