第102話

放置した三菱A型が回収前に発見される→門番が違和感を訴える→警備が強化される。


「アリシアさん」


「仕方ありません、総生産数22台の激レア車だったなど誰が知っているものですか」


要するに、どこかから調達してきたあの車両は実際のところ盗難車で、しかも持ち主は政府で、この世に存在するのは22台、そのうち販売契約が結ばれた、すなわち車道を走れるのはたった12台である。だからいくらナンバープレートを引っぺがし(意図的ではないが)ボコボコにしておいても、演習場の門番がこれさっき見たよーと一言述べただけで全部繋がってしまうのだ。


「どっちにしろ昨日と同じ手は使えないでしょう、メリケンバイクで要人登場という訳にもいきませんし」


「まぁ……」


居場所はもうわかってるんだがなぁ、言いながら日依は緑茶をすする。ここはセーフハウスではなく大衆食堂、本来ならアリシア薄味定食か水蓮パンケーキで朝食を済ませる筈だったが、その三菱A型の件で軍の活動が激しくなってしまった為に彼女らは自分の身を守るべく奮闘中、セーフハウスはとても落ち着いて朝食を取れる状況ではない。4人席が6つある食堂の右奥に4人で座り、ごくごく普通の鮭定食を食べ終えてブリーフィングへと移った。小洒落たメニューがある訳でもなく、洒落てるどころか小汚い、これぞ大衆というべき店だ、酒類もある。窓の外ではつい数十分前まで鉱夫達の出勤行列が行われていたが、今は通勤ラッシュの時間帯を過ぎた為に閑散としており、同じく、騒がしかった食堂内も今は落ち着いている。今は厨房から聞こえる皿洗いの音と、未だ飯をかきこむ客の男、それからテーブルを片付ける従業員、それだけだ


「夜間に動けるだけ動いておくべきデシたね」


「んーまぁプロが言うならそうなんだろう、昨夜の私は動ける状態に無かったが、捕まった時の救出を度外視して小毬を走らせとくべきだったかね」


「あ、いやそういう意味ではないデス…ハイ」


現状、スズとアリシアは万全の状態、左腕のギプスを取り払って骨折の完治をアピールする日依だが腹部の傷は振り出しへと戻してしまったので激しい運動は厳禁である。そして小毬、自分の姿を完全に変える能力は失われてはいないものの、そういう相手が潜伏していると知られてしまった。昨日のように出て行っても次は引き止められ身分証なり何なりを要求されるだろう。奴の居場所は突き止めたというのに近付けなくなってしまったのだ、だから今まで捕まっていないのだろうが。


「じゃあ…何?今解決しなきゃならないのはあのフェンスの中に忍び込む方法と、あと脱出?」


「それなんだが、脱出はどうにかなるかもしれん。アリシア、この大樹自体から脱出する方の手段は確保済みなんだな?」


空にした湯のみを置き、気になる事があったのかちらりと隣の席を見つつスズが日依に問い、次に日依がアリシアに問う。聞かれたアリシアは他にどうしても気になる事があるらしく、ただ黙って頷いた。


「なら少しばかり博打になっても問題なかろう、出る時の話はひとまず忘れて、入る時の話だが」


「……囮が必要ですね」


「だよなぁ」


変わらず気になる事を気にしつつも一番簡単なやり方をぽつりと述べる。単純明解、誰かが犠牲になって警備を引きつけているうちに反対側から侵入するのだ。侵入後は…あまり良い策とは言えないが見張りを張っ倒すなりすれば地下に潜る時間くらいは稼げる。


「こーまり」


「ふぁっ!?」


本来であれば多少の兵隊如き自力で一掃できる日依がやるべき案件である、しかしそうしたらまた昨日みたいな有様になるのが目に見えているので、主治医は何も言っていないものの事実上のドクターストップ。他は総じて追っ手を黙らせる能力が無いか、もしくは本気を出したら即時大騒ぎになるかだ。であれば追っ手を振り切る能力、状況に応じて鳥にも犬にもなれるというのは追いかけっこにおいて絶対的アドバンテージである。 ただ相手を引きつけないといけないので逃げればいいという訳ではない。


「無理無理無理ぃ……」


「大丈夫、自分を信じろ。私より強い奴は世界に山ほどいるがお前よりうまく変化できる奴はいない、いいか、1人もだぞ」


言ったところで民間人、身体的にも精神的にもただの人である。名前を呼ばれた途端に泣きそうになりながらふるふる首を振りだした小毬の肩を叩いて説得する日依、その間にちらちら隣を見ていたアリシアは違和感が確信に変わったらしく、同じく気にしていたスズに目配せ。


「日依」


「ん?」


「その変化というものを行える人間は他にどんなものが?」


「できるかどうかで言えば私だってできるさ、狐の七化け狸の八化けというし、変化において神道内では二位の立場にある。それを踏まえた上で言うぞ、私らの変化は変装に毛が生えた程度のもんだ、そんだけ狸が特異なんだな。まぁ最も重要なのは”人間の身で”という点、ガチの狐は完璧に化けるぞ」


