第73話

主要攻撃はワイバーン系のアルビレオと同じ爪と牙による物理攻撃と見ていたが、ライコウ殿はまさかの雷属性だった。電子回路基板のパターンには確かに金メッキが施されているが、金ぴかの見た目は関係無く嵐の主という点から雷を具現化したのだろう、ちなみによく誤解されるが電子基板のパターンや端子に金メッキ(金フラッシュ)が施されるのは腐食しにくくかつ薄く伸ばしやすいからであり、電気伝導率自体は銅の方が優秀である。電圧は落雷と比べ遥かに遥かに弱いものの、死刑用電気椅子と比べれば強い。つまり頭の上に狐耳が乗っているものの基本的には人間である日依は1発喰らえばこんがり焼きあがってしまうレベルのものだ。



「ふっ!」


実際の戦闘の様子はまさしくワンサイドゲームのそれである、自慢の雷撃は特に対応される事もなく、日依に向かうものは命中直前で直角に進路を曲げられるという雨風とまったく同じ扱い。全身をバチバチ鳴らして放出される電撃はどれだけ連続させようと出力を上げようとマントにすら届かず、意にも介さない日依は端持ちした錫杖でもってライコウの長い首をぶん殴る。ひしゃげるように首は回り雷撃は一時中断、前足を踏ん張って転倒を防ぎ、首を振り戻すついでに噛みつこうとしたが、9本ある刃のすべてが割って入って停止させられた。そしてその直後にアルビレオが飛びかかる、押し倒して地面に叩き伏せるもさすがに体格差は覆せず、数秒で跳ね返され逆に転がされた。4本足で立ち上がって反撃、と思ったかは定かでないが、復帰したライコウはやはり数秒でアルビレオと逆方向に吹っ飛んでいく。何が起きたかわからないという風に倒れたまま首を向けると、もはや爆心地とでもいうべきなほどに腐りかけの枝表面はへこみ、中心には錫杖が突き刺さっていた。


「硬いな……」


スクラップを解体するかの如く呟く日依は錫杖から手を離し、そしてマントのボタンを外した。フード付きの外套っぽく仕立ててあるが実際ただの布であるそれは肩からずり落ち、掴んで振り払うと高音と共に消滅する。切り詰めた着物らしき上着とタイトスカート、ブーツのみとなったのち、肩を回しつつライコウへ歩いていく。


『そこまでの力を一体どうやって……』


「別に?人間の限界は超えちゃいない、それをやったら人間じゃなくなるしな。まぁ私の場合はちゃんとした下地があった、やった分だけ伸びるってのはいい事だ、”どっかの半神とは違う”」


ライコウの甲殻に損傷は無い、ただ内部のみがこれでもかと揺さぶられダメージを蓄積しており、左右にふらつきながらもう一度立ち上がった。日依の背後でもアルビレオが復帰し、近付いてきた所を静止。これが終わったら大樹まで戻らねばならないのだ、これ以上傷を負わせるのは頂けない。


『九尾の末裔…確かに素質は……だがそれでも生半可な事ではないぞ、何を望みとしてその力を欲した』


「ふむ、明確な言葉にした事がないんでな、説明ができん。だがまぁ、根底にあるのは間違いなく憎悪だろう」


『憎悪……』


準備運動を終え両手を握る、ゆっくり近付いて5メートルの位置で立ち止ままった。

全身から放電しつつある程度体勢を整えたライコウは唸り、眼前の日依を睨み付ける。


「っしゃぁ!」


腰を落とし、地を蹴って一息に肉薄、合わせるように前足が落ちてきた。握った右手をほぼ真上へ振り上げると同時に強烈な突風が発生、壁と接触した前足は跳ね返される。続けて体を右回転させ左腕を叩きつけるように腹部を狙う、直接触れてはいないものの同じく発生した突風により比較的柔らかかったそこは大きくへこみ、悶絶したらしいライコウは短く呻いて唾液を吐き出した。勢いそのまま1回転、右手の指を伸ばし、左から右へ殴った箇所を手刀でなぞる。

指先だけに限定された風は腹部を大きく切り裂き血を噴き出させた。降り注いできたそれも日依には届かず横に退けられ、ダメ押しにもう一撃、縦に斬撃を加え十字の傷を残してから離脱する。

もはや戦闘継続は不可能な状態、腹の下から抜け出した直後に雷撃が1度やってきたが結果は変わらず、それを最後にライコウの抵抗は止んだ。左へ傾き倒れていく金色の体に尻尾から飛び乗り、背中を駆け上がって首元へ、そしてそこで跳び上がった。未だ生きているものの口を開け、呻く事すらしなくなった兜付きの頭部に迫り、再び握った右拳をストレートの位置まで引き戻し、限界まで力を注ぎ込む。


「らぁぁぁぁぁ!!」


着弾した瞬間、15メートルの巨体は吹っ飛んでいった。

やってから気付いたが、吹っ飛ばす方向をもう少し考えるべきだった。装甲に覆われたライコウの体表がコンクリートを押し潰して、轟音を立てつつ研究所の建物を崩壊させていく。さすがは100年以上耐え続けただけはあるというか壁のひとつひとつまで頑強に作ってあり、直撃を受けた箇所以外はそのまま衝撃に耐え切った。とはいえもはや建物としての機能は失っている、崩壊音が収まり、舞い上がったコンクリートの粉末がある程度引いた後に残ったのはL字の中央が無くなりふたつになった残骸である、許可されているとはいえ後で謝るべきだろう。しかしあえて言うなら、こうなった時点で海没は確定していたし、魂もきちんと処置されている以上これを残し続ける意味は無い。破片をいくつか持ち帰って、墓に仕立ててやればいい。


『……憎悪と言ったな。確かに、感じ取れる、我と同じ…』


着地し、消していたマントを着る。ボタンを留めて、錫杖を回収、それで日依の装備と服装は元に戻り、遊環を鳴らしながら倒れ伏すライコウへ近付くと、頭部だけを動かしてそう言った。


『何が憎い』


「すべてが」


『では何の為に戦う』


「すべての為に」


コンクリートの残骸の上、手を伸ばせば触れる位置まで近付いて、日依はにやりと笑った。聞き届けたのち、しばらく沈黙し、やがて全身の霧散が始まる。


『是非も無し』


その霧はかき消えず、ひとつにまとまり、小さな塊となりつつ日依へと近付いて


『ならば託そう、この世の先を』


それを左手で掴む、

吸収されたように消えて無くなる。


『好きに使え』


気配すら消えた後、辺りを取り囲んでいた雲の壁は、解き放たれたように崩れ始めた。


「ありがたく」


これですべて終わり、一連の大騒ぎも終焉を迎えた。

最後にもうひとつだけ。

事後処理を終えるべく、手頃な破片を拾いつつ、日依はアルビレオを招き寄せる。

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