第72話

状況をまとめる。

防御陣地は完全に壊滅、守られていた住人達は瞬く間に食い荒らされていく。慰め程度であるが兵士が3名残されており、増援を呼ばせつつそれを避難誘導の為に派遣、1人でも多く助かってくれる事を祈りつつ、それはひとまず視界から外した。

スズが対処すべき問題は目の前にある、赤い鎧に金の装飾が付く体長3メートルの大名然とした男で、表情は読み取れず一言も発しないものの思考能力自体は有しているようで、非戦闘員を襲って注意を引いた後背中を斬ろうとしたりモデルとなった人物の卑怯さ加減再現には余念が無い。もっとも民を襲撃するという行為自体は刈り働きや焼き働き、各種略奪等、戦国時代までごくごく普通に行われていた戦法である、西洋にも焦土作戦とかあるし。一連の戦闘の結果、源頼光(みなもとのよりみつ)と名付けられたそれは右肩の装甲板を失い、左膝の鎧に亀裂を入れ、刀の刀身を欠けさせている。未だ決定打を得られず、対しこちらは一撃貰ったら真っ二つ、防御してもフラフラになる事間違いなし。

が、何も問題は無い。


「だっしゃあ!!」


打ち合う毎に重低音を鳴らし、衝撃波が相手の刀を跳ね飛ばす。本来日本刀とはこんな使い方をすれば一発で折れるほど脆いものだが、スズの夢幻真改も、既に欠けて折れやすくなっている頼光公の巨刀も折れる気配を見せぬまま3度刃を合わせ、続けて4度目、は応戦せず身を捩ってかわした。

切っ先が地に落ちたタイミングで頼光公の背後に炎が上がる、スズに使ったような火炎放射ではなく衝撃波を伴う爆発を背中に叩き付けられ巨体はつんのめった。燃え移った炎は雨に打たれてすぐ消え、焦げた匂いと煙を残す背中は黒く変色しており、大部分が金属であるものの一部に牛革の混じるそれは小さく穴が開いていた。火炎放出を終了した円花はそこに大太刀を突き立てようとするも、身を翻した頼光公によって刃を弾かれた。180度反転、必然的に背中はスズに向くので、そうしたらやる事はひとつ、両手で逆手に構えて、小さくジャンプしつつ思い切り振り下ろした。入る所まで刀身が突き刺さり終えてからややくぐもった鐘音が響くと同時、まるで血のように黒い霧が噴き出てくる。

人間なら致命傷だが、頼光公は死なず、よろめいただけで終わってしまった。太刀を引き抜き更に追い打ち、と思ったが、挟まれたままは不利と見たらしく転げるように横へと逃れ、同じく空振りした円花と鉢合わせ。


「奴は化け物か?」


「化け物だよ」


「そうか」


既に全滅した四天王は常識的な、常識的というと何だが、簡単に言えば殺せば死んでくれたのだがこいつは動きを止める気配無く、せめていくらかくらい戦闘力を削げればと思うもそれすら期待薄。スズは切っ先を右に向けた下段、円花は中段に構え、15メートルほど距離を取った頼光公へ体を向ける。戦闘を再開した頃から武甲正宗は絶えず振動しており、更にエンジンを吹かすかの如く炎を上げていた。こうしている間にも指数関数的に死者数は増えていく、できればもう一度の交戦で終わらせたいが。


「もう少し、人のいない方へ追い出すか、反対側に回る必要がある」


「十分離れてると思うけど?」


「確かに今の分には、ただおそらく…ここでは巻き込む」


件の避難区画は頼光公の背後、隣接する樹からの支援射撃を受け退路の確保には成功したものの以前として多くの人が残っており、このやたらしぶとい巨人の撃破を急ぐ理由である。区画の入口まではおよそ30メートルあるが、円花は奴を一撃で葬る手があると言い、その為にはもっと離れるべきと続けた。言われれば確かに頼光公はこの距離と立ち位置を譲ろうとしておらず、先程見せた武甲正宗の一閃もなりを潜めている。

なんというか、ほんと卑怯。


「オーケー、なんとかする」


時計回りに何歩か移動し、長期戦重視の八相をようやくやめやや高めの中段に構える頼光公がスズを追って向きを変えていくのを確認してから走り出した。左側面を通り抜けるようなルートを取るとそれを阻止するよう突進してきた為、さらにそれを阻止するべく玉4つから一斉射を行う。連続で発生した衝撃波を物ともせずスズへと辿り着き、そうしたら後は同じ、ガンゴンとやたらやかましい打ち合いが始まった。


「ち…!」


少し甘かったか、4度目で押し返された。すぐさま頼光公は左回転、右手を離し左腰に差していた短刀へ移動させ、勢いよく鞘から引き抜くと同時に手放した。スズが打ち合っている間に右側面を抜けようとした円花に飛んでいく、当然足を止めての防御を強いられ、短刀といっても武甲正宗と同じほど刀身のあるそれを弾き飛ばす。そしてダメ押しとばかりスズへと一撃、だったらお返しとばかり全力で応戦してやると今度は頼光公が後退した。が、どうも奴の中ではスズの方が優先順位は低いらしい、後方へ突破される事を容認して円花へと向かっていく。援護攻撃として玉から連射を見舞うももはや無視である、前回といい低威力っぷりが目立ってきたが今気にしても仕方ないし何かの足しにはなるだろと玉は頼光公に張り付かせて射撃を継続、時計回りの移動を再開し、それにてスズは避難区画を背にした。


「いっかい退がれ!!」


打ち合わず、すべての攻撃をかわすかいなして凌いでいた円花がバックステップしたか否かのタイミングで左足の下駄が頼光公の尻に突き刺さった。一際大きく鐘が鳴りコントみたいにつんのめった巨体の脇を悠々と、とはいかず、膝をつきながらも最後の抵抗、円花の進路を塞ぐように刀を片手で振り回し。


「いい加減に…!」


その刃こぼれのある長大な刀は、夢幻真改と武甲正宗の同時攻撃を受けてとうとう折れた。刃こぼれ部分から先を失い、依然としてなかなかの刃長を残してはいるが外観上はナイフ同然となったそれを今度こそ越え

共鳴するような高周波音と白い光が溢れ出し。


「消えろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」


武甲正宗が振り下ろされると同時にそれは解放された。

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