「ガチの、というのは要するに、四足歩行で、全身が毛に覆われた」


「そう、しかしこの世界でガチの狐を探すのは相当に難しい。陸地が無くなる以前の段階、隕石衝突や核戦争の影響でほとんどの大、中型動物は姿を消したからな。1匹もいないとは言わんがまず出くわす事はないだろう。比較的多数の個体が生存している小型動物の中で変化を扱える奴となると…まずイタチ、それから…………って……」


ようやく気付いた。

隣の席、日依と小毬から見て右、スズとアリシアから見て左に座る人物を全員で凝視する。その大男はなんというか、ぱっと見ガタイはいいのによく観察するとぶよぶよした体で、身長約200cm、肩幅は彼女らの3倍に届く。頭に髪は無し、肌はやはりぶよぶよな質感だ。ついでに造形もおかしい、ブサイクとかではなく、耳は尖り、両目は左右非対称、個人差こそあれ楕円形でなければならない輪郭は四角に近く、まとめると作画崩壊したような異常さの顔だった。青色の甚平を着たソレは4人がけのテーブルいっぱいに皿を並べ、朝から酒をがぶ飲みし、今までどうして気にならなかったのかという音量で汚らしく食い散らかしている。


「……よくまぁあの程度で表に出ようと思ったもんデス」


唖然とする日依に対してプロは冷静に一言、それを皮切りに全員が凝視をやめる。


「あれは一体……」


「……見てわからんか?」


「少なくとも、食い逃げを企てているというくらいは」


すなわちこの後騒ぎを起こすという事である、どの角度からどう見たって怪しい奴としか表現しようが無いため、一行と大男の他に食堂内にいる接客担当の男性従業員1人も臨戦体勢を取ってはいるが、いきなり姿を変えられては対応できまい。


「おおい、次をくれ」


「お前…大丈夫なのか?」


「大丈夫大丈夫」


そりゃ最初から踏み倒すつもりなんだから大丈夫だろうが。


「この世の中にはつまらなすぎる理由で人生棒に振る奴が多すぎる……」


「どうするのですか?」


「どうするってお前そりゃ……」


ここで取れる行動はふたつ、逃げようとした所を取っ捕まえるか、巻き込まれる前に店を出るかである。一行が今置かれている状況が”遊びに行く前の腹ごしらえ”とかであったなら捕まえてやる選択肢もあったろうが、残念ながら遊ぶためにここに来たのでは無く、また代わりに金を出してやる程のお人好しでも無かった。速やかにこの場を離れるべく椅子から腰を浮かせた日依だったが、そこで何か思い当たり、中腰で停止。


「使えるな……」


呟いた後、従業員が徳利(とっくり)のおかわりを持ってくるべく厨房へ消えたのを見届け、次にスズへ向かって右手で人差し指と中指を口元に持っていくジェスチャー、今からやる事を理解させてから完全に席を立った。

何に、と聞く前に彼女は顔を軽く叩いて気合いを入れる。そして隣の席、大男の背後まで回り込んでから、下を覗き込むように。


「おにーいちゃん」


ピシリと時間が止まった。

猫なで声、残り3人の背筋に悪寒が走るほどの猫なで声である、特にスズはパーカージャージの内ポケットに手を入れたまま一時硬直した。大男が顔を上げると同時に両手を左肩に乗せ、特殊喫茶かってくらいあざとい笑顔を見せる。


「よく食べるねぇー」


「へ…?お…ああ、大食いの男は好きかい?」


「うん、大好きぃー」


「へへへ、そうかぁ」


二の腕を激しくさすって鳥肌を消そうとする小毬、おもむろに湯のみを掴んでミシリと軋ませるアリシア、表情は共に見てはいけないものを見てしまったような。その間にスズは席を立つ、金属が擦れる音を立てながらアリシアの背後を回って隣の席へ。


「それでね、お願いがあるんだけどー」


「お、なんだい?」


「あっち見て貰ってー」


と、大男のすぐそばまで近寄っていたスズを指差し


「っ…ばっ…!」


ソレがその方向に顔を向けた直後、次の反応を許さず白い煙を吹き付けた。


「…………あれ…そこの人は?」


「ああ、急用を思い出したっつって帰ったよ、代金は預かってるから、まとめて会計を頼む」


従業員が徳利片手に顔を見せた頃には日依はいつものにやにやに戻っており、ふたつのテーブルを交互に指差す。その背後を通って紙巻きタバコを咥えたままのスズが出入り口へと向かっていくが、タバコという点に付け加えパーカージャージの裏側で何かがビチビチ跳ねているのを見て彼は眉を寄せた。しかしわけがわからなかったために考えるのをやめたらしく、まぁそういう事なら…と日依から伝票を受け取る。


「日依?」


「小毬を囮にする必要は無くなりそうだ、なに、雇用費と考えれば安いもんさ。ひとまずアリシア、人のいない場所を探してくれ」

